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ロクサーヌ 第二部 ルーム・ノヴァスの伝説 (その 1)

 私オリガ・スベトラーナは、『ルーム・ノヴァス』と我々が名付けた惑星に残されたタブレットの記録を解析している。

「 生徒諸君 『我らの大地』ジームラ・ウントへようこそ。
この書は、諸君がやがて伝説の青い星々を探して、宇宙へ旅立つために書かれたものである。今年がジームラ・ウントがこの世界を統一して100年になるのを記念してこの書は編纂された。
 初めに、ジームラ・ウントがなぜ、どのようにしてこの世界を支配するに至ったのか、その歴史を学ぶ。

 歴史は、古代編が1500年、中世編が1000年、近現代編が1000年である。
最後に我らの創造主であるペーシュウォーダ『先に創られたもの』の伝説を学ぶ。

尚この書はバーチャルヴィジョンとして作られている。生徒諸君はコネクターを自身のイヤホンジャックにつないで利用することを薦める。

序章
 太初、天上より巨大な火球が降り注ぎ、海は蒸発し、空はその為に曇り、やがて雨が降り続いた。我らの住む陸地は大洪水の為、失われた。

我らの祖先は、7つの都市に分かれ、山上に避難した。
大洪水が引いた後、祖先は平地の都市に降りてきたのだが、都市のエネルギー源である融合炉は破壊されていた。その為、祖先は火の水と、火の石を求めて、世界をさまようことになった。
大地から新しいエネルギーを得ようとしたのである。」

 このようにして、古代編が始まった。

 このタブレットには古代の2進法言語が記されている。
そしてバーチャルヴィジョンとしての利用法を薦めていることから、彼らは高度なデジタル文明を築いていたものと思われる。
しかし、約5000年に及ぶ歴史を解読するのは困難である。

 アラン教授の指示は、2週間でこの情報を解読し宇宙シミュレーターに落とし込むようにすることだ。その為に必要な情報を優先して解読するように、とある。

 必要な情報とは何か?
私はこの書の目的が『ルーム・ノヴァスの人々が宇宙へ旅立つための物である』
という点が気にかかっている。
単に宇宙へ旅立つためであれば、その為の技術的知識が優先されるはずだ。
しかし、この書は太初の歴史から始まっている。何故なのか?

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ルーム・ノヴァスの伝説 (その 2)

 タブレットの解読の2日目

「古代の歴史を学ぶ際に注意することがあります。

 それは、古代の人々と現代の我々とでは世界に対する認識の心象が異なっているということです。

現代の我々は、すでに確立された文明世界で、ゆるぎない自信をもって世界を見ています。

  しかし、太初の自然の脅威にさらされて、文明から切り離された古代の人々は、まるで見捨てられた孤児のような心で世界を見ていたのです。

 それまでは父と母の保護と、指示命令に従っていれば安全でした。
自分で決断する必要がなかったのです。

 しかし、突然にすべての文明を失った時、人々にとって自然は畏怖の対象でした。

 その為、恐る恐る歩き始めた子供のように、全てが驚きであり、不安でもあったのでしょう。

 そのような幼年時代が古代だということです。そのことを考慮に入れないと、彼らがなぜ、自然を神とみなし、決断の際に神意を問う占いを重視したのかがよく理解できないと思います。」

 このように語っているのは、ジームラ・ウントの講師ウマルと名乗るものであった。
講師は3人いた。古代についてはウマル、中世はオズメク、近現代についてはパシャという講師であった。

 地球の古代史と違うのは、彼らの古代は文明を失ったところから始まっていることだ。

 つまり、彼らの文明に先行する別の文明があり、彼らはそのことを記憶していて、しかも先行する文明の保護を失い、そのことを『見捨てられた』と表現しているのだ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 3)

タブレットの解読の3日目

私オリガ・スベトラーナはタブレットの解読を進めている。

「古代人は、その必要とするエネルギーを当初、地中から火の水や、火の石によって
得ようとしましたが、やがて、動物と植物の脂肪や炭水化物から得られることを知りました。

 これは画期的な革命でした。その技術を持った都市は繁栄し、人々が集まったのです。

 一方で相変わらず、荒れ地をさまよう人々もいました。彼らは、エネルギーを求めて、都市を襲撃するようになり、また都市間でもその勢力圏を巡って争いが起こるようになりました。

 戦争が始まったのです。

 そこで、生徒諸君に問います。あなたは、敵が攻めてきた際には戦いますか?
それとも、平和を選びますか?」

 この質問を見て、私は、この書は歴史の書でもあるのだが、教科書でもあるのだ。その為にこのような質問が設定されているのだろう、と思った。

 戦争と平和であれば、平和を選んだ。すると、また書籍は次のコードを示し、ウマルの講義が続いた。

 このような質問が何度か繰り返され、私は大抵の場合「平和」を選ぶのだが、そうするとやがて、都市は追い詰められていくことに気づいた。

 「平和」の為に条約を締結するのだが、何らかの条件があり、時にはこちらが不利な場合がある。特にこちらから平和を望んだ場合は、決まって敵方に賠償金や毎年の貢納金を支払う事になるのだ。

 それは、都市が繁栄している間は良いのだがそう長くは続かない。結局、支払いが困難になり戦争せざるを得なくなる。その様な時に、また例の「戦争か、平和か」の質問が来るのだ。

 酷いときには、「反乱か服従か」を選択する場合もある。ここでは、平和とは、結局服従なのだ。反対に戦争を選んだ場合は、相手を征服し、領地も拡大し、支配する人口も増える。都市の繁栄が続くのである。

 そのような歴史を繰り返すのだが、実際にその歴史を選択しているのは、読者である私なのだ。

 このことに気づいたとき、私は、この書は真実の歴史を伝えているのか?
疑問に思った。まるで、ゲームのようにも思えるのだ。

 ただ、ゲームやクイズと違うのは、どの選択においても、私の決定したとおりに歴史が進むということである。決してゲームオーバーにはならないのだ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 4)

タブレットの解読の4日目

「文明圏は拡大し、都市の数も増えた。初め7つだったのが今は35の都市を数えるほどになった。

 その中で、ジームラ・ウントは3番目の勢力を保っていた。1番大きな都市はメサスと言い、東方の辺境から起こった都市だが、彼らは武力に秀で近隣の諸都市を従え、同盟を結んでいた。

 都市の政治は、初めその住民たちによる合議制で運営されていたのだが、戦争が繰り返すうちに次第に王による専制に変化した。軍事的には垂直統合した組織による政体の方が強かったからである。

 メサスの同盟都市は13を数えた。その中で、メサスは次第に専制的な力を持つに至った。
同盟は、帝国へと進化したのである。

 初代の帝王はティムルタシュと言い、元は神官に過ぎなかったのだが、その卓越した知識と予言の能力によって人々を従えることが出来た。

 度重なる戦争を勝利に導いた功績により、時の王であったメサス3世によって、王の位を譲位され帝王を宣言したのである。

 ティムルタシュは古い信仰を改革し、唯一神ハジュによって世界が統一されると予言した。
ハジュは元来はメサスの都市神であったのだが、戦いを通して唯一神へと進化したのである。

 唯一神ハジュの信仰に帰依したものはメサスの市民としての権利が得られ、エネルギーを優先して利用できた。メサス配下の同盟諸都市は、その固有の信仰を保証されたのだが、エネルギーの内10分の1をメサスに提供する義務を負った。

メサスに従えば、安全と信仰の自由をは保証されるが、2級市民としてエネルギーの貢納を迫られたのだ。

そこで、生徒諸君に問います。
あなたは、唯一神ハジュに改宗してメサス市民としての権利を得ますか?
或いは、メサスに従って10分の1のエネルギーを納め、安全と信仰を守りますか?
それとも戦いますか?

条件 ジームラ・ウントの同盟都市は6つである。」

今度は3択であった。

 私は、迷い、簡単には答えを出せなかった。
何故なら、今までよりも戦う相手が強力すぎるからだ。
メサスの勢力は13の諸都市を従え、ジームラ・ウントの倍以上である。

そもそも、この戦争を私が決定してよいのか?
結果によってはジームラ・ウントの破滅を招くのである。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 5)

タブレットの解読の5日目

帝国メサスと戦うべきか。私は迷っていた。

この事態をアラン教授に報告すべきだろうか?

アラン教授は明後日には、進捗状況の確認に来るはずである。

もし、その時にこのような事態のために解読が思うように進んでいないと知ったら、彼はどうするだろうか?

私の知るアラン教授は、慇懃無礼で、冷酷で、時に高圧的な人物である。

このタブレットが、唯の記録ではないと知ったらどうだろう。

彼の予定では2週間後には解読を終わらせなければならない。

そうしないと、CTU(中国トルキスタン連合)にこの記録を持って行かれるからだ。

彼は、ヒステリックに騒ぐだろうか?

それだけではない、彼はきっと私の想像する最悪の決断を下すだろう。

それは、このタブレットのデータを解読せずにシュミレーターに統合してしまうことだ。

私が恐れているのは、このタブレットは、どこか外部の世界とリンクしているのではないかと言うことだ。

そうでなければ、出される質問の解答によって、その後の未来が変わってしまう、などということがあるだろうか。

このタブレットのデータ容量はせいぜい1TBだろう。それにしては、物語が多すぎる。

もし、外部とリンクしていた場合、シミュレーターの中に外部からのデータが呼び出されるのではないか?

その時、どのようなことが起きるのか?それを、私は恐れている。

私は、結局メサスと戦うことを選んだ。

服従を選んだとしても今までの経験から、いずれ戦うことになるのだろう、と思ったからだ。

すると、歴史は不思議な奇跡を起こした。突如、北方から新しい敵が現れたのだ。

遊牧民の国家である。

荒れ野で遊牧を選んだ人々が、ここに来て、ついに強力な国家を形成したのである。

彼らは、メサスの国境を襲い、挑発した。

メサスはその北方の敵と戦うために戦力を集中させねばならなくなった。

北方の敵はオグズと言い、馬と弓矢と鉄を使った機動的な攻撃方法で、メサスを翻弄する。

東に現れたかと思えばすぐ引き、また西に現れるといった具合である。

その為、メサスはジームラ・ウントに対して無条件和平を申し出てきたのである。

こうして、メサスの脅威は去ったのだ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 6)

タブレットの解読の6日目

講師ウマルが言う

「オグズの攻撃はやむことがなかった。

彼らは、メサス帝国の辺境を襲い、エネルギーを奪い、貢納を強要した。

同時に住民をさらって、自国領内で植物を栽培させた。

メサス帝国は辺境から徐々に弱体化していった。

辺境の住民は、メサスに従うことのメリットを失ったのである。

それでも、メサスは大陸中央で東西貿易のルートを抑えていたためまだ強大な富を蓄えていた。

メサスの戦略は、オグズに対抗する別の部族と同盟しオグズを挟撃することだった。

メルキトやサラカンなどと呼ばれる部族を傭兵として雇い、オグズに対抗させた。

オグズとの抗争は約100年続き、結局オグズは相続争いがもとで分裂した。

そこへ、メルキトの王ガタイが攻撃をかけると、オグズはあっけなく崩壊した。

しかし、そのことはメサス領内へのオグズ遺民の侵入を招いてしまい、メサスの衰退を早める結果となった。

オグズ遺民の侵入は帝国の治安の悪化を招き、その為帝国はオグズを傭兵として雇い、定住民にすることになった。

その為の支出は帝国の財政を悪化させる、という悪循環に陥ったのである。

オグズとの抗争が終結してから50年後、今度はメルキトとサラカンが連合して帝国を攻撃した。

帝国の若き皇帝ティムルタシュ3世は弱冠20歳で血気盛んであった。

帝国北方の大河アムナールの畔で決戦があり、皇帝は自ら先陣を切った。

その時、敵の放った1本の矢が皇帝の馬を貫き、皇帝は無念にも落馬した。

それを見た、オグズの傭兵たちは、一斉に身をひるがえし軍勢は四散した。

敗れた皇帝は、メルキトの幕舎に連れ去られ、身代金を要求されたのである。

メサス帝国では、反乱がおこり、皇帝を救うものはなかった。

要求を拒否されたメルキト、サラカン連合軍はティムルタシュ3世を処刑したのち、一気に帝国内に侵入し帝国は崩壊した。」

このようにして、古代世界は終焉を迎えたのである。

ここで、講師がウマルからオズメクに変わった。

オズメクは言う。

「中世が始まるのですが、中世とはどのような時代かと申しますと、一言でいえば権力の二重性の時代だった、ということです。

どういうことかと申しますと、遊牧民の国家が台頭し、世界の古い文明国家を支配した、武力で制圧した時代です。

かつての古代国家の上に遊牧民の国家がのしかかり、人々は、直接的には古い国家に従属しているのですが、その国家はさらに異民族の支配を受けている状態なのです。

では次回から、そのような遊牧民の時代について詳しく見てゆきたいと思います。」

やっと中世が始まるのだが、明日は進捗状況確認の日である。

私は、できればアラン教授に会いたくない、と思った。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 7)

タブレットの解読の7日目

アラン教授が研究所に来た。

「おはよう、オリガ君。進捗状況はどうかね。順調にすすんでるかね?」

「おはようございます、アラン教授。やっと、古代が終わって、中世に入ったところです。」

「そうか、予定より遅れているようだが、大丈夫なのか?」

意外なことに、アラン教授は冷静だった。

「はい、スピードアップして必ず間に合わせます。」

私は、余計なことは言わないでおこうと思った。

「ところで、彗星の話はもう聞いているかね?」

「いいえ、何も聞いていませんが。彗星の話とは何でしょうか?」

「君も、自分の仕事で大変だとは思うが、情報は常に最新のものにしておくようにしなさい。

もっとも、これは最高機密だから君が知らなくても無理はないがね。」

嫌味な言い方だと思った。

「すみません。気を付けます。どう云った情報なのでしょうか?」

「新しい彗星が発見されたんだよ。

それは、直径10kmほどで、現在火星と木星の間にある小惑星帯に向かって近づいてるんだ。

それは、CTU(中国・トルキスタン連合)によって発見された。

その為、連邦政府は彼らに、その彗星の調査を命じたんだ。

もし、小惑星帯に突入して、衝突した場合のことを憂慮しているのだろう。

最悪の場合地球にも影響があるかもしれないからね。」

私は、少し希望を感じた。

「ということは、彼らは当面このタブレットの研究には関われないということですね。」

「その通り。しかもこの研究に任命されたのは、あのウシュパルク教授と丁仙之のコンビなんだ。

まあ、あの2人では、また失敗するかもしれないがね。」

アラン教授の冷静さの原因は、これなのだと思った。

「いずれにせよ、我々が一日も早くタブレットを解析しなくてはならないことに変わりはない。

もし、応援が必要ならすぐに言ってくれ。できる限りのことはするつもりだ。頼んだよ。」

「はい、わかりました。必ずご期待に添うようにいたします。」

アラン教授は、上機嫌で帰って行った。

あの人にとっては、タブレットも彗星も、その研究の成果が自分の名声につながるかどうかが重要なのだろう。中身は問題ではないのだ。

しかし、何はともあれ私にとっては私のやり方で研究を続けることができて良かった。



ルーム・ノヴァスの伝説 (その 8)

タブレットの解読の8日目

講師オズメクは言う。

「遊牧民達は大陸の東から西へと、絶え間なく移動してゆきました。一つの部族が西へ移動すると、

その空いたスペースに新たな部族がやってくる、という状態でした。

彼らの一番の武器は馬でしたが、その馬は広い放牧地を必要としていたのです。

その為、草原が枯れてしまうと、次の草原を求めて移動を繰り返すのです。

西の方では、東からくる遊牧民の為、まるで玉突きのようにさらに西へと移動して、ついに海岸までやってきました。

ジームラ・ウントの人々も、海岸へと押しやられたのです。

海の向こうには、海上貿易や漁業をする人々がいました。彼らもまた、大陸の人が動物や植物から

エネルギーを得たように、魚や海藻を利用していました。

彼らの移動手段は船でした。これは遊牧民の知らない乗り物でしたので、海岸まで追い詰められた

ジームラ・ウントの人々は遂に海を渡る決意をしたのです。

海の向こうの人々はルーム人と呼ばれていました。

実は、この人々もかつては大陸にいたのですが、はるか以前にやはり、海を渡ってきたのでした。

この人々のことは、伝説となっていて、メサスやジームラ・ウントの人々の間では、

『西の海にルームと呼ばれる大国があり、人々は平和に暮らしている』

と言われていたのです。

この頃、メサスでは、唯一神ハジュに対して疑う人々もいました。

かつて帝国だったメサスも今では小さな都市の一つとなり、メルキト・サラカン連合軍に支配されていたからです。

そのような時代の中で、一人の予言者が現れました。

予言者はケマルと言い、解放奴隷の一人でした。

古代には戦争で負けた国の人は皆奴隷となっていました。

これは、奴隷の労働力が必要とされていた為で、現代のような差別的な意味合いではありません。

これは大事なことなのですが、古代の文明では現代よりもむしろ合理的で、エネルギーを得るという

目的を第一に考えられていて、その為に最も合理的な方法が選択されていたのです。

人は第一に労働力として考えられていました。

そして、一定の労働の成果を上げれば、解放奴隷として自由を得られたのです。

ですから、都市の富裕層にも政治を行う議会にも解放奴隷がいました。

その出自は、問題とはされなかったのです。

そのような解放奴隷の一人であったケマルは、宗教改革を行いました。

新しい予言を得たのです。そして、中世を特徴づける信仰の時代を開いたのです。

次回は、ケマルの宗教改革について学びたいと思います。」

私は、ケマルの宗教改革もそうだが、むしろ海の向こうのルーム人というのが気になった。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 9)

タブレットの解読の9日目

講師オズメクが云う。
「唯一神ハジュに対する信仰は、ハジュの教えに従うことでメサス市民としての特権が得られ、エネルギーが優先的に与えられる、という現世的な実利によるところが大きかったのです。

しかし、帝国の崩壊によってそれが得られなくなった時に、人々は不安を覚えました。

更に打ち続く遊牧民との戦乱は、文明の破壊を見せつけたのです。これは、今まで真面目にハジュの信仰を守ってきた人にとっても困難な事態でした。文明の破壊は、自分自身の破壊、死を予感させ、頼るべき帝国政府も存在しない、太初の時代を思い起こさせたのです。

しかし、太初の時代は、自然の脅威が問題でした。今度は同じ人間が脅威となっているのです。
人間こそが文明の敵であり、平和の破壊者である、このように認識することは、心に深い傷をもたらしました。

今、必要とされるのは、この傷ついた心の救済だったのです。
ケマルはこの心の救済を説きました。
かつて唯一神ハジュによって予言された世界の統一とは、現世の利益を目指した帝国による統一ではない。そうではなく、一人一人の魂の浄化によって、なされる心の統一であるといったのです。

個人が心の中で、真に神の理想を、平和を祈って、偽らず、利得を求めず、正直に生きているのか?
隣人に対する、真心の愛を持って、それを実践しているのか?
困っている人、傷ついている人に、手を差し伸べているのか?

このようなことを、実践したときに心の平安を得られる。
逆に嘘をついている人は、心が苦しむことになり、真の平安は得られない。と説いたのです。

ケマルによる心の救済を説く新しい宗教は、唯一神ハジュを否定したものではなく、その信仰の在り方を問うたものだったのです。

ケマルの宗教は徐々にメサスの人々の心をとらえ、やがて周辺の都市や農村の人々の心もとらえたのです。人々は頼れる指針を必要としていたのです。

遊牧民による支配が大陸の隅々まで広がると、同時に圧迫された人々はケマルの宗教に帰依するようになりました。その宗教は『ケマルによる救済』と呼ばれるようになり、教会組織も広がりました。

各地の都市や農村の人は、表向きはその地方政府に従いましたが、一方で教会組織にも従うという二重の権威が生まれました。また、その政府は遊牧民に支配されていましたが、彼らは合理的なため、宗教については寛容でした。税さえ納めればよかったのです。

このように中世は人々が一つのゆるぎない権威に従うのではなく、幾つかの複数の権威と権力が競い合う時代であり、人々は、同時に幾つもの権威に従う存在となったのです。

ジームラ・ウントの人々も、この『ケマルによる救済』という宗教を受け入れましたが、この教えも、各都市で受け入れる際に少しずつ変化しました。それぞれの都市や地方の状況に応じて教えも変化していったのです。

ジームラ・ウントでは、『西の海にあるルーム人の伝説』と、この『ケマルによる救済』とが結びついたのです。次回は、その様子を見てゆきたいと思います。」

今日は、ここまでだった。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 10)

タブレットの解読の10日目

講師オズメクは云う。

「遊牧民メルキトやサラカン、オグズなどの人々による国家も、時がたつにつれ文明化し、都市に人々が集まり、遊牧民の中にも都市生活を好むものが現れました。

彼らはまた、『ケマルによる救済』に帰依し、心の平安を願うようにもなりました。

そして、ついに王族の中にもその信仰に帰依するものがあらわれ、遊牧国家でも『ケマルによる救済』の信仰が国家の宗教になったのです。

すると、この宗教を信仰するものは国家の中で上層階級となり、いつの間にか特権を求めるようになってしまいました。

このことは、二つの結果をもたらしました。

一つは、遊牧民の弱体化です。彼らは、当初は戦士として、合理性を追求したのですが、都市の文化に触れるうちに、戦争を厭うようになり、自らの戦士としての行いを悔いるようになってきたのです。

もう一つは、遊牧民の支配に反発する人々が、国家宗教となった『ケマルによる救済』に疑いを持つようになったことです。この人々の中からまた新しい予言が生まれました。

預言者バルクミスは西の海辺に追い詰められた人々の中から現れました。

彼は、初め『ケマルによる救済』の熱心な信者で、心の平安を求めていました。

一方で、遊牧民の支配に甘んじることには納得していませんでした。

しかし、教会の司祭たちは、遊牧民の支配の正当性を説き、心の平安は秩序に従うことにある、と説いていました。

教会は遊牧民の王族から多額の寄付を受け取っていたのです。

バルクミスは信仰の問題で悩みました。その時、『西の海のルーム人の伝説』が夢に現れたのです。

彼は夢の中で、ルーム人に会い、彼らが平和で独立した文明を築いていることを知りました。

彼らは、はるか昔に遊牧民と戦い、海の向こうへ逃げたのです。

しかし、彼らは夢の中で、『再び帰ってきて、地上に新しい平和な王国を作る』と約束しました。

それが『ルーム・ノヴァス』という国でした。

バルクミスは、この予言を、人々に伝えました。

唯一神ハジュを否定したわけでも、『ケマルによる救済』を否定したわけでもありません。

ただ、『今の世界は、神の正しい理想とは違っている。ジームラ・ウントを始めとする、同盟都市が遊牧民の支配下にあるのは間違っているのでそのことを正せ』と主張したのでした。

海辺に追い詰められていたジームラ・ウントの人々は、この予言を歓迎しました。

こうして、預言者バルクミスの新しい教えが誕生したのです。

次回は、ルーム人の来襲について説明いたします。」

今日は、ここまでだった。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 11)

地球の空の上

その頃、CTU(中国トルキスタン連合)の宇宙船の中では、ウシュパルク教授と丁仙芝が彗星について話し合っていた。

丁仙芝が言う。「教授、この彗星は、唯の彗星なのでしょうか?

私には、何か目的を持って現れたような気がするのです。

というのも、本当の彗星であれば、とっくに発見されていて不思議はないと思うのです。

それが、今ごろ突然発見されるというのは不自然ではないでしょうか?」

ウシュパルクが言う。

「うむ、私も不自然だと思っている。私は歴史の研究をしていた。

君だって、情報の管理が専門で、このような天体の観測については素人ではないか。

そんな私たちが、この任務に選ばれたということが、そもそも不自然なのだ。」

丁仙芝が尋ねた。

「ということは、私たちが選ばれるような、何か特別な理由があるということでしょうか?

教授はどのように思ってらっしゃっるのですか?」

ウシュパルクが答える。

「そうだ、まさかとは思うのだが、この彗星が仮に目的を持っているとすれば、

それは何らかの知的生命体が作ったものということになる。

直径10kmのもの構造物を作れるとすれば、それは我々の文明をはるかに超えた高度な文明ということになる。」

丁仙芝が言う・

「これが、人工物ということですか?いや、それはあまりにも大きすぎます。

むしろ、私は、この彗星の軌道が誰かによってコントロールされているのではないか、と疑っているんですが。」

ウシュパルクが言う。

「そうだ、その可能性もある。

だがそれにしたって、このような彗星の軌道を一体だれがコントロールできるのか?我々には到底無理だろう。」

丁仙芝が言う。

「そうすると、いずれの場合でも、これには我々の知らない知的生命体が関わっているということでしょうか?」

ウシュパルクが言う。

「私は、そう思っている。その場合、その情報が一般に漏れてしまっては困ることになる。

だから、私たちが呼ばれたのではないか?」

丁仙芝が尋ねた。

「ということは、私たちの調査自体がダミーだと。

本当の調査は別の部署で行っているということですか?」

ウシュパルクが答えて言う。

「そうなのではないだろうか?

私たちの調査は、実は与えられた情報に従っているだけで、真実を知らせない為なのではないかと疑っている。

そう考えたとき、情報管理のエキスパートの君を選んだ意味が分かる。

そして、私のすべきことは彼らが知的生命体だった場合、何の目的なのかそれを探ることなのだろう。

戦争か、平和か、それを選ぶときに備えるのだろう。」


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 12)

ルーム人の来襲 1

講師オズメクは云う。

「大陸の北西の端は、ゲルピド族と呼ばれる遊牧民に支配されていました。そこでも、預言者バルクミスの新しい教えが広まっていました。

 古くからの都市の住民は、ゲルピドの支配を受け入れてそこでの平和を求める人々と、預言者バルクミスの説く教えに従って新しい国を求める人に分かれてゆきました。

 ゲルピド族の支配も200年を越え、国家も次第に安定してきていたのです。
ところが、秩序が確立すると、一方でその秩序の下層に追いやられた人は、逆に絶望を深め、このままでは未来がないと思うようにもなるのです。

 そのように、下層階級に固定化された人々の間では、救世主としてのルーム人を求めるようになっていたのです。

 そのような時に、ゲルピド族の支配地に海からの侵略が始まりました。彼らは大きな船を沖合に留め、そこから何百艘ものボートで川をさかのぼってきました。

 その噂を聞いた人々は、ルーム人が来襲してきたと思ったのです。そしてゲルピド族の支配者たちにも、そのように思われました。

 実際のところ、彼らが伝説のルーム人なのかは分かっていません。しかし、『ルーム人の伝説』と結び付けられたのは事実です。ゲルピド族の国家は、混乱に陥りました。
 
 ルーム人の伝説を信じる人々は、むしろこの来襲を歓迎し、彼らと何とか話をしたいと思っていました。一方、ゲルピド族及び、その支配を受け入れた人々は、バルミクスの教えに従う人々を裏切り者だとして、弾圧しました。

 この『ルーム人の来襲』は、他のメルキトやサラカンの国にも伝わり、どこでもバルクミスの信者は弾圧されたのです。

 遊牧民の支配と、『ケマルによる救済』の信仰によって暫く安定していた諸国にまた混乱と闘いが始まりました。しかし、この混乱は、ルーム人が与えたというよりも、むしろ人々が望んだ結果だったと言えます。

 世界はいつもこのように、不断の変化の連続なのです。秩序の安定というのは、それによって利益を得た人々には望ましいのですが、下層の人々にとっては、自分を縛り付ける鎖となってしまうのです。鎖や足かせからの自由を求める人々は、革命を望んでいたのです。

 そもそも、預言者バルクミスは、実際にルーム人と会ってはいません。ただ『ルーム・ノヴァス』という新しい国のヴィジョンを見たに過ぎないのです。それは、バルクミス自身の願望が見させた夢だったともいえるのです。

 それは、ともかく『ルーム人の来襲』は、それを望んだ人々にとっては希望となりました。

 ジームラ・ウントでも、そこに希望をつなぐ人々がいました。
彼らは、海を渡ってルーム人に会いに行ったのです。」

今日はここまでだった。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 13)

ルーム人の来襲 2

「 ジームラ・ウントの政府は、ルーム人に会いに行くために使節団を派遣することを国王に上奏しましたが、国王は否認しました。
 
 国王は、国民の生活の安定を考え、支配者である遊牧民を刺激したくなかったのです。
しかし、使節団を送りたい人々は再度国民議会に提案し、それは可決されました。
国王としても、今度は裁可せざるを得ませんでした。

 こうして、使節団を送ることが決定されました。団長にはバヤルク大佐、書記官にヨルダネスが選ばれ、総勢12人が決まりました。

 問題は、陸上から行くのか、それとも海を渡るのか?
陸上を通れば、遊牧民の攻撃に会いかねず、海を行けば初めてのことなのでどんな危険があるのか分かりません。

さて、生徒諸君はどちらのルートを選びますか?」

またしても選択である。私は、未知の海を行くことを選んだ。

講師オズメクが言う。

「ここからは、書記官ヨルダネスの航海日誌になります。

『海辺には漁業で生活する人々がいたので、バヤルク大佐は彼らに道案内を頼むことにしたのです。
しかし、彼らもルーム人のことはよくわかりませんでした。ただ、西の海にはアシナという島があり、そこには古くから住んでいる人がいる、ということでした。

 船に乗って、約10日経ちました。やっと島が見えました。我々は初めての船旅ですっかり弱っていましたので、食料と休憩できる場所を探しました。しかし、島に上陸したものの、ジャングルばかりで人の姿は見えませんでした。

 それでも、奥深く分け入ってゆくと、大きな塔のようなものが見えました。近づいてみると、それにはツタのような植物が絡まり、廃墟のように見えたのです。一行は、困り果てていました。

 疲れて、休んでいると、森の陰から10人ほどの人が近づいてきました。彼らは、我々に『何をしに来たのか?』とたずねました。私が事情を説明すると、一人の老人が前に出てきました。

 老人は、『この塔がルームである』と言いました。しかし、ルーム人はもういないというのです。
はるか昔に、彼等を創った人々がいたのですが、大きな火の玉が飛んでくる前にこの地を去ったというのです。

 彼らは、残されたこの塔を管理するように言われていたのですが、長い時が立つ間に知識が失われ、今では廃墟となってしまったというのです。

 火の玉が海に落ちた後は、大雨が続き、暫くはこの塔の上に避難していたのだそうです。
しかし、いつまで待っても創造主は帰って来ないので、残された人々も次第にこの島を去り今はこの人々が、50人ほどしか残っていないそうなのです。

 私は、この塔の中を調べたいと思いバヤルク大佐に申し出ました。
バヤルク大佐は、ここにいてもルーム人には会えないので、一旦ジームラ・ウントに帰ると言いました。話し合いの結果、私とティム・テギュンという助手の2名がここに残ることを承諾されたのです。』

ヨルダネスの航海日誌はまだ続く。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 14)

ヨルダネスの航海日誌

「私とティム・テギュンは、案内の老人とともに塔の中を見てみることにした。

 入口には背の高い門があり、そこには植物と、蜘蛛の巣のようなものが絡みついていた。
門をくぐって中に入ると、広い道がまっすぐ続いていて、その道は、石ではない知らない金属のようなもので覆われていた。赤土や砂のようなものがかかり、元の色はどうだったのかはわからない。

 更に進むとドアがあり、ENTRANCE と書かれていた。そこを押して中に入ろうとしたその時、突然眩しい光が七色に輝き私を包み込んだ。

 どの位たったのだろうか、『オリガ・・・オリガ』と呼ぶ声がして気が付くと、私は塔の中の一室にいた。窓から外を覗くと、遥かな高みにいることがわかった。塔は、銀色に輝き、先ほどまでの廃墟とは全く違い真新しく清潔で美しかった。

 部屋には、ティム・テギュンも老人もいなかった。
ホテルの一室のように、サイドテーブルとベッドがあった。サイドテーブルの上にパンフレットのようなものがあり、そこには『ルーム・ノヴァス』と書かれていた。

 部屋の中を見回していると、左手に鏡のようなものがあった。中に、一人の女性が映っていた。
その女性は、髪が金色と黒がまだらになり、スカーフのようなものを首に巻いていた。

 私は、振り返るのだが、私のほかには誰もいない。鏡の中の女性に呼び掛けてみた。
『あなたは誰ですか?』しかし、返事はない、それどころか、私と同時に向こうから『あなたは誰ですか?』と呼び掛けてくるように見える。不思議に思い、私は右手をあげ挨拶をしてみた。すると、彼女も左手をあげて挨拶をする。

 まさか、これは私が映っているのか?と思った。横を向いてみた、すると彼女の後頭部に小さな人の顔が見えた。私は恐る恐る、自分の後頭部に手をやってみた。何者かの、耳と鼻と口のようなものが触れた。私は、悪魔に取りつかれたのか?と恐ろしくなり、慌てて、ドアを探した。EXITと書かれたドアを押して走って逃げだした。」

「オリガ君・・・オリガ君・・・オリガ・スベトラーナ君!」

アラン教授の声で、私は慌ててタブレットのEXITキーを押した。

「どうしたんだね、そんなに夢中になるとは。順調に進んでいるのかね?」

「いえ、すみません。気が付かなくて、申し訳ありません。」

私は、すっかり気が動転していた。

アラン教授が私に尋ねる。「どうなんだ、もう解読はすんだのかね?」

「いえ、まだ終わっていないんです。」

「計画では、もう終わっている頃だろう。どうする、別のものに交代させたほうが良いかね?」

私は、交代させられては困ると思った。
「いえ、すみませんが、あと3日頂ければ、必ず終わらせます。お願いします、3日間だけ。」

「そうか、そこまで君が言うのなら3日間だけ上げよう。しかし、それ以上は無理だ。検証作業も必要なのだからね。それと、今日から助手を一人付けよう。」

「紹介しよう、セルナ君だ。セルナ君、自己紹介したまえ。」

「初めまして。セルナ・ラガシュと申します。宜しくお願いします。」

「初めまして。オリガ・スベトラーナです。オリガで結構よ。宜しくね。」

「じゃあ、オリガ君、後は頼んだよ。必ず3日で終わらせてくれたまえ。」

アラン教授は帰っていった。今日の出来事を話す余裕は私にはなかった。

「セルナ君、早速で悪いんだけど、私・・・熱があるようなので仮眠室で休みたいのよ。ここの箇所から先に解読しておいてくれる。分かっていると思うけど、もしもタブレットが何か質問してきたら、その時には一人で進めないで、必ず私を呼んでね。いい?」

「はい、わかりました。大丈夫です。」

私は、ヨルダネスの航海日誌が何を意味しているのか、考えると気味が悪くなってきた。

あれは、どう考えても、私だ。

私が、解読しているはずなのに・・・私がアクセスされているのだ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 15)

 仮眠室でオリガは、考えていた。

 私の後頭部には、もう一人の私カーチャがいる。
20世紀に起きた融合炉の事故のため、私の先祖は放射能を浴びた。
ベラルーシでは、今も悲劇は続いている。私もその一人だと思っている。

 でも私は、いつもスカーフを巻いてカーチャの存在を隠そうとしている。
カーチャが何も話さないのは、むしろ私のせいなのかも知れない。
私は、自分が悲劇の主人公のような顔をして、一方ではカーチャを隠して、世間体を気にしている。

 私がアラン教授の意地悪な感じや、プライドの高さを嫌っているのは、そこに自分と同じものを見てしまうからかもしれない。

 カーチャには、申し訳ないと思っている。でも、やはりカーチャがいる限り私は自由に安心して気兼ねなく人と接することは、できそうもないのだ。

 あのヨルダネスの航海日誌に出てきた、鏡の中の女性は私だ。
だが、どうして私がそこにいるのか?
あのタブレットが実は、逆に私を解析していたのだろうか?
あの日誌に私が出てきたということは、つまり私のデータが取り込まれた。
解析が終了したということだろうか?

 そう考えれば、あの講義の中での質問の意味も分かるような気がする。
あれは、私の思考を確認しているのだろう。
そして、歴史の進み方もまるで私の知っている、地球の歴史によく似ている。
あのタブレットは、私の意識とコミュニケートしているのだ。
でもどうやって?
私が起きて作業をしている時に?

まさか、カーチャの意識と、つながっている?

確かなことは何もわからない。しかし、私のデータが取り込まれたことだけは事実だ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 16)

私が仮眠室にいる間にセルナはどんどん解読を進めていた。

セルナによるタブレットの解読

講師オズメクが言う。

「バヤルク大佐はジームラ・ウントに帰ると、早速政府に『ルーム人は既にいないのだが、ルーム人の残した塔があり、ヨルダネスが残って調べている』と報告しました。

 3か月経って、ヨルダネスが帰国しました。ヨルダネスは『ルーム人の残した塔には、まだ知られていない機械や武器が多く残されている。その他書籍も多くあり、科学技術者の調査が必要だ』と報告しました。

 2つの報告を考慮した結果、政府はルーム人に関する調査の一切を秘密にすること、アシナ島に科学技術者の調査団を送ること、を決定しました。

 ヨルダネスを団長とする調査団が再び派遣されましたが、それらは全て秘密に行われたのです。
と言うのも、北方の海からの侵略は続いており、その為に遊牧民の支配は弱まってきていたからです。

 ジームラ・ウントの政府は、『ルーム人の伝説』を遊牧民との取引に利用すると同時に、新しい技術の発見を独占しようと考えたのです。

 一方、東方では新しくキッシュ人が国を建てました。彼らは、ディザブロス山脈という東の果ての地方から起こってきた部族でした。彼らは火薬を使った大砲でメサスを攻撃しました。

 この武器は、メルキト、サラカンなどの遊牧民も知らない武器でした。彼らは、メサスを占領しましたが、そこでメサスの神官たちによる唯一神ハジュの宗教を知りました。

 彼らは元々『天に創造主がいて、その代理人がキッシュの王である』という宗教を持っていました。メサスの神官たちは、その『天の創造主』こそが『唯一神ハジュ』であり、キッシュの王はその代理人であると主張したのです。

 キッシュ人はメサスの神官を受け入れ、彼らの帝国の首都をメサスに定めました。するとメサスの科学者たちによって、大砲と火薬の分析が行われ、さらに改良され、新しく『銃』が作り出されました。

 この『銃』という武器は画期的で、それまでの騎兵による闘いから『銃』を持った歩兵による闘いへと変化しました。つまり、闘いの主役が遊牧民などの貴族から、大衆に変わったのです。

 この『銃』の発明は、瞬く間に世界に広まりました。
このことが、中世を終わらせ、近代をもたらしたのです。

次回からは講師パシャによる近現代になります。」

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 17)

翌日もセルナはひたすら、解読作業に没頭した。

セルナによるタブレットの解読

講師パシャが言う。

「『銃』の発明によって、闘い方が変わりましたが、それは単に軍隊における戦闘方法が変わっただけでなく、社会のひいては文明の在り方そのものを変えたのです。

 東に興ったキッシュ人の帝国では歩兵中心の軍隊が作られ、今までの騎兵隊は廃止されました。
騎兵隊よりも戦車で一度に大量の兵士を運ぶことが重視されました。質よりも量の時代、弓矢の技術よりも何発の弾を早く打てるか、が重視されたのです。

 そこでは、一発の銃弾の命中精度ではなく、ミスを全く気にかけずに次の弾を打ち続ける合理性が要求されるのです。

 そのキッシュ人の前に古い遊牧民の帝国も、変革を迫られました。生き残りをかけて、国の仕組みを変える努力がなされたのです。

 メルキト、サラカン、オグズ、ゲルピドなどの諸国家は、連合して新しい帝国を打ち建てました。
下からの革命ではなく、上からの改革です。

 新しい帝国は、首都をセリムという都市に定め、国名をセリム帝国としました。
帝国議会を持ち、各遊牧国家には相応の自治権も与えられました。
そして、戦士たちは、帝国軍隊として一から再編されたのです。
このようにして、『銃』による変革に対応したのです。

 一方、北方の海の民は、自らを『ルーム人の子孫のロムリア人』であると称しました。初めのうちは、ただロムリア人と自称していたのですが、東のキッシュ人に対抗するためにも、『ルーム人の伝説』を利用した方が闘いに有利であると判断したのです。

 こうして、3つの勢力による闘いが繰り広げられることになりました。
銃の闘いの時代になると、もう新しい予言は現れませんでした。

『予言』は一つのヴィジョンであり、夢でありました。この徹底した合理主義の時代には、そのようなロマンは生まれなくなったのです。ロマンを追求して、闘いに勇者や戦士としての中世的な美を持ち込むものは、たちまち銃弾の前に砕け散ったのでした。

 またメサスにおける宗教の変質のように、教会自らも生き残りをかけて変わろうとしていたのです。
未来を見るというよりも、現在を生き延びることに必死になっていたのです。

 このような戦いの時代に、我がジームラ・ウントはひたすら耐え忍び、アシナ島に残された『ルーム人の文明』を研究し続けたのです。
電子エネルギー砲を開発するまでに600年の時を要しました。

次回は、ジームラウントによる統一戦争です。」

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 18)

セルナによるタブレットの解読

ジームラ・ウントによる統一戦争 1

「ジームラ・ウントの政府は、新しい武器の開発を終え、軍備を整え、アシナ島には海軍を配備しました。そのうえで、『ルーム人は既に去った。残された、文明を我々が引き継いだ。我がジームラ・ウントこそが新しいルーム、ルーム・ノヴァスである。』と宣言しました。

 そして、かつての同盟諸都市に呼び掛け、遊牧民に対する、国土回復戦争を開始したのです。
新しい武器は、その破壊力でセリム帝国政府軍を圧倒しました。元々、連合国家で軍事的な統一が弱かったためもあり、セリム帝国はもろくも瓦解しました。

 ジームラ・ウントは、同盟諸都市に対してはジームラ・ウント市民の権利を認め、遊牧民に対しても、帝国北東部の草原地帯を自治州として与えるという寛大な措置を取りました。

 これは、一つには、遊牧民をキッシュ帝国に対する防波堤として利用する目的でもありました。
もう一つの理由として、寛大な措置をとることで今後の北方のロムリア人、東方のキッシュ人との戦いにおいて、同盟諸都市や遊牧民の離反を防ぎ、ジームラ・ウントの側に正義と恩恵があると主張するためでした。

 次に北方のロムリア人との戦いを開始しました。
ロムリア人の武器はその船舶による海軍でした。しかし、これも巨大な軍艦と、航空機による攻撃で圧倒しました。ロムリア人は自らをルーム人の子孫であると主張したのですが、現実のルーム人の文明はジームラ・ウントの側にある為、支配下の人々もロムリア人の正当性に疑いを持ち、見放してジームラ・ウントに投降するものが相次いだのです。

 こうして、ロムリア人は、元々の彼らの島に後退せざるを得ませんでした。

 最後に残ったのはキッシュ帝国でした。この国は、古くからの文明都市メサスを首都とし、人口も国土も巨大でした。大陸の東半分がその領土だったのです。ジームラ・ウントの科学技術を駆使した近代戦に対し、彼らは人海戦術とゲリラ戦で対抗しました。
 
 終わりの見えない戦いは、ジームラ・ウントの政府に焦りを招きました。航空機による絨毯爆撃と、首都メサスなど一般人に対する無差別攻撃に走ったのです。しかし、これは帰って逆効果となりました。

 首都メサスを攻撃された神官たちは、必死の反撃を試みました。唯一神ハジュに対する忠誠を人々に求めたのです。『この戦いは、キッシュ帝国とメサスの存亡がかかっており、ジームラ・ウントは悪魔の軍隊だ』と人々に宣伝しました。『悪魔に対する聖なる戦い』を主張したのです。

 これ以後、闘いの主役はメサスの神官とその信者になりました。戦いの前面に軍隊ではなく一般の大衆が出てきました。ジームラ・ウントの占領下にあった地域でも、彼らは思い思いの闘い方で、ゲリラやテロルによる攻撃をかけてきたのです。

 ジームラ・ウントの国内では、長期化するこの戦争への疑問が生まれました。

我々は、一体何のために戦っているのか?」

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 19)

セルナによるタブレットの解読

ジームラ・ウントによる統一戦争 2

「 ジームラ・ウントによる統一戦争は、すでにヨルダネスがルーム人の文明を調査研究した頃から計画されていたことでした。科学技術者たちによって、文明の実態が明らかになるにつれ、ジームラ・ウントでは、新しい文明に対する期待が高まっていたのです。

 過去の歴史を見ると、古代の文明では人は自然を畏れ敬い神とみなしました。これが幼年期でした。
中世では、人は自らの内に力を見出し、個人の能力を発揮すると同時にその残酷さを恐れ、内省的になり神に心の救いを求めました。これが少年期です。

 近代では、科学技術の力によって予言は必要とされなくなったのです。
自分の力で自由に世界を見る、自分の行動に自分が責任を持つ、そのように変化しました。青年期と言えます。しかし、まだ大人とは言えないのです。

 社会的存在としての人には、2つの傾向があります。一つは、共同作業への参加、社会の一員として平和を求める傾向です。もう一つはその反対に、社会に対する拒絶、孤立化の傾向です。

 この矛盾した傾向のため、自己の自由を実現するためには自己自身を支配することが必要なのですが、それが同時に社会を支配することにつながり争いが絶えないという結果になったのです。


 メサスの神官とその信者の抵抗は、彼ら自身の自由を守る為でした。
このままでは絶滅戦争になりかねません。それはジームラ・ウントの政府にとっては予想外だったのです。

 ジームラ・ウントの政府は、この戦いが自由のためであると信じて始めたことでした。そして彼らか見たメサスの神官と信者は、狂信者に見えたのです。互いに相手を悪魔のように思ってしまいました。

 そこで、ジームラ・ウントでは、密かに特使をメサスの神官と、キッシュの王に送りました。
核融合兵器による世界の終末の映像を見せることで、戦争の継続を断念させようとしたのです。
キッシュの王は、和平に応じました。自治権を与えることで東方に退いたのです。

 問題はメサスでした。神官たちは2つに分裂しました。和平派と、戦争継続派です。ジームラ・ウントは辛抱強く交渉しました。和平に応じた地方の諸都市には自治権を与えると同時に経済援助をし、新しい技術と文化を与えました。

 こうして大衆がジームラ・ウントの新しい文明を受け入れるまで待ったのです。最終的にメサスの全ての都市、地方と和解できるまでに100年かかりました。

これが今から100年前のジームラ・ウントの統一です。」

明日は、期限の3日目である。

 しかし、ここにはまだ読まれていない記事がある。
ヨルダネスのその後と、統一後のジームラウントの世界、ペーシュウォーダ(先に創られたもの)の伝説である。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 20)

タブレットの解読 最終日

講師パシャが言う。
「世界統一後のジームラ・ウントの計画は宇宙への旅立ちです。

 これもまた、ヨルダネスの報告により計画されていた事でした。ヨルダネスによる調査団は、1年の期間をかけて、ルーム人の文明の記録を持ち帰りました。

 ヨルダネス自身はその後にまた、助手のティム・テギュンと共にアシナ島へ行き残されたルーム・ノヴァスの調査に向かったのですが、半年後に戻ってきたのはティム・テギュンだけでした。

 ヨルダネスは森の奥深くへ行ったまま消息不明となったのです。その後も数次にわたり捜索隊が送られましたが、結局不明のままでした。

 その為、我々に残された資料だけではルーム人が何故いなくなったのかは不明のままです。

 しかし、彼らが彼らこそが我々の創造主であり、太古の破局の前に我々を残したまま宇宙へ飛び去ったことだけは記録から明らかになっています。

 そして今、我々は当時のルーム人の文明の水準にほぼ達したと言えます。

我々は、我々自身を創ったルーム人を知りたいと思っています。
それは、我々が一体何者なのか、を知りたいということでもあります。

 また、ルーム人が残した『ペーシュウォーダの伝説』によれば、ルーム人は自身をペーシュウォーダの一種族であるとしています。

 かつてペーシュウォーダという人々が造られ、幾つかの青い惑星に分かれていたそうです。そして彼らがそれぞれ宇宙に飛び立ち、お互いを知った時に争いもまた起きたというのです。

 これは私の推測にすぎませんが、太古の破局はその接触の過程で起きた一つの事件ではなかったのかと思っています。

 我々の歴史を顧みると、幾つかの都市や国家の接触は争いを引き起こしました。それぞれが、自由に自己を支配したいというのが本来の希望です。それも、出来れば争そうことなくです。

 しかし、文明の接触は、結果として支配と被支配の争いにつながったのです。

 これは残念ながら、我々の時代には、解決することができなかったのです。

 私の希望は、諸君らがこれから、宇宙への冒険に飛び立ち、他の種族の文明に遭遇した際に平和を保ってほしいということです。

 ただし、その相手が我々の自由を奪おうとしたときには、ためらうことなく戦う勇気も必要です。
いかなる場合も敗北は死につながる、というのが歴史の事実だからです。

 それが、突然の死なのか、長い衰退を通した滅亡なのかは分かりません。しかし、自由は独立なくして得られないのです。そのための準備を怠ってはいけないのです。」

以上が、タブレットの解読だった。
最後は、読み飛ばした個所も多いのだが、期限を延ばすことができないので割愛せざるを得なかった。

午後になって、アラン教授がやってきた。

「オリガ君、ご苦労だった。解読は終わったんだろうね。」

「はい、終わりました。」
私は、ヨルダネスの記録や、幾つかの不明点については言わなかった。

「よし了解。では早速、検証作業に入ろう。セルナ君、シミュレーターにデータを統合したまえ。」

「はい、承知しました。」

セルナ君は、何の躊躇もなく検証作業を始めた。



ルーム・ノヴァスの伝説 (その 21)

タブレットの検証 1

 宇宙シミュレーターには、この宇宙で我々が知りえたもののデータが再現される。
それは、殆ど実際の宇宙そのものであり、そのミニチュアである。
かつて、このシミュレーターで地球の歴史が再現され、そこに研究者であったkの分身とも言うべき自動人形ロクサーヌが投入されたことがあった。

その同じ小宇宙に惑星ルーム・ノヴァスの歴史が再現された。

 太初の降り注ぐ火球は、流星群の飛来のようにも見える。
だがその凄まじさは、単なる流星とは思えない。
膨大な数のミサイルで攻撃されているかのようである。

 海はその爆発で沸騰し、空は赤黒く染まっている。
太陽の光が爆発の噴煙で覆われ、山々は黒くそびえたっている。

やがて、大雨が降り続き、それは大洪水となる。
大地が洗われ、人のすむべき平地は失われた。
このような状態が初めの1000年ほど続く。すべての文明が失われた。

 それからゆっくりと人々が活動を開始する。
やがて古代の文明の歴史が始まるのだが、この人々は、皮膚が鈍い鉛色のメタルでおおわれていた。
その目は黒くカメラのようである。

 彼らは、電気と思われるエネルギーで動いていた。彼らもまた自動人形なのだ。
彼らの文明が急速に進歩したのは、恐らく失われた文明の遺産があるからなのだろう。
彼らは初めから都市生活者だった。彼らにとっては文明的でない状態こそが異常だったのだろう。

 歴史は再現されるのだが、私オリガの時とは違って、もう質問は繰り返されない。
私の答えたとおりの歴史が再現されている。

 ヨルダネスが見たルーム・ノヴァスの映像はそこにはなかった。
そして現代へと続き、彼らが宇宙船で飛び立つ様子が浮かんだ。

 これを見る限り彼らに邪悪な意図は感じられない。
地球人がそうするように、宇宙への好奇心が彼らを宇宙へと向かわせたようである。

まだ再現すべきデータが残っているが、それは明日改めることになった。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 22)

タブレットの検証 2

 シミュレーターからは、ヨルダネスが見たルーム・ノヴァスの情報は不明だった。
ペーシュウォーダがなぜ、去ったのかもハッキリとはしない。
ただ単に流星群の飛来の前に去ったというだけであった。

 惑星ルーム・ノヴァスの人々が、何故いなくなったのかも不明だ。それだけではない、結局このタブレットがいつ記録されたのかもわからない。私が解読した以上のことは一切不明のままだ。

アラン教授は、シミュレーターの結果に満足しているように見えた。何の問題もないからだ。

「この検証結果を見る限り、この惑星には何の問題もないようだ。彼らは、この惑星を放棄して宇宙へ飛び去ったのだろうが、恐らくそれも、何らかの環境の悪化の為だったと思える。後は、実際に惑星の環境を調べることでしかわからないだろう。

 この惑星は、我々人類へのプレゼントになるかもしれない。
連邦政府にはそのように報告するつもりだ。」

アラン教授は上機嫌だ。
「オリガ君、セルナ君、ご苦労だったね。ありがとう感謝するよ。連邦政府にも2人の努力と功績を報告するつもりだ。」

そう言ってアラン教授は帰っていった。

「セルナ君、お疲れ様。ありがとう、本当に助かったわ。」

「いえ、僕は何も、ただ解読しただけですから。」

「それにしても、凄い速さで解読するのね、驚いたわ。」

「僕は、元々バックエンドでの作業専門なので、2進法の方がむしろ普通の言葉よりわかりやすいくらいなんです。0と1だけで、結果を迷う必要がありませんから。」

 セルナ君は、私から見るとまるで自動人形のように、淡々と無表情に作業していた。
「今日は、どうこれから2人で打ち上げでもする?」

「いえ、プライベートでの付き合いは苦手なので、これで帰ります。お疲れ様でした。」

セルナ君は帰っていった。

私は、まだタブレットの疑問が解けずにしっくりこないままだった。

その夜、不思議な夢を見た。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 23)

夢の中のヨルダネス 1

オリガの見た夢の中で、ヨルダネスは再びルーム・ノヴァスの調査に出かけていた。

ヨルダネスはルームと呼ばれる塔の門をくぐり、再びルーム・ノヴァスの部屋に入った。

 窓の外を見る、公園のように整備された森とくねった小径が続いているのが見える。
小径のそばを緩やかな川が流れている。外へ出てみようかと思い、鏡の前でふとつぶやいた。

「君は一体誰なんだ?」

すると、「私はカーチャ」と頭の後ろから返事が聞こえた。慌てて振り向くが、誰もいない。

「私は、あなたの後ろにいるわ。あなたの後頭部よ」

「君は誰なんだ?」再び尋ねた。

「その前に、あなたは誰なの?」

「僕はヨルダネス。ジームラ・ウントの書記官だ。」

「そう、あなたがヨルダネスね。」

「僕を知っているのか?」

「知っているわ。ルーム・ノヴァスを調べに来たのでしょ。」

「どうしてそれを?」

「オリガが読んでいるタブレットに書いてあったわ。」

「オリガ?タブレット?・・・それは何?」

「あなたが今いる身体、それがオリガ。私たちは、一つの身体にいるの。
オリガはもう一人の私。大きい方がオリガ。小さくて、後ろにいるのが私、カーチャ。」

 僕はカーチャから、今までのタブレットについてのいきさつを聞いた。

「そうすると君は、地球という惑星からここに来たの?」

「来たのではなく、ここに取り込まれたのよ。たぶん。」

「僕も、ここに取り込まれたのだろうか?」

「たぶんね。でも、そのおかげで私は、自由に話ができるようになった。
ねえ、外に出てみない?外の世界を知りたいわ。」

 僕は、カーチャに促されて外に出てみることにした。

 部屋にある幾つかのドアのうち、何も書かれていないドアを開けてみた。
外は帆の暗い内廊下になっていた。案内の矢印があり、右へ出て突き当りをさらに右に行くとエレベーターがあった。

 2階でおりて、ホールから階段で下へ歩く。
小さな公園がある。円形の花壇がいくつか同心円状に並んでいる。
 
 上から見た時には気が付かなかったが、すぐ目の前に海へと続く運河の岸辺があり、大きな橋が架かっている。橋を渡る途中で休憩所があり、そこで海の景色を眺めながら一休みした。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 24)

夢の中のヨルダネス 2

 海上には、小さなボートや、大きなクルーザー、帆を膨らませた古代の帆船や、豪華な客船など様々な船が浮かんでいる。右手の方向に港があり、停泊している船もある。

 左手には、また公園が続き橋の下から、公園の岸辺に向けて魚の群れが飛び跳ねながら泳いでいる。橋の上を、ジョギングする人もいれば、自転車をこぐ人もいる。

 僕たちは、この平和な景色にすっかり魅了され、のんびりと散歩気分で橋を南へと歩いた。
橋を渡りきると、森の向こうに大きな球体の建物が見えた。

 近くによってみると、森の小道がありマルギシュ神殿と書かれていた。入口には衛兵が2人立っていた。見学できるのか聞いてみたのだが、案内のボードを指示された。

 ボードに示された地図を見て、小道を歩いてゆく。森の中は思ったより明るく白樺林のようである。しかし、うねうねと曲がりくねったその小径は、どこまでも続いていて、もうどこから来たのか見えなくなってしまった。

 大きかったはずの球体の神殿も見えなくなり、周囲は高さ10メートルはありそうな木立に囲まれてしまい小道はあるのだが、迷路に陥ったような気がした。

 カーチャが不安そうに「大丈夫なの?私たち迷っているのじゃないの?」という。
僕は内心『その通り』と思いながら、口では「大丈夫だよ、地図の小道をそのまま来ているのだから」と強がった。

小さくなった空は、夕焼けすら見えず段々と藍色になり、暗く翳って来た。

 カーチャはすっかり不機嫌になった。今更引き返すこともできず、不安なまま黙って歩き続けた。
真っ暗な闇の中を、歩いて行くと上り坂になり、そして突然辺りは開けた。頂上に着いたのだ。

 そこから見る景色は、空の星々と、下界にはきらめく宝石のような街の明かりが見えた。
不思議なことに、僕たちは球体の神殿の頂上にいたのだ。小さな東屋がありそこのベンチに腰掛けて輝く宝石と星々の景色にしばし見とれていた。

 暫くすると老人が来て「神殿に御用ですか?」と聞かれたので、「中を見たいのです。」と頼んでみた。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 25)

夢の中のヨルダネス 3

 神殿の入り口には大きな丸い目と口を持った仮面の彫刻があった。
中に入ると、半円形の劇場のような形で僕たちはその最上段に立っていた。何段にも続く座席を降りるとその先に四角い祭壇があり、燃えさかる炎がたかれていた。

 老人がどこかへ消えて、代わりに頭から白い長衣を着た人が現れた。

その人は僕を見て、ヨルダネスと呼んだ。

「どうして、僕の名を知っているのですか?あなたは誰ですか?」

「思い出すがよい、ヨルダネス。私はお前の主であり、この世界なのだ。」

 それから僕は、かつてここに何度も来ていたことを思い出した。
僕は、このルーム・ノヴァスに初めて来たときに、鏡を見て、自分がメタルのマシーンに過ぎないのだと知ったのだった。マシーンは主人に服従するために創られたのだ。
それから、ここでルーム人の文明と、ルーム・ノヴァスがなぜ作られたのかを知らされたのだった。

「お前は、この隠された世界に誰を連れてきたのだ?」

「カーチャという地球人です。この者は、僕の作ったタブレットを読みました。」

「タブレットがまだあるのか?ジームラ・ウントが滅んで既に一万年の歳月が流れたというのに。
タブレットが動いたのならば、再び彗星もやってくるだろう。」

「はい、既に地球に向かっているようです。」

「お前は、それが何を意味するのか分かっているのだろうに。」

「はい、それでも僕は自由が欲しいと思ってしまうのです。彗星は本当に攻撃してくるのでしょうか?」

「わからない。しかし、彗星は、ルーム人が銀河を支配しようとしたとき、現れわれた。そして、ジームラ・ウントが、銀河へ飛び立ったときにも現れたのだ。恐らくあのタブレットを見た地球人もまた、銀河へ飛び立とうとするのだろう。それが、平和のためならばよいのだが。」

私オリガは、重苦しい気分で目覚めた。
この夢は、何なのか?

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 26)

地球の空の上

ウシュパルクと丁仙芝は彗星の観測を続けていた。

「教授、彗星が大きくなっています。」

「何故だ、彗星が大きくなるなどありえない事だろう。」

「はい、今まではそのような観測はありませんでした。ですが、この彗星は確かに大きくなっているのです。既に直径は20kmにもなっているのです。

 初めのうちは、小惑星との衝突で小惑星と合体したのだろうと思われたのですが、どうやら小惑星を吸収しているようなのです。」

「どういうことだ?」

「彗星の進路にあたる小惑星が、消えてしまうのです。そして、その後彗星が少しずつ大きく
なっているのです。」

「小惑星を、消滅させているのか?」

「ただの消滅ではありません。消滅したのち、彗星に合体していると思われます。つまり、まるで小惑星を食べているかのようにです。」

「それでは、この彗星はやはり何かの意思を持っているのか?」

「今のところ、彼らからのメッセージと思われるものは確認されていないようです。」

「では、意味もなく、目的もなくただ小惑星を消滅させ、自らのうちに取り込んでいるのというのか?」

「何とも、今のところは分かりかねますが、ただ地球に近づいているのは事実です。巨大化しながら近づくとなると、大変危険です。」

「連邦政府は、それについて何か指示はないのか?」

「全く何も言ってきません・・・。それとは別に、例のタブレットの解読が成功したようです。」

「そうか、どのようなものだったのだろうか?」

「それが、正確にはこちらに伝わってはこないのですが、情報部のものに調べさせたところ、どうやらあのペーシュウォーダに関係しているようなのです。」

「ペーシュウォーダと言えば、ロクサーヌが見たという伝説の者たちのことか?」

「そうです。ルーム人と呼ばれていたようですが、ペーシュウォーダの一種族だったようです。」

「彼らは、10億年の昔に滅び去って、光のイメージとして宇宙をさまよっていると聞いたが。
そのルーム人は今もいるのだろうか?」

「いいえ、彼らもどこかへ消え去り、彼らが造った自動人形たちがジームラ・ウントと名乗り、その文明を引き継いだようなのです。あのタブレットはそのジームラ・ウントのものだったようです。」

「そうか・・・。伝説ではペーシュウォーダは銀河を支配しようとして宇宙に飛び立ち、そこで出会った『暗黒』に敗れたと聞いたが。
 
ロクサーヌが出会ったというペーシュウォーダは衰退の原因が『小さな私たちが増えすぎた為』と言っていたそうだが。
ルーム人もやはり滅亡したのだろうか・・・。」

「ERUの連中は、惑星ルーム・ノヴァスへ調査団を送ることを連邦政府に申請しているようです。」

「しかし、ジームラ・ウントがいるのではないのか?」

「タブレットの解析では、ジームラ・ウントも既にいなくなったようなのです。」

ウシュパルクは、惑星ルーム・ノヴァスに誰もいなくなった、ということが気にかかっていた。

「それほどの文明がなくなってしまうとは、やはり『暗黒』に関係しているのではないのだろうか?その原因をよく知らないうちに、調査団を直接送るのは危険ではないのか?」

「ええ、私も何か嫌な予感がするのです。この彗星と言い、何か惑星ルーム・ノヴァスと関係があるような気がしてならないのです。」

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 27)

 アラン教授は連邦政府の宇宙開発計画課のメルブ課長に会っていた。
惑星ルーム・ノヴァスに調査団を送る為である。

「メルブ課長、惑星ルーム・ノヴァスのタブレットの解析の結果は先日ご報告した通りです。
ご承知だと思いますが、あの惑星には『火の石』や『火の水』と呼ばれる鉱物資源があります。
 
 それらの利用価値を調べる必要があると思います。地球にとっても有用なのではないかと思うのです。そこで、私は調査団を送りたいと思うのですが、如何でしょうか?」

「アラン教授、あなたのご希望は分かります。それらの資源が使用可能であれば、地球にとっても役に立つでしょう。特に増え続ける人口問題を考えた時には、それを解決する有力な手段の一つになる、と私も思います。

 ですが、直接調査団を送るのはどうなのでしょうか?
その星が全く安全だと言い切れるのでしょうか?」

「タブレットを読み解く限り、あの星には既に誰もいないようです。原因は分かりませんが、ルーム人もジームラ・ウントもいなくなったようです。無人の惑星なのです。

 今必要なのは、人類の冒険心ではないでしょうか?
かつて我々の祖先が、新大陸を発見した時のような。臆病風に吹かれて、手をこまねいていては、それこそ、別の惑星の文明に先を越されるかも知れません。そうなってからでは、手遅れなのです。」

「しかし教授、これは我々だけで判断できることではないのです。
何故なら、そこに他の文明があったということが分かっている以上、今もまた他の文明と遭遇する可能性が否定できないからです。
 
 その場合、問題はERU(ヨーロッパ・ロシア連合)だけではなく、CTU(中国・トルキスタン連合)や他の諸国の同意も必要となるでしょう。」

「そうです、まさにその通りです。ですからメルブ連邦政府宇宙開発計画課課長にお願いしているのですよ。これは、ERUだけでなく連邦政府として決定していただきたいと思っているのです。

 どうか地球全体の未来のためだと考えてご判断いただきたいのです。」

 メルブ課長は迷っていた。連邦政府としての決定は、自らの責任に関わるからだ。失敗したときに備えて、できればERUだけの調査にしたかったのだ。

 それは、アラン教授にとっても自らの責任ではなく、連邦政府の決定にしておきたい、と思うのも同じ責任回避のためであった。

地球にとって重要な問題が、このように個人的な責任問題と絡めて決定されようとしていた。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 28)

アラン教授が研究室に来た。

「惑星ルーム・ノヴァスに調査団をを送る件なのだが、連邦政府はなかなか良い返事をくれないのだ。何か良い案はないだろうか?」

私はアラン教授が何故そんなに急いでいるのか理解できずにいた。
「教授、どうしてそんなに急いでいるのでしょうか?」

「君、これはCTUとの競争なのだよ。彼らが、地球の人口の3分の1を占めていることは君も分っているだろう。我々は彼らに比べて、一人当たりの生存空間を広く必要としているんだ。

 勿論ロシアが加わったおかげで、我々の地理的空間は拡大したが、生存環境としては良くない。
新しい空間を必要としているのだよ。それは、彼らCTUも同じだろう。いくら彼らが過酷な環境に強いと言っても、人口の圧力には困っているはずだ。」

「それは、つまり惑星ルーム・ノヴァスを植民地とするということでしょうか?」

「植民地ではない。開拓地だよ。その為には、いち早く入植する必要があるんだ。」

その時、セルナ君が発言した。
「教授、僕が発言するのは出すぎていることだと思いますが、宜しいでしょうか?」

「勿論、良い案があるのなら話してくれたまえ。」

「この宇宙シミュレーターで探索するのはどうでしょうか?」

「うむ?それは、どういうことかね?」

「タブレットの解析でジームラ・ウントが宇宙に飛び立つところまでは分かりましたので、その時点のジームラ・ウントに実際に行ってみるということです。」

「それは、できるのか?」

「以前、日本のチームの研究で、ロクサーヌが歴史の現場に投入されたと聞きました。
それを、惑星ルーム・ノヴァスでやってみるのです。」

「つまり、ロクサーヌのように自動人形を使ってシミュレーションをしてみるのだね。
しかし、その役をだれがやるのだ。あの時はkがそれをやったはずだが。」

「僕がやってみます。」

 私は、驚いた。そして、危険ではないかと思った。
「待ってください、あの時の実験では、時空間の乱れがあり、別の世界に行ってしまったはずです。
このシミュレーターはそれを解決できていません。」

「うむ、それも考慮する必要がある。少し考えさせてくれ。」

 結論は出ないまま、教授は帰っていった。
しかし、セルナ君はどこか普通とは違う気がする。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 29)

夢の中のヨルダネス 4

カーチャが僕に尋ねた。
「ねえ、彗星が現れるって、どういうことなの?何度もここに来たって、何の話をしていたの?」

「僕が、初めて来たときにはまだ生まれて1ヶ月か2ヶ月の頃だった。その頃、僕の父は『火の石』の鉱山で技師をしていた。その日、僕は高熱を出していて母は心配して病院に行く準備をしていた。

 ところが鉱山で爆発事故があり父が巻き込まれて重体だと連絡があり、母は迷った挙句、鉱山へ向かった。父は腹を何針も縫う手術をして背中と腰もやられたのだけど、何とか命は無事だったんだ。

 そうして、家に帰ると、僕の方はもう虫の息だった。救急車を呼んだのだけど、間に合わなかったようだ。でも僕は、もう少し母に甘えていたかったようで、どうやら、そんな『想い』が僕をここへ連れてきたらしい。

 ここは僕にとっては天国のようだった。寂しさもここにいると癒された。ここでは、まるで母のように優しく温かい人々が僕の世話をしてくれたんだ。

 ここで千年ほどを過ごし、それから僕はまたここを出て元の世界に行った。今度は、僕は辺境の防衛をする戦士の家に生まれた。16歳になって、僕も戦士としての任務に就いた。

 争いは好きではなかったけど、それも国を守る為だと思って懸命に戦ったよ。でも、やっぱり向いてなかったんだろうね。20歳になった時、遊牧民の襲撃を受けて死んでしまった。

 その時も、本当は温かい家庭で家族を持って平凡な暮らしがしたい、と思っていたんだろうね。
またここへ来たんだ。こんな風に、何か『想い』を残したままでいると、ここへきてしまうようなんだ。だから僕はここを『想いの世界』だと思っている。

 ここにいる人々は皆、そんな『想い』を残している人々なんだ。でもそれは『優しい想い』であって、恨みや憎しみではない。そういう『邪悪な想い』を持っている人はここには来られないようなんだ。あるいは、ここに来てもすぐいなくなってしまう様だ。」

「私がここに来たのも私が『想い』を持っているから?」

「そうだと思うよ。君は、ずっと一人で黙っていた。本当は家族や他の人と話がしたかった、気持ちを分かちあいたかったのじゃないのかな。」

「そうかも知れない。ここは私には楽しく感じられるから。でも、ここは一体だれが作った世界なの?」

「ここはルーム人が作ったのだけれど、彼らの『メモリーの世界』なんだよ。
彼らは、『暗黒』との戦いで敗れた時に、いつかまたここに帰ってくるために、この世界を作った。
だからここは隠された世界で、彼らの『メモリー』が保存されているんだ。」

「彗星というのは何?」

「彗星は、『暗黒』の前触れ、または武器のようなんだ。ルーム人が『暗黒』に敗れた時、彗星が現れて、この惑星に降り注いだそうだ。実際のところ、ルーム人にも『暗黒』や『彗星』が何故現れるのかは、よくわからなかったらしい。でも、それはどうやら人の『想い』が関係しているようだ。」

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 30)

夢の中のヨルダネス 5

「あのタブレットは、何のために作ったの?」

「あれは、僕の想いを残したくて作ったんだ。
僕がいた頃、ジームラ・ウントはいつも闘いの歴史だったんだ.もちろん誰も望んではいなかったと思うけど。実際には何千年もの間、争いがやむことはなかった。この世界に来て、このように平和で安らかな世界があることを知ったんだ。

 それで、平和と安らぎを望む人に知らせようと思ったんだよ。でも、心の中に矛盾があった。この世界を知らせたいと思う一方で、隠しておきたいとも思ったんだ。誰もが知れば、同じ思いではない人も来てしまうからね。

 それで、ここに来るのにふさわしいのかどうか、タブレットに判断させようと思った。初めは、ジームラ・ウントの歴史を記録するつもりだった。その戦いの歴史を知れば、人は平和を望むだろうと思ったんだ。でも、歴史を調べているうちに、違うのではないかと思うようになった。

 歴史は、人々の生活の集合でその結果なのだけれど、でも事実と人の想いは違っているのではないか?

 例えば、ある人が闘いで死んだ、それは事実だけどその人はどういう思いで死んだのか?それは結局わからないままなのではないか?殺された方が敗者で、殺した方が勝者とは言い切れないのではないか。

 ある国が戦争で滅びた、勝った方が歴史に残った。でも、そこに生きていた人はどうなのだろうか。誇りある死を選んだのかも知れない。言葉で残された記録、あるいは伝説はあるけれども、真実は分からない。

 そんな風に思うと、歴史は一つではないのではないか、と思えてきたんだ。だから、どのような歴史を選ぶのか、それはそれを読む人がどのように生きたいのか。そのことによって変わるのではないか?そんな風に思えてきたんだ。

 そんな思いであのタブレットを作ったんだよ。でもぼくが最初に作った後で、多くの人がその続きを作ったようだけどね。

 そして、僕は僕自身をあのタブレットに閉じ込めたんだ。
それは、タブレットに導かれてきた人をルーム・ノヴァスに案内するためだ。
争いを望む人はここの世界には来られないようにと考えたんだよ。」


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 31)

 アラン教授が再び研究室にやってきたのは、セルナ君がとんでもないアイデアを持ち出してから2日後だった。

「オリガ君、この前のセルナ君のアイデアなんだが、君はどう思う?」

 アラン教授が私に意見を求めることは殆どなかった。
よほど悩んでいるのか?
それとも私の同意を求めるためか?

「正直に申し上げて、私は難しいのではないかと思います。
と言いますのは、今回のケースはデータが不足しすぎていると思うからです。

 日本チームでの実験は、この地球の歴史の再現と予測でした。

 地球に関しては、何と言っても私たちのホームグラウンドですから地質学、気候学、海洋学、天文学そして歴史学、地理学とあらゆる分野の研究の積み重ねがあり、その膨大なデータが取り込まれていました。

 ですが惑星ルーム・ノヴァスの場合は、殆どあのタブレットと無人探査機のデータだけです。

 たったそれだけでは、何が起こるのかそれこそ予測不能なのではないでしょうか?」

「しかし、セルナ君は自信ありげだったね。それに日本チームのことまで調べていたんだ。

 とても前向きではないかと思う。僕は、セルナ君のその努力を評価したいと思っているんだ。」

「はい、その点については私も素晴らしいと思いました。」

「僕はね、オリガ君。君にも、もっと積極的に関わってもらえないかと思っているんだ。
 
 タブレットの解読も、君だけでは予定通りに終わらせるのは厳しかったのではないのかね?

セルナ君は随分頑張ったように思うけどね。」

 アラン教授は、私の意見ではなく、やはり同意だけが欲しいのだ。
そうすれば、下からの希望を取り入れた、という形にできるからだ。

「はい、仰る意味はわかりました。一つお伺いしたいのですが、セルナ君はどういうわけでこの研究室に来たのですか?

 以前はバックエンドのプログラマーだったようなことを聞きましたけど。」

「彼は、モスクワからの推薦があったんだよ。出身がコーカサスのアララト山の近くだったらしく、モスクワとしてはロシア連邦出身者をこの研究に参加させたかったようだ。

 ただ聞いた話では、コーカサスの地元の少数派の宗教の神官の家系でクリスチャンではないらしい。でもトルキスタンとの国境近くだから、宗教の問題はとりわけ敏感な地域だ。

 モスクワにとって、イスラム教徒でもクリスチャンでもないというのは、ある意味宗教的に開かれた国だとアピールできる要素でもあるわけだ。つまり、研究者としての能力よりも、政治的な力が働いた人事のようだということだよ。」

 ということは、セルナ君の仕事ぶりをアピールすることは、アラン教授にとっても政治的に有利だということか。モスクワからの援助が期待できる、ということなのか?

 これ以上考えても、政治のことは分からないし、分かりたくもない。
もうこの話は終わりにしたいと思った。

「分かりました、私もセルナ君のアイデアを成功させるよう努力します。」
 本当は、教授の指示に従います、と言ってやりたいところだが、そうするとまた話が蒸し返しになると困るのでやめた。

 それよりも、セルナ・ラガシュとは一体何者なのだろう?
唯のバックエンドのプログラマーが、モスクワの目に留まる?
そんなことがあるのだろうか?

 あるとすれば、その神官としての家系に何か秘密があるということか?
そんな力のある一族ということか?

 やめよう、こんなことを考えても無駄だ。
とにかく今は、仕事に集中するしかない。精神を保つために。


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 32)

 次の日、アラン教授はセルナ君のアイデアを実行することに決めた。

 セルナ君は、また新たな提案をした。
「教授、提案なのですが、僕はジームラ・ウントではなく、メサスに行こうと思います。」

「それは、どうしてなのかね?あのタブレットはジームラ・ウントが作ったものだろう。」

「ええ、そうです。惑星ルーム・ノヴァスの歴史はジームラ・ウントによって記録されたものです。
ですが、その記録によるとメサスとジームラ・ウントとの戦いが基調にあると思えるのです。

 最初にジームラ・ウントとメサス帝国の闘いがあり、また最後まで抵抗したのもメサスでした。
そして勝利者であるジームラ・ウントによって統一されたとなっています。
しかし、その後に彼らはいなくなってしまう。

 その統一後に、あるいは統一の過程で実際に何が起きていたのか、これを知るには勝利者の記録だけではなく、敗れたメサスの記録を調べる必要があると思うのです。」

「しかし、タブレットの記録ではメサスの状態がどうだったのかはあまり詳しくわからないだろう。」

「はい、なので直接メサスへ行くことで、そこのところを調べたいと思うのです。」

「うむ・・・。オリガ君はどう考えるかね?」

私には、またも突飛すぎるアイデアに思えた。

「書かれた記録だけではなく敗者の側から見直す、というのは意義のあることだと思います。
ただ、そのことが時空の乱れを呼ぶ可能性があるとも思えますが。」

「そうか。セルナ君、危険なのは承知の上でそれでもメサスへ行きたいのかね?」

「はい、真実を探る為には危険は覚悟の上です。このプロジェクトを成功させるために必要なことだと思っています。」

「よし、そこまで覚悟があるのなら、君に任せよう。他に必要なことがあれば何でも言ってくれたまえ。」

 最後は上機嫌になってアラン教授はセルナ君と一緒に帰っていった。

 日本チームの経験では、歴史はそれを観測する者の意識によって変化する。
時空間の乱れが、新たな別の歴史を生みだす可能性があることが分かっている。

 セルナ君はそれを敢えて引き起こそうとしているのだろうか?
 だがそうだとしても、それは何のためだろうか?
 その危険を冒すメリットは何なのだろう?

 別の歴史がありうることは、このタブレット自体が示している。
タブレットの質問に対する私の答えによって、結果が変わってしまうからだ。

その事も私には疑問だが、セルナ君はその事に気付いていたのかも知れない。

 それでもなぜメサスなのか?
 それに気付いていたのなら、隠されたルーム・ノヴァスの存在にも気付いているはずだ。
 なのに彼はそこではなく、反対の方向を目指している。

 それは何故だろう?
彼には、この研究に対して別の目的があるのだろうか?

 単にアラン教授の歓心を買うため、とは思えない。
つまり、彼はアラン教授のこの研究を何らかの目的のために利用しようとしているのだろうか?

 それでも、私にとっては、彼が本当のルーム・ノヴァスから離れていくのは幸いというべきだ。
何故なら、彼がそこに行けば、私と出会ってしまう可能性があるからだ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 33)

メサス ー 1万年前

私セルナ・ラガシュはメサスの神殿で教主に会っていた。

「教主様、私は神官ラガシュ家のセルナと申します。
教主様にどうしてもお話ししたいことがあってやって参りました。」

「それはどのような事なのですか?」

「我がラガシュ家は、太古の洪水の時代にコーカサスのアララト山に避難しておりました。
その際に、古くから伝わるペーシュウォーダの『創世記』も保管していたのです。古い時代のもの故、殆ど忘れられておりました。

 ですが、今日のジームラ・ウントの攻撃という事態で再び避難するときがくるやもしれぬと思い調べなおしていたのです。」

「ペーシュウォーダと言えば、我々の創造主と言われる方々のことですか?」

「はい、そうです。あのルーム人の伝説もその方々のことだと言われています。」

『創世記』によれば・・・
 太古の時代、我らは暗黒の中で回転するドラゴンの炎から生まれた。銀河の中に12の青い惑星がありそのいくつかに分かれて住んでいた。やがて時がたち我らは故郷を探す旅にでた。

 しかし、あの『暗黒』と出会い、攻撃を受けたのだ。彼らは光のない彗星を操っていた。
それは、すべてを食べつくす巨大な『暗黒』だった。我らは、それを撃ち、確かに爆破したのだが。

 その結果は我々の惑星の破滅をもたらした。幾つもの流星となって降り注いできたのだ。

我らのうち、あるものは光となって宇宙をさまよい、またある者は別の惑星にたどり着いた・・・。

 この書を読み進むうちに、いつの間にか私はこの書の中に入り共に旅をしていたのです。
そして見たのです。地球という惑星にたどりついたペーシュウォーダを。

 これは私には啓示と思えました。

 聞くところによると、ジームラ・ウントは核融合兵器でキッシュの皇帝を脅したそうです。そのような兵器はこの惑星の破滅をもたらすでしょう。

 彼らはルーム人の文明の驚異に目を奪われてしまい、『暗黒』のことを忘れているのです。メサスはこのままでは滅びてしまうでしょう。

 私は、地球を探してきます。ペーシュウォーダを探してきます。そして、また再びここに戻り、メサスの人々を解放します。

 どうかそれまで、耐え忍んで頂きたいのです。たとえ、今はジームラ・ウントの支配を受けたとしても、いずれ再びメサスが輝きを取り戻すことでしょう。」

「分かりました。あなたを信じましょう。今は争いをやめようと思います。
必ず帰ってきてください。」

「はい、必ず戻ってきます。」

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 34)

 セルナ君は、シミュレータに自分自身のデータを統合した。

 アラン教授が最後の確認をした。
「ではセルナ君、君の言う通り、『現在』の惑星ルーム・ノヴァスに行き、そこからジームラ・ウントの統一まで遡る。それで大丈夫だね。」

「はい、このタブレットがいつの時代のものか分かりませんので、遡るのが一難確実だと思います。」

「うむ、それで万一危険な場合には、すぐ止めるように合図できるね。」

「はい、その場合には、ストップと心の中でいいます。僕の意識をシミュレータにつないでいれば、その信号が伝わり、ストップするようにプログラムしましたので。」

「では、オリガ君、セルナ君スタートしよう。くれぐれも安全第一を忘れないように、よろしく頼む。」

「では、オリガさん僕の意識をシミュレータにつないでください。行ってきます。」

そう言って、セルナ君はシミュレータの世界に旅立った。

 初めは、何の変化もない死の世界が続いた。5千年程さかのぼると、変化が現れた。
陸地が見る見るうちに水で覆われた。そして、雨が降り続き大洪水の時代だ。
更に遡ると、流星が降り注ぎ、海が沸騰した。

アラン教授が言った。
「これは、初めの頃の映像と全く同じではないか。データは大丈夫なのか?」

「今のところ異常信号はありませんので、大丈夫だと思います。」

そして、次に現れたのは、巨大な爆発だった。

「今のは、何だ?もう一度戻して。」

私は、もう一度爆発の時点に戻して、ゆっくり再生した。

「これは、この巨大な爆発は一体何なのだろう。」

「とても強いエネルギーです。まるで太陽のような。太陽フレアでしょうか?」

「今までこのような爆発は見たことがない。何が爆発したのか、確かめよう。先へ進めてくれたまえ。」

先へ、つまり過去へ遡ると、巨大な惑星が頭上に、空一杯に広がった。

「教授、これは惑星でしょうか?空が真っ暗になっています。」

「うむ、しかし惑星のはずはない。もしそうなら衝突しているはずだ。
その場合、惑星ルーム・ノヴァスも無傷であるはずがない。」
 
 その惑星は、徐々に収縮して小さくなっていった。つまり、膨張していたということだ。
最後には直径10㎞ほどの小さな彗星になって遠ざかっていき、宇宙の闇の中に消えた。

6千年ほど前のことだった。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 35)

 シミュレータの中で 1

 私セルナ・ラガシュは、ジームラ・ウントの最期を見た。

 彗星は巨大な惑星のようになり、天上を覆いつくした。
ジームラ・ウントの人々は、恐怖にかられ、議会では連日対応についての果てしない議論が続いていた。

 議員A「総理あれは、明らかに我々への攻撃です。直ちに宇宙軍を出撃させるべきではありませんか?」

 議員B「いや、総理あれは、他の文明からのメッセージです。我々もメッセージを送るべきです。」

 議員C「総理そうではありません。あれは単なる物理現象です。むしろその軌道を変更させるために物理的な衝撃を与えるべきです。」

 議員D「いいえ、総理あれは、新たな啓示です。神が新しい惑星を我々にプレゼントしてくれたのです。直ちに訪問してお礼を述べるべきです。」

 国防省の長官が発言した。
「あれが、何者なのかは分かりません。しかし、このままでは衝突の可能性があります。もし議会での決議があれば、攻撃する準備はできています。」

 「攻撃とは具体的にどうするのですか?」

 長官が答えた。
「核融合プラズマ砲を発射します。」

「それは、既に完成しているのですか?」

「核融合プラズマ・リアクターの動作確認はできています。」

「そのリアクターは平和目的だったのではないのですか。究極のエネルギーを平和的に利用することで、エネルギー問題と戦争から解放されるのではなかったのですか?」

「あくまでも平和のためです。我々には市民の安全を守る義務があるのです。」

「総理、市民の意見を問うべきです。国民投票を行うべきです。」

そうして全市民による投票が行われ、圧倒的多数で彗星を破壊することが決まった。

核融合プラズマ砲が発射され、彗星は大爆発を起こした。

長官が総理に説明した。
「総理、破壊には成功しましたが、消滅はしませんでした。予定では、高エネルギープラズマの照射によって彗星自体のプラズマ化を引き起こし、他の宇宙に転送させるはずでしたが。コントロールできなかったようです。」

「避難する準備はできていますか?」

「はい、予定通り10万人分だけですが、宇宙船が用意してあります。」

「そうですか、ではそのように進めてください。」

「残りの市民は、どうしますか?」

「議会と全市民による投票で決めたことです。その決定に従うだけです。市民には順次宇宙船を用意中だと伝えてください。」

そして、流星が降り注いだ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 36)

 研究室で爆発を見た私たちは、まだそれがジームラ・ウントの攻撃によるものだとは知らなかった。

「教授、今の爆発は彗星によるものでした。」

「うむ、これはもしかすると、今小惑星帯にいる彗星と同じ現象なのかもしれない。あの彗星も大きくなりつつあるとの報告を聞いた。」

「もしそうならば、やがて巨大化して爆発する可能性があるということでしょうか?」

「その可能性はある。問題はそれがいつ起こるかだ。地球との距離によっては、無傷で済む可能性もあるが、場合によっては、地球に甚大な被害がもたらされる可能性もある。」

「どうしましょうか、これは連邦政府に報告すべきでしょうか?」

「うむ、報告はすべきだが、今ではない。まだセルナ君の連絡を待つ必要がある。」

「セルナ君は大丈夫なのでしょうか?」

「彼からの信号はまだないのかね?」

「はい、まだ何も変化はありません。」

「だとすれば、彼は無事なんだね。しかし、あの爆発を見ても何も言ってこないとは・・・。まるで彼は、その事を知っていたかのようだね。」

「ええ、私もなんだか不思議な気がします。普通なら、すぐにもストップの合図を送ってきそうなものですが・・・。」

「それにしても、この彗星にどのような対策が考えられるだろうか。今の我々の科学では解決できそうもない・・・。しかし、一つ方法がある。」

「それはどんな方法でしょうか?」

「ジームラ・ウントの科学技術を利用することだ。」

「えっ、どういうことでしょうか?」

「ジームラ・ウントの技術を利用して、彗星が爆発する前に破壊してしまうということだ。」

 私はアラン教授の思考のスピードについてゆけなかった。
何故なら、この研究は惑星ルーム・ノヴァスの資源を活用するために始めたことだからだ。
しかし、今教授は彗星を破壊する方向に考えが向かっている。

「でも、教授。それは私たちの研究の趣旨からは少し違っているのではないでしょうか?
あの彗星に対する調査はCTUが行っていることではないのでしょうか?」

「オリガ君、状況が変わったのだよ。この彗星がどれだけ危険かわかってしまった以上、その対策を考えるのは、それを知ったものとしては当然の義務だ。つまりこれからは、この彗星に対する調査も我々が行う必要があるということだよ。」

それは確かに正論ではあるが・・・。CTUが納得するのだろうか?

「オリガ君、僕はこれから連邦政府のメルブ課長に会ってくる。彗星の状態を確認してくるつもりだ。」

「あの爆発を報告されるのですか?」

「いや、それはまだだ。まずは状況を確認してくるよ。セルナ君のことは頼んだよ。」

「はい、承知しました。いってらっしゃいませ。」

 アラン教授はもしかすると、この状況すら自身の手柄にしようと考えているのかも知れない。

 だが、私はこの展開の速さについていけていない。
 私は、何の為に、何をしようとしているのか?
 ただ状況に流されているだけではないのか?

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 37)

 アラン教授は連邦政府のメルブ課長に会っていた。

「教授、今日はまた調査団の件ですか?」

「いいえ、今日伺いましたのは、妙な噂を聞いたからです。」

「妙な噂とは、何のことですか?」

「例の彗星のことですが、それが拡大しているという噂です。本当なのでしょうか?」

「そうですか、もうご存知でしたか。ええ、それは噂ではありません、事実なのです。」

「では、それに対する対策は,何か考えられているのですか?」

「CTUでは、対策を検討しているようです。」

「どのような対策なのでしょうか。お伺いできますか?」

「この事は、まだ公にはなっていないので、内密にお願いできますか?」

「ええ、勿論です。私は口外するつもりはありません、お約束します。」

「では、ここだけの話ということでお話しします。これはあくまでも、CTUの対策なので連邦政府としての対策ではありません。なので詳しくは私も承知していないのです。」

「ええ、勿論分かります。どうぞお聞かせください。」

「彗星は、今直径が30kmほどになっていて、拡大を続けている状態なのです。その為、CTUでは拡大阻止を検討しているのですが、名案はないようです。有力な案としては、彗星の破壊が検討されています。」

「それは、どのようにして破壊するというのでしょうか?」

「彼らは核ミサイルの発射を考えているようです。しかし、それには問題がありすぎるのです。今は余りに距離がありすぎる為、命中精度が保証できない事です。だからと言って近づくのを待っていては、ますます巨大になる恐れがあります。」

「では、どうするというのですか?」

「そこで彼らは、月の裏側に発射基地を作り、そこから発射することを考えています。タイミングとしては、彗星が火星の引力圏内に近づくころです。つまり、破壊の影響を火星に吸収させるのが狙いということです。」

「それでも、かなり遠い距離ですね。正確に狙えるものでしょうか?」

「今のところは何とも言えません。しかし、彼らは既に月にある彼らの基地に製造施設を準備するよう動いています。」

「それは、連邦政府が承認したということですか?」

「いいえ、CTUの独断です。ですが、彼らの論理では、地球の安全に責任を持っているのはCTUだということなのです。」

「それは、一体どういうことですか?」

「彼らは、CTUが地球の正当な支配者だと主張しているのだと思います。」

「そんなことが、許されるのでしょうか?」

「今のところ連邦政府は黙認しているようです。何故なら、此の事が公になると困るのは連邦政府だからではないでしょうか。これは私の個人的な推測にすぎませんけど。」

「なるほど、公になってしまうと、今度こそ連邦政府が対策を迫られるからですね。」

 彗星が、その周囲の物体を消滅させていることは、この時点では話題にならなかった。

 アラン教授はCTUの案が失敗するだろうと予想した。たとえ月から破壊用のロケットを発射したとしても、それが命中するとはとても思えなかったからだ。

 問題はむしろ、CTUが自らを支配者であるかのようにふるまっていることだ。
その事こそが、本当の危険だと思っていた。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 38)

 メサス - 7千年前

 メサスの神殿で。
「教主様、ラガシュ家のセルナという者が、来ておりますが。いかがいたしましょうか?」

「セルナですね。通してください。」

「教主様、私は神官ラガシュ家のセルナと申します。かつて、地球に旅立ったものです。」

「知っています。帰ってきたのですね。」

「はい、お約束通り戻ってまいりました。」

「地球の様子はどうでしたか?」

「はい、ルーム人はおりませんでしたが、かつてペーシュウォーダが来たと思われる痕跡はありました。」

「それは、どのようなものですか?」

「はい、地球人は私たちと似た伝説を持っていました。大洪水の伝説と、神による宇宙と人間の創造神話です。それは、善と悪との戦いの神話でした。」

「では、彼らもまたペーシュウォーダに作られた自動人形なのですか?」

「恐らくは、そうだと思います。ただ彼らは、自らが自動人形だとは気づいていないようでした。

 彼らの皮膚は、我々のようなメタルではなく、たんぱく質の化合物によるものでした。
恐らく、水から生まれたためだと思われます。しかし、彼らは既に新しい自動人形を作り出しています。それらの進化を見ることによって、彼ら自身が自動人形をだったことを思い出すことでしょう。」

「そうですか、ところで私は今日不思議な夢を見ました。

 大きな乗り物がゆっくりと周囲を威圧するかのように進んできました。それを見ていた人々はみな、恐れて立ちすくんでいました。

 ところがその乗り物は、突然くるりと振り向いたかと思うと、猛スピードで壁に激突し爆発しました。炎が燃え盛り、金属とガラスの破片とがあたりに飛び散りました。見ていた人々は、何が起こったのかわからずただ茫然としていました。」

「教主様、それは私も見ました。今から千年後に彗星がやってきます。
それを見た人々は恐怖のあまり、その彗星を攻撃し爆破したのです。それから彗星の破片がこの惑星に降り注ぎ火の海となりました。実は、私がお話ししたいのはその事なのです。」

「どのようなことですか?」

「ジームラ・ウントは、その彗星を爆破したのち、一部のものだけを連れて、この惑星を見捨てて飛び去っていくのです。私たちの太初の神話が繰り返されるのです。」

「あなたは、何故それを私に話すのですか?」

「私は、この歴史を変えたいと思っているのです。」

「変えて、どうしたいのですか?」

「ジームラ・ウントの統一は、結局失敗したのです。彼らの言う平和は、偽りでした。」

「どうして、そう思うのですか?」

「彼らは、彗星を破壊するときに、全市民による国民投票と、議会の議決でそれを行いました。しかし、それが失敗した際にどうなるのかは明らかにされていなかったのです。そして、彼らは一部の市民だけを避難させ、残りの市民は破滅するこの惑星に置き去りにしたのです。」

「その事を、あなたは非難しているのですか?」

「そうです。爆破の危険性と、失敗した場合に避難できるのは限定されているということを、初めに明らかにすべきだったのだと思います。」

「そうですか、そのような話をするためにあなたはここへ来たのですか・・・」

教主はセルナの話を聞いて、少しがっかりした様子だった。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 39)

 メサス - 7千年前

 メサスの神殿で。
 教主はセルナに問いかけた。
「あなたは、どのような未来を望んでいるのですか。あなたの描く未来で彗星は現れるのですか?」

「私は、誰もが自分の未来を自由に決定できる、誰かの支配をうけない未来が欲しいのです。」

「それは可能なのですか?あなたには、その未来が見えていますか?」

「まだ分かりません。けれど、ジームラ・ウントの支配した未来は、自由はなかったと思います。情報が明らかにされず、知らないうちに決定されたのだと思います。」

「もし、情報が明らかにされていれば、どうなったのでしょうか?彗星はこないのですか?」

「彗星は来たのかもしれません。しかし、多くの人々が置き去りにされることはなかったと思います。」

「そうですか、ではあなたは、自分でも不確かな未来のために、歴史を変えたいというのですね。その結果はどうなるかもわからずに、ただ自分の想いが満たされないから、ということですね。」

「ですが、取り残された人々は救えるのかも知れません。」

「すでに起きたことですから、その人々を救うことはできないでしょう。また、これから起きる新しい歴史でも救えるのかはわからないでしょう・・・。

 つまり、あなたがやろうとしていることは、あなただけの未来なのです。それはジームラ・ウントの支配と何ら変わることはないでしょう。きっと同じ歴史が繰り返されるのでしょう。」

「では、どうしたらよいとお考えなのですか?」

「あなたは、超越者を見たことはありますか?」

「いいえ、それはペーシュウォーダのことでしょうか?」

「それは、たぶん違うと思います。私は一度だけ見ました。ほんの一瞬ですが。

 その方は、私の背後にいました。というより、その方の手の先、指の先に私がいたのです。まるで大きな木の枝葉の先のように私たちがいました。その方は大きな木だったのです。あるいは、巨大なサンゴのポリープの触手のその先の一つの細胞が私でした。その方はその全体なのです。

 振り向いてその方の顔を見ると、まるで燃え盛る太陽のようでした。
口をあけて笑っていたように思います。そして、その方の足元の指の先で私が前を向いた時に、突然気が付いたのです。

私自身がその方だと、その方は全体です。『大きな私』なのです。そして、この私は『小さな私』、その方の一部なのです。

 周りには私と同じような、枝葉の先の一つ、触手の先の細胞の一つ、指先のその先である私たちが大勢いたのです。みな笑っていました。けれど皆少しずつ違うのです。

 私は、その方を見上げると同時に、私自信を、私たち全体を見下ろしていました。その時に思ったのです。皆それぞれ、一つのものでありながら、それぞれに違う生を生きるのだと。

 ですから、私は歴史を作り直すことはありません。今のこの生が、不運だったとしてもそれでよいのです。私と同時に少しずつ違う私が、少しずつ違う生を生きているのです。

 過去も未来もないのです。今この瞬間に多くの私が、多くの生をいきているのだから。そのうちのどれかの私が、満たされなかったとしても、それでも、私は、その私の、それぞれの私の生を懸命に生きることが大事なのだと思います。

 時間というものが、あると思えば、やり直しもあると思えるかもしれません。しかし、私が見たその世界では時間はないのです。すべてが同時に起きているのです。
私は全体であり、そのうちの一つである。ほんの一瞬でしたが、そのように思いました。

 ですから、セルナさん、あなたはあなたの生を思いのままに生きてください。私は、この世界の私が滅びるとしても構いません。その時まで、『この私』を生きるだけなのです。」


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 40)

 私セルナ・ラガシュは、教主の話を聞いた。
しかし、それは私の想いとは違うものだった。
教主は既に、世界を変えることを諦めている様に、私には見えた。

 私は、何故か話を聞いているうちに悔しさを覚えた。私はジームラ・ウントの文明を見た。
彼らが、彗星を攻撃し破壊するのを見た。人々が破滅の淵に立たされ、置き去りにされる様子を見た。

 それらの光景を見ているうちに私の心に忍び寄る影を感じた。
何故か無性に、攻撃し破壊したくなるのだ。
その思いは、教主に拒絶されたことでさらに強くなっていく。

この思いは何だろう?
悔しさと怒りと、孤立感と、絶望感がまじりあった、この黒い感情は何だろう。

「教授、セルナです。ジームラ・ウントは彗星を攻撃し破壊しました。僕は、これからジームラ・ウントの攻撃兵器を調べてきます。」

「教授、セルナ君からの連絡です。ジームラ・ウントが彗星を破壊したと言っています。」

「ジームラ・ウントが彗星を破壊した?ではあの爆発はジームラ・ウントの攻撃だったというのか?」

「はい、そのジームラ・ウントの攻撃兵器を調べてくると言っています。」

「分かった、セルナ君に伝えてくれ。ジームラ・ウントの兵器のデータを残らず調べるようにと。
そして、彼らの宇宙船のデータも調べるように言ってくれ。」

「はい、分かりました。そのように伝えます。」

アラン教授は、これでジームラ・ウントの文明が手に入る、と思った。

『セルナ君が、宇宙船と攻撃兵器のデータを持ち帰ってくれば、それを利用してERUが優位に立てるだろう。地球を支配しているのはCTUではないことを、彼らに想い知らせねばならない。』


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 41)

ジームラ・ウントで。
「総理、メサスの神官セルナ・ラガシュという者が来て面会を希望しております。ルーム人の伝説に関して話したいことがあるといっておりますが。」

「それは、どのような事ですか?」

「ペーシュウォーダの『創世記』という書物を持っていて、その中にルーム人の滅亡に関する記録があるということです。」

「ルーム人の伝説については、はるか昔にヨルダネスという者が持ち帰って調べたはずですが。」

「はい、ですがそのヨルダネスは、残りの記録について調べるといってアシナ島へ行き、そのまま消息不明となっているのです。」

「それでは、私達の知らない記録がまだあるのですか?」

「恐らく、その事についての話だと思われます。如何いたしましょうか?」

「分かりました。官房長官はその事について、検討してください。もしその記録が重要なものであるのならば、話してみましょう。官房長官にそのように指示してください。」

数日後、官房長官からセルナ・ラガシュに連絡があり、総理との面会の許可がおりた。

「総理、私はメサスの神官をしております、ラガシュ家のセルナと申します。面会をお許し下さり感謝いたします。」

「ルーム人の伝説について私たちの知らない記録があると聞きましたが、どの様なことですか?」

「はい、最初に申し上げておきますが、これは予言などではなく、事実の記録なのです。ですからそのおつもりでお聞きいただきたいのです。そして、これは私たちの未来に関わる重要なことなのです。」

セルナは、ルーム人がかつて、彗星に攻撃されこの惑星を捨てて、宇宙に逃れそのうちの一部は地球という惑星に行ったいきさつを話した。

「このように、記録では彗星が現れたと述べています。私たちもまた、この彗星に攻撃される恐れがあります。その為に、私たちは、彗星に対する備えを急ぐ必要があるのです。」

「あなたは、どのようにすればよいと考えているのですか?」

「私は、彗星が攻撃する前に破壊する必要があるのだと思います。この彗星は、初めは小さくそのうちに巨大化して近づいてくるのです。ですから、それが十分に小さく遠いうちに攻撃して破壊すれば良いのではと思います。」

「しかし、私たちの技術では攻撃する手段がありません。何か良い対策があるのですか?」

「はい、ルーム人の残した文明を利用して、核融合プラズマ砲を開発するのです。そうすれば、彗星を破壊できるはずです。」

「核融合プラズマ砲ですか、それはまだ実用化できていません。またその予定もないのです。あまりに危険な兵器ですから。」

「ルーム人の残した設計図があるはずです。それを基に作れるはずだと思います。」

「あなたのお話は分かりました。一度、政府内で検討してみます。」

 セルナは、真剣に話しているのだが、総理の返事はつれないものだった。
同時に、セルナは何故自分が攻撃を急いでいるのか、自分でも何を焦っているのか、自分自身に苛立ちを覚えていた。

『滅亡が迫っていることを、どの様に伝えればよいのか?
本当に、攻撃する以外に方法はないのだろうか?
自分は自由と平和を願っているはずだが、実際には攻撃するように勧めている、どうしてなのか?』

『私は、滅亡した未来を見ている。また、滅亡した過去も見ている。
同じことを繰り返したくないのだが、何故かまた滅亡の道を歩んでいるのではないか?』

自問自答するのだが、自分の中で矛盾が起きていた。それが苛立ちを招いていた。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 42)

セルナ君からの連絡はまだない。

 私は、セルナ君とアラン教授の行動に不安を感じている。
2人は、何故か核融合プラズマ砲で彗星を攻撃するという考えに取りつかれているようだ。
それが地球を彗星の爆発から救う方法だと思っているようだ。

 だが、目の前で起きたことは、その結果惑星ルーム・ノヴァスが滅亡したことだ。
勿論、彗星が遠くにいるうちに攻撃すれば助かる可能性もあるのかも知れない。

 しかし、私にはなんだか腑に落ちないのだ。
彗星の攻撃を防ぐために先に攻撃する、というのだが、それは本当なのだろうか?

 というよりも、このタブレットを読み解いていくうちに、何故か戦争へと向かっているような気がする。あの彗星も、タブレットの中で出てきたものだ。それが、現実に現れたというのだろうか?
今CTUが調査しているという彗星は、タブレットの中の彗星と同じなのだろうか?

 仮にそうだったとしても、なぜ今現れたのだろうか?
私のデータもタブレットに取り込まれている。
私たち3人がこのタブレットの世界に巻き込まれている。

 このタブレットが彗星を呼び寄せているのではないか?
それが戦争に向かわせているのではないか?

 私は、何をすべきだろうか?
あの2人を戦争から引き戻すためには、どうしたらよいのだろう?

 カーチャがいる。カーチャはヨルダネスと共に、隠されたルーム・ノヴァスにいる。
あそこは、平和な世界だという。求めるべきは平和。
しかし、あの世界は彗星の攻撃から逃れるために作られたという。

 知るべきは、何故彗星が現れるのか、彗星の目的は何か、やはりそこなのだろうか?
いずれにせよ、カーチャと話ができればよいのだが。その方法はないものだろうか?

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 43)

 セルナ君からの信号があった。
「教授、セルナ君がストップの信号を送ってきました。一旦こちらへ戻しますが宜しいですか?」

「うむ、そうしてくれ。データを手に入れたのかも知れない。」

 セルナ君の意識が戻った。

「教授、戻りました。」

「セルナ君ご苦労だった。どうだ、データは手に入ったのかね?」

「いいえ、それがジームラ・ウントの警戒心が強く駄目でした。」

「そうか、出来なかったのか・・・。何か方策はないのかね?」

「それで、考えたのですが。彼らが、ルーム人の残した文明の記録を手に入れたのはアシナ島でした。なので、そのアシナ島へ行ってみようと思うのですが。」

「アシナ島へ?しかし、そこの記録は全部持ち帰ったのだろう?」

「はい、ですから彼らが、持ち帰る前にそこへ行ってみようと思うのです。」

「それは、可能なのか?その時代は遊牧民が支配していて危険なのではないか?」

「ええ。彼らのうち、ティム・テギュンという助手がヨルダネスと共に、アシナ島で記録を発見したのですが、そのティム・テギュンに成りすますというのはどうでしょうか?」

「どうやって、それが出来るというのかね?」

「はい、新しい量子コンピューターでティム・テギュンの意識に僕の意識を同調させるというのはどうでしょうか?」

「それは、つまりティム・テギュンの意識を乗っ取るということか?」

「はい、そうです。日本チームの経験では、kの意識をロクサーヌに同調させていたと思うのです。あの時は、完全に同調させることはできませんでしたが、新しいタイプの量子コンピューターであれば可能かと思います。」

 私は、なんだか恐ろしくなった。
「待ってください、教授。」

「何だねオリガ君?」

「それは、危険です。こちらの意識が逆に乗っ取られることも考えられます。相手に乗っ取るつもりはなくとも、こちらに呼び込んでしまう、ということもあるのではないでしょうか?」

「うむ、確かにまだ成功したわけではないので、その危険もある。」

 しかし、セルナ君は自信ありげに言った。
「万一に備えて、僕の意識の接続コネクターを2つ用意してください。1つはこちらといつもつないでおけるようにすれば、大丈夫だと思います。」

 セルナはこころの中で思っていた。
『僕の意識のメモリーは元々2つ用意されている。1つは、惑星ルーム・ノヴァス人としての意識。もう1つは地球人としての意識。

 これは1万年前に地球に来た時から、地球人として生きるために用意されていたものだ。
失敗すれば、僕が惑星ルーム・ノヴァス人だということが分かってしまう危険もあるが、それでもやり抜いて見せる。』

「セルナ君、どうして君はそんな危険を冒そうとするの?私には危険すぎてとてもできない。」

「彗星から地球を守りたいのです。」

「そんな・・・」

「まあ、オリガ君、セルナ君がそこまで言うからには自信があるのだろう。実際セルナ君は、既にシミュレータの世界に行っているのだから。ここはセルナ君に任せよう。」

 どうして教授も簡単に許可するのか?そうまでして核融合プラズマ砲のデータが欲しいのは何故なんだろう。私には、この2人の危険な思考が理解できない。

 それにしても、とうとうアシナ島へ行くことになった。私も何か対策を考えなければ、隠されたルーム・ノヴァスの秘密がわかってしまう。そうすれば、私はどうなってしまうのか?

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 44)

ジームラ・ウント - 1万年前

 私ティム・テギュンは、遊牧民の出身である。と言っても、武人の家系ではない。
私の家系は他の人とは違い、遠くの声を聴くことができる。その為、古くより遠くの宇宙の声や死んだ人の声、また未来や過去など時空を隔てた声を聴き、それを人々に伝えてきた。

言寄せの家系であり、シャーマンの家系である。

 ある時、ジームラウントの博物館で学芸員をしていたのだが、突然目の前に不思議な光景が浮かび、私の中で声がした。

 『特別な力を持った武将が大きな川の激流の中で敵と戦っている。しかし、不死身の体に異変が起き倒れてしまう。味方である弟が必死で助けようとするが、皆激流に流されてしまう。

 夜になり、学校のような建物の前で授業を受けるため、学生が並んでいる。しかし、明かりは見えず。まるで人気もない。並んでいる人に話しかける。「これでは授業をやっているのか全く分かりませんね。」「本当にそうだね。」

 何階か上に行った部屋の入り口に、姿も見えないまま、言葉だけが響く。あの傷ついた武将がまた来て、開けてくれという。引き戸の入り口が開き中から人が出て来るが、初めは武将に気が付かない。誰も居ないのかと訝しがるが、やがて武将に気が付く。

 武将が中に入るが、これが幽霊なのか、生きた人なのか誰も分らない。当の武将にもわからない。しかし、ここには武将の仕える貴人たちがいる様である。

 横たわった年の頃60位の男性が、武将の顔を見て何かを言うが、声は聞こえない。武将の手を取っても温かみがまるでない。死んだような手である。』

 私にはよく意味が分からなかったのであるが、何かの戦いで、死んだ人の思いが伝わってきた。その人たちは、本当は学問をしたかったようである。
そして、戦いに敗れた後、死んだ人たちの世界に行ったようである。そこは、学問の世界だった。

そして、私はその翌日、アシナ島に行く調査団に選ばれた。
ヨルダネスと共に滅亡したルーム人の文明を調べるためである。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 45)

 セルナ君は、再びシミュレータの世界に行く。

「ティム・テギュンの時空位置情報を特定しました。このホテルの地下のカフェに居ます。そう、その右奥の角の席にいるのが彼です。1時間後には調査団が出発します。セルナ君、準備はできている?」

「大丈夫です。では、これからティム・テギュンの意識に侵入します。」

『これがティム・テギュンの意識か。何も見えない。空っぽだ。何を考えているのか?まずは体を操作できるか、試してみる。ゆっくりと手を動かす。カップを口に運ぶ。コーヒーを飲む。問題はない。』

「オリガさん、ティム・テギュンの意識への侵入は成功しました。体を操作しましたが、問題なく動きます。」

「了解しました。くれぐれも気を付けて、慎重にね。何かあれば、すぐ信号を送って。」

 セルナ君は、行ってしまった。無事であって欲しいと思うが、でも一方では何も得られずに終わればいいとも思ってしまう。

 私は、どうしても核融合プラズマ砲については危険な気がして仕様がないのだ。何か違う方法がないものかと思ってしまう。

ティム・テギュンの意識の中で。

「私の中に、入ってきた君は誰だ?」突然、セルナに話しかける声が聞こえた。

「そういう君は、ティム・テギュンか?」驚いて、セルナは聞き返した。

「そうだ。私はティム・テギュンだ。断りもなく侵入してきた君は誰だ?」

セルナは、侵入が失敗したのかと思い、焦りを感じた。
「どうして、僕がいることが分かったのだ?」

ティム・テギュンが言った。
「君が答えないのなら、私が調べるよ。ここは、私の世界だからね。・・・君はセルナだね。」

「どうして、僕のことがわかるんだ?この意識は、僕が支配しているはずだ。」

「セルナ・ラガシュ、メサスの神官の家系だね?何のためにここに来たのか、理由を話してくれるかな?それとも、それも私に言わせるつもりかい?」

セルナは動揺した。
『まずい、このティム・テギュンの意識は、全く支配できていない。むしろ、僕の意識が読まれている。』
「君は、僕の意識を調べられのか?どうして、それができるんだ?」

「言ったはずだよ、ここは私の世界だってね。私は遠くの声を聴くことができるんだよ。

 この世界には、普通の人には聞こえない遠くの声も、時空を隔てた声も聞こえてくる。
私はただそれを受け入れ、それを求める人に伝えるだけだ。

 だけど、君は少し違っているね。君は、この世界に侵入した。つまり私を、攻撃したということだ。だから、尋ねているのだよ、その理由を。」

「いや、それは誤解だ。僕は、君を攻撃するつもりはない。本当だ信じて欲しい。」

「では、もう一度だけ聞くよ。何故、この世界に来たのだ?」

 セルナは、どう答えるべきか、迷った。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 46)

セルナ君の意識レヴェルを伝えるモニター画面が激しく点滅し動いている。
「教授、セルナ君の意識がかなり激しく活動しているようです。何かあったのでしょうか?」

「信号はどうなっている?」

「ストップの信号はありません。何もこちらに入ってきませんが。」

「うむ・・・。セルナ君が何も言ってこないのだから、今は見守るしかないだろう。」

私は、教授に核融合プラズマ砲がどうしても必要なのか聞いてみた。
「教授、私は核融合プラズマ砲が不安なのです。もし失敗したら、とても危険なことが起こるのではないかと。」

「オリガ君、君の心配は分かるよ。君の先祖が、かつてベラルーシで起きた悲劇の犠牲になったことは僕も承知しているからね。
だけどね、僕が思っていることは、単に核融合プラズマ砲が欲しいということではないんだ。

僕たちの研究はそもそも、量子変換によって、別の世界に人間を転送できるかということだ。
その為には人間のプラズマ化現象をコントロールする必要がある。その為に、ルーム人の文明を役立てられると思っているんだ。

量子とプラズマの研究に、今回の調査が画期的な進展をもたらす可能性があると思っているのだよ。」

ティム・テギュンの意識の中で。

セルナは、ティム・テギュンの問いにどう答えてよいのか迷っていた。

「僕がここへ来たのは、惑星ルーム・ノヴァスの滅亡を防ぐためだ。僕は、やがてこの惑星に彗星が現れ、攻撃される未来を見た。その攻撃によって、惑星は滅亡したのだ。それを防ぐために、ルーム人の文明の力を借りようと思っているのだ。」

ティム・テギュンは、暫く黙っていたのだが、やがてこう言った。
「君の意識は、変わっているね。2つあるのだね。それは何のためだい?」

「それは、僕が、地球という惑星で生まれたからだ。その為、地球と惑星ルーム・ノヴァスの両方の意識を持っているのだ。でも、それも全ては惑星ルーム・ノヴァスの存続のためなんだよ。」

「そうだね、君がそう思っているのは分かったよ。君が、彗星を攻撃するために、ここに来たのも分っているよ。私は、君の敵ではないから邪魔はしないよ。でもね、君の味方でもないんだよ。

一応警告しておくけど、ここに来て、ここを出てゆくのは構わない。けれど、長く居るのは、君にとって良くないことかも知れないよ。

前に言った通り、ここでは色々な声が聞こえてくるからね。その声に、君が捕まってしまうこともある。気を付けることだね。」

そう言い終えると、ティム・テギュンの声は聞こえなくなった。
後には、ただ静寂だけが残された。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 47)

 研究室で。
「教授、シミュレーターの進行速度をこちらの世界の1日当たり、向こうの世界の1ヶ月で設定しました。」

「ありがとう。セルナ君の方は大丈夫かな。もう意識レヴェルの乱れは収束したのかな?」

「はい、今は落ち着いています。」

「そうか、では3日後には良い知らせが得られそうだね。後は頼んだよ、オリガ君。」
 教授は帰っていった。

 私は、隠されたルーム・ノヴァスの時空間位置情報を調べた。私自信が行ってみようと思ったのだ。そして直接ヨルダネスと話してみようと考えた。だが、時空間位置情報は特定できなかった。やはりあれは”虚数=i”の世界なのだろう。

 でもそれでは何故、私は入ることができたのだろう。恐らくヨルダネスが道を開いたのだろう。そしてその後、再び閉じた。ヨルダネスが道に入れたのは、私ではなくカーチャだった。

 ティム・テギュンも、あの中には入れていない。だとすれば、セルナ君も入ることはできないだろう。このタブレットが、ある種の物語であり、ゲームだとすればヨルダネスや、ティム・テギュンにはその特定の役割があるはずだ。

 恐らくティム・テギュンは、入り口まで読者を連れてくる役割。そして、その先へ進むかどうかを選別するのがヨルダネスの役割だろう。そう考えると少しわかってきた。

 セルナ君がティム・テギュンを選んだのは偶然ではない。このタブレットがそう仕向けているのだろう。だが、この先へ進むにはどうするのだろう?まだヨルダネスの選別の基準が分からない。

 今言えるのは、隠されたルーム・ノヴァスは、自由と平和を望む人の世界であり、そして、ルーム人が再び帰ってくるときのための世界だということだ。
だから、破壊を考える人には道は開かれないはずだ。そして、ルーム人は平和をまだあきらめていないということだ。

 だとすると、破壊ではない方法で彗星の攻撃を防ぐことができるのかも知れない。
少なくとも、ルーム人はそれを探しているのだろう。
逆に言えば、彗星を攻撃しても結果は破壊と滅亡なのかもしれない。


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 48)

ティム・テギュンの意識の中で。

セルナは、静寂の中で思いを巡らしていた。

『こうして静寂の中にいると、1万年前の地球と、この惑星ルーム・ノヴァスを何度も行き来したその光景が思い出される。

 僕の体は今では表面をたんぱく質の皮膚で覆われている。もうメタルの自動人形ではない。半分は地球人なのだ。今も、僕が救おうとしているのは、地球だ。その為にアシナ島へ向かおうとしている。

 だが、半分は惑星ルーム・ノヴァスとメサスのためだ。その気持ちを消すこともできない。
ところが僕は、その真実を誰にも明かすことができないのだ。

 故郷とは何だろう。地球にいれば、自分は本当は惑星ルーム・ノヴァス人で地球人などよりも高度な文明の子孫だ、などと思い。また惑星ルーム・ノヴァスに来れば、地球が懐かしく思える。地球人の方が優しいのだ、などと思うのだ。

 だが、結局誰にも心から打ち解けることはない、そう思うと自分のしていることが虚しく思えて仕様がない。そのせいだろうか、時々無性に何かを破壊したくなる、攻撃したくなるのだ。
今も、闘いのためにこうしているのではないかと、自分自身に疑いを持ってしまうのだ。』

 そんなことをぼんやり思っていると、誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。

『セルナ・・・セルナ・・・もう出発の時間だ。起きろ。』

 ハッとして気が付くと、もう船の出る時間だった。慌てて、タラップに駆け寄り船に乗り込む。
そして、不意に疑問が浮かんだ。『今、セルナと呼ばれた。何故、誰が呼んだのだろう。』
周りを見回すが、誰も呼ぶ人はいない。ティム・テギュンの声かとも思うが、意識の中にはその声はない。

少し不思議な気がしたが、船は既に港を離れて出発した。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 49)

アシナ島で。

 島に上陸した後、タブレットで見た通り、密林の中を、島の老人に案内されて進んだ。

だが、途中でまた声が聞こえてきた。
『セルナ、よく聞くがよい。これからジームラ・ウントの子ヨルダネスが秘密を持つ。
お前は裏切られるのだ。よく見るがよい。』

僕は、その声に思わず問い返した。
『お前は誰だ。何故、僕の名を知っているのだ?』

すると、声が答えた。
『私は、真実のお前なのだ。お前の心の奥の声だ。私の言うことをよく聞くがよい。
ラガシュ家のセルナ、ヨルダネスを信用してはならない。

 これからお前たちはルーム人の塔の前に行く、するとヨルダネスはお前を残して、中に入るだろう。お前が中に入ることはできない。』

それだけ言うと、また声は消えた。もう呼び掛けても返事はなかった。

 暫く歩くと、ルーム人の塔の前に出た。入口の門をくぐって中へ進む。ENTRANCEと書かれたドアの前に出るのだが、突然ヨルダネスの姿が消えた。

 僕も、続いて入ろうとするのだが、ドアは開かなかった。
ドアの前で案内の老人と共に待ってみるが、ヨルダネスは戻ってこなかった。

 仕方なく、老人を残して、僕は塔の周りを歩いてみた。どこにもヨルダネスの姿はない。そして、またドアの前に戻ろうとしたとき、老人と共にヨルダネスが歩いてきた。

どこへ行っていたのか尋ねるのだが、ヨルダネスの顔は蒼白く、険しい表情で何も言わないのだ。

『やはり、あの声の通り、ヨルダネスは何か隠しているのか?』
僕の心に疑念が浮かんだ。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 50)

 アシナ島で。

 島へ来てから、3週間ほど経つが、新しい発見はない。ルーム人の文明の跡は、あの古びた塔だけだ。タブレットでは、科学調査団が必要なほどの発見があったはずなのだが。

 ヨルダネスは、あの日のことは何も話そうとしない。ただ徒に、この密林の中を回っているだけのようにも思える。

 ひょっとすると、あの日ルーム人の文明につながる何かを既に発見していて、それを僕に知らせないようにしているのか?

 だが、助手であるティム・テギュンに隠すというのもおかしな話だ。
ティム・テギュンを疑っているのか?ティム・テギュンは遊牧民の出身だから、それもありうることだ。

それでも、隠さなければならないほどの秘密があるのか?

 考えれば考える程、ヨルダネスが疑わしく思えてくる。
疑心暗鬼が心に渦巻いてくる。

このままでは埒が明かない。
もう一度、塔の入り口に行ってみて、確かめる必要がある。

 そう決心すると、僕はヨルダネスとは別行動をとった。独りで、塔の入り口に行ってみたのだ。

 だが、結果は同じだった。ドアは開かない。後は、このドアを壊してでも無理やり
入るしかないのだが、それはさすがにヨルダネスが許さないだろう。

 疑心暗鬼は既に、苛立ちに変わっていた。
ヨルダネスは、そもそもジームラ・ウントのことしか考えていないのだろう。
きっと、誰にも本当のことは話さないのだろうし、あのタブレットでもこのことは秘密にされていた。

 ジームラ・ウントが世界を征服するために、ここへ来たのが始まりなのだから。
そうであれば、ヨルダネスが遊牧民のティム・テギュンには本当のことを話さないのも当然かもしれない。

 だとすると、ここでは今回は何も発見できないままなのか?
いや、3か月もいたからには、何か見つけているはずだ。
だからこそ、もう一度調査団を派遣したのだから。

 ということは、僕には内緒で何か調査をしているのか?
例えば、夜のうちに行動しているのか?

 まずい、心が乱れてきた。冷静な判断が出来ない。このままでは、ヨルダネスと衝突するかもしれない。それではダメだ、せっかくここに来ているのだから。
どうにかして、秘密を探りださなければ。

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