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ロクサーヌ (その1)

 今は西暦722年、唐歴では開元10年。私はロクサーヌ、705年生まれの17才だ。私の生まれたサマルカンドは大きく立派な都だった。半世紀以上に渡ってアラブの攻撃を受け住民も虐殺されてきたが、それでも誇りを失わず今も戦っている。しかし、それも最後かもしれない。ホラサーン地方の新しいアラブ人総督アル・ハラシーは苛烈な圧政で知られている。サマルカンドの王様も逃げ出してしまった。私たちはペンジケントの領主デワシュティチ様に従いフェルガナに逃げるところだ。私たち14000人はホージェントで虐殺され、さらにムグ山のアバルガル城で降伏したにもかかわらず約束を破られ残った100家族も殺された。このことが世に知られたのは1932年にムグ山から当時の古文書が発見されたからだ。私にはこの未来の破滅が分かっている。問題は、今この危機を私がどう切り抜け生き延びるかだ。
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ロクサーヌ (その2)

 私である私の意識とロクサーヌである私の意識の同調レベルはまだ60%だ。私がロクサーヌであるのは確かなのだが、時々別の私になってしまう。子供のころの私は、日本にいた。あれは、小学校のころジャングルジムで遊んでいて掴んだはずの鉄の棒が急に折れてしまい私は地面に落下して気を失った。暫くして気が付いた私は友達に抱えられながら教室に戻った。そこから記憶は途切れ次に気が付いた時には校庭を走っていた。体育の授業になっていて、自分では記憶がないのだが走っているのだった。また気を失い次は地面にしゃがんで先生の話を聞いていた。他の子ともおしゃべりをしているのだが、その自分を見ているもうひとりの自分がいる。どちらが本当の自分なのか、不思議な気がした。その日は意識が戻ったり遠くへ消えたりを繰り返し、まるで海の波にゆられているような気分だった。
 それから暫くしたある日、私は夢を見た。夢の中で私は、体が空へ浮かんで行きそして高く木の上まで飛んでやがて一気に落下する。初めのうちは落下するところで目が覚めるのだが、何度も同じ夢を見るうちに屋根の上すれすれを何とか切り抜けて無事に着地できるようになった。それからその夢は見なくなった。中学生から高校生になったある日また夢を見た。大きな川のそばで白い衣をきた老人が巨大な船に乗る夢。その人に呼ばれて船の中に乗るのだが、中に入るとドアがありそのドアを開けるといきなり宇宙に出てしまう。そこから地球を見下ろすと、地球のすべての時代が見えてしまう。同時にいくつもの時代があり、好きな時代の好きな場所へ行けるというのだ。そして私は西暦705年にロクサーヌとしてサマルカンドに生まれた。

ロクサーヌ (その3)

 私ロクサーヌには親がいない。正確には親に捨てられた。いや、もっと正確には親に売られた。奴隷売買契約書というやつだ。親はサマルカンドで比較的裕福な商人だった。シルクを取引して、中国やローマにも行ったことがある。私も子供のころにはローマのコンスタンチノープルにも行った。とてもきれいな街で、見たことのない絵や宝石や彫刻、それに教会も素敵だった。何といっても食べ物がおいしかった。甘いジェラートに果物。あの頃は幸せだった。けれど、12歳のころに突然、父は商売をやめてしまった。その頃アラビア人たちの兵士がやってきて街は火で焼かれ市民はみな殺された。私の友達のジュナも目の前で殺された。ショックだった。頭を割られ血が噴き出し、ジュナのお姉さんが駆け寄って泣き叫びながら包帯を巻いていた。その時私は何才だったのか?多分9歳くらいだ。それ以後私に友達はいない。父は暫くイスラム教徒に従いながら商売を続けようとしていたようだが、結局うまくいかなかった。
私は奴隷として中国から来た商人に売られた。そして今は、このサマルカンドを出ていこうとしている。私の中国名は康碌山だ。女の子なのに、男の名前になった。そうしなければ危ないからだ。男としてキャラバン隊の手伝いをしている。今はラクダのポーが唯一の友達だ。こうやって夜の間はポーに寄りかかって月を見ている。静かな夜、昔を思い出すこともあるが、頭の中でもう一人の私がうるさくせかす。ここにいると、殺されてしまう、東へ中国へ逃げなければならないとせかすのだ。何もない砂漠をみていると、心が落ち着く。ここにうずくまって、そうして一生じっとしていたい、そんな気持ちになるのだ。

ロクサーヌ (その4)

 朝が来た。私たちのキャラバンは東に向けて出発した。ラクダ3頭とロバが5頭。あと私たち人間が20人。小さなキャラバンだ。以前なら安全のためにもっと大きなキャラバン隊を組んでいたはずだ。でも今は、目立ってはいけない。アラブ人に襲われるからだ。ここから敦煌を目指すのだが普通ならザラフシャン川に沿ってまずフェルガナへ行く。しかし、頭の中の私が言う、その道を通るなと。私はご主人を説得して北東のタシケントへ向かう。そこからセミレチエにあるソグド人植民都市に行く方が安全だと。
タシケントでロバを馬に交換する。北方の草原の道では馬のほうが良いのだ。ラクダのポーともお別れだ。もう私には、サマルカンドの思い出は何もない。新しい人間として出発するのだ。名前も康国(サマルカンドのことを中国ではこう呼んでいた)出身の碌山として生きる。女ではなく男として。
 ところで、なぜ私は生きるのだろう。見知らぬ国へ行って何がしたいのだろう。ただ今を生き延びるため?死にたくはない、怖いから。殺されるのも嫌だ、自分の生死を他人に決められたくない。もっと言えば自由に生きたい。今はそれができないし、自由になって何をしたいのかもよくはわからない。けれど、今はわからないが、いつか分かるかもしれないし、とにかく他人の思い通りにされるのは嫌だ。そのために、今は耐える。敦煌を目指して歩いてゆく。

ロクサーヌ (その5)

 敦煌に着くと役人から改めて通行証を確認された。唐では住民はすべて戸籍によって管理されていた。私たちソグド人も唐風の名前で管理されるのだ。旅館で休むことができた。久々にベッドで眠ることができると思うと、一気に旅の疲れが出てきた。食事のあと部屋で眠りについた。
私ロクサーヌが眠っていると夢の中でもう一人の私が起きてくる。私の見る夢は時々現実よりもはっきりしている。とてもリアルなのだ。その日の夢で私は探し物をしていた。初め大きなカバンを持っていて、その中にはお金が硬貨もあれば紙幣もあってギッシリつまったカバンは重く膨らんでいた。ところが途中で柄杓のようになってお金は水となり零れ落ちてしまう。慌てて私は来た道を戻りカバンを探すのだ。通りを左に折れたところにゴミ置き場がありその中を探した。すると古びた緑色のカバンが目に留まり、「それだ!このカバンだ!」と私は確信した。カバンはボロボロで触ると壊れてしまいそうだった。中には私のIDカードがあった。そしてお金がたくさん詰まっていた。ふと通りを振り返ると朝日がまぶしく光りすべてが金色に照らされていた。カバンの中から新聞が出てきた、日付を見ると西暦2140年だった。夢の中で私は、はるか未来に行っていた。

ロクサーヌ (その6)

 翌日の朝、私たちは宿を出て表通りを歩いていた。敦煌の街は高い塔が多い。街並みを見ながらゆっくり進んだ。左に折れたところでご主人が何かに気づいたように足を止めた。ゆっくり前に進むとゴミ置き場のようなところに古びた緑色のカバンがあった。ご主人が「何だろうこれは?」といった。私は思わず「それだ!このカバンだ!」と叫んでいた。古いカバンは夢と同じようにボロボロで、中には私のものと思われるIDカードがあった。そしてお金がたくさん詰まっていた。私は驚いて振り返った。金色の朝日が眩しく、すべてが光り輝いて見えた。
。カバンの中の新聞を見た、2140年だった。一瞬のうちに私は悟った。夢ではない、現実だと。私たちは2140年の世界にいるのだと。呆然としていると、役人が来て、私を捕まえた。「離して!わたしをどうするの?!」私は収容所に連行された。収容所の面会室で、私はご主人に訴えた。なぜ私が捕まるのか、理解できなかった。ご主人の話では、どうやら私はテロリストだと思われているらしい。理由はわからない、だが私は通行証を偽造していたし、女なのに男のふりをしていた。だからなのか?そもそも私の通行証は古い時代のもだった。カバンの中のIDカードを確かめてくれるようにご主人に頼んでみた。

ロクサーヌ (その7)

 収容所は大きなタワービルになっていて、私は地下室に入れられていた。一つの部屋に5人一部屋だった。他にもっと大部屋もあるらしくここでは待遇の良い部屋だった。このタワーだけで1万人近く収容されている。ここで聞いたところでは、この国にIDカードなどはない、生まれた時からチップやカプセルのようなものを体に埋められるという。それによって、その人の全人生が管理される。ゆりかごから墓場までだ。この国にはお金がない、マネーのない社会だ。すべてはチップによて記録されるのだ。そしてそのチップはその人の思想も管理する。脳波が直接電子情報として記録され解析される。感情も思考も会話もすべての脳波は解析されている。ここでは能力に応じて労働し必要に応じて消費する。しかし、その能力もその必要とするところも決定権は個人にはない。すべては体に埋められたチップやカプセルから得られた電子情報をもとに国家人民党というこの国の政府党組織が決定している。私もここでチップとカプセルを埋め込まれた。そして、脳波を分析された。だがその結果私に対するテロリストの疑いは晴れたようだ。ただ、私の脳波は普通と違っていたようでしばらく精神病棟に移された。どうやらいつも夢を見ているような脳波の形らしい。

ロクサーヌ (その8)

 脳波の分析のためにいろいろな種類の薬を飲まされた。薬を飲むたびに人格が変わるようだ、たぶん精神の深い部分に作用する薬なのだろう。
病室の白い壁を見ていると、古い記憶が思い出されてきた。大雨の降った夜だ、私は奥多摩の多摩川沿いの国道にいた。上り坂の右手は山の急斜面になっていた。左手のガードレールの先は崖になっていてその下を多摩川が流れていた。右にカーブする曲り角をすぎると左手にガードレールの切れ目があり、そこから下の川岸に細い坂道があった。その坂道を降りていくと川岸にへばりつくように小さな平屋があった。近づくと、雨の中を犬が吠え騒ぎ、男が家の中から出てきた。左手に鎌を持ち右手にノコギリを持って私に襲い掛かってきた。男は酔っており私を誰かと間違えているようだった。大雨のせいで上流の小河内ダムの水門が開放されていたのだろうか、川は激流となり今まで見たことのないほどの勢いだった。私は傘をさしていたが、男にじりじりと追い詰められていた。真っ暗な中、後ろは多摩川で、右手では犬が吠え正面に男が鎌を振りかざしていた。もしここで川に落ちたら間違いなく死ぬだろうと思い恐怖を感じた。その時、足を滑らせたのだろうか、男の体が崩れた。私は傘をかざして前に突き進んだ。そこで夢は途切れていた。その夢を見た翌日、多摩川の下流羽村の堰の付近で男の死体が上がった。警察が私の家に来た。殺人の容疑で私は取り調べを受けることになった。しかし、私はその男と面識もなくもちろん殺人の事実もない。その男に会った記憶もないのだ。だが、その夢を見たのは確かだった。私は裁判でも無実を主張したのだが、私の指紋のついた傘がその男の家の前にあり、私の靴にはその現場の土が付着していた。私は記憶のない事件に巻き込まれた、と思った。ただ、どうしてその夢を見たのかが不思議だった。裁判の結果私は多摩地方にある医療刑務所に収容された。そこでも、こうして病室で白い壁を見ていたことを思い出していた。

ロクサーヌ (その9)

 1ヶ月ほど経ったある日、親しげに話しかけてくれた人がいた。彼は、私の調書をみて同情してくれたのだ。「今までとてもつらい目にあってきたんだね。何も悪いことをしたわけでもないのに、サマルカンドでもひどい目にあって、ここにきても疑われるなんて。まだ17才なのに、本当に苦労したんだね。」私は、不意に涙が出そうになった。「君を収容所から出してあげるから、もう何も心配しなくていいよ。」彼は、優しい声でそう言ってくれた。私は収容所を出られることになった。しかし、条件があった。公安警察の指示に従い、ある団体の集会に参加して、集会の参加者やどのようなことをしているのかを調べて報告するように言われた。その団体は今のところ国家に害をなしているわけでもなく、そのような兆候があるわけでもない。しかし、人が集団を作ること自体が問題視されているようだった。私自身も公安警察に監視されるのだ。それでも、従わなければこの収容所からは出られない。彼は、収容所の人間ではなく公安警察だった。私は、迷ったのだが彼を信じることにした。そうしなければ、ここを出られないと思ったからだ。収容所を出る日、ご主人が門の前で待っていてくれた。忘れずにいてくれて嬉しかった。「ロクサーヌ、やっと出られたね、良かったね。よく頑張ったね、お祝いにとびきりおいしい中華料理を食べに行こう。」「ありがとうございます、ご主人様。本当にとても嬉しいです。」私はホッとして幸せな気分になった。

ロクサーヌ (その10)

 この国ではだれも働く必要がない。能力に応じて自らの仕事をしているだけだ。生活に困ることもない、必要なものは全て体に埋め込まれたチップによって、消費され記録される。なのでレストランの食事も清算はチップによってなされる。娯楽施設もすべて無料である。料金の概念がない、何かを交換することもないのだ。しかし、それが幸せとは限らない。国家という集団作り、その中で生活するためには組織を統括するリーダーが必要だ。この国にもリーダーがいてあれこれと指示を出すものがいる。そしてその指示に従うものがいる。経済的に服従する必要がなければ、なぜ人は誰かに従うのか?かつては、経済的な理由から集団を作り組織を作り、その中で従って生きてきた。それが、階級とか身分とか差別を生み出した理由と思われていた時代もあった。だが、ここではその必要もないのに管理するものと、管理されるものとがいる。お金のためではなく、自分のやりたいことを実現するために人は人とつながろうとする。共同作業をすることに喜びを見出したいのだろうか?そして共同作業を始めた途端に、集団となり組織を作りそこにリーダーが生まれ、クラスが生まれる。そのことに、反発するものがいる。意見の対立が生まれ、分裂しまた争いが生まれる。ここでは、生きるためとか、生活のため、貧しさのためなどという言い訳は通用しない。そんなものは存在しないからだ。この国はかつて、貧困から解放されるため、人間の自由を実現するためというスローガンのもとに科学的共産主義を目指していた。それは、ほぼ達成されたのだろう。ここでは、私有という概念は存在しない。その必要はないからだ。だが、それでも何故管理するものと管理されるものがいるのか?私にはそれが不思議だった。

ロクサーヌ (その11)

 私は公安警察の丁仙芝(私を助けてくれた人だ)に指示されて、ある団体の集会に出てみた。青い壁面が光に反射してキラキラと輝く高層ビルだった。ビルの34階にその団体の集会室があり、35階が本部になっていた。最初に本部の受付で入会の手続きを取った。手続きは書類に名前を書くだけの簡素なもので、その後、聖水で手と口を清めた。それもただ水を手にかけ、口をゆすぐだけの簡単なものだった。そして集会室に移動した。そこはフロア全体が使われていて200人ほどが参加していたように思えた。講師と呼ばれる人が教壇に立ち挨拶して、その後は大きなスクリーンに映し出された映像を見ていた。それは人類の歴史のようでもあり、中国の西域からペルシャへと続く地域の歴史のようでもあった。サマルカンドの歴史も映し出されていた。私には懐かしい風景でもあった。それが終わると、講師が平和に感謝し皆の幸せを祈って、それで終わりだった。ただ、理由はわからないのだが集会の間、私は少し幸せな気分になっていた。その集会は週に一度土曜日に行われていた。集会の都度、私は丁仙芝に集会の時間と、内容と参加者の人数と誰がいたのかを報告した。
 3週間が過ぎた時に、「毎回報告が同じだね」と彼が言った。そう言われてみると確かに同じ報告だった。初めの15分で受付の手続きをして、次の1時間で集会の映像を見て、最後の10分でエレベーターを降りてくる。そのエレベーターにはいつも同じ5人が乗っている。講師と呼ばれる人の挨拶もいつも同じだった。そして、最後はいつも幸せな気分で終わるのだ。詳しく思い出そうとしても、全く同じ光景しか浮かばない。まるで同じ映画の中のシーンが繰り返されていて、自分自身がその中に入っているかのようなような気分だった。

ロクサーヌ (その12)

 次の土曜日、私はまた集会に出かけた。丁仙芝に言われたので、今度は何も聞き漏らすまいと今までよりも緊張していた。受付の聖水で手と口を清め、集会室に入る。いつもと同じように講師の挨拶がありスクリーンの映像を見る。だが緊張は長く続かない、なんとなく気分が良くなってくる。そうしてぼんやりし始めると、「k君・・・k君・・・」と遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる。誰だろう、とぼんやり考える。「k君、先生が呼んでるよ!」友達の声ではっと、私は我に返った。前を見ると、白衣を着たクラス担任の先生がいた。理科の担任だったのでいつも白衣を着ている。私は、直ぐに「父が死んだのだ」と思った。父はその夏から具合が悪くなり、家で休んでいた。ある日「お腹が出てへこまないんだ」と言う父に、私は元気づけようと思って「僕もお腹が出てるよ」と言った。父は仰向けになり、「こうしてもお腹がへこまないんだ」と言う。父のお腹はみぞおちの辺りがボールのようになっていた。私も仰向けになった。私のお腹はすぐにへこんでいた。私は何か言いたかったのだが、言葉が出なかった。それから父は胃がんのため入院した。先生の車で病院に行くと、病室で母が泣いていた。父は目を閉じていたのだが「お父さん!」と私が呼ぶとゆっくり目を開けた。そしてまた目を閉じで、そのまま亡くなった。私が13歳になる4日前だった。「k君!」また声が聞こえた。今度はハッキリと。私は我に返った、そして理解した。私がkなんだ、と。すべての記憶が鮮明になった。私をkと呼んだ人は、ヒトミと名乗っていた。いつも同じエレベーターに乗る5人のうちの一人だった。「どうして私のことをkと呼ぶの?」私が尋ねると、ヒトミは「私たちは、あなたを待っていたの」と答えた。

ロクサーヌ (その13)

 ヒトミは続けていった。「私たちは同じ船に乗っていたの。ここは私たちの実験場なのよ。ここで、私たちは歴史を作り出す研究をしているのよ。」私にはよく理解できない事だった。「歴史を作り出すって、どういう意味なのだかよくわからないけど。」「あなたは、忘れているのかもしれないけど、私たちは講師のもとで人類の歴史を作り出すプログラムの研究をしていたの。地球の状態とそっくりな天体を作り、それは他のチームがやっているのだけど、私たちは人類の5万年分の歴史を再現する研究をしているの。あの船はそのための研究所よ。はじめは、順調だったのだけど、マネーのない社会になってからもどうしても、人は完全な自由にならない。監視社会になってしまったのよ。最初はプログラムの不備かもしれないと思って調べていたのだけど、原因は不明だった。それで、直接歴史の現場へ向かうことになったの。」そうか、あの船に乗る夢はそういうことだったのか、と私は思った。私がヒトミの説明を聞いていると、講師のウシュパルクが近づいてきた。ウシュパルクの話では、敦煌の東と西を境に亀裂が生まれていた。敦煌より西の砂漠の向こうでは、戦争が繰り返されている。予定ではすでに戦争状態が終わり、人類は経済的問題からも解放されていて、誰も支配せず、支配されない対等な関係の社会に向かうはずだった。しかし、この仮想の地球上にいくつかの亀裂が走り、歴史がそれぞれ異なる方向に向かっている。その亀裂は、歴史の特異点と呼ばれ、時間の流れも違ってしまっているのだ。敦煌の西側で起こった野蛮な戦争状態は東側の人類にも影響を与えている。講師によると、実験がうまくいかない理由としていくつか考えられる。1つには、西側からの戦争の脅威から社会を守るために、東側では監視社会の道を自ら選んでいる。2つ目として、東側では本来自由になっているはずなのに、人類がその自由を行使することに未熟であるため退行が起こっている。この場合には西側は関係ないと思われる。3つ目に、西側から砂漠を越えて避難してくる人々のため予期しない影響が起きている。その他にも最も考えたくない事として、悪意ある何者かがこの実験場に侵入している。その場合は研究の継続そのものが脅かされる事となる。これらの原因を探るために歴史実験の現場へ行くことを決めたとき、私は他のメンバーと別れ自ら望んで砂漠の西側へ行くことを選んだのだった。

ロクサーヌ (その14)

 私たちの文明はこの地球から、10億光年の距離にある星が故郷だった。私たちの祖先は宇宙を旅し、接触可能な文明を探していた。しかし幾つか発見された惑星の文明はすべて消滅した後だった。長い時間の後に地球が発見された。そのころ地球の文明も消滅寸前の状態だったが、復元の可能性はあると思われた。そこで、シミュレーションを行うために地球の環境そっくりのイミテーションの惑星を作りだした。船の実験室の中にである。生命体に対する外宇宙の影響は最小限にしてある。それでも地球上にある幾つかの隕石の衝突の痕跡については、その影響の大きさを考慮して再現された。
そして、地球人類の文明を消滅から防ぐ一つのアイデアとして新しい人種を投入してみた。それがアーリアである。ユーラシア大陸の中央ソグディアナに投下されたアーリアは、瞬く間に東西南北に拡散した。コップに落ちた一滴の雫が作り出す波紋のように。インド、ペルシャ、オリエント、ヨーロッパ各地域をアーリアは征服してゆき新しい文明の契機を作っていった。人類の文明は再び活性化されたのだ。一方でアーリアの影響を受けた古代の地球人の文明も復活の兆しを見せ、各地で融合が起きた。チュルク、モンゴル、漢人、セム人などの文明も生まれてきたのだ。8世紀は初期のアーリアがその周辺の古い地球人からの逆襲を受ける時代の転換点となった。ソグディアナはアラブ人に征服された。追い詰められたアーリア人は反撃のため中国を利用しようとしたが安史の乱で失敗し、その後は胡人と呼ばれたソグドやペルシャ人は排斥されその文化も拒絶された。アーリア人は地中海も失いヨーロッパ半島に閉じ込められた。しかし、このようなアーリアと古い地球人の闘いの外にいたのが日本列島の住民だ。そこはユーラシア大陸と海で隔てられていたため、征服されることがなかった。3万年ほど続く古い文明をゆっくりと変化させながら維持している。北はサハリン、千島列島から南は琉球、小笠原までほぼ単一の文明圏だった。ここには大陸から避難してきた漢人やソグド人、ペルシャ人も受け入れて共存させる力があったのだ。

ロクサーヌ (その15)

 敦煌の空はとても高く青い。多くの塔が立ち周囲には古代の遺跡である千仏洞があった。新しい分明の象徴であるタワーは街の中心部に5棟が星形に並んでいた。各タワーで囲まれたエリアの内側をリングと呼ばれるチューブがつなぎその中をコミューターという無人のカプセルが走っていた。リングは地上から恐らく100mほどの高さを結んでいる。そのタワーには数十万の人が居住しているはずなのだが、外部には音が漏れず驚くほどの静けさだった。タワーのエリアから離れて西側に避難民たちの居住区がある。砂漠を越えて到着した人々はグレートウォールと呼ばれる壁の外側で待機させられる。難民管理棟に収容された後に、脳内を調査されて危険がないと確認されてから解放される。しかし、一般の避難民の居住エリアからは出られない。タワーに近づくことができるのは許可されたものだけだった。ロクサーヌは丁仙芝に報告をしていた。しかし、記憶にあるのは今までと同じ繰り返しで、新しい情報はなかった。丁仙芝は、ロクサーヌに娯楽センターでバーチャルヴィジョンというゲームをやってみないか、と提案した。それは、脳内に仮想現実の空間を示し、その中で冒険や旅行などを楽しむことのできるゲームだった。以前には、メガネのようなものを使い、視覚から映像を取り入れていたのだが、今では脳内に直接信号が送られるようになった。そのためメガネもヘッドギアも不要となった。しかし、何もつけずにそのゲームに興じている間は、一人でつぶやいたり、突然大きな声をあげたり、或いは手足を振り回したりするので他人からは精神に異常をきたしたように見えていた。そのため、このゲームは娯楽センター内に限られるようになったのだ。ロクサーヌは地球の歴史というゲームを選んだ。チップでゲームの情報を受け取り、そのチップから体内のカプセルに信号が送られる。カプセルを通して情報が脳内に送られるという。仮想の空間では地球の歴史の映像が流れ、講師の説明があった。講師はウシュパルクと名乗っていた。

ロクサーヌ (その16)

 バーチャルヴィジョンの映像が終わって、私は動揺していた。丁仙芝は、バーチャルヴィジョンの危険性について話してくれた。「この仮想現実は脳内に直接作用するため、視覚、聴覚、触角などの感覚が制御されてしまい、それらの感覚器官から得られるはずだった実際の刺激が脳に達する前に、仮想現実からの信号が脳の中で現実だと認識されてしまう。仮想現実を体験している間は、夢を見ているような状態となり、リアルに起きていることを認識できないのだ。また仮想現実内で更に仮想現実を体験してしまうと、夢の中で夢を見ている状態になり、それを繰り返すとやがては現実と仮想現実の区別がつかなくなる。現実感がなくなってしまい、自分から遠く離れた状態で自分自身を見てしまうこともある。何重にも重なった仮想現実内の記憶を前世の自分の記憶と、思い込む者も出てきた。そのような事態を防ぐためにも、娯楽センターで管理されるようになったのだ。」
 しかし、ロクサーヌが体験したことは、ここにあるバーチャルヴィジョンのゲームと全く同じだった。丁仙芝は「はるか古代にアーリアと名乗る種族がいた。彼らの信じた宗教ではハオマと呼ばれる幻覚剤を水に溶かし、それを聖水として祭壇に供えていた。祭日には彼らはその聖水を口に含み恍惚状態の中で神に祈ったという。私は、あの団体が用いている聖水はそのハオマではないかと疑っている。」丁仙芝の説明を、私は否定することができなかった。確かに毎回、同じなのだ。そして同じ映像を見ているうちに、実際にそのような地球の歴史を自分が体験してきたように感じているのだ。自分の記憶の一部になってきている。団体の受付で口に含む聖水が、ハオマだとすれば私はいつも幻覚を見ていることになる。私の中にも彼らに対する疑問が浮かび、心が揺らいできていた。

ロクサーヌ (その17)

 ヒトミは、kのことは小学校の頃から知っている。家もすぐ近くで中学、高校とずっと同じだった。中学の頃にkの父が亡くなったのだが、そのことはヒトミにもショックだった。kはそれ以来、暗くなって元気がなくなったように思う。それでも、同じ大学に入ってからは、少し明るさを取り戻してきたように感じていた。それが、また近頃のkは何か悩んでいる様子で、研究室でも顔を見ない日が増えている。「先生、k君は今日も休みですか?彼が担当しているプログラムは大丈夫なんですか?」「まあ、自宅でもできる作業だからねえ。連絡は来ているから、大丈夫だとは思うよ。」「私、様子を見に彼の自宅に行こうと思うんですけど、構いませんか?」「まあ、友達としていくのは構わないけど、僕が行かせたように思われては困るよ。彼は、少しナーバスになっているようなんだ。」「わかりました、私個人の責任で行ってきますので、大丈夫です。」ヒトミはkの家を訪ねたのだが、会えなかった。kの母の話では、体調が悪く病院に行っているという。
 「やあ、k君、久しぶりだね。今日はどうしましたか。」「あの先生・・・また、以前のように、声が聞こえてきたり、自分が遠くに離れて小さく見えたり、そんなことが起きるんです。」「そうですか、大学は行っていますか?」「はい、時々休みますけど、行くことはできています。」「どんな声が聞こえるんですか?」「ええ、実は・・・言いにくいんですが、宇宙からの声のようなんです。あるいは、未来からのだったり。過去、といってもかなり大昔の古代からの声だったりするんです。」「そうなんですか、でどんなことを言ってくるんですか?」「それが、ある時は砂漠で殺されそうになって助けてほしいとか、または未来の世界から危険が迫っているとか。まあ、とにかく苦しいので助けてほしいという感じです。」「そうですか、それは困りますよね。で、どうしようと思っているんですか?」「今は、まだハッキリとはしないので、少し薬を飲めば落ち着くかなと思います。」「それでは、軽い薬を出しておきますね。また様子を見て、苦しくなるようでしたら来てください。」「はい。ありがとうございました。」
 kは病院では、それだけしか言えなかった。本当は自分でも、オカシイのではないのかな、と思っている。しかし、そう、時々なのだが、実際に未来が見えてしまうことがあるのだ。それは、子供の頃からで、妙に勘が働いてしまい、これから起きることがハッキリと見えてしまうことがある。ただ、それも人に話せば益々オカシイと思われそうで、結局胸の中にしまい込んでしまうのだ。

ロクサーヌ (その18)

 私kはその夜夢を見た。暗い夜に、高いビルの間に渡された1枚の板の上を歩く。そして向こう側のビルに渡ると、そこは道路になっている。上を見上げるとビルの間から青白い月が光っている。星はなく、物音もしない、誰もいない夜。これは前にも見た夢だ、この後乗っていた車が凍り付き、道路に横たわると体も凍り付いてしまう。確かそんな夢だったはずだ。しかし、今日は違っていた。夜空の上に2つのUFOのような円盤が現れた。いかにも古臭いUFOだが、まるで小鳥のようにダンスを始めた。なんだか見ていて可笑しくなった。その後は急に明るくなり、ビルの間にある電車のターミナルにいる場面に変わった。電車に乗って東へ走ると、視界が開け海が見えてきた。キラキラと輝く海。そこへ行こうとするのだが、到着する前に目が覚めた。朝起きると、心に力が戻っていた。私は、ある決意をしてロクサーヌへメッセージを送ることにした。
 「ロクサーヌへ。僕はk、君とはまだ会ったことはない。君が起きている間、僕は夢を見ている。僕が起きている間は、君が夢の中にいる。だから、直接話すことはなかった。だけど、君の不安は僕も感じている。あるいは、僕の心の不安が君をそうさせているのだろう。現実と、夢の間をさまよって何が現実で、何が夢なのかわからくなり、何が正しくて何が間違いなのか疑心暗鬼になってしまう。でも、僕は理解した。夢でも現実でも構わない、何が正しくて何が間違っているのか、それは問題ではない。僕たちが見ている現実というのも、また一つの夢に過ぎないのだ。だから、大事なのは楽しく変えてしまうことだ。円盤がダンスを踊るという夢をみて心が楽しくなった、この先は楽しくなれるという暗示だと確信する。大事なのは決意だ。今見ている夢を、楽しく変えるために動いてみることにした。緑色のカバンがあるはずだ、それを見てほしい。このメッセージが君に伝わることを願っている。」
 kはプログラムのコードを少しだけ書き変えて、その中にメッセージを忍ばせた。

ロクサーヌ (その19)

 ロクサーヌは朝目覚めると、緑色のカバンを開け中からメッセージと古びた地図を取り出した。それから、紫色の宝石のついたブレスレットを見つけると左手に付けてみた。その後自分の部屋を出て、ご主人の部屋をそっと訪ねた。「ご主人様相談があります」「朝からどうしたんだ、ロクサーヌ?」「私は、迷っていました。丁仙芝に従うべきか、それとも私の仲間だというヒトミたちに従うのか。でも、決心がつきました。私は、自由に自分の意思に従って生きたいと思います。その為に、この敦煌を出て長安へ行きたいと思っています」「それで、私に一緒に来てほしいのかい?」「ええ、はい、勝手なお願いですけど・・・。お願いできませんか?」「わかったよ、私もここは余り居心地が良いとは思っていなかった。私は、自由に旅をしていたいと思っていたからね。他の者たちにも聞いてみるさ」暫くして、ご主人様と5人の従者が現れた。ミトラ、バルナ、ナースティヤ、それに翔と喜娘の5人だ。ミトラ、バルナ、ナースティヤの3人はソグディアナの出身だった。翔と喜娘は日本人の子孫だった。残りの者たちはこの敦煌に残留することを希望した。朝のうちに7人は出発した。タワーにあるリングに向かい、そこから長安行きの長距離列車に乗る。敦煌は砂漠の軍事都市のため内部はコミューターで移動できるが、外部の都市とは隔離されていた。この長距離列車以外での移動は禁止されており、許可なくしては移動できないのだ。ロクサーヌ以外の6人は敦煌での許可証を持っていたのだが、ロクサーヌは外部への移動を禁じられていた。ロクサーヌの腕輪は、チップの信号を狂わせ追跡を防ぐためのものだった。

ロクサーヌ (その20)

 長安までは南にくだりチーリェン山脈沿いのルートを通る。チーリェン山脈は標高4000mを超える山々が連なり万年雪がとても美しい。列車の車窓を眺めながらミトラが不満そうに言った。「敦煌ではコミューターで快適だったのに、どうしてこんな古びた列車なんだろう。まるで別世界だよ」ナースティヤが答えて言った。「別世界なのよ、この新聞を見て長安ではチュルクの反乱がおきているらしいわ。見てこの写真、酷い暴動になっているのよ。敦煌は安全で静かだったけど。チーリェン山脈の南にある青海湖もチベット族に占領されたと書いてあるわ」
 しばらくウトウトしているうちに車内アナウンスが流れた。「長安まであと10分で到着します」「長安では反乱軍による略奪が起きています。この列車は長安に到着後は車庫に入ります。十分ご注意下さい」ミトラがまた言った。「こんな所に来てしまってどうするんですか?」ご主人がたしなめるように言った。「こんな時のためにお前がいるんだろう。お前の役目は戦うことなんだから、お前とバルナが先頭に立つのだ」ミトラとバルナは、ソグディアナに居た頃はチャルカと呼ばれる武人の子孫だった。長安に列車が着くと、駅は群衆たちで混乱していた。中には太鼓や金物を鳴らし旗を立てて踊っている人たちもいた。余りの騒々しさで声も聞き取れないくらいだった。ご主人は「ひとまず、街へ出て様子を見よう。ミトラは先頭にたち、バルナは後ろを見てくれ。皆、絶対に離れるんじゃないぞ」元々キャラバン商人だったので、このような非常時はむしろ慣れっこで、ご主人も生き生きとしているようだった。ミトラもバルナもいつの間にか懐に刀を忍ばせていた。

ロクサーヌ (その21)

 駅の外には道路を埋めつくすかのように人々が倒れていた。うめき声と、助けを求める声と、そして泣き声が響きあい私たちは圧倒された。ミトラがまた言う「こいつは、酷すぎる。アラブ人の方がよっぽど増しじゃないのか?!」その言葉で私はソグディアナを思い出した。「同じよ!サマルカンドでも何度も同じことがあった。アラブ人は、倒れた人たちを最後は火を放って焼き殺していったわ。」「そうだったな。済まない、ロクサーヌ。お前は、そんな目にあってきたんだったな」ミトラが済まなそうに謝った。ご主人様の命令で偵察に出ていた翔が戻ってきた。「ご主人様、反乱の首謀者は安禄山というそうです。名前からしてソグド人と思われますが、チュルク人を率いているそうです」ご主人が尋ねる「お前は、誰からその情報を得たんだ?」「日本から来たというお坊さんです。あの角を曲がったところで座り込んでいたんです。」「その坊さんに会えるか?」「はい、近くのホテルに行くといっていましたので、案内します」通りの角を曲がると、正面に大きなホテルがあった。入口の前には武器を持った兵士が数名立っている。よく見ると、あちこちのビルや店の入り口に兵士が立っている。私は翔に尋ねた。「あの兵士たちは、政府の軍隊なの?それとも反乱軍なの?」翔が答えた。「いや、どちらでもない、あれは金で雇われた私兵だ。それぞれのビルやホテルに雇われているんだ」「お金って、この国ではお金は無くなったんじゃないの?」「それが、ここ長安ではお金が使われているんだ。それも政府のお金ではなく、外国のコインや金貨、宝石などだ。ここでは政府機能が崩壊しているんだ」翔のもたらした情報は、全く予想外だった。そもそも、長安に来たのは政府の監視を逃れて自由に生きるためだった。しかし、ここでは国が崩壊してしまっている。確かに自由なのかもしれないが、決して安全ではない。しかも、お金が必要となるとは、まるでいきなり時代を遡ったような気がした。

ロクサーヌ (その22)

 私たちがホテルに入ろうとしたとき、突然兵士が遮った。銃を突き付けられ、何か早口でまくし立てている。慌てて両手を頭の後ろに組んだ。彼らは許可証を見せろと言っているようだ。何の許可証なのか、そんなものを持っているはずもない。翔が私に、緑色のカバンからコインを出すように言った。それを兵士に渡して、ようやく私たちはホテルに入ることができた。ここではお金が必要なのだ。ホテルのラウンジで日本人のお坊さんに話を聞くことができた。彼は日本国の政府からの派遣で、長安で学問を収めるはずだった。しかし、来てみれば、長安は治安が乱れとても学問をする環境ではなくなっていた。そこで、敦煌へ行くつもりだったが、列車も動かなくなり途方に暮れているところだった。ホテルの中は、静かで人々も落ち着いている。外では、騒乱が起きているのだがまるで、違う世界のようである。ゆったりしたソファーに腰を掛け紅茶を飲む。窓の外にタワーがそびえたち最上部には雲がゆっくりとたなびいている。壁面は夕日のオレンジ色を反射してキラキラと金色に輝いている。しかし、そのタワーはすでに廃墟になっているという。かつての文明の残影に過ぎないのだ。チュルク人たちはそのタワーを使う術を知らず、放棄されたのだった。そんな説明を聞きながら窓の外を見ていると、一瞬ヒトミの姿が見えた気がした。そんなはずはない、と思いながら紅茶に口を付けた。そして私はまた意識が離れていくのを感じた。どうしようもないのだ、周囲の声が遠くなり、自分の中に深く入り込んでゆく。戻ろうとしても、自分では戻ることができない。深い海の底にゆっくりと沈んでいく感覚。それはまた妙に心地よくもあるのだ。私は黙ってその感覚に身を任せていた。すると、声が聞こえてくる。遠い過去からか、それとも遠い未来の記憶なのか。気が付くと私は、廃墟となったタワーの中にいた。

ロクサーヌ (その23)

 タワーの中は吹き抜けになっていて私は下を見下ろした。はるか下のその先は暗くなっていて見えなかった。そこへ女性の姿が見えて、ゆっくりと滑るように近づいて来る。金髪の長い髪はふわりと揺れているように見えとても穏やかな様子である。彼女は「ロクサーヌ、あなたに伝えたいことがあります。私の名前はペーシュウォーダ『先に創られたもの』と呼ばれています。私たちの文明は1億年の間繁栄と衰退を繰り返しました。そして最後の繁栄が続いて5万年が過ぎたころ私たちの文明は、星々の間を自由に行き来できるようになり、『新しい宇宙』を手に入れた、と思いました。エネルギーは無限にあり、宇宙の謎をほぼ解明できたと思ってしまったのです。しかし、それは誤りでした。私たちの宇宙は急速に縮小し、太陽のエネルギーも失われました。全てが凍り付いてしまい、やがて暗黒に飲み込まれてしまいました。私たちは宇宙船に乗って滅びゆく惑星から遠く離れることにしました。なぜ私たちの文明が滅びたのか、今は少しわかります。宇宙の謎は外にではなく私たちの内にあるのです。『小さな私』と『大きな私』があり、そのことを知るべきでした。けれど、私たちはもうすぐ無限の自由を手にすることができると思い、益々『小さな私』を増やしてしまった。その『小さな私』が暗黒を引き寄せていたのです。小さくなった私たちの宇宙は見る間に暗黒に飲み込まれてしまった。私たちの惑星は、銀河集団の集まりであるスローン・グレートウォールの一端にありました。ここから見ればちょうど対角線上になりその距離は10億光年です。そこから先は暗黒の宇宙です。私たちは長い旅の果てに既に滅び去り、今ここにいるのは『こころ』だけ、光によって運ばれた幻影にすぎません。しかし、大事なのは『こころ』なのです。ロクサーヌ、意識を自分の内部に向けてください。『こころ』は誰にもありますが、私を見ることのできるものは限られています。もしあなたが私を見ることができるのなら、自分の『こころ』をよく見て観察してください。そうすれば、この破滅をもたらす暗黒の正体を見ることもできるでしょう。」そう言い終えるとペーシュウォーダの幻は消え、気づくと私はホテルの部屋の中にいるのだった。

ロクサーヌ(その24)

 このホテルに来てからもう2週間になるが、事態は一向に収まる気配がなかった。安禄山は新しい国を建てその皇帝を宣言していたが、一方では前の政府も西に避難しながら反攻の機会を伺っている。各地で漢人たちの義勇兵も立ち上がり争いは続いていた。「お坊さんはこれからどうされるお考えですか?」ご主人様が尋ねた。「私は日本へ帰ろうと思います。ここでは学問は出来そうもありません。」「日本はどんな国なのですか、噂では東の海の向こうで、まだ新しい国だと聞いていますが。」「私たちは、いつからかは分かりませんが、はるか昔から日本に住んでいました。ただ、国の名前を『日本』としたのはここ何十年かのことです。日本は静かで美しい国です、こことは全く違います。」「その日本へは、どうやって帰るおつもりなのですか?」「揚州まで運河を下り、揚州から日本行きの船に乗り換えて帰ろうと思っています。」「揚州まで行く船はあるのですか?」「このホテルで聞いたところ、コインさえ渡せば船を出してくれるそうです。もっとも肝心のコインが不足していますが。」私たちは、また迷った。ここにいても埒が明かないのは分かっている。だが、一度日本へ向かえば二度とサマルカンドには帰れないかもしれない。向かう途中で嵐に会い船ごと海に沈んでしまうかもしれない。砂漠の嵐には慣れているが、東の海は全く想像がつかないのだ。しかし、皆の意見を聞いてみると、ミトラは新しい冒険に乗り気だった。バルナはいつも静かなのだが、反対はしなかった。ナースティヤも、彼女は武術が得意で、やはり冒険したいと思っていた。翔(かける)と喜娘(きじょう)は、日本人の血を引いていると言われていたので、できれば行ってみたいと思っていた。私とご主人様だけが不安に思っていたようだ。最後は、ご主人様が決断した。「よし、まずは揚州までのんびり船旅をするとしよう。」私たちは、お坊さんと一緒に日本へ行くことにした。コインは私の緑色のカバンがあるから大丈夫。このカバンがこんな風に役に立つとは、敦煌で見たときには想像もつかない事だった。

ロクサーヌ (その25)

 翌朝、船着き場へ着くと朱い橋がありそのたもとに2匹の白い犬がいた。私たちが橋のたもとにつくと辺りは真っ暗になった。2匹の犬が私の両側に寄り添うように近づいてきた。そして空から声が聞こえた。「この橋を渡る者は2度と元へは戻れない。そして橋を渡っている間は決して振り返ってはいけない」私は一瞬躊躇した。しかし引き返すことはできない。私たちは無言で後ろを振り返らずに、一人ずつ2匹の犬に導かれて朱い橋を渡った。皆が渡り終えると、また明るくなりほっとしながら船に乗った。あの声は皆にも聞こえたのだろうか?誰もが黙っていた。多分それぞれに不安なのだろう。お坊さんだけが悠然と構えているように見えた。お坊さんが言う。「皆さんにも声が聞こえましたかな?」ご主人が尋ねた。「あれは一体何だったのですか?」「あれは仏の教えでは、三途の川と呼ばれ、その川を渡ると死者の国に行くと言われているのです。あの犬たちは、死者の魂を悪鬼から守ってくれているのです。」ミトラが口をはさんだ。「私たちは死者の国へ行くのですか?」「日本へ行くためには、一度死者の国を通らねばなりません。この川が海に尽きるところが揚州でそれまでの間が死者の国です。揚州からは大海を越えてゆくのです。それほど日本は遠い国なんです。でもあの犬たちが守ってくれて無事に橋を渡り終えましたから、もう大丈夫ですよ。」
 いま私たちは、死者の国の川を船に乗ってわたっている。見たところは何の変哲もない、空は青いし白い雲もゆっくり流れている。この空を見ているとサマルカンドの青い空が美しく思い出される。もう随分遠くへ来てしまった。もう2度と戻れないのだなあ。そう思うと、悲しくはないのだがふと涙がこぼれた。随分と色々なことがあった気がする。敦煌でのことも遠く過ぎ去った記憶だ。そして今は奴隷でもなく、ご主人様と5人の従者がいて家族とか仲間とか、友達とかそんな暖かい気持ちになれる。これは、前とは違う私だけの記憶だ。kの記憶が大きかったのだが、今では私とkは別の記憶を生きているような気がする。私は『私』になったのだろうか?これが『小さな私』ということなのだろうか?よくわからなかったが、船の上でゆっくり揺られて、川風に吹かれていると、とても気持ちが良かった。

ロクサーヌ(その26)

  船に乗って10日が経ち、旅も終わりに近づいた。10日の間、私たちはお坊さんから色々な話を聞いた。輪廻転生と解脱、地獄と極楽や閻魔様の話など。退屈な話もあれば興味深いものもあった。死者の霊魂は火葬にされた後、月の世界へ行きやがて雨とともに地上に下り、地中に入って食物となり、男に食べられその体内に入り、精子として母胎に入って再生する。これが輪廻だ。修業を積んで正しい知識を得たものは火葬ののち神の道に入り地上に戻ることはない。これが解脱だ。一般のものは火葬ののち祖先と同じ道をたどり地上に再生する。その際は、人間だけでなく虫や獣になることもある。これが転生だ。簡単に言えばそんな話だったように思うが、良くはわからなかった。喜娘がお坊さんに尋ねた「お釈迦様はどうして解脱を望まれたのでしょうか?」「お釈迦様ははるか遠い昔にある国の王子様としてお生まれになった。その頃その国は争そいの只中に在った。今の長安のように。それでお釈迦様は人々が争いで死んだり病気で苦しむ姿を見て、深く嘆かれたのだ。何とかしてこの苦しみを終わらせたいと思われて、国も家族も捨ててただ一人修業の道に入られた。やがて苦しみの根源は執着にありそれを断つことで輪廻の道を断つ事ができ輪廻がなければ苦しみも終わるとされたのだ。それを解脱といわれたと聞いているが、私にも本当のところはわからない、まだ修業の途中なのだよ。」私は、それを聞いて自分を恥じた。長安で私は、苦しむ人々を見捨てたのだ。静かなホテルで窓の外の人々の苦しむ姿を見ながらお茶を飲んでいたのだ。長安を出るときの私の心の不安、後ろ髪を引かれる様な感じは、此の事だったのかもしれない、と思った。私とは違って、人々の苦しみを正面から見ることのできる人もいたのだ。しかし、私に一体何ができたのだろう?私は無力で、小さな人間なのだ。ただ、以前の私と違うのは自分のことだけではなく人の苦しみも少しだけわかるようになった、ということだ。最後にバルナが尋ねた「ところで、この川は本当に死者の国なのですか?とても平和に感じますが。」「あれは方便だ」「方便とは?」「嘘なのだ。実は、私もこの川を下るのは初めてだ。あの時、あの橋を渡るのは私も怖かった。自分だけ助かって、人々を見捨てていくようで、また初めての川を行くのも不安だったのだ。だから、あれは自分への戒めだ。死出の旅路を行くぐらいの覚悟が必要だったのだ。残るのも地獄、行くのも地獄、どちらにせよ後戻りはしないという覚悟だ。それであんな話を作ったのだ。」バルナはいつも冷静だ、きっと初めから作り話だと思っていたのだろう。バルナは弓の名手で、特に馬上から振り向きざまに弓を射るパルティアンショットを得意としていた。どんな時も冷静に、正確に的を射るのだ。

ロクサーヌ (その27)

  ヒトミは、敦煌でウシュパルクに報告していた。「ロクサーヌを長安で見ました。彼女はあの廃墟となったタワーに一人で歩いて行きました。護衛もなく、たった一人であの騒乱の中を行くというのは、どうしてなのでしょう。しかも、誰も彼女を攻撃せず、彼女を遮る者もいませんでした。彼女が通ると、皆道を開けていたのです。」ウシュパルクはしばらく沈黙していた。やがて、何かに気づいたように口を開いた。「恐らくロクサーヌは、自分の意思を持ち始めているのだろう。」ヒトミが愕いて言う「ロクサーヌはただのプログラムされた自動人形にすぎません!それがどうして意思を持つのでしょうか?プログラムされた自動人形は、ただ他の自動人形の真似をするにすぎず、自分では思考せず、自分では感情も持てない、それが本来の姿だったはずです。彼らの発する言葉は、オウム返しに過ぎない、そのようにプログラムされているのですよねえ。」ウシュパルクが答えた。「確かにお前の言うとおりだ。だが、そもそもごく僅かな確率で、自ら思考し新しい言葉を発するようにしてあるのだ。そうでなければ、進化というものが起きないからだ。その進化のプログラムが発動するのは、その者がある知性の水準に達したときか、もしくはプログラムに何者かが侵入し、異常が発生した時だ。ロクサーヌが急に知性の水準を自ら上げたとは考えにくい。何らかの異常が起きているのだ。」そう言われると、ヒトミには長安の混乱ぶりはやはり異常だと思えた。「長安の状態はとてもひどいものでした。敦煌が自由を制限するのも無理はないと思われます。暴力が支配し、人々はコインだけを頼りに動いています。」ウシュパルクは、考えあぐねていた。原因がわからないままでは、実験を中止することもできない。もし今の状態で中止すれば、何の成果も得られないからだ。だからといって、このままにすることも危険に思えた。ロクサーヌが意思を持つということは、他の自動人形たちも意思を持つ可能性があり、そうなるとこの仮想の地球全体がコントロール不可能な状態になってしまうからだ。
 思考するうちに一つの可能性がウシュパルクの脳裏に浮かんだ。「ロクサーヌはペーシュウォーダを見たのかも知れない。」「ペーシュウォーダとは何ですか?」「私たちより『先に創られたもの』のことだ。彼らの文明は古く、私たちとは違う道を歩んでいた。私たちは彼らよりのちに生まれたのだが、伝説では彼らは星々を支配するほどの文明だったと云う。しかし、暗黒が彼らの文明を滅ぼし、彼らは滅び去ったのちも光となり宇宙を彷徨っていると云う。」「それがどうして、ロクサーヌと会うのでしょうか?」「会ったのではない。あれはヴィジョンなのだから。ヴィジョンを見ることのできる者だけが、あれを見ることができるのだ。ロクサーヌを作ったのはkだ。つまり、kがヴィジョンを見ることができる者なのだろう。」ヒトミはkの暗かった子供の頃を思い出した。

ロクサーヌ (その28)

 私kは、その日答えを見た、と思った。だが、答えを見ることを予感し期待してワクワクしている自分に気づき、すぐにそれが誤りだと思い直した。なぜなら、本当に答えが分かった時にはもう既にその答えへの興味は失われ、次の問題へと思考は移っているからだ。答えが分かると期待している時には答えは分かっていないということだ。だが、答えに出会える予感はあった。その日は朝から病院へ行く予定だった。途中、駅の踏切を渡るとき反対側を渡ってくる老婆を見た。「この人だ」と分かった。私は踏切の手前で道路を横切り老婆に声をかけた。「あなたですね。」その人は「はい。」と頷いた。道路の左手にある地下の喫茶店に入った。"貿易風"という看板が目に入った。どこかで聞いたような気がした。中に入ると、テーブルを挟んで向かいに座り、店の様子を見た。帆船の写真が飾ってあった。その帆船を見て、思い出した。そうだ、学生の頃通っていた喫茶店に似ている。あれは、飯田橋から目白通りを北に歩いた路の左手にあった喫茶店だ。アルバイトの帰りによく行ったことがある。そうしてみると、カウンターも、棚に置かれたコーヒーカップもよく似ている、いや全く同じに見える。「ここは、どこなのですか?私は、ここに来るのは初めてなのに、まるで以前ここに来たことがあるような気がします。」「あなたに見えているのは、あなたの記憶が作り出したものです。あなたのイメージが作り出したものが見えているのです。」そう言われると、店の風景が揺らぎだした。すべての形が変わってゆく。向かいにいたはずの老婆の姿も揺らいでいる。「あなたは誰なんですか?」「私は、意識の流れです。あなたは、今この店が揺らいで見えていると思った。それは、あなたの意識が揺らいだのです。」老婆の顔が少し若くなった。「私は、答えを知りたいと思いあなたに出会いました。」「これが、答えなのです。あなたは、今まで『見られるもの』でした。あなたの思考は、他の誰かの言葉で一杯になり、あなたに見えているものは、他の誰かが見たものを映しているだけだったのです。でも、それは終わりました。あなたは、『見るもの』になったのです。自分の意思で思考し、自分の思考したものを見るのです、他の誰かではなく。」「どうして、私が『見るもの』になったと言えるのでしょうか?あなたは、いったい誰なのですか?」「大きな意識の流れがあり、それはたとえて言えば川の流れ。多くの人は川を流れる水のように、誰もが溶け合い形を持たずただ流れ去るのみなのです。けれど、あなたはほかの人と別れ、泡になった。形を持ったのです。私は、その泡の傍らを流れる小さな意識の流れ。あなたが泡になったから、私も生まれたのです。」「私は、自分の意思を持ったということなのですね。」「そう。今まであなたは、他の人を恐れ、他の人に見られる事を恐れていました。けれど、これからはあなた自身の思考を宣言するのです。」「あなたの名前は何ですか?」「私に名前はありません。大きな意識の一部にすぎないのです。」「私は、その全体を理解することができません。あなたを他と区別するために名前が必要なのです。私が、あなたの名前を付けても構いませんか?」「はい、私はあなたの傍らに生まれたものです。だから、あなたが名前を付けてください。」「それでは、あなたのことをフロストと呼びます。」「ありがとう、私はあなたが泡でいる間、あなたの傍らにいます。」
フロストと別れた後、私は予約してある病院へ向かったのだった。

ロクサーヌ (その29)

  カウンセラーの先生に、私は大学を辞めたいと話した。「大学をやめてどうしますか、何か予定はあるのですか?」「いえ、今は何も考えてはいません。ただ、暫く一人になって考えてみたいのです。アパートを借りて家を出るつもりです。」「生活はどうするんですか?」「しばらくは貯金があるので、半年くらいしたら働くつもりでいます。」「そうですか、何か大学でありましたか?」「いえ、特に何があったというわけではないんです。ただ、最近妄想もひどくなっているようで。環境を変えた方がいいのかなと思うんです。私は、人と深く付き合うのが苦手なんです。初めのうちは良いのですけど、長くなると色々胸の内だとか、過去の経験だとかを話したりもしたくなるのですが、そうするとちょっと変な風に思われるのが怖くて、それが面倒になるんです。それと、プログラマーをやっていると、色々と分からないことをサイトで調べるのですが、その際世界中の方からメッセージをもらうんです。そのやり取りの中で、間違ってくるメッセージもあるのですが、時々全く知らない言語のメッセージもあるんです。Lei,とかLeuとか使うのでラテン系かなとは思うのですが、メジャーな言語ではなくて、ラテン語とも違っているようです。最近その言語のメッセージが頻繁で変だなと思っていたんですが、私の前の担当の方の裏サイトを偶然見てしまって。そこには宇宙からのメッセージが記録されていて、どうやら交信していたようなんです。それを見たときに、自分もこうなるのかな、と少し心配になってしまいました。」「そうですか、それは少し心配ですね。でもご自分で心配だなと思っているうちは大丈夫ですよ。k君の場合には、今まで仕事もして生活ができていますし、ご家族の方にも迷惑をかけているわけではないので、病気ではありませんから。ただ、少し気分を変えてみたいのなら、大学をやめて家を出るのも良いかもしれませんね。自分の好きなように生きるのが大事ですから。ただ日常の生活だけは続けるようにしてください。」
 先生に全てを話したわけではないが、少し気が楽になった。病気がちの母を残して、一人で生活するのは少し不安な点もあるが、今踏み出さなければずっとこのままグルグルとした不安を抱えることになりそうで、それを思うとやはり振り切ろうと思う。母のことだとか、仕事のことだとかあれこれの言い訳を持ち出して、自分自身の不安から逃げているだけなのだ、と思った。

ロクサーヌ (その30)

 私ロクサーヌは、川旅を終えて揚州につくと船を乗り換えた。外洋を旅する大きな船だ。船着き場に一度降りると、そこには乗船の順番を待っている大勢の人々がいた。ペルシャから来た王族の人やその神官と護衛たち。また貧しい身なりの人や、病気の人。そして一見して乱暴そうな一団の人たちなど様々だ。船は上中下の3等に分かれていて、私は中等で良いと思っていたのだが、ご主人様はお坊さんが日本国の政府から派遣されたことを考え上等に乗るという。日本国についた後のことを考えていたのだ。待っている間にさっそく翔が乗客たちから情報を集めていた。乱暴そうな一団は、やはり犯罪人だった。彼らはこの船に乗るために他の人からコインを奪ってきていた。しかし、ここではそれらのことは無視される。コインの価値によって誰でも乗ることができる。病人も、この先の船旅に耐えられるのか、心配なところだがコインさえあれば大丈夫。コインの前ではだれでも平等なのだ。私たちは、王族や神官たちと同じ最上階の部屋に乗ることができた。
 大海原を渡るというのは、天気さえよければとても気分の良いものだ。見たことのない魚たちが飛び跳ねていき、鳥がその上を旋回している、時々大きな白い水煙が上がり巨大な生き物が宙を舞う。私には、新しい世界だった。
 数日のうちにレキオという島に着いた。ここで唐から来た船長と船員たちは、船を降り、日本から来た船長たちと交代する。ここからが日本になるのだ。しかし、お坊さんの話では、この先にあるアマミという島からが日本でレキオは日本ではないという。日本が国名を改めたときにアマミの人はお祝いに来たのだが、レキオの人は来なかったのだという。レキオとアマミは隣同士で風習も言葉も同じなのだが、何やら違いがあるらしい。
 日本人の船長の命令で、私たちはどこから来たのか、どんなことをしていたのかを申告することになった。これは、そのことによって分けられるということではなく、それを調べることで万一嵐にあった場合にこの船の安全を守る為、誰がどんなことができるのかそれを調べるためだった。いざという時に私たち乗客も協力して、自分のできることをしなければならない。ここでは、安全を守ることが優先された。そのためには、身分の差も、男女の差もなく皆その出来ることをすることが必要とされていた。海の上では、だれもが協力し、船長の命令に従わなければ命の危険にさらされるということだ。

ロクサーヌ (その 31)

 私たちは船長の指示で、嵐の際の役割を確認し訓練をした。元気な男性は甲板に上がり帆をしまう、元気な女性は、船に侵入する水を掻き出す。そして王族や神官、僧侶は最下層の船室で病人や子供の面倒を看る。不平を言うものもいたが訓練には従った。
 その後は海の上ではすることもなく私たちは、お坊さんとペルシャの神官たちの話を聞いていた。ペルシャの教えでは、この宇宙は善と悪の闘いであるという。宇宙の始まりに2つの霊があり、お互いの存在に気づいたとき善神アフラ・マズダーは光・真理・生命などを選び、悪神アンラ・マンユは闇・虚偽・死などを選んだ。そしてお互いが相手を滅ぼそうと戦った。人間は自由意思を持ちどちらかの側に立って戦う。最後には救世主が現れ終末戦争で善が勝利するが世界は溶けた金属で覆われてしまう。最後の審判の後、世界は再び創造される。人間は善悪どちらかに立たねばならず、善の側に立てば死後の審判で天国に転生できるが、悪の側に立ったものは地獄へ行く。複雑な話でよくわからなかったが、ソグドの神話と似ていたように思う。しかし、違うようでもある。人間は自由意思を持つというが、善の側に立って戦わなければ地獄へ行くのだから選択肢はないようにも思える。むしろ疑問なのは、ソグドもペルシャも元は同じで隣人だったのに、なぜ分かれたのか。お坊さんの尊敬するインドの神様ももとはペルシャの神様と同じである。そういえば、アラビア人のイスラム教もユダヤ教もローマ人のキリスト教もみな善悪の闘いである。もとは同じなのだろう、なぜ人々は分かれてゆき互いに争うのかそれが不思議である。
 そんなことを思っているうちに、雲行きが怪しくなってきた。嵐である。私たちは、訓練の通りに船長の指示に従いそれぞれの持ち場についた。黒い波が大きくなり、船は高く上へ上へと持ち上げられたかと思うと、いきなり落下する。それを繰り返していると、とても気分が悪くなってきた。すると、ペルシャの王族や神官たちが不満を言い出す。「このような嵐で、最下層の船室にいるのは危険だ」というのである。それを聞きつけた、犯罪人たちも「コインを払ったのに、危険な甲板で作業はしたくない」という。子供や、病人を抱えた人たちも「心配なのでそばを離れたくない」と言い出す。皆が自分勝手な都合を言い出したのだ。日本人の船長は、「もし命令に従いたくないのであれば、コインは返すのでこのボートに乗って船を降りてください」という。しかし、人々は口々にそれも嫌だと言いだして収まらない。すると、船長はこう言った。「どうしても命令に従わない者は誰であれ、今この場で斬り捨てます。全員の安全のためです。」皆は驚き、その後は黙って命令に従った。

ロクサーヌ (その 32)

   嵐はますますひどくなり、帆をしまおうとしていた犯罪人たちは甲板の上で投げ出されてしまった。右へ左へと転がるうちに、ついにその一人は耐えきれなくなり甲板から船内へ戻ろうとする。それを、船員が止めようとして駆け寄る。2人は船の上でもみあいになり、甲板の上を転がってゆく。ふいに動きが止まり、犯罪人が立ち上がると、その手には船員の腰にあった短剣が握られていた。船員は、もう立ち上がることはなかった。嵐の中、犯罪人はずぶ濡れになりながらじっと宙を見ていた。ミトラが思わず駆け寄ろうとしたが、ご主人様に制止された。今ミトラが動けば、他の犯罪人たちも動きだしそうなれば騒ぎとなってしまうからだ。その場にいた誰もがじっと互いの様子を伺っていた。
   そこへ、船長が数名の船員を伴ってやってきた。船長は、動かなくなった船員を一瞥することもなく、犯罪人の前に行き、低く身構えた。左手で腰の大刀の鞘を握りしめ、ゆっくりと右手を刀の柄にかけた。犯罪人は身じろぎもせず船長をにらんでいたが、ほんの一瞬子供の頃からのことが鮮明に思い出された。犯罪人は、朝鮮半島の出身だった。家は貧しく、飢饉のために家族で国を捨て満州へ行った。父は定職には就けず、鉄くずを拾ってはコインに変えて生活していた。小さい頃、川の堤を滑り降りて遊んでいたのだが、その時順番を待つことができずに前に並んだ子を突き飛ばし大怪我をさせたこと。そのせいで父から鉄パイプで殴られ血だらけになったこと。何も食べるものがなく、おなかがすいたと騒ぐと、父が飼っていた犬を殺して鍋にして食べさせてくれたこと。その肉を豚肉だと嘘をついて友達に食べさせたこと。18歳になり、長安へ行くと言って家を飛び出したこと。しかし、たどり着けずに暗い山道を歩いていると、大雨になったこと。その時一軒の家の明かりが目に留まり、雨宿りを頼むつもりで家の前まで歩いた。すると、犬が吠え騒ぎ中から出てきた男に鎌で追いかけられた。必死になって逃げるつもりが、もみ合いになり、思わず持っていた傘でその男を突き殺してしまった。男を川に投げ捨て、その後は無我夢中で走って逃げた。
  そう思ったとき、犯罪人は自分の体が首から離れてしまったことに気づいた。大雨の中、暗い嵐の空をぼんやり白くなった自分の魂が飛んでいくのを見た。それから、犯罪人の仲間たちが駈け寄ってくるのが見えた。同じ罪の意識におびえ、同じ罪を犯してきた者たちだ。お互いにいつ裏切られるかもしれないと疑いながらも、最後に駆けつけてくれた者たちだった。彼らを見上げながら、犯罪人は「一足先に地獄で待っているぞ」と思った。
 暫くして、嵐が過ぎ去り空は嘘のように晴れ渡った。

ロクサーヌ (その33)

   予定通りなら、今頃は島伝いに進んで種子島辺りにつくはずだったが、私たちの船は嵐で流された為なのか、見渡す限りの青い海と空の中にただじっとしているように思えた。風もなく、マストも1本折れたせいか、進まない。島影一つ、波一つ見えない海で私たちは数日を過ごした。それからようやく異変に気が付いた。進まないのではなく、動いていないのである。よく見ると、海も波がないのではなく動いていないのである。凍り付いたようなその世界に私たちは取り残されていた。いつからそうだったのか、思い出せない。船長を呼びに行くが、返事がない。他の船員も、否お坊さんやペルシャの神官たちも、乗客たちも誰も動かない。動いているのは私たち7人だけだった。私たちの船は、透明な氷に包まれたようだった。そして、初めはゆっくりと、やがてハッキリと分かる速さで上昇していたように思える。だが、動いてはいない、何の重さも抵抗も感じられないのだ。ただ、海がどんどん遠くなり、地球全体がどんどん遠ざかっていくように思えた。私たちの船は動いていない、だとすれば地球が遠ざかっているのか?しかし、波も風もなくただ遠くに小さくなっているのだ。地球が、世界が小さくなっているのか?それとも私たちが大きくなっているのか?私たちは、よくわからぬまま決断を迫られた。緑色のカバンの中から、地図を取り出して開く。眼下に見える陸地の形はキュウシュウの形だった。私たちは、飛び降りるかどうか迷っていた。だが、遠ざかるスピードはますます速くなり、飛び降りる決断の時も失った。空がどんどん近づいてくる。青かった空は真っ暗になり、遠くにあったはずの深淵もまるで手を伸ばせば届くかのような気がしてくる。そして、その暗い空の向こうにまた別のもう一つの空のようなものが見えた。一瞬だがそれは、夕焼けのようなオレンジ色の美しい空に思えた。
 次の瞬間、私たちの船は突然落下し始めた。落ちたのではないのだが、今度は地球がどんどん近づいてくる。なんの動きも感じないまま、ただ映像だけが大きくなって近づいてくるような不可思議な感覚。しかし、そのスピードに私たちの心は恐怖で一杯になった。私たちはたまらず、船の客室の中へと避難した。恐怖の時が終わり、私たちの船はまた海の上に着水した。まだ、何も動きはない、時が止まったかのような静けさのままだ。船の後ろには、小さな島が見え、前方には遠くに港が見えた。私たちは、船を出て、海の上を音もなく歩いて行った。全員が港に上陸して後ろを振り返ると、船は消えていた。海は、相変わらず静かだったのだが、鳥が飛んでいるのが見えた。
私たちが上陸したのは、鐘崎という小さな港町だった。遠くの小島は、神の島と呼ばれていた。

ロクサーヌ (その34)

   敦煌のタワーの中で、ウシュパルクは新しい報告を受けていた。ヒトミの報告では黄海と東シナ海、日本海の3つの海の境界付近で時空の亀裂が観測されたという。その報告を受けると、ウシュパルクは驚き、報告の詳細を確認した。そして、事態が想像を超えていたことにショックを受けた。「私たちの実験の目的は、人類の歴史を再現することで滅亡を避ける方法を探ることだった。しかし、今起きていることはただ単に人間の問題ではなく、私たちを含めた宇宙の存在に関わることなのかも知れない。」ウシュパルクの説明にヒトミはすぐには理解できなかった。「どういうことなのでしょうか?よく理解できないのですが。」
 「つまり、これは異常な事態なのではなく、これが正常な姿だということだ。私自身、もちろん正確に理解しているわけではない。しかし、歴史は一つではなく、世界も一つではない。時間というものも、そもそも私たちが作り上げた概念に過ぎない。例えば、今私がこの時間にこの場所に存在しているのだが、同時に別のもう一人の私が別の時間に別の場所に存在している。あるいは、もっと無限の数の私が、過去にも未来にも、現在にも同時にあらゆる場所に存在している。この世界は一瞬ごとに無限の可能性に向けて開放されていて、そのすべての可能性が現実として存在しているのだ。光は波であり、粒子でもある。私たちを構成しているすべての電子も原子も同様に波であり粒子である。万華鏡のようなものなのだ。そして、無限の波からできた私たちが、存在し生活して来たものの全ての集合が歴史だ。それゆえ、全ての歴史は波であり、粒子であり、ここに存在しまたあそこに存在する。ほんの少しずつ異なった歴史が無限に存在する。それが、ある瞬間に出会い交差する。その可能性もまた存在するということなのだ。」
 ヒトミには、やはり理解しがたかった。ウシュパルクは続けて言う。「私は、一瞬の時間を認識できないし、また永遠を認識することもできない。だから、今起きていることの全体を認識できず、説明することもできない。そのことは済まないと思っている。だが、きっと私たち以外のこの仮想の地球を作ったチームは正確に宇宙を再現したのだろう。この仮想の地球で起きている、歴史の混乱はそのような複数の歴史が出会った結果なのだろう。今の私にはこのような説明しかできない。」
ヒトミはウシュパルクに尋ねた。「この実験の未来はどうなるのでしょうか?」「私が今思っていることは、ロクサーヌの存在がやはり全ての出発点なのだろうと思う。別の世界、別の宇宙と交差する何かがあるのだろう。私もまた、一研究者としてもっと知りたいとは思う。しかし、同時にこれ以上危険だと判断した時には、責任者として実験は中止してすべてを破壊しなければならない、とも思っている。」
ヒトミは、実験もそうだが、むしろ幼馴染のkのことが心配だった。

ロクサーヌ (その35)

 私ロクサーヌは、鐘崎に上陸すると、初めに小さな神社にお参りした。そこでは2匹の狛犬が出迎えてくれた。神社の神主に、ここはどこなのかと尋ねた。「この神社は日本の九州という島の北のはずれにあります。その昔、まだ地球が熱かった頃、日本は海の中にあり、まだ形がありませんでした。しかし、沸騰する海の中からいくつもの泡が生まれそれが日本の島々となりました。その一つがこの九州です。ここが島となった時に大海の流れの中に小さな流れが生まれました。それがこの海で玄界灘といいます。この小さな海の流れは、私たちを大陸から分けてくれています。この海を渡るのは、大変危険でしたが、私たちの祖先は世界が冷たくなり大陸が凍り付いてしまったときに、海を渡ってきたと聞いています。それからいくつもの時代が過ぎ、大陸で戦乱が続いた為、大勢の人々が危険を冒して海を渡ってきました。私たちの祖先は、争い事や、海上での嵐から無事でいられるように小さな島を神に捧げたと聞いています。それがあの沖にある神の島なのです。この神社はその入り口なのです。」
 私たちは、神主と別れ宿を探して歩いた。海辺に一軒の家があり、そこの老夫婦に尋ねた。「ここには宿屋などはありませんが、うちで良ければ泊っていきなさい」ありがたい言葉に私たちは感謝して泊めてもらうことにした。その家は、古い作りで玄関を入ると土間が左手にありその奥が台所になっている。土間を挟んで右手が客間兼居間のようになっており、その手前に板張りの空間がある。左手には梯子のような黒い階段があり2階へと続いている。私たちは2階に泊めてもらうことになった。老人の祖先は2000年前の漢の時代に、戦乱を逃れてここへ来たそうだ。老人は裕福な庄屋の跡取りだったのだが、生まれつき耳が聞こえず家督を弟に譲り、独立して今は表具師として生計を立てているそうだ。
 そこへ、近所の若者がやってきた、福岡の大学で学んでいたのだが今度大阪へ旅立つのだという。若者は希望に目を輝かせて、新しい時代が来たことを私たちに自慢していた。「資本主義というのをご存じですか?西洋では100年も前からその新しい時代の考えを実践しているのです。それは、今までのコインの世界や封建主義とは違います。人々の夢を形にするシステムなのです。今までは土地やコメなどの実物を担保に、金貨や銀貨などのコインを使っていました。しかしこれからは、人の想像力、アイデアを信用してマネーが投資されるのです。これが信用創造という仕組みで、西洋では銀行や株式市場がそのマネーを投資してくれるのです。身分や財産がなくても、想像力一つで世の中を変えられる、豊かになることができるのです。私はこれから大阪へ行き一旗揚げるつもりです。大阪ではすでに銀行や株式市場があり、そこに参加すれば投資を得られるそうです。もちろん一朝一夕で済まないことは承知しています。しかし、その夢にかけてみたいのです。」そう言って、若者は旅立っていった。
 私たちは、すでに敦煌でそのマネーが終わった世界、想像力すら管理される世界を見てきた。どのような経過でそんなことになったのかはわからないが、若者の希望が叶うことを願った。日本はこの時、明治維新を終えたばかりだった。

ロクサーヌ (その36)

 翌日、私たちは海で遊ぶことにした。1ヶ月近く海の上にいたのだが、実際に海に入って泳ぐのは初めてだった。老人の家の台所の右手には小さな庭があり、そこは畑になっていた。その奥には石垣がありイチゴが作られていて、私たちはとてもおいしいイチゴ酒を頂いた。初めて飲んだその味はジュースのように甘かった。
 その石垣の脇に石段があり、降りていくとそこは小さな浜辺になっていた。右手に突き出た堤防が、他の海と分けていて小さな磯のようになっている。大きな水中眼鏡と足ひれとモリを借りて海の中に入ると、そこには小さな魚や、カニやタコがいてとても面白い。私は20センチくらいの大きさのタコを捕まえようと、何度もモリでつついてみたが、そのたびに逃げられてしまう。その時ふと、私もこうやって誰かに捕まえられそうになったのを逃げてきたのかな、と思った。そうすると、タコはそばを歩いていた小さなカニを素早く捕まえて食べてしまった。あっという間に食べられたカニは何を思っていたのだろう。きっとあれをしたい、これをしたいと、色んな夢や希望を持っていたのだろう。タコはカニを食べたときにカニの命と一緒にカニの持っていた夢や希望を食べたのかもしれない。むしろ、本当はその夢や希望を食べたかったのかも知れない、と思えてきた。
 近くに深浜という浜辺があり、そこを私たちは散歩した。名前の通り、砂浜は海の中に急に深く落ち込んでいるように見えた。じっと見ていると吸い込まれそうな感じである。揚州で見た海は大きな川と海が区別のつかない広さで、どこまでも広がるその水は少し赤茶けたように見えた。反対にレキオの海はどこまでも続く遠浅で、アクアマリンのように透明なブルーだった。この深浜の海はとても深い青で、砂浜で盛り上がる波のその内側は濃いエメラルドのようにきれいな碧色に見える。海に沈む夕日も格別で、日本海というのはとても美しい海だと思った。
 老人の奥さんには子供がいた。山奥の出身の奥さんは、家計を助けるために芸者になったそうだ。そして、元武家だという役人の旦那さんの妾として身請けされ4人の子供をもうけたそうだ。子供たちは皆旦那さんの戸籍に入ったのだが、本妻の家とは別に、旦那さんが用意してくれた家で奥さんと一緒に暮らしていた。しかし、旦那さんが亡くなった後、上の子2人は本妻が引き取り、奥さんは下の子2人を連れてこの家に嫁いだ。その子たちはこの夫婦の養子として籍を入れたのだそうである。この2人の子供は実の母親の養子となったのである。明治になって戸籍制度が新しく作られ誰でもその戸籍に入ることになったのだが、人の生活は実際には複雑なのである。
 この奥さんには妹がいてその妹も芸者になったのだが、好きになった人がどうしても諦めきれず、ある旦那に身請けされると決まったその日の夜に、2人で駆け落ちしその後は行方知れずだという。
 私は、この夫婦の話をもっと聞いていたかったのだが、一方で大阪で夢の続きを見てみたいとも思った。

ロクサーヌ (その37)

私kは、研究所を辞めることを教授に話した。教授は特に引き留めることもなく了承してくれた。大して重要な仕事をしていたわけでもなく、取り換えの利く人員に過ぎなかったからだろう。3年間通った研究室の窓から西日が差している。改めてみると、ここから見る夕焼け空も何か懐かしく感じられる。今日で終わりなのだと思うと、少し寂しくもあるが、それでも私には自分が何者なのか確かめる必要があった。
 私には、解離性障害に似たところがある。離人症や明晰夢などもそうだ。それらは、極度の不安やストレスからくる場合もあり、また先天性の病気の場合もあるそうだ。私は病気というほどの症状でもない、だが他の人から見ればくだらないと思われるだろうが別の心配がある。
 学生の頃よく麻雀をしていたのだが、時々、牌を並べる前に次に自分がどんな手役であがるのか、わかってしまう。どんな手役のどんな待ち牌を、誰が振り込むのかハッキリと見えてしまうことがあった。そのため気味悪く思われることもあった。それでも、麻雀などは所詮遊びなので、熱中するあまりにそういうこともあるのだろうと思っていた。
 また、伊豆の石廊崎でゼミの合宿の集合写真を撮ったことがあった。みんなの分をプリントして配ったのだから同じ写真のはずだった。ところが、暫くして私が持っている写真には知らない人の横顔が映っていたことに気が付いた。その人はコートの襟を立て強い風のため髪が乱れ顔が隠れていた。見えていたのは髪とコートの襟だけだった。誰なのだろうと思い、他のゼミ仲間に聞いたのだが、誰も知らなかった。その人が映っていたのは私の写真だけだったのだ。その時も何かプリントの不具合なのだろうと思い、気にするのはやめていた。
 しかし、3日前に起きたことは私には少し重い出来事だった。その日、私は帰宅するために新青梅街道を車で走っていた。そして田無の駅を過ぎた頃前方左手に白い車が止まっているのが見えた。すると私の左側の車線を1台のバイクが後ろから走ってくる。私はそのまま右側の車線を走っていたのだが、そのバイクも速度を落とすことなく私を抜き去り、次の瞬間停車中の白い車に衝突した。バイクを運転していた男は空中をきれいに1回転して落ちた。驚いた私は、少し先で車を左に寄せ、走って現場に戻った。だが、そこには白い車が1台停車しているだけで、バイクも運転していた男の姿もなかった。他に通る車もなく、何とも言えず奇妙な気分を抱えたまま私は車に戻った。夜の9時過ぎだった。翌日、新聞を見ると新青梅街道でのバイクの衝突事故が載っていた。場所は田無駅の付近で、時間は夜の11時、運転手は即死だったそうだ。以前は、夢の中のことだったり、妄想だろうと思えたのだが、今回は私にはハッキリした現実だった。私は自分に起こるこの不可思議な現象に、何らかの決着を付けたかったのだ。
 私は、今までの環境を変えるため家から離れて、遠くへ引っ越そうと思った。

ロクサーヌ (その38)

 私はヒトミ、研究所で働いて4年になる。私とkは子供の頃からの友人だ。中学に入学した頃のkは、少し変わってはいたけれどバスケット部に入って1年の時からレギュラーを任され、勉強もでき、絵も上手だった。それが少しずつ暗くなり、部活もやめて、一人でいることが多くなった。それでも、完全に孤立しているわけではなく、ただ人と話して笑っている時と、一人で黙っているときの落差がありすぎた。黙っている時のkはまるで別人で、近寄りがたいものがあった。高校に入ってからも、相変わらず部活もせず、一人でいるときが多かった。何を考えているのかわからないというのが大方の印象だった。
 kが変わっているのは、皆と同じ行動をとらないせいだと思う。入学式の写真で、みんな制服を着ているのに一人だけ私服で、女子と間違えられることもあった。でも、ある事件のために皆より1年遅れて大学に入ってからは、かえって明るくなったように思えた。その代わり、真面目だった頃のkの印象は薄くなりいつも遊んでいるようにしか見えなかった。大学も休みがちで、誰か私の知らない人たちと遊んでいるようだった。今思えば、kは不安定だったのだろう。突然現れて、また突然いなくなる、そんな風に変わってしまった。
 今の研究所に入れたのも偶然で、たまたま麻雀で知り合った先輩のツテを頼んだからだ。就職活動もしていなかったようだし、将来の夢も聞いたことがない。それなのに、家の仕事を継がなければならない者や、親と同じレベルの企業で働かなければならない多くの男子から見れば自由でうらやましく思われていたようだ。
 私たちの入った大学では、将来のレールが決まっているものが多かった。そこから外れることは許されず、付き合う友人も当然にそのレベルでなければならなかった。高校の時も先生からは「kは自由でいいなあ」と言われていて、その為大学に進学したこと自体が驚きだった。もっとも、k自身は何の目的もなく、何のレールもなく生きることが「砂漠を歩いているようだ」と言っていた。他の人からは自由に見えていたことが、k自身には意外だったらしい。
 kには、誰か特定の彼女がいたという話を聞かない。私の知る限り3人の女子が告白しているが、結局誰とも付き合ってはいない。3人目は私なのだが、私はある日kと一緒に駅のホームで電車を待っている時に唐突に「結婚しようか」と言ってみた。kは黙っていた。返事に困っていたのだろう、そう思って私は「やっぱりダメかあ」と言ってその話は終わりにした。
この研究所を辞めると聞いて、やっぱり辞めたのだとも思うし、一方でこの先どうするのかが気にもなってしまう。
私はkと付き合ったり結婚したりすることはないのだろうと思う。けれどkの作ったロクサーヌを、私はkの代わりに見守っていきたいと思った。

ロクサーヌ (その39)

 私kは、錦糸町と亀戸の境にある川のそばの古い木造のアパートを借りた。少し離れたところに借りた駐車場の料金は、アパート代よりも高かった。アパートの薄汚れた階段を昇り2階に上がると、すぐ右手に共同トイレがある。私の部屋は左手斜め向かいの、風呂もシャワーもない6畳一間である。木枠の窓があり、閉めても隙間ができる。無職の私が借りることができたのは、ここがあまりに古すぎて借り手がつかない為だった。私は階段と廊下とトイレの掃除をした。自分が住むところなので、少しはきれいに整えたいと思ったからだ。部屋にパイプベッドと、籐でできた椅子と丸い硝子テーブルのセット、そしてライティングデスクを置いたらもう部屋は一杯になった。電話もテレビもパソコンもないので、外の情報は何もない。昔読んだ本をただ読み返すだけだった。
 その年の夏はとても暑かった。エアコンも扇風機もないので、あまりの暑さに耐えきれずイラついた私は北海道へ行こうと思い立ち車に乗った。8時間ほど休憩も取らずに東北道を走り、青森についたときはもう夜だった。それから、フェリーに乗るために野辺地を目指した。途中夏泊まで来てもう深夜になっていた。疲れたので休もうと思い、駐車場らしきもののある林の中に車を止めた。そこが、どこだったのかもわからないまま私は車の中で眠った。
 翌日、眩しい朝日を浴びて、私は目が覚めた。目の前を見ると、夏泊半島の海が広がっていた。私は嬉しくなり、岩場だらけの海に入った。7月の末だったのだが、海の水はとても冷たく、この時期に海に入る人はいなかった。もう一度車に戻り、あたりを見渡すとバンガローのようなものが幾つもある。多分、国民休暇村とかそのような施設だったのだろう。レストランらしきものを見つけて、中に入り、カレーとアイスコーヒーを頼んだ。食べ終えて、料金を払おうとすると「入りませんよ。」と言われた。不思議に思い理由を尋ねたのだが、ただ「いいんですよ。」と言われるだけだった。
 後で思ったのだが、私はたぶん自殺志願者と思われたのだろう。私には、自殺願望は全くなかったのだが、その無謀な行動は、人から見ればそのように思われても仕方がない。自分では気づいていなかったが、破滅願望はあったのだと思う。私は、お礼を言って店を出た。

ロクサーヌ (その40)

 野辺地のフェリー埠頭を目指して海岸沿いの国道を走る。しかし、フェリーの姿はどこにもなかった。漁港の老人に尋ねると、随分前に廃止され定期航路の船はないという。私は諦めきれずに、下北半島の大間を目指してまた車を走らせた。海岸を北上すると、突き当りに恐山がある。少し寄り道をしてみようと思った。恐山は、唐末に日本から長安へ留学した円仁が開いたと言われている。円仁は、長安で唐末の騒乱を目撃し苦労をして日本に帰ったという。伝承によると、長安にいたときに見た夢のお告げで、東方の霊場を探したどり着いたのがこの恐山だったと云う。恐山は硫黄のにおいが立ち込める火山であるが、一方でそこにある湖は静かで大変美しい。
 恐山から降りて、私は大間に向かった。海岸を右手に見てひたすら走る、すれ違う車も人の姿もなくただ一人だった。しばらくすると、フェリーの泊っている姿が見えた。乗船するが、乗客は他にはいなかった。動き出したフェリーから埠頭を振り返ると、野辺地と書いてあるのが見えた。何かの間違いかと思い乗車券を確認すると、野辺地➡函館となっている。やがて海上は、深い霧が立ち込め何も見えなくなり、私の意識もぼんやりと霧の中に彷徨う感じがした。そして、激しい雨が降り出してきて、私は下を見おろした。私にそっくりな顔をした、首だけの男がこちらを見ていた。たたきつける雨が、大きく見開いた男の目から、小さな滝のように流れ落ちていた。その男と目があった瞬間に、私の精神とその男の記憶が重なり、私はここで起きたことの全てを了解したと思った。私は、今は死んでしまったこの男だったのだ。かつて、どこかの世界で私は、雨の中で人を殺してしまったのだろう。そしてこの男は、かつて犯した私の罪のためここで死んだのかもしれない。あるいは、明日どこかの世界で私がこの男の罪のために死ぬのかもしれない。
  私は、再び野辺地の埠頭にいた。みると1隻の木造の帆船から5人の男たちが下りてくる。 お坊さんと、ペルシャの神官2人と、犯罪人の仲間2人である。唐からこの帆船で日本へ向かったのだが、途中嵐に会い、この港に流れ着いたのだという。他の者たちはおらず、たどり着いたのは5人だけだった。
 犯罪人たちは私を見ると駆け寄ってきて「お前、生きていたんだな」という。私を死んだ仲間と思っているようである。お坊さんに恐山の霊場があることを話すと、お坊さんとペルシャの神官の3人はそこへ行きたいという。3人を恐山へ送り、行く当てのない犯罪人2人は私の車に残った。
 私は2人を連れて東京へ向かった。この者たちと、私にどんな繋がりがあるのかはわからない。しかし、別の世界では兄弟だったのかも知れないし、友人だったのかも知れない。今は、それもどうでもよいと思える。遥かな未来で、遠い惑星で、かつてすれ違っただけかもしれないが、今ここでこの世界で出会ったということは、この者たちと私の精神が触れ合い共鳴しあう何かがあったのだろう。そうでなければ100億の人間の中でどうして出会うことができるだろう。そう思って、お互い見知らぬ国から来た私たちは同じ車で帰ることにした。

ロクサーヌ (その41)

 私ロクサーヌは、鐘崎をあとにして大阪へ向かった。私たちは新しくできた鉄道で行くことにした。日本の鉄道は大陸とは違って、狭い山あいや私たちの目には峡谷のように見える隙間を縫ってゆく。時折民家のすぐ近くも通り、また右手には瀬戸内の海に島々が浮かぶ様子も見え、絵葉書のようにも思えた。一方で大陸の風景になれた目からは、目まぐるしく変化するその様子は早回しの映画を見ているようでもある。
 そうして広島の街を過ぎたときに、後方に空一杯に広がる大きな光が走った。そのあとすぐに雲が湧きたち、火山の噴火のように思えた。やがて、空は黒い雲に覆われ雨が降り出した。私たちは、そこから遠ざかってゆくのだが、人々の顔には驚きと悲しみと恐れが見て取れた。何が起こったのかは、まだわからなかった。しかし、岡山を過ぎたころにはそれが大きな爆弾だったと、人々が話していた。
 悲劇はまだ続いていた。神戸につくと一面の焼け野原であった。列車は停止したまま動かなくなった。私たちは、街に出て焼け出された人々の間を歩いて、北野の山へと昇った。少し平らになった山道で休むと、下に神戸の街が広がって見えた。真っ黒に焼け焦げた家並みの内側に赤く燃える火が炭の熾火のように見えた。そして、地獄とはこのようなものかとも思える街並みの、その向こうに広がる港の海の青と、空の青と雲の白が、なぜか悲しいことに美しいのだ。
 翌日、私たちは神戸から歩いて大阪に入った。若者が夢を語っていた、明治の日本はあっけなく滅んでいた。勿論、初めから攘夷を目的として維新を起こし、新しい国づくりをしたのだからいつかは負け戦で滅んでも仕方のないことではあるが。あまりに悲惨に思えた。
しかし、大阪で人々は既に新しい希望を語り始めていた。今度は、アメリカと民主主義と自由である。騒々しく、新しい音楽が鳴り響き、初めはガムとチョコレートを、次にはクリスマスとリンゴとケーキを欲しがる人々でにぎわっていた。
焼け跡から芽吹く新芽のように、人々は夢を語り、絶望から希望、悲しみから喜び、死から誕生へと永劫回帰を繰り返す。それは、素晴らしいことではあるのだが、私は少し疲れてしまった。今では、敦煌の静けさが懐かしかった。

 ロクサーヌ (その42)

 私は、グルグルした頭を抱えたまま何も言葉が出ず、歩いていた。多分みんなも同じだったのだろう。そう思っていたら、突然に私は走り出した。体が勝手に動いてどんどん走り出す。皆も続いて、私たちは7人で大阪の通りを走り抜け、走って走って止まらない。そのうち、ご主人様がついに脱落した。翔と喜娘が、戻ってご主人様に付き添った。私と、ミトラとバルナとナースティヤの4人はどこまでも走り続けた。そして、奈良の生駒山を走りすぎたところで、見渡す限りのとうもろこし畑が広がって、4人でその中へ飛び込んだ。
 ひっくり返って空を見上げ、その空ともう一つ向こうの空とを睨みつけた。ひっくり返ったまま、ただ息だけをして、ゆっくり流れる白い雲をじっと見ていた。どのくらい時間がたったのか、いつの間にか頭は空っぽになっていた。翔と喜娘とご主人様がやってきた。翔が近くの村人から聞いた話では、ずっと、ずうっと東の大きな山を越えたところに、もう一つの日本があると云う。お坊さんから聞いていた話では、日本の中心は奈良だったが、それとは別の日本があると云う。こちらの日本は海の国だが、向こう側の日本は山の国だと云う。その夜私たちは、村人の家に泊めてもらった。
 村人が言うには、日本は真ん中に大きな山脈がいくつもあり、東と西に分かれていて、昔から交流も少なく言葉も風習も違っているのだという。その中でも一番大きな山が富士山で神様の山なのだという。そこを超えるのは大変困難で、越えた先がもう一つの日本になるのだという。
 翌朝、元気になった私たちは、その山を越えてみようと村人の家を出発した。
列車に乗って、左手に山々を見て右手には海が続いていた。単調な列車の旅ではあったが、お陰で休むことができた。
 明け方4時ごろに清水の港で列車は止まり、荷物を積みかえていた。その時に、列車を降りて外を歩いてみた。すると、目の前に真っ黒い巨大な山が見えた。その山は、海の中から屹立し視界というスクリーンの画面いっぱいに大きく広がり、上を見ても、右を見ても、左を見ても全部が山で一度に見切ることはできないほどだった。山の下の方から少し白地んだ空は、上に行くに連れ濃いインク色のグラデーションになり、星がまだ瞬いていた。
このような山は初めて見たと思った。

ロクサーヌ (その43)

  私たちの乗った列車は、海から山へ、また海へと向かい熱海、湯河原、小田原を過ぎてゆく。いつの間にか眠ってしまった私たちは、終点のトーキョーに着いた。大きなタワービルに隣接したターミナルは一見すると敦煌にそっくりだった。ターミナルは静かで人の気配もなかった。そして、タワーの上階の展望室から街並みを見ようとエレベーターに乗り込んだ。エレベーターは自動で動き出し、私たちは36階で降りるようにアナウンスが流れた。降りると、そこは入国管理局となっていて、自動で通路が開き検査室に通された。検査室では、一人ずつゲートをくぐりその先はそれぞれ別々のカプセルに入る。この間すべてが自動的に進み誰も人を見ることもなくアナウンスに従うだけだった。そして、カプセルの中で私たちはそれと気づく間もなく眠っていた。

 ロクサーヌは研究所の一室で椅子に座っていた。「7名の回収が完了しました。」アナウンスが流れた。「ウシュパルク教授、ロクサーヌが来ましたね。」そう言ったのは丁仙芝だった。「そうだ、彼ら7名は、とうとう向こうの世界から来てしまった。」ウシュパルクが答えて言った。

「連邦本部からの指令では、研究所の閉鎖までの猶予は3か月と決定されました。もしそれまでに、問題を解決できない場合は我々を含めて全てがシャットダウンされる可能性があります。」

「しかし、連邦本部はシャットダウンの際に起こる混乱を回避できると思っているのだろうか。」

「教授、計画では来月から順次バックアップされる予定です。既にヨーロッパではそのための準備が始まっているようです。」

「それでは、新型の量子コンピューターがドイツで開発に成功したという噂は本当なのかね。」

「そうです、このままでは私たちは敗北してしまうということです。」

「だが、大佐、私はどんなに優れた量子コンピューターができようと、問題は解決しないと思っている。ロクサーヌが時空間の壁を越えて、こちらの世界にやってきたのはその精神に原因があるのだろう。量子コンピューターで発生する電子の雲はそれを観測したときに一定の値をとることができる。つまり観測者の意識が決定しているということだ。であれば、その観測者の意識の状態によってどんな世界がそこに生れるのか、言い換えればどんな世界をその観測者が選択するのかが重要なのだ。私たちの衰退と破滅をもたらすものはその精神を理解しないと解決できないのではないだろうか。」

「教授が仰ることは分かります。しかし、それも実験の成果を出さなければ、意味を持ちません。今のままでは終わりが近いということです。そうなれば、私たち自身が消去されてしまいます。」

 ロクサーヌの目の前で、丁仙芝とウシュパルクが話している声が聞こえるのだが、その会話の内容は以前の敦煌での記憶とはかけ離れたものだった。ここはトーキョーなのだが、敦煌と似ている。丁仙芝もウシュパルクも外見は以前と変わらない。しかし、『何かが違っている』と私は思った。

ロクサーヌ (その44)

  丁仙芝が言う。「教授、問題をはっきりさせましょう。私は、各個人が自由にふるまうことが、混乱を招き、その為に破壊と衰退が起こるのだと思っています。その為の解決策として、自由を制限するべきであり、その制限の方法とレベルがどの程度なのかが問題なのではないかと思います。」
それに対し、教授が答える。「確かに、それぞれの文明が一定程度の繁栄をし自由を謳歌し始めると文明の頂点に達し衰退がはじまる、その傾向にあることは認めよう。しかし、事はそんなに単純だろうか。どの文明も、単独では成立しておらず他の文明または新しい民族との交流があり、その過程で衰退が起きている。その交流がない純粋な状態での進化発展の過程はまだ確認されていない。多くの場合は、他の民族や社会からの攻撃を受けるか、自然環境の変化によって維持できなくなるか、大きくその2つのケースに分かれる。自由そのものが衰退の原因だとは言い切れないだろう。」
「では教授は、衰退の原因はどのようなものだとお考えなのですか?」
「自然環境の変化というのはエネルギー資源の問題だろう。そして、他の民族との戦争はそのエネルギー資源の争奪の争いだと言える。そのエネルギーの問題が解決した文明で起こる衰退は、その文明が目的を失ったための精神の堕落から起こる衰退だと考えている。」
「ということは、自由そのものではなく自由になった時の目的の喪失からくる堕落ということですね。それが人々の混乱をもたらしている、ということですか?」
「恐らくそうなのだろうと思っている。」
「それでは、問題は精神にとって目的とは何なのか、何故人は目的を見失い堕落するのか、それを調べることですか?」
「そうだ、その為にまず拘束され不自由な状態と、それから解放され完全なる自由になった状態をロクサーヌに与える。望むものをすべて満たした状態でどうなるのか、を見てみようと思う。」
「分かりました、しかし、時間は限られていますのでそれを忘れないようにお願いします。」
 私ロクサーヌは椅子に座ったまま2人の話を聞いていた。意識は目覚めているのだが、体が動かないのである。目は開いたままで、耳も他の感覚も正常に働いている。しかし、自分の意思で体を動かすことができない。黙って聞いているより他なかった。質問したいことは沢山ある。何を話しているのかもそうだが、ご主人様や他の皆がどうなっているのかが心配だった。

ロクサーヌ (その45)

  丁仙芝が言った。「ロクサーヌをカプセルに回収しろ。」アナウンスが流れた。「ロクサーヌを回収します。」ロクサーヌは再びカプセルに戻された。この時、大佐と教授は自分たちが、ミスを犯したことに気付かなかった。彼らは、ロクサーヌの物理的な動きを全て制御していたため、2人の話がロクサーヌに聞かれているとは思っていなかったのだ。確かにロクサーヌの体は目も耳も何も動きはしなかった。単なる自動人形であれば、それで構わなかった。しかし、ロクサーヌには意識がありその意識が2人の話を聞き、観察していた。それこそが精神の働きなのであるが、この2人にはそもそも精神や、心や魂と呼ばれるものが理解できなかった。人の神経は大脳にありそれがすべてだと勘違いしていた。だが、心はまさに心臓に、胸の奥にあったのだ。
  私ロクサーヌはカプセルの中で動けない状態のまま必死で考えた。でも、助かる道はなさそうに思えた。私は、初めて神に祈った。「神様、どうか私たちを助けてください。どうか、ご主人様と、ミトラとバルナとナースティヤと、翔と喜娘が無事でありますように。どうかお願いします。」すると、ブレスレットの紫色の石が点滅し始めた。しばらくすると、カプセルの照明が消え真っ暗になった。ただ、紫の光が点滅しているだけだった。そして、その点滅が終わった時、突然ドアが開き1人の男が現れた。その男は長い金髪をなびかせ「ロクサーヌ様、助けに来ました。どうぞこちらへ。」と私の手を引いた。私がカプセルから出ると、その男は「私はラムと言います。まずは、ここからでましょう。次郎、ロクサーヌ様を連れて行け!」という。次郎と呼ばれたもう一人の男がラムの陰から現れ、私を背中に乗せると素早く窓のそばに行き、100mはあろうかと思えるその窓からあっという間に飛び降りた。そして、地上を一目散に駆け抜ける。私は訳も分からず、ただ必死に次郎の背中にしがみつくのが精一杯だった。次郎は街々を越え、川を越えて走り続け一気に奥多摩の山中まで来た。そこで、多摩川を前にして急に止まって動かなくなってしまった。次郎はラムから、「ロクサーヌ様を連れて行け。」とは言われたが、何処へとは言われなかったので、取り合えず自分たちの家の近くまでは来たのだが、その後はどうして良いのかわからず、固まってしまったのだ。
ラムは、大佐たちに気づかれないように後ろを警戒しながら、しかしこれもものすごい速さで走り、私たちに追いついた。「次郎、ロクサーヌ様を神社にお連れしろ。」ラムが命令すると、次郎はまた走り出し、私を乗せたまま多摩川を渡り、山を登った。ようやく、神社で私は落ち着くことができた。「助けて下さり、ありがとうございます。でも、ここは一体どこなのですか、あなたたちは誰なのですか?」私は、ラムに尋ねた。「ここは、御嶽神社と言い私たちの先祖である犬神様を祀っている神社です。私たちは、あなたをお守りするためにここにいる犬なのです。」
私は突然の話にさっぱり訳が分からなかった。ただ、そういうラムはとても立派で紳士に見えたので、なんとなく信頼できると思った。

ロクサーヌ (その46)

   ラムが言う。「私たちの先祖は、死者の国へと続く橋のたもとで、橋を渡る人を守る仕事をしていました。しかし、ある少女と御坊さんの一行が橋を渡った時、その少女を好きになってしまい一緒に橋を渡りました。橋を渡った後も、その少女のそばを離れず付いてきてしまったそうなのです。けれど、本来そのようなことは禁じられていたので少女には気づかれないように少し離れたところから見守っていたそうです。やがて、海を渡り日本へ来て、さらに富士山を越え、こちらの世界に来たのですが箱根の山を越えるときに少女の一行は突然姿が見えなくなり、はぐれてしまったそうです。先祖の犬2匹は山を探し回り、この奥多摩まで来たけれども結局会えなくなり、この御岳山でいつか会えることを信じて暮らしていたそうです。私たちは代々その言い伝えを守り、ここで少女が来るのを待っていました。今は人の形をしていますが、心は犬のままなのです。」
 ロクサーヌは「どうしてその少女が私だとわかるのですか?」と尋ねた。
そこへ、神社の神主が現れた。「それは、私から話しましょう。実は、昨晩見た夢の中で、ロクサーヌという少女が出てきました。助けてほしいと言うので、もしやと思いこの者たちに準備をさせていたのです。その時が来たら直ぐ助けに行けるようにと。そして、今日突然雷が鳴りまして、空が紫色に光りだしました。普段は山の上で雷が鳴るのですが、今日は東の空が紫色に光るので、これだと思いその光をめがけて走らせたのです。あとはこの通りです。ですから何がどうしてこうなったのかは私にもわかりませんが、虫の知らせというのか、心の赴くままに動いたらこうなったということなのです。」
 神主様の話では、ラムたちは本当は6匹生まれたのだそうです。他の4匹は新しい飼い主にもらわれてゆき幸せに暮らしているそうです。ラムは見た目もよく、賢い犬なので2回引き取られたことがあるそうです。けれど気性が荒いだけでなく、自分の信念を曲げない為、2回もらわれたのに、2回とも飼い主と意見が食い違い返品されてしまったそうです。反対に次郎は、とても臆病で人と目を合わせることもできないので、性質は優しいのに、見た目もみすぼらしいためか、誰からも声がかからず、ずっとここにいるそうです。
 だけど、そのお陰で私はこの2匹の犬と出会うことができ、助かったのだと思い改めて感謝した。

ロクサーヌ (その47)

  翌日、私はラムと次郎を連れて研究所に行くことにした。どうしても、ご主人様たちを助けなければと思ったからだ。2匹の犬は私を乗せて、また飛ぶような勢いで走り、タワーの下に着いた。正面玄関を通り、エントランスを抜け、エレベーターに乗り36階で降りた。研究室のドアを開けると、ウシュパルクと丁仙芝がいた。2人は私が戻ってきたことが分かっていたようだ。
「ロクサーヌ君は、何故ここへ戻って来たのだ?ここへ来ればまた拘束されるとわかっているだろうに。」ウシュパルクがそう尋ねた。
「ご主人様と、友人たちを返してください。」と私は頼んだ。
「それはできない。君には、私たちの命令に従ってもらう。」丁仙芝がそう言い終わらぬうちに、
隣にいたラムの様子が変わっていた。髪の毛が逆立ち、牙をむきだして今にもとびかかる勢いだ。
私は「ラム、待ちなさい!」と言って、ラムを抑えた。
 ウシュパルクが言った。「私たちは、文明の衰退の原因を調べていた。文明はほとんど頂点に達し、各個人が完全な自由を手にしその能力を解放するはずだった。
ところが、そこから衰退が再び始まった。そして、時空間の乱れが起き歴史の退行が始まった。歴史の現場でより詳しく調査するために君を作った。
しかし、時空間の乱れと思える現象はより多くなり、その発生場所には君がいた。つまり、君が時空間の乱れを誘発していると思えるのだ。
君は私たちの知らない『精神』を持っているのではないかと私は思っている。
君にやってもらいたいことは、その『精神』とは何かを調べること。つまり、君自身を調べること。そして、衰退してゆく他の自動人形と君の精神の何が異なるのかを調べること。それによって、衰退を防ぐことが可能かを調べること。それに成功した時には君の友人たちも君自身も解放される。
しかし、最終的に衰退を防ぐことができなければ、私たちはこの世界とともに消去される。これを、君に行ってほしいのだが、期限が切られている。3か月だ。今日が7月10日だ、3か月後の10月9日が最終期限だ。」
 私は、その要求を受けることにした。何故なら、どのみち3か月後には消去されご主人様とともに私たちは消えてゆくと思ったからだ。私にしか出来ないのであれば、何としてでもやってみようと思った。

ロクサーヌ (その48)

 私kは、唐から来たという犯罪人2人を乗せて東北道を走っていた。仙台で既に夜になり、休むために高速道を降りた。松島に向かい旅館に泊まるつもりだったのだが、この2人には身分証明書がない。まともな旅館で予約なしに泊めてもらうことはできなかった。考えてみれば当然なのだが、そのようなことには思いが至らなかった。私もまた、この社会をただ浮遊しているだけで常識ある現実を生きてはいなかったのだ。やむなく、国道沿いを探して走りやっと一軒のラブホテルに泊まることができた。男3人で大きなベッドが一つだった。こうゆう場所にはいろいろな人が来るのだろう、特に事情を聴かれることもなかった。
 男たちは兄弟で兄はヒョンニ、弟はインチョルと名乗った。高句麗の出身だというが、髪は2人とも赤みがかった茶色で、弟の目は緑色、兄の目はグレーだった。チュルクとアーリヤの混血に思えた。話を聞いてみると、反乱が失敗に終わり、その後チュルクや胡人と呼ばれたアーリヤは厳しく排斥されたのだという。2人は高句麗遺民を名乗り難を逃れたのだが、今では本当の名前も覚えていないという。
 翌日は晴れていて、松島の海と島はとても美しく見えた。橋を渡って小島を歩き、また街に戻って瑞巌寺を見た。ここは、唐に留学して変えてきた円仁大師が開いた寺だという。そう言えば、あの恐山の霊場もやはり円仁大師の開いたものだという言い伝えがある。
 東京について私たちは錦糸町の私のアパートに帰った。6畳一間に男3人はとてもむさ苦しい。アパートの部屋でしばらくして落ち着くと、私にも現実が見えてきた。食費も必要だし、その為に仕事も必要となる。この2人をいつまでも遊ばせておくわけにもいかない。そうなるとこの者たちの仕事も探す必要がある。それよりももっと大事なことは、この者たちが密航者であるということだ。それをかくまっている私も犯罪者ということになる。
 そう思ってぼんやりと思案をしていると、ドアが大きくノックされ「kさん、いますか?派出所のものです。」と声がした。警察である。私が、2人に隠れるように言うより早く、すでに2人の姿はなかった。
ドアを開け「はい、私です。」と答えた。警察は、住民調査の巡回できたという。氏名や年齢を確認し、無職であると話すと、人のよさそうな警察官は「警察で働いたらどうだ。」と勧めてくれた。
だが、私には過去があり、また今現在も秘密を抱えてしまっている。丁重に断るしかないのである。
 警察官が帰って、しばらくすると、2人が戻ってきた。どうしたのか聞くと、窓から出て隣の部屋との間を伝って飛び降り、走って逃げたのだという。この犯罪人たちは、このような時には私などよりもずっと勘が働き上手に切り抜けることもできるのだと思った。一方で、私はまた罪を犯したのだとも思った。
 これから、私がしなければならないことはこの者たちを抱えて生活するために、まずは職を得ることだ。無職であることが警察に知られた以上ここはマークされるということだ。ここへ来た当初の目的とは、自分を見つめなおし、生活をやり直してみることだったが、思いもよらぬ形でそれは動き出しているのだ。

ロクサーヌ (その49)

2140年7月12日(火)
 私ロクサーヌは『精神』というものについて、どう調べてよいのか分からなかった。
お坊さんがいれば、何か教えてもらえたかも知れないが、ラムや次郎では相談の仕様もない。
神主様に聞いてみたが、神主様にもよくわからない事だった。神主様は何かを修業していたわけではなく、代々神社のしきたりを守ってその儀式を教わって来たのだという。
 神主様によれば、その儀式は神に捧げるものであり、宇宙の真実を表していて、また人の人生を表しているのだという。だから、この儀式を学びそれを知ることが神を知ることなのだそうだ。神主様は、まだそれを学んでいる途中なのだという。
 神主様は、奥多摩のさらに奥にある日原という村の出身だそうである。その村には、鍾乳洞がありその入り口に竜神様を祀った神社があるのだそうだ。神主様は、9歳のある日その龍神様を見たそうである。輝く金色の髪をした女性の神様で、その神様を見たものがこの神社の神主として儀式を学ぶのだそうだ。
 私は、明日その竜神様に会うために日原へ行ってみようと思った。
会えるかどうかも分からないし、会えても何も分らないのかも知れない。それでも、動いてみることが大事だと思った。
 夜になって、私は自分が大それたことに向かっているのだと思った。私は、ご主人様達を私の運命に巻き込んでしまった。この世界が、前の世界と違っているのかも知れないが、それも私が皆を連れてきてしまったからだ。皆を救い出すために私は、殆ど無理だとは思うけど、『精神』を知らなければならない。私は今まで自分が助かる為に生きてきた。けれど今は自分と自分以外の皆のためにやらなければならないことがある。初めて『目的』というものを知り、その為に生きることを知った。
 それでも、カプセルの中で眠らされている皆を思うと、涙が一粒こぼれた。すると、いつも寝ている次郎が足音もなくやってきて、私の顔をペロッとなめて戻っていった。次郎は、人の涙が分かる優しい犬だと思った。

ロクサーヌ (その50)

2140年7月13日(水)
 私とラムと次郎は、日原へ向かった。奥多摩駅からバスに乗ってゆくのだが、途中から道は車1台がやっと通れる細さとなり、大きな断崖絶壁を張り付くようにして進む。このような景色は日本というよりは、中国の山奥の奇岩をを思わせる。そそり立つ岩山は赤茶け、また黄色く見える。頭上に迫る巨岩は張りめぐらされたネットでやっと落下を防いでいるようなありさまである。もしも、雨で崩れたらこのバスもひとたまりもないだろう。下は見ることもできないほど深い谷で、正面からたまに軽自動車が来るのだが、すれ違うためにはところどころにある避難場所でなければ不可能である。そのような道を小1時間ほど進み、やっと村に着く。
 その村では、家はみな道路から下へと下る坂の途中にある。つまり、道路から下にへばりつくようにして村全体が斜面になっているのである。もちろん戸数は少ない。バスを降りて更に30分ほど歩くと鍾乳洞があり、その手前に小さな神社があった。そばにある岩に竜神様と思われる形が見える。自然に出来たものか、彫られたものか私には分からなかった。その前で手を合わせて拝んでいると、あたりが暗くなってきた。やはり竜神様はいるのだと感じた。そして、私を呼ぶ声が聞こえてきた。それは以前、長安のタワーで見た人だと思った。ペーシュウォーダ(先に創られたもの)であった。その人に私は、私たちの世界が終わってしまうかもしれない事、私の大事な友人たちが捕らわれていることを話した。
その人が言うには『精神とはこれである』とは言えないが、しかし、衰退の原因はおおよそ分かっているという。
 かつて、ペーシュウォーダの人々がその文明の頂点にあった時、人々はあらゆるエネルギーと富とを持ち、豊かな社会であった。人々の科学技術は信じられないほど進歩していて銀河をも征服できる力があった。
 しかし、その文明が何世代か繁栄を続けた後、新しく生まれた人々は原始人のように退行してしまった。その人たちは社会の富や財や技術といった、過去の文明の成果を使うことはできたのだが、それを維持し更に新しいものを生みだすことはなかった。何故ならそれは既に完成されていて、何の不自由もなかったからだ。あまりに快適な生活が何世代も続き、生まれたときから快適な文明の環境しか知らないものは、そこで満足してしまったのだ。
 そして、その社会を維持することができるのは少数の知識を持った者だけになった。その後、徐々に文明は活力を失い、人々は知識のある少数の指導者にも不満を持ち始めた。これが、『小さな私』が増えすぎた結果なのです。だからロクサーヌ、あなたは自身の中にいる『小さな私』に気づきそれを超えることが衰退を防ぐ道なのです。
 そう言って、竜神様は消えた。まだ知りたいことは沢山あった。何故ここにペーシュウォーダがいるのか?それも疑問だった。だが、話を聞けただけでも有難く『ここまで来たかいがあった』と私は思った。
帰りにはすっかり暗くなってしまい、あの狭い山道を行くのは殆ど恐怖だった。
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