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ルーム・ノヴァスの伝説 (その 72)

日本チームの研究室で。

その頃kは、自身の記憶を物語にしていた。

私kは、日記などはつけたこともない。また自分自身を含めて、全てにおいて表現するということが苦手である。

そんな私が、それでも、何らかの生きた証を残したいと想ったのは、きっと心の奥では誰かと語りたいと思っているからだろう。

ここに記すのは、私が経験し又は、私の知人が経験した事及び想起したことである。

私がロクサーヌという自動人形を作り自分をそれに託したのは、芦名史人という人物(友人?またはただの通りすがりの人?)との出会いがあったからだ。

その事について思い出す限りのことを記したいと思う。

回想 1 貿易風という名の喫茶店での店主との会話
その頃私は、清原真人と名乗っていた。店主の名前は安倍と言った。

「壁にある写真は、何の写真ですか?」

「ああ、あれは僕の趣味で、帆船とか旅の途中で見た珍しいなと思ったものを記念に写真に撮ったんですよ。左の船は、僕としてはコンティキ号のつもりです。コンティキ号って知ってますか?」

「いいえ、何ですか?」

「ヘイエルダールという冒険家が乗っていた船の名前ですよ。彼はイースター島から南米まで船で昔の人が渡ったという仮説を立て、それを実証する為に、自分で船を作って太平洋を渡ったんです。その船の名前がコンチキ号なんです。」

「へえー、冒険が好きなんですか、マスターは?」

「ええ、まあ憧れてたんですね。
でも、実際は冒険何てできませんでした。旅行は好きでしたけどね。」

「そうですか。そう言えば、この店の名前『貿易風』というのは何か意味があるんですか?」

「貿易風というのは、まあ僕のイメージですけど、アフリカ東岸やアラビアから、インド更には東南アジアへ風が吹いているんですけど、その風を利用して、昔の人は船を繰り出して貿易をしていたんです。

その風を貿易風と言うんですよね。ギリシャやローマではヒッパルコスの風と言っていたそうですけど。まあ何となくロマンを感じて貿易風という名前にしたんですよ。」

「そうですか。じゃあ、あのラクダの写真はシルクロードの写真ですか?」

「そうなんですよ。サマルカンドで撮った写真です。」

「ところで、いつも一緒に来られる方は、今日はご一緒じゃないんですか?」

「ああ、あいつはこの頃、具合が悪い様子で、アパートで休んでいるんです。」

「ご心配ですね。風邪ですか?」

「いえ、それが、おかしな夢を見るらしく、夢から覚めても気分が落ち込んでいる様なんです。」

「どんな夢なんですか?」

「夢の中で、誰かが助けを呼ぶので、助けに行こうとすると、真っ暗な所に引きずり込まれそうになって、必死にもがくと、汗びっしょりになって目が覚める、そう言っていました。

その『助けて』と呼ぶ声が妙に真に迫っていて、気になっているのだ、と言っていましたね。」


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ルーム・ノヴァスの伝説 (その 73)

kの回想 2

西暦751年 タクラマカン砂漠の北にある天山山脈北西部の タラス河畔(現在の中央アジア、キルギス領)で、高仙之率いる唐軍は、カルルク族の寝返りによりイスラム軍に敗北した。以後、ソグディアナのイスラム化が急速に進んだ。

ソグディアナとは、昔ソグドと呼ばれた人々が住んでいた中央アジア、今のウズベキスタン、タジキスタンの辺りである。

そこはユーラシアの中央に位置し、古来より東西の交通の要所として栄え、住民の半数が商人であると言われてシルクロードを支配していた。

その人々は751年の戦いを境として急速にその姿を消していったのである。

その5年後に東方の唐で安史の乱と呼ばれる内乱が起きた。この胡人(イラン系と言われる人々)による反乱は9年に渡り、それが鎮圧された後には唐の国内では胡人に対する弾圧の嵐が吹き荒れた。

その為、唐国内にいた東方ソグド人もやがて姿を消していったのである。

2001年9月
芦名史人は、ホテルのベッドの上でぼんやりとタバコの煙をくゆらせていた。テレビでは、貿易センタービルにジェット機が突入する映像が繰り返し流れていた。

高層ビルは崩壊し茶色い爆煙が吹きあがり、人々の逃げ惑う姿と助けを求める悲鳴が繰り返された。

前の夜、彼は不思議な夢を見た。大勢の人々が、北方の山中に逃げていたが、そこへ騎馬の軍隊が襲い掛かり人々は虐殺された。逃げ惑い助けを求める声が耳に残り、彼は夢中になって人々の元へ走ろうとした。しかし、真っ暗な穴に引きずり込まれ、自らが危地に立ってしまう。
そこで目が覚めたのだ。

彼はテレビの映像と、夢との区別がつきにくかった。
ただ、あの夢の中の叫び声は心に残っていた。

ルーム・ノヴァスの伝説 (その 74)

kの回想 3


今、私はザラフシャン山脈のムグ山にいる。ここに逃げてきた大勢のソグド人たちとともに。私の名前は芦名思魔、日本人だった。今の私はロクサーヌという名前でシルクロードの商人としてここにいる。


今は、西暦で722年、アラブの軍隊がサマルカンドに攻め入って、間もなくここにも来るだろう。歴史を変えることはできない。ここで14000人のソグド人が殺されたのだ。私がここで死ぬことになったとしても、それは定めなのか。


だが、何故私はここにいるのか?それが問題だ。

ロクサーヌがここで死ぬとしても、芦名史人である私はどうなるのだろう?


1週間前までは私は2001年の日本にいた。池袋のアパートに一人の学生として生活していたはずだった。

私の記憶ではそうだ。


あの日、朝からテレビでは貿易センタービルが破壊される映像が繰り返し流れていた。それから私の頭には助けてという人々の声が聞こえ、離れなくなった。


私は夢を見ていた、助けを呼ぶ声に、応えようとして振り返ったのだ。

深く暗い闇の中に引きずり込まれ、気が付くとサマルカンドにいた。


ここでロクサーヌはアラブ軍から逃げる人々の中にいた。人々の叫びの中で、助けを求める為に手紙を書いていた。唐へ手紙を出すために、シルクロードのキャラバン隊に頼むつもりだったのだ。


この手紙が唐へ届いたとして誰が読むのだろうか?

この手紙が誰かの目に留まることがあれば助けて欲しい。

ただ、神に祈るのみだった。


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 75)

kの回想 4


私kは、友人である芦名思魔を連れて貿易風に行った。


「こんにちは、マスター。今日は、この前話した友人を連れてきました。芦名です。でも、様子が変なんです。自分は安禄山だと言うんです。」


「安禄山、変わった名前だね。確か、中国の歴史で、安史の乱というのがあるけれど、その時の首謀者が安禄山というんだ。その人と同じ名前かな?」


「ええ、その安禄山だというのです。何でも、自分は唐を救いそれから故郷のサマルカンドを解放するために戦っている、というのです。」


「サマルカンド?それは中央アジアの、今はウズベキスタンの首都じゃないのかな?」


「ええ、そこに自分たちの故郷があり、その故郷がアラブ人に征服されたので、その仲間を助けに行くと言っています。自分はソグド人だというのです。」


「それは、かなり危ない話だね。また仮に、安禄山だったとしても、今は2001年だ。今から行っても間に合わないよ。その事件は、1300年くらい前の話だからね。何故そんなことを言い出しているんだろう。」


「全くおかしなことを言っているんです。芦名史人という名前には聞き覚えが無いと云うんです。1週間ほど寝込んで気が付いたら芦名のアパートにいたと言ってます。」


「でも、外見は芦名君で変わりないよね、僕も何度か見たけど。芦名君の家族はどうしているんだろう。」


「彼は一人暮らしだったので、連絡先を大家さんに聞いてみたけど、芦名思魔という人は知らないと云うんです。MK不動産というう所で貸しているというので、その不動産屋に聞いてみたら、そこは社員寮でした。」


「社員寮?何という会社の?」


「パキスタン人の東方貿易という会社です。今住んでいるのはアシュクという名前で1週間前にパキスタンンに一時帰国したと言っていました。」


「それでは芦名思魔はどうなっているんだ?」


「やはり知らないと言っていました。」


「すると、この安禄山さんはどうするんだ?そのアパートに居ても大丈夫なの?」


「身分証もないのです。運転免許証も、保険証も持っていないようです。ただ、家賃は払ってあるので、すぐに追い出されることは無いようですけど。」


「でも、その様子では一度病院に行った方が良いのじゃないのかなぁ。記憶喪失というか、何かノイローゼとか精神の病の可能性があるよ。」


「そうですよね、でも保険証がないと医者も見てくれないですよね。」


「一応、アパートを見て、何かその人のことが分かるものがないか、調べるしかないのじゃないかねえ。君はその芦名思魔君とはどういう知り合いだったの?」


「芦名とはアルバイト先で知り合ったんです。中華料理屋の皿洗いでしたけど。彼は学生だと言っていました。だから大学に行けば、何か分かるかも知れません。」


ルーム・ノヴァスの伝説 (その 76)

kの回想 5


数日の後、貿易風でマスターと芦名のことを話した。


「アパートに彼の学生証がありましたので、大学に行ってみましたけど、1か月くらい前から休んでいるようでした。実家は秋田県の比内町西舘でした。


確かにいたようですけど、実家に聞いても今は連絡がないようでそれ以上はわかりません。

安禄山さんは、事態が呑み込めずに困っている様です。

外見は芦名ですが、中身は完全に入れ替わっているみたいです。」


マスターが尋ねた。

「安さん、あなたはどうなんです?今、自分の状況が分かりますか?」


「私は、ここがどこなのか、何故自分がここにいるのかは分かりません。しかし、自分が安禄山で、ついこの前まで、戦いの中にいたことはハッキリ覚えています。


自分は史思明と共に、玄宗皇帝の過ちを正し、楊一派を排除し天下の政道を正す為に起ち上がりました。


それというのも、昔若かった頃のある晴れた春の日の事ですが、いつものように馬を駆って、草原を行く隊商を監視していた時のことです。


少し休もうと思って、木陰に馬を止めてウトウトとしました。すると、夢の中で、奇妙な若者が現れ、人々を助けに来て欲しいと言うのです。


彼は、私を連れて竜に乗りました。そして空高く舞い上がり、中国の全土を見渡し、それから西の彼方、西域諸国を見ました。そこが私たち一族の故郷だと知りました。


そこへ更に西方から一団の軍隊が現れ、人々は逃げ惑いました。北方の山の中に逃げた人々はやがて全員が殺されました。


その悲鳴を聞いているうちに『助けて』と呼ぶ声が強く耳に残りました。

若者はまた私に『助けに来て欲しい』と言いました。


それから気が付くと、また元の木陰にいました。あまり不思議な夢だったので、私は胡人の商人たちに調べてもらいました。


そこで判ったのは、西の方でアラブ人たちが攻めてきて、私たちの先祖の土地が奪われ、中国の西域も脅かされているということでした。


私はまだ18歳でした。それから貿易の仕事をし、情報を集め、胡人たちの仲間を作りました。30歳の頃、張守珪節度使の下で軍の任務に就きました。そうして力を蓄えたのです。


唐歴天宝十年(西暦751年)玄宗皇帝の軍隊はアラブ人と戦いましたが、カルルク族の裏切りに会い、タラス河畔で敗れました。


皇帝は楊貴妃との生活におぼれ、政治を怠り始めました。このままでは故郷のみか『この中国もアラブ人やチベット人に奪われてしまう』と思い、唐歴天宝十四年(西暦755年)に史思明と共に蹶起したのです。


私は、中国と西域諸国を蛮族から救うつもりでした。

『kの回想』 6

貿易風で。

マスターが言う。
「安さんの話は、分かりました。でもどうして、今ここにいるのですか?
その話は、1300年前も前のことですよ。歴史では安史の乱は、安禄山が息子に暗殺され、史思明もその息子に暗殺され、その息子たちも皆、唐とウイグルに敗れてしまいました。

結局、安史の乱以後唐は西域諸国をウイグルとチベット人の吐蕃に奪われ、サマルカンドはイスラムの手に落ちたままでした。唐もやがて滅んでしまいました。あなたには気の毒ですが、それはもう終わったことなのですよ。」

「私が息子に殺されるというのですか?」

「残念ですが、そのように歴史では記録されています。」

「それは承服できません。息子がそんな事をするはずがない、あなたの言葉は大変な侮辱です。今ここで取り消してください。でないと私は、あなたをどうするか分かりません。」

私は、この成り行きに慌て、割って入った。
「安さん、そんなに興奮しないで下さい。マスターは唯、歴史的事実を話しただけですから。決してあなたを侮辱したわけではないのです。」

「そうですよ、あなたを責めているわけでも無いのです。唯、今は2001年で、
あなたの話は1300年前のことなのです。落ち着いてください。気を悪くされたのなら、謝りますから・・・。」

安禄山は、しばらく黙り込んでいた。そして、ゆっくりと確かめるように話し始めた。

「1300年前のことですか・・・。全て終わったということですか・・・。では、私は何をしたのでしょうか?人々は救われたのですか?それとも、全ては失敗だった、ということですか?」

「安史の乱は、歴史の上では失敗したと言われています。そしてサマルカンドはその後、アラブ人の支配下になっています。ただ、もっと後にはトルコ人の支配下になり、やがてトルキスタンと呼ばれるようになりました。人々はではなく、イスラム教を信じる様になった様です。」

「私はこれから何をすべきでしょうか?戦に敗れ、息子に殺された、と言われましたが、今ここにこうしている私は、何をすべきでしょうか。」

「そうですね、何をすべきなのかは分かりませんが、その前にあなたが誰なのか、何故ここにいるのかをもう少し考える必要があるかも知れません。何をすべきかは、それからでもいいんじゃないですか。」

「私は、安禄山です。何度も言いますが、そのことは変わりません。」

「そうでしょうね。あなたが誰であるかは、結局、あなた自身が決めることですから。あなたは、安禄山、それでいいでしょう。」

私は、そのやり取りには納得できなかった。芦名はどうなるのだ?このまま消えてしまって良いのか?

『kの回想』 7

「ちょっと待ってください、マスター。彼は芦名思魔なんですよ。もし、安禄山だとすれば、芦名思魔はどうなるのですか?それに安禄山は1300年前に死んでいるわけですから、今ここにいるのというのは無理がありますよ。」

「清原君の言うことも分かるよ。でもね、僕は芦名思魔という名前を本人から聞いていないのだよ。君がそう呼ぶから、そうだろうと信じるだけだよ。

安禄山という名前もそうだ。たまたま歴史上の人物と同じ名前なので変な感じはするけど、そうでなければ、本人が安禄山と名乗っている以上それを信じない理由は僕には無いのだよ。

もちろん、疑問な点はあるよ。第一に芦名思魔は一体どこへ行ったのか?何故アパートはパキスタン人の名義だったのか。これは芦名思魔に関する疑問だ。

それとは別に安禄山が何故現代にいるのか。病気なのか?病気でないとすればどういうことか?タイムマシーン何て事は無いだろうし。第一外見が芦名思魔とはどういうことか?

この2つの疑問は、でも別々に解いていかないと、同時には難しいよ。もちろん両方が絡み合って複雑になっているのは分かるけど。
一度整理して別々に考えた方が判りやすいと思うんだ。どうだろう?」

「それは、そうだとは思いますが。」

「その為には、まず安禄山さんは安禄山でいいじゃないか。その上で解決の道を探ることにしよう。」

私は、スッキリとは行かなかったが、マスターの言うことも一理あると思った。というより他に方法が思いつかず、従うことにした。

「そういうわけで、安さん、あなたが何故ここにいるのか今は分からないけど、
その前に芦名思魔とは何者だったのか、それとパキスタン人の貿易会社、その会社のアシュクを調べてみよう。そうすれば何か分かるかも知れません。」

安禄山も納得したようだった。
私は、安禄山と一緒に調べることにした。
「安さん、まず芦名思魔の実家に行ってみましょう。マスターはどうしますか?」

「僕は店があるからね。貿易会社の方を聞いてみるよ。」

「分かりました、じゃあお願いします。」

『kの回想』 8

津軽には古来、安東氏族が豪族として君臨していたが、やがて秋田へと移っていった。
秋田には安東姓を名乗る武士団がいた。その出身は蝦夷の系譜と言われている。

秋田県角館には、芦名一族がいた。彼らは元は、会津であり、更に遡れば鎌倉時代の三浦氏にたどり着く.三浦半島には葦名という地名があり、それから葦名・芦名と名乗るようになったという。その近くに熊野権現から来たと言う十二所神社がある。

直接の関係は不明だが、西館の近くにも奥州藤原氏が創設した十二所神明社・十二天神社があり、十二所という駅もあった。

私と安さんは、芦名の実家、秋田県比内町の西舘を訪れた。大館からは花輪線で扇田で降り、そこからはバスである。バスを降りて川沿いに山のほうに歩きほぼ人家も絶えたような地域であった。

近隣で尋ねると、芦名という表札の家があった。母親は、旧姓を安東と云い芦名家に嫁いでいたのだが、若い頃から癇の強い性質で、芦名思魔を生んですぐ、病を得て、実家にもどったらしい。何の病だったのかは、ハッキリとは言わないが、ノイローゼのような状態であったらしい。

父方の芦名家は元は会津の武家だったようだが、江戸時代には藩主と共に角館に移り、明治の頃に鉱山開発の仕事で十和田湖近くの小坂に来たらしい。その後鉱山も閉鎖となり、木材を商っていたが、父の代にはそれも上手くいかず、資金繰りに窮していたという。芦名が13才の頃に行方不明になっていた。

その後芦名は、名目上母方の叔父の安東孝季氏に引き取られたが、実際には芦名の家に一人で住んでいたらしい。
そして大学入学と同時に東京へ出た為、芦名家には今はだれも住んでいない。

叔父の安東孝季は、無口な性質で、清原に芦名の家の鍵を渡すと、あとは何も言わなかった。

芦名の部屋には本と、音楽CD以外は特に何もなかった。唯、古びて今にも砕け散りそうな封筒が、本の間に挟んであった。中には奇妙な文字で書かれた手紙の様なものが入っていた。
その手紙を写真に撮ると、他には何も手掛かりはなく、東京に戻ることにした。

『kの回想』 9

貿易風のマスター安倍は、池袋の東風貿易を訪ねてみた。

雑居ビルの3階にあるその事務所には、男が2人と女が1人いた。
ミルザという男に芦名思魔のことを尋ねたが、聞き覚えの無い名前だと言う。

アパートにいるのは、アシュクという男で、今はパキスタンにいて2週間後に戻る予定だという。
会社の代表はムスタグと言い、今は席を外していて戻るかどうかは不明だった。

ミルザは背の高い男で、アラビア風の長く白い服を着ていた。
もう1人の男は、短い髪で、黒いサングラスを掛け黒のスーツを着ていた。

貿易会社の社員には、不似合いな印象であった。
女の方は、日本人の様で、事務員風であった。

結局何もわからないまま、事務所を後にした。
1階のポストには東方貿易日本支社と書いてあった。

近くを歩いていると、ビルの非常階段で、ぼんやりと下を向いて座っている子供がいた。
不審に思い、声をかけると、母親の帰りを待っているという。

母親は東方貿易で働いていたのだが、数日前から帰ってこないのだという。
会社で聞いても、母親のことは誰も知らないというので、ここで待っているというのだ。

母親の名前は、ロクサーヌと言った。
子供は羽栗翔と名乗った。父は死んだという。

子供は黒い髪と明るい茶色の瞳で、浅黒く掘りの深い顔立ちだった。日本人には見えなかった。
芦名と何か関係があるのではないかと思った。

子供の家は、歩いて10分程のアパートだった。部屋の表札に名前はなくポストには、東方貿易と書いてあった。

やはりここは、芦名の部屋ではないのだろうか。
だが、清原も安禄山も、こんな子供がいるとは言ってなかった。
部屋の中に入ると、女物の靴と衣服はあったが、男の物はなかった。

芦名の部屋とは違うのだろうか、しかし東方貿易の名義であることは確かだ。


芦名思魔は、722年のソグディアナにいた、ロクサーヌという女商人として。

彼女はキャラバンの一員として、ザラフシャン山脈から南へ下りバクトリアへ移動中だった。もうすぐアムダリア川を越える。そうすれば、そこはもうバクトリア人の世界だ。アラブの軍隊からは逃げおおせるだろうか。

ここで、ロクサーヌという女性を助ける為に来たのだろうか。誰かを助ける為に来たはずだったが、それがこのロクサーヌなのか?

しかし、僕の意識は芦名思魔のままで身体はロクサーヌになっているのは何故だ。意識だけが移動しているのか、自分はいったい何者なのか。

疑問は尽きないのだが、今は考えている余裕はない。とにかくここを脱出し、安全な場所に行かなくてはならない。

このまま南下すればヒンズークシ山脈を越えインドに入る。2001年の世界ではアフガニスタンからパキスタンへ入ることになるだろう。

そこからどうするか?722年の世界ではこの辺りもアラブ人に征服されているだろう。ペルシャは既に滅び、インドにも安定した王権はない。やがてチベット人が動き出すだろう。
つまり、ここは無法地帯ということだ。

更に南へ下って海を目指すか。船に乗って南インドへ逃げる。それが一番安全かも知れない。しかし、このキャラバン隊はどこまで行くのか?海までは行かないだろう。
そうすると、東へ行って中国を目指すのか?

ロクサーヌはキャラバン隊の隊長に呼ばれた。不思議な女がいる、という噂が耳に入ったのかも知れないと思い心配だった。

隊長はロクサーヌにこう言った。
「ここから、敦煌へ行くキャラバン隊がある。お前のことは聞いているが、南へ行くのは大変困難な道のりだ。

東の敦煌へ行くキャラバン隊と一緒に出発した方がよい。東へ行けば、そこには我々の仲間が大勢いるし安全だ。

女性でも行くことのできる道のりだ。お前さえよければ、紹介してあげようと思っている。」

ロクサーヌはその言葉を信じて、東へ行くことにした。今はまず敦煌を目指そうと決意した。

『kの回想』 10

安禄山は、このところスポーツジムに通って身体を鍛えていた。芦名思魔の身体は華奢で、中性的だったのだが、安禄山はそれが納得できなかったのだろう。

午前中は、ジムで運動し、午後は中華料理屋でアルバイトをして、夕方4時頃にはアパートに戻って休み、6時頃また起きて貿易風で食事をするという具合であった。

マスターが声をかけた。「安さん随分いい肉体になってきたね。2か月前とは別人だね。」

「まだ全然です。前は体重も100kg以上あったんです。今はやっと70kgですから。もっと運動して食べないと。以前の自分に戻りたいんですよ。」

「そうですか、でも、以前の芦名さんは本当に女性と間違える位に華奢で優雅な感じだったけど、安さんになってからは、すっかりマッチョになってしまったね。」

「心が変わると、肉体も変わってしまうんですかね。」と清原も最近は、安禄山であることを受け入れていた。

「でも編ですよ、自分としては本来の自分に忠実でありたいだけですけど、皆さんから見ると、別人になってしまうんですよね。」

「ところで、翔君はどうしています。」

「ああ、あの子は今は安さんと一緒にいるんだよ。」

「そうなんですか?」

「ええ、まあ自分も一人だし、あの子はまだ小さいから、一人でアパート暮らしは危ないと思って、自分のアパートで一緒に住んでいるんですよ。

時々あの子のアパートの様子を見に行ってますけど、母親が帰った様子はないですね。」

「でも、可哀そうですね。父親も居ないし、母親も居なくなるなんて。学校は行っているんですか?」

「まあ、行ってはいる様だけど、あの通り見かけも変わっているから、友達もいないんじゃないかな。」

「父親は病気で亡くなったのですか?」

「いや、事故だった様だけど、小さかったから本当のところは良く分からないみたいだ。」

「母親の手掛かりは何かあるんですか?」

「母親と言えば、少し前におかしな夢を見たんだ。自分と芦名とロクサーヌの3人が話をしているんだよ。」

『kの回想』 11

その夢は、芦名がシルクロードを旅していて、サラズムという町で休んでいた時のことです。

芦名は自分自身がロクサーヌという女性になって、キャラバン隊の一員として、中国へ向かっている、唐の長安に行く所でした。

そうすると、あの子の母親が現れて、子供を探しに来たと言うんだ。

母親であるロクサーヌは芦名に、こう話しました。
「私は、事故で家に帰れなくなり、病室にいたんです。でも子供のことが心配で、どうしてもあの子に会いたいと思って強く願ったんです。

すると、身体が浮かんで、青い大きなビルの方に飛んで行きました。そこで、ある部屋に入りました。玄関口にはたくさんの靴があり、中からは大勢の人の声が聞こえていました。

入り口にいた男の人に案内されて、一つのドアに通されのです。その部屋中には、別の男の人が椅子に座り、私の方を見ていました。

そして、私はその人に、子供に会いたいけど事故に遭って会えなくなりました。でもどうしても会いたいのです、と訴えました。

その人は、分かった、と一言だけ言いました。その人の顔はよくわからなかったけど、白く長い服を着ていて、長い髭を生やしていました。

その後、その人はこう言いました。

『あなたは、今まで懸命に働いてきました。悪い事をすることもなく、ただ子供を育てる為に働いてきました。子供に会いたいと強く願えば、その願いは叶えられます。

今からあなたは私の言う通りにしなさい。そしてただ正直に生き抜き、子供を育てることだけを考えなさい。平和に生きることだけを行いなさい』と。

それから部屋を出て、人々のいる広間に通されました。そこには、様々な悩みを抱えた人が、口々に願いを唱えていました。

病気が治ること、生活が楽になること、借金を返済できるようになること、事業が成功すること、仕事が見つかること、結婚して子供を育てることなど。

其々の悩みから、其々の願いを口にしていました。私もその中で、子供に会えるようにと祈りました。暫くして、カーテンで仕切られた向こう側に行くように言われました。

カーテンの向こうは暗くて何も見えませんでしたが、振り返らずに前へ歩くように言われ、そうしました。すると、突然、真昼のように明るい光が取り囲み、体がグルグルと廻った感じがして、ここへ来たのです。

ここで、私はロクサーヌと云う私と同じ名前の女性に会うと言われました。その女性に私の心が宿り、やがて、子供に会えると言われて来たのです。そして今。あなたに会いました。

今からは、私があなたの代わりにロクサーヌとして、ここで生てゆきます』

『kの回想』 12

 芦名が尋ねました。
「では、私はどうなるのでしょうか?」

「あなたは、何故ここに来たのですか?あなたもあの人に会って、ここに来るように言われたのですか?」

「いいえ、私はただ、助けを呼ぶ声に導かれて、ここに居るのです。気が付くと、この女性の身体になっていました。ここで、このロクサーヌという女性を安全な所に導いたのです。

 たぶん、あのザラフシャンの山の中で、この人は死んでいたのかも知れません。
私は夢中で、ただ生きる為に、山の中から逃げてきたのです。

 だから本当の処、何故自分がこの女性の心になっていたのかは分かりません。
あなたの言う人は、何という名前なのですか?」

「その人はマギと呼ばれていました。」

「そうですか、では私は、この女性を山の中から助けだした、ということですね。
きっとここで、あなたにこの女性を預けるのが私の役割だったのですね。」

「有難うございます。この女性に会えたことで、あの人の言うことを信じることができます。これから私は、この女性としてここで生きて、きっと私の子供に会うことができるでしょう。」

「子供の名前は何というのですか?」

「羽栗翔です。」

「かける、ですか。日本人なんですね。」

「ええ、私の夫は日本人でした。私たちは日本で暮らしていました。あの子はまだ小さい内に、父を亡くし、今は一人なんです。

 でもきっと、私があの子を見つけて育てて見せます。あの子もこの世界のどこかにいるはずですから。」

「では、私はここから去ることにします。きっと日本に帰れるのだと思います。お元気で、さようなら。」

「さようなら、無事に帰れることを祈っています。」

 自分は、その二人の話す様子を見ていたのですが、二人は自分がいることに気が付いていなかったようです。それから、目が覚めるといつものアパートでした。

 自分にはただの夢でしたけど、そこには芦名思魔と翔の母と、それから横たわっていたロクサーヌという女性がいました。

 マスターは話を聞き終えると確かめるように言った。
「それは不思議な夢ですね。そうすると、サラズムという町に、芦名思魔と翔の母親がいて、その二人がロクサーヌという女性の身体を交換したということですか。」

「ええ、でも二人は心だけで、ロクサーヌという女性は身体だけで心がなかったんです。」

「つまり、交換したのは『心』と言うことですか。マギというのは誰なんだろう。」

「その母親が 話していた、青く大きなビルの近くには高速道路が見えていました。そのビルのかなり上の方の階にマギのいた部屋がありました。」

 私は芦名の実家で見た封筒のことを思い出した。

「そう言えば、秋田の芦名の実家にあった、封筒の中には、1通は古代文字のような手紙と、もう1通は日本語で書かれた手紙だった。
そう、確か722年の世界にいる、ザラフシャン山脈の山の中にいる、と書かれていた。」

 マスターが説明した。

「722年は大勢のソグド人がザラフシャン山脈の山中で殺されるという事件が起きた年なんだ。そうすると、芦名思魔はその時代にいるということか。そして、翔の母親もそこにいるというのかな。

しかし、身体と心が別々になって、一つの身体に何人もの心が入れ替わるというのは?
多重人格のことなのか?

でも、手紙があるのは事実だし、翔も確かにいる。」

『kの回想』 13

 ロクサーヌは、子供の頃を思い出していた。

 彼女の父親はサマルカンドで葡萄園を経営していたのだが商売に失敗して土地を奪われてしまった。彼女はまだ子供だったのだが、奴隷として売られてしまった。

 両親と別れて、キャラバン隊を率いていたザヒルという男に引き取られた。やがて踊り子としてキャラバン隊の一員となり、ペルシャやへまた中国へと旅する暮らしをするようになった。

 両親の愛情に恵まれず、ただ働くだけの毎日だった。それでも懸命に生き抜いてきた。彼女の希望は、別れた両親といつかめぐり合い暖かい家族の生活を送ることだった。

 奴隷ではあったが、生活に不自由したわけではなかった。唯、愛情が欲しかっただけだった。ザヒルは、ひどい人ではなかった。彼女に文字も教え、舞踊も教え、一人前の商人として生きることも教えた。

 ただ奴隷であった為、彼に逆らうことは出来なかった。彼女の命はザヒルの心のままだった。

 そこへ、アラブの軍隊が襲ってきた。キャラバン隊はバラバラになり、逃げまどいザヒルとも離れ、彼女は押し寄せる軍馬の中に倒れ、意識を失っていた。

 死ぬかと思ったその時に、彼女は思い切り叫んだ。実際には声は出なかったのだろう。
しかし彼女はこのまま死んでゆく自分が可哀そうで、理不尽なこの運命に怒りが湧いてきたのだ。

 一体何をしたというのか。生れてきて、両親と生き別れになり、愛情にも恵まれず、ただ奴隷として働き、最期は見知らぬい異国人の手にかかって死んでしまう。
死にたくなかった。助けて欲しい、そして愛情が欲しかったのだ。

そう強く思った時に、彼女の意識は身体から離れた。横たわる自分を見ていて、不思議な感じがした。自分は死んだのだろうか。

 だが、その時自分の身体に誰かが入るのを見た、と思った。その内に、自分の身体は起き上がり走り出していた。必死の形相で、脇目も振らず走り、アラブ人から遠く離れた山の中に入っていった。

やがて、別れたはずのザヒルのキャラバン隊と再会し、彼の隊商の一員として、再び歩き出していたのだ。

彼女には、芦名の姿が見えていた。自分の身体に入り、自分として生きていた芦名が、何の邪心もなく、ただ助けに来ただけだと分かり不思議な安心感を覚えたのだ。ずっと彼を見ていた。そして、彼の意識が自分の身体を無事に助け出したのを見て、彼女は『自分はどうすべきなのか』を考えていた。

『kの回想』 14

あるビルの一室で。

袖口に二本の朱の線の入った黒い長衣を着た男が、聴衆に向けて熱心に語りかけていた。

「心=意識と、肉体は見えない糸で結ばれているのです。

 心は肉体の脳の電気作用ではないのです。脳というのは例えて言えば、機械を動かすオペレーターであり、記憶装置であり、データを分析し判断を下す機械なのです。

 しかし、心は自分の意識です。我という意識なのです。それは肉体に宿り、その肉体を乗り物のように乗りこなすのです。記憶されたデータと分析装置を使い、運動能力を用い、感情能力を用い、感動を感じるのです。

 ですから、あなた方がこの肉体を愛しく思い、この現在に愛着し、この人生を生きたいと強く思う限り、死ぬことはありません。

 しかし、この世を辛く思い、自分の記憶と肉体を愛する事ができず、自分の周りの人間関係や、生活の状況、それらを疎ましく思い、希望を失った時、死が訪れます。

 あなた方が正義の実現を祈り、真実を知り、苦しみから救われることを毎日祈るならばそれは必ず叶えられます。

 私達は、神の国を実現する為に、ここに集っています。
神使者のイリヤス様から具体的に説明してもらいましょう。」

紹介されたのは、袖口に金色の太い一本の線が入り、胸元に鳳凰の刺繍のある白い長衣の男だった。

「神使者のイリヤスです。
我々は、秋田県の十二所郷に、土地を用意しました。そこで、農場を開拓し、野菜やコメを作っています。また牧場では、牛馬羊などを放牧し、鶏や豚を飼っています。山林も所有しています。

 つまり、基本的な食糧の自給自足は可能な状態となっています。信者の中から、工業生産の能力を持つ人を集めて、日常必要とする工業品は生産できています。

 また、貿易や交易を行う商社も持ち、必要な商品を取引し入手しています。生産品の販売も行っていますので、事業としても成功しています。

 つまり、今までの様な、信じるだけの宗教と我々は違うのです。実際に生活し自給自足し、また交易を行うことで、一つの国と同様の社会を形成しているのです。

 我々は、信仰を強制することはありません。自発的な意思により集まる人だけを受け入れています。ここでは、やりたい仕事もできます。皆さんのアイデアで新しい事業を興すことも可能です。

 その為に必要な、資金も調達できます。我々の信じるところに賛同してくれる人々の自発的な意思によりマイクロファイナンスが運営されているのです。

 悩みを、一人で抱え込まずに、話してください。我々は悩む人々を受け入れます。新しい生活を始めましょう。

 先程の話しにも在りましたが、肉体は心の乗り物に過ぎません。しかし、乗り物がなければ。心は喜びを感じることができないのです。その意味で、心を具現化するのが肉体であります。

 肉体を健康に保つことで、心は正に自由になるのです。ですから、我々の国では人々は運動を楽しんでいます。また各種の学ぶための施設もあります。全ては心を自由にし、平和を実現する為です。」

『kの回想』 15

芦名思魔の意識は、ソグディアナの大地を漂っていた。身体を失い今は心だけとなっていたが、どこへ向かって良いのか定まらなかったのだ。

ロクサーヌの心は芦名の傍にいて、自分の身体が芦名によって危地を脱し、そして羽栗翔の母親という女性の身体に変わったことを知っていた。

ロクサーヌは芦名に話しかけた。
「芦名さん、私はロクサーヌです。私を助けてくれてありがとう。」

「あなたは、ロクサーヌ、あの女性の心ですか。私が見えるのですか?」

「はい、死んだはずの私の身体をあなたが助け、そして羽栗さんが今は私の身体に乗って生きていること、私は全てを見ていました。」

「そうですか。では、あなたは、私のこの状態がどういうことなのか分かるのですか?

私は21世紀の日本に生きていましたが、ある日突然心だけがこの世界にやってきて、あなたとして、あなたの身体に乗って生きていました.

ですが、今はまた、身体を失い意識だけがある状態です。正直途方に暮れています。」

「私も、心が身体から離れ死んだのだと思いました。でも、身体はその後も動いていて、あなたとして生きているのを見て、とても不思議な感じでした。

私は意識だけとなり、この世界を彷徨っていました。すると、ある方が現れ、私を大きな乗り物に連れて行きました。そこで、私は色々なことを教えてもらいました。

今では、自分の状態が少しは理解できるようになりました。ですから、もしあなたが、私を信じてくれるのなら、一緒にその乗り物の処へ行きたいと思っています。
その人達に会えば、少しは理解できるのだと思います。」

「分かりました。では一緒に行きます。連れて行ってください。」

二人は共に砂漠へと進んで行った。すると、何もない砂漠の中に、巨大な建物が在った。銀色に輝き、楕円形をした卵の様な建物に見えた。入り口が現れ、二人は中に吸い込まれていった。

中に入ると、白い長衣を着た男が穏やかな表情で迎えてくれた。

「ようこそ、芦名さん。私はこの船の船長でジェライルと言います。初めてお会いしますが、私はあなたの敵ではありません。安心して、知りたいことを何でも聞いてください。」

『kの回想』 16

芦名は、船の中でジェライルから、意識と身体の違い、身体は意識の乗り物であること、彼らが意識を学びながら宇宙を旅していることなどを聞いた。

全てを納得したわけではないが、反論するだけの知識もなかった。最後に、ジェライルから宇宙を共に旅してみないか、と誘われたが断った。

「私は、前の世界に戻りたいと思います。意識について、もっと学びたい気持ちもありますが、それよりも元の世界に帰ってみたいのです。」

「そうですか、分かりました。では、あなたの新しい身体を用意しましょう。あなたの前の身体は、今は安禄山という人になっています。

これは、私達が作った超細胞で出来た身体です。個々の細胞は光のエネルギーを取り入れて無限の命を持っています。外見はあなたのイメージに合わせて作られます。

ボディスーツの様な物だと思って下さい。これを着て帰ることが出来ます。
ロクサーヌ、あなたはどうしますか?」

「私は、芦名さんと一緒に行きたいと思います。自分のいた世界では良い思いではありませんでした。でも、自分の思うとおりに自由に生きてみたいと思います。」

「分かりました。では、あなたにも新しい身体を用意しましょう。それから、これはヘッドフォンのようなものだと思って下さい。

また何か困ったことがあれば、これで私達と連絡を取ることが出来ます。
私達はいつもあなた達を見守っています。」

「一つお聞きしたいのですが。」

「何でしょうか。」

「どうして、私達を助けてくれたのですか。」

「私達は、あなた達に興味があるのです。普通の人類は、あなたたちの様に強い意識を持っていません。しかし、あなた達の意識のエネルギーはとても強い。

その強い思いに惹かれて、あなた達を見ていたのです。これから、あなた達がどう生きるのか、そこに興味があるのです。それでは、いけませんか。」

「分かりました。とにかく助けて頂いて、ありがとうございます。」

「さあ、こちらに来てください。このパネルを見てください、意識を集中してください。
ここです、このホテルのロビーに行きます。さあ、気を付けて、よい旅を。さようなら。」

気が付くと、二人はホテルのロビーにいた。ガラステーブルの上には、カップが並べられ、コーヒーを飲んでいた。二人は突然、このホテルに来たのだが、周囲は何もなかったように静かだった。

『kの回想』 17

貿易風で、私は安禄山とお茶を飲んでいた。

「安さん、仕事は順調ですか。」

「まあ、中華料理屋のアルバイトしかないけど、何とか食べていけるよ。」

「でも、この店も随分とお客が増えましたね、マスター。」

「ああ、そうなんだ。皆、安さんの友達なんだよ。外国人ばかりだけどね。ここで、みんな好き勝手に、自分達の故郷の料理を作って食べているんだよ。

皆、出稼ぎばかりだよ。喫茶店というよりは場所を貸しているだけで、店内のバーベキューみたいだよ。」

「マスターも料理を覚えて、エスニックレストランにしてみたらどうですか?」

「いや、実は料理は苦手なんだよね。コーヒーは作れるけど、他は僕には無理だね。」

安禄山が、急に思い出したように話す。
「そう言えば、この前アパートに若い男女が来て俺のことを調べていたみたいなんだ。それが芦名と名乗ったというんだ。」

「芦名?帰ってきたのかな。もう4か月くらいになるな。結局、どこへ行ったのか分からずじまいだったけど。翔は元気にしているの?」

「あいつは、勉強もせずに、遊びにも行かないで、一人で絵ばっかり描いているよ。変わった子だね。いつも黙っているし。」

「両親がいなくて淋しいのじゃないのかな。たまには、ここに連れてきたらどうですか?外国の料理も食べられるし、いつも中華じゃ飽きるんじゃないのかな。」

「そうだな、そうするよ。今度連れてこよう。」

「ところで、以前、安さんが話していた、ビルだけどね。」
マスターが、神妙な顔つきになって、話だした。

「池袋の高速の近くで青いビルがあったんだ。気になって、調べてみたら25階に世界統一平和教という宗教団体があったんだ。

本部はパキスタンらしい。教祖はブハラの出身だけど旧ソ連の崩壊の混乱で、パキスタンに逃げて、日本へは10年くらい前に来たらしい。

宇宙は善と悪の戦いの場で、自分は神の啓示を受けて、人類を救うために、戦っていると言っているらしい。」

私は、そんな話は信じられないと思った。
「今時、そんなことを信じる人がいるのかな。」

「でも、その人が手をかざすと、病気が治るというので、信者が増えているらしいよ。病気は悪で、病気にかかるのは、悪にこころが侵されているからで、その人が善の力を吹き込むことで悪を退治し病を治るというらしい。」

「治るのは病気だけですか?」

「いや、他にも事業に失敗した人には新しく仕事を世話してやり、借金に追われている人には借金を清算して、どこか別の処で生活できるようにしてやっているらしい。」

安禄山が驚いていう。
「へえ、それじゃあ凄く良い宗教じゃないですか。

でも、そんな、良いことづくめだなんて、怪しいな。お金は、どこから用意しているんだろう。新しい仕事とか、生活する場所なんてどうやって用意しているんですか?」

「それだけじゃない、行方不明になった人とか、死んだ人にも会えるという評判だ。でも、そこの信者になると、いつの間にか、どこか別の処に行ってしまって居なくなる、という話もある。」

「もしかすると、芦名や翔の母親の行方不明と関係があるのかも知れませんね。今度、そこへ行ってみませんか。」
私は、直接訪ねることを提案し、マスターも了解した。

『kの回想』 18

芦名とロクサーヌは、ジェライルが用意してくれた、百人町のマンションの一室にいた。

ロクサーヌは、仕事もなく自分を紛らすことが無くなると、元々抱えていた当た愛情飢餓からくる不安が強くなっていた。

「ねえ、芦名さんは、これからどうするの。あなたのアパートは、安禄山が住んでいるし、もう、あなたのいる場所はこの世界には無いじゃない。いても、仕方がないんじゃないの?

私も、することがないし、ただ毎日が無駄に過ぎて行くだけじゃない。一度ソグドに帰ろうかな。両親がどうしているのか気になるし。

それと、どうして私を売ったのか、愛してなかったのか、聞いてみたい。何だか苦しいのよ。わかる?

私は、生まれてきて、何も楽しいことがないの。親に愛されてなかったなんて、どうして生んだのか、聞いてみたい。謝って欲しいのよ。何で、こんな辛い人生を生きなきゃいけないの。

それとも、両親は私のことを心配しているのか、確かめてみたい気がするの。芦名さんは、ご両親はどうしてるの?」

芦名は、子供の頃を思い出すが、そこには母親の記憶がなかった。あるのは、行方不明になり、自分を置いて逃げ出した父親の記憶だった。
同じ愛情飢餓でも、芦名の心は冷たく凍り付いていた。

「僕の両親はもういない。父は子供の頃に行方不明になった。母は、僕を生んですぐ病気になったらしく、小さい頃に別れて会った記憶がない。

僕は叔父夫婦に育てられたんだ。もっとも、同居はしていなくて、父の家に一人でいたけど。」

「お母さんは生きているの?」

「いや知らない。誰も話さないし。僕も聞いていない。」

「淋しくないの?」

「淋しいさ、でも、仕方ないよ。生れてきた以上は、生きていくし、一人でも生きられるから。」

「ただ生きているだけじゃつまらないし、死んだ方がいいとは思わないの?」

「死ぬのは、怖いし、第一何故死ななきゃならないの?生まれた以上は誰でも幸せになる権利はあるだろう。

親がいなくても、死にたくはない。ただ淋しいだけで死んだら、悔しいじゃないか。そんな死に方はしたくないよ。」

「じゃあどうするの?何かやりたい事でもあるの?」

「何をやりたいかは、分からないよ。でも、まだ何もしていないのに死んでしまうのは嫌だ。何かはしてみたいと思っているよ。」

「私も、このまま終わるのは、悔しいと思う。あの時、本当に死ぬんだと思ったけど、すごく悔しかった。だから、私も幸せになりたい。

けど、どうしたら幸せになれるのか分からない。淋しいし、怖いし、不安なのよ。」

「焦ることはないよ。僕たちは不死身の身体を持っているのだから。これから、じっくり考えればいいさ。」

芦名は、初めは、先行きに不安なロクサーヌをなだめるつもりだったのだが、話すことで自分の気持ちを自分で理解しようとしていた。

『kの回想』 19

芦名は、ロクサーヌというよりも、自分自身と対話していた。
自身の感情を、外に向かって表明したかったのだ。
凍り付いたはずの胸の奥から、溶け出そうとするものがあった。

「僕は、あの日テレビで、倒壊するビルの映像を繰り返し見たんだ。大勢の人々が叫びながら死んでいくんだけど、その人達は突然訪れた自分の死の理由が分からないんだ。

一方で、ビルを攻撃した人は使命感をもって破壊し、人々を殺害した。彼らは正義の為だと思って、悪の支配を打ち破るために戦ったのだろう。

けれど、何が正義なのか、殺害された人々は本当に悪なのか、何も知らずに平和な日常を送っていたはずだ。これは、理不尽だと思った。その人達の声が聞こえた様な気がした。

その中で強く助けてという声が聞こえた。それが、ロクサーヌ君だったんだね。助けなきゃ、と思ったら、君のいた世界に来ていたんだ。

それまで僕は、人を助けなきゃなんて、特に思ったことは無いよ。他人は他人で、自分のことで精一杯だったから。そして、自分でもどうやって生きていいのか、分からなかったし、目的もなかったから。

ただ生きているだけで、死んでいるのと変わらなかったんだろう。でも、本当に死ぬんだと思ったらやっぱり悔しいよ。生きたいと強く思う気持ちが湧いてきて、あの理不尽さに怒りが湧いてきたんだ。

君の世界に行ってからは不思議なことの連続だったけど、でも今は生きてみようと強く思っているよ。」

池袋で。
私清原は、マスターの安倍と安禄山と共に世界統一平和教のあるビルの向かった。
「このビルの25階ですね。」
「でも、ワンフロアを全部使うなんて随分とお金があるね。」
「うん、元は難民だと言うからどんなスポンサーが付いているのか。」

25階でエレベーターを降りると、受付に向かった。
「翔という子の母親のことでお尋ねしたい事があるのですが。
代表のムスタグさんはいますか?」

「少々お待ちください。どちら様ですか?」

「安倍と云います。」

「面会の予約はありますか?」

「いいえ、東方貿易のミルザさんから聞いてきました。」

「ムスタグはここの代表ではありません。東方貿易とも、関係ありませんけど。どのようなご用件でしょうか?」

「どなたか、お話の分かる方は居ませんか?羽栗ロクサーヌという女性が、行方不明なんですが、最後にここに伺ったと聞いたものですから。」

男性が出てきた。
「アリシェールと申します。私がお話を伺いましょう。奥へどうぞ。」

『kの回想』 20

男は『西の風』と書かれた部屋に案内した。

「ミルザから聞いたそうですが、どういうご関係ですか。」

安倍は、東方貿易の従業員だった羽栗という女性がいなくなり、子供の翔を預かっている事、芦名がいなくなりその部屋が東方貿易の寮になっていた事を説明した。

「二人の人間が行方不明になっています。どちらも、東方貿易の関係する部屋に住んでいました。東方貿易の代表とこちらの世界統一平和教が関係あると、聞いています。

何か二人の行方についてご存じなのではないですか?」

「羽栗ロクサーヌは、確かにここに来ました。しかし、彼女は事故に遭い亡くなりました。彼女は翔にとても会いたがっていました。

マギは彼女の願いを聞き入れ、彼女にもう一度生命を与え、翔と逢える様にすると約束されました。今はここにはいませんが、やがて、彼女は蘇り、翔と逢うことが出来ると思います。」

「死んだ人が生き返るというのですか。」

「死んだ者が生き返るのではありません。魂は不滅です。彼女の魂は新しい肉体を手に入れ、新しく生まれ変わるという事です。」

「それは、いつなのですか。」

「マギと彼女の約束です。私には知らされていませんので、お答えすることが出来ません。」

「芦名は、どうなんですか?彼は、ここと関係があるのですか?」

「芦名思魔は、一度死んだ人間でした。交通事故で父親と共に亡くなったのです。しかし、彼の母親がマギに彼を蘇らせるように頼んだのです。そして、マギは彼の魂に新しい肉体を与えました。

ですが、彼は自分の人生に絶望していました。両親のいないことを恨んでいたのです。そして彼は自殺しました。魂が自殺したのです。彼はもう、この世にはいません。」

「魂が自殺したとは、どういうことでしょうか。」

「彼は、我々の与えた人生に納得できなかったようです。悪魔に魂を売ったのです。彼は平和ではなく、戦いを選んだ。

我々に従っていれば、不自由なく平和に生きることができたでしょう。
ですが、我々に逆らい、自分の意志で生きることを選んだのです。」

『kの回想』 21

「芦名は今、どこにいるのですか。」

「彼の魂は、時空を漂っています。行く場所もなく、無限の地獄を宛てもなく彷徨うでしょう。


神の意志は、人が平和に生きることを求めています。欲望を抑え、嘘をつかず、ただ日々を静かに送る事です。そうすれば、争うこともなく与えられた生命を全うし、やがて天国へ行くことが出来ます。

幸福は与えられた生命の中で、自由に生きることです。枠を超えようとすることで争いが起こります。病気、貧困、事業の失敗、家族の不和、他人との争いは全て、自分の欲が招いているのです。生活態度を改め、節度を持つことで、解決できることです。

我々は、そのように生活態度を改めて人生をやり直す機会を与えています。神の意思に従い戒律を守ることで、平和に生きることが出来るのです。戒律を犯すものには、死が訪れます。

平和を破る者を神は許しません。自分の欲に魂を委ねることは、死に至る道です。
その意味で、魂の自殺と言ったのです。」

「芦名の母親は病気と聞きましたが、ここに居るのですか。」

「ここには、居ません。しかし、我々と共にいます。あなた方が、我々と共に神の道に生きることを望むのなら、彼女が幸福に生きていることを知ることが出来ます。

それから、安禄山さん、あなたは波乱の人生を生きてこられた。もし、平和に生きることを望むのなら、我々と共に来られたらどうですか。」

「私は、あなた方に従うつもりはありません。確かに以前は、争いの中にいましたが、今はそうではありません。

私は自分の欲に従うつもりはありませんが、自分の意志に従いたいと思います。神とか、悪魔とかは分かりませんが、どちらにも従うつもりはありません。

自分に従っていきたいと思います。」

三人には釈然としない思いが残ったが、一旦貿易風に戻ることにした。

マスターが、口を開いた。
「安さん、あなたはどう思いますか。あの教団の人達は何を目指しているのでしょうか。」

「私は、あの人達に邪悪なものを感じます、平和を目指すと言いながら、一方では神に背くものは許さないと言います。

彼らに対立するものがいるという事でしょう。対立者を赦さないというのは、平和と矛盾するのだと思います。」

清原が言った。
「私も何か、おかしいと思います。彼らの周りで行方不明者が出ているのだから、警察に届ける方が良いのじゃないですか。

彼らは、魂は不滅だと言い、死んだ者も蘇る、新しい肉体を手に入れる、と言っていますが、それはどういう事なんでしょうか。翔の母親も、やがて蘇ると言っていましたが。」

安禄山が言う。
「あそこにいる人たちは、皆行方不明とか、死んだことになっている人たちなのかなあ。」

「それは、行方不明になった人に、死んだ人の戸籍を与えて、もう一度別の人間として生活させている、という事ですか。」

『kの回想』 22

マスターが言った。
「死んだ人とは限らないよ。行方不明者同士を入れ替えているのかも知れない。そうすることで、過去とは違う人たちを作る。

そういう人を大量に集めて、例えばローンを組ませたりして、資金を集めているのかも知れない。宗教団体だから税金も免除されるし、死んだことにすれば、生命保険も手に入るのかも知れないね。」

安碌山が怒った様子で言った。
「えっ、それじゃあ、詐欺集団ということか。戸籍も、国籍も、自由に作り出しているのか。」

「毎年3万人を超える人間が自殺している。行方不明者は8万人を越える。しかも若者の比率が増えているのだ。両方を足せば毎年10万人以上が行方不明や不慮の死で消えている。

その人達はどうなっているのか。行方不明者の戸籍を外国人に与えているとすれば、この国に大勢の外国人が日本人として暮らしているのかも知れない。貧困者を集めれば何十万人もの集団になるだろう。」

「その人達を皆信者にすれば、何か大変なことが起きそうですね。」

「何らかの理由で国家の保護措置の下にある人たちを組織すれば、強力な政治集団にもなる。」

「それは、世界で起きているテロリスト達の戦いと、同じことが日本でも起こるという事ですか?」

「日本でテロが起きるとは思わないけど、あの人たちが、その気になればテロリストを育てる基地を作ることは出来るのじゃないかな。」


世界統一平和教の集会で。

「信者の皆さん、今日神使者のイリヤス様より新しい啓示が与えられました。アリシェール様から発表があります。」

「皆さん、アリシェールです。神使者イリヤス様は言われました。

今日から、新しい戦いが始まります。私達の新しい国を脅かすものが現れました。彼らは、私達が自由に幸福に暮らす権利を奪おうとしています。

彼らは私たちが豊かになる事を妬み、再び隷従させる為に攻撃を仕掛けてきました。私達は平和的に資金を運用していましたが、ニューヨークで運用した資金が暴落しました。

これは仕組まれた事です。世界の金融を支配する者たちが、意図的に株価を操作し資金を回収し、新たな危機を作り出すことで、彼らの支配がより強力になる事を狙っているのです。

私達はその資金を守るために戦わなければなりません。最終的な戦いは2012年に起こります。その戦いに勝つために今から準備しなければなりません。
皆さん、正義の実現の為に力を合わせて戦いに勝利しましょう。」

「今アリシェール様から、啓示が伝えられました。各支部長の指示に従って各自は全力を尽くしてください。戦いは我々の勝利に終わるように定められていますが、各人が全力を尽くすことがその前提となっています。」

信者たちは、各自の支部へと散った。

『kの回想』 23

学習院坂下の雑居ビルの一室で、芦名は事務所を開いていた。

心の悩みや、行方不明の捜索、借金の整理など、悩み事無料相談の事務所で、ホームページをネット上に公開していた。人助けの仕事がしたいと思ったのだ。

行方不明者はジェライルに頼むと、すぐに見つかった。評判になり、相談者がどんどん増えて行った。その中で、世界統一平和教に関連するものが増えてきた。

本人を見つけて、面会をしても、外見は本人なのだが、中身は全くの別人になってしまっているのだ。別の名前で、別の仕事をしていたり、別の暮らしをしていたり。本人は元にもどる意思もなく、解決できない事例が出てきた。

家族たちは、困って、被害者の会を結成するのだが、教団の悪意を証明することは出来ず、本人も戻る意思がないため、どうにもできなくなっていた。

教団の信者になっていた人々には、共通するものがあった。先祖を辿ると、帰化人が多かったのだ。彼らのほとんどが7世紀~9世紀に大陸から渡ってきていた。大陸の混乱を避けて日本に逃れて来ていたのだ。

その子孫は、多くは全くの日本人なのだが、中には先祖の記憶を失わないものがいて、彼らには、いつか大陸へ帰るという意志があった。教団の教えを受けるうちに強固になった者もいれば、教えによって覚醒したものもいた。

彼らの信条は4つだった。1つ、信仰を守る事。2つ、故郷を守る事。3つ、神、神使者に従う事。4つ、家族、同胞、友人を大切にする事だった。

彼らの故郷は、モンゴルなどの北アジアや中央アジアだった。現在では、中央アジアの東西トルキスタン、カザフスタン、アフガニスタンなどの幾つかの国家に分かれている地域である。その中心はアラル海であった。

彼らは、アラル海周辺を一つの国にまとめようとしていた。日本人である家族達は、元に戻るように説得をしたが、彼らの信条は強固で頑なに説得を拒んでいた。

アフガニスタンでアメリカが始めた戦争は、彼らには一つの機会と受け留められていた。
というのも、アフガニスタンはかつて、イギリスとロシアが争い、イギリスは撤退した。その後はソ連がロシアの跡を継いだが、結局崩壊した。

アメリカが始めた戦争は、過去の記憶からすれば、アメリカの撤退又は崩壊を招くものと思われたのだ。

『kの回想』 24

教団の教えでは、かつて最初の人である原人が悪の魔王と戦って敗れ死んだ後、魔王がその原人の精を宿し多くの人間を生んだ。
魔王は光にあこがれ、原人の光を自らの体内に取り込んだのである。

光の神は、人間の中にある光の遺伝子を取り出し、もう一度光の国を作る為に魔王と戦っている。人間は魔王から生まれたが、その体内に光を宿しているため、悪と戦うことが出来る。

教団の信者となって、光を発現する努力をする事で魔王の支配から脱却できる。教団員は光の国を作るために戦っている聖戦士であるとされた。彼らは光の国をロクザーンと呼んでいた、光輝な国という意味であった。


芦名思魔の事務所は、ネット上で評判となっていた。行方不明者もすぐに探し出し、どんな悩みも解決する、というのである。マスターの安倍が、その事務所を訪ねてみようと言った。

私達は事務所を訪ねてみて、驚いた。そこには、居なくなった芦名思魔がいたからである。

「君は、芦名思魔じゃないか。」

「そうだよ、久しぶりだね。清原君だったよね。」

「そう、僕は清原だよ。君を探していたんだ。今までどうしてたんだ。」

「僕は、もう以前の芦名ではない。あれから色々あって、君たちに心配をかけたのはすまないと思っているよ。でも、余り奇妙な体験なので、話すこともできなかったんだよ。」

「実は、僕たちも君が居なくなってから、不思議なことの連続だった。ここに、安禄山がいる。彼は、今はこの通りまるでプロレスラーの様に、立派な体格だけど。

初めは、君そっくりだったんだ。いや、最初は君だったんだ。それが、病気から回復したら、自分は安禄山だと言い出して、今ではこの通り見た目にも全くの別人になってしまった。

芦名、安禄山というのは唐の時代の人間だ。彼は、その時代の記憶を持っているんだよ。信じられるか?」

「何が起こったのかは判っているよ。人間の心が時空を越えて移動しているんだ。
僕は1300年前の唐の時代に行ったんだ。そこでこのロクサーヌと知り合うことになった。彼女も唐の時代の人間だよ。

君達が、僕や翔の母親を探していることも知っている。僕達だけでなく、今大勢の人が同じ様に、不思議な体験をして行方不明になっているんだ。」

芦名はこれまでの経緯を安倍たちに説明した。

『kの回想』 25

「そうすると、この教団は、中央アジアの失われた祖国へ戻ろうとしているのか?」

「そうだ、彼らは光の国を作ろうとしている。彼らは、古代のソグド人の子孫を自称しているが、問題は彼らの宗教だ。その宗教を信仰していることが、ソグド人だという事だから、彼らが作ろうとしているのは宗教国家なのだよ。」

「では、その宗教を信じない者はそこには居られないという事なんだな。」

「そうなんだ、それは彼らの敵である闇の世界の者ということになるんだ。彼らの宗教では宇宙は光と闇の2元論で成り立っていて、光の戦士として戦うことが人間の指名になっている。教団の一員になる事で、生活が保障され、孤独から解放され、生きる目的も得られる。だから信者が増えているんだ。」

「しかし、家族にとっては悲劇だ。しかも、これから新しい国を作るのでは、戦争にもなる。新しい不幸を生み出すことになるじゃないか。」

「普通の人にとっては、死は避けられない事だが、彼らにとっては肉体の死は、生命の過程に過ぎない。心こそが生命の本体だから、肉体は乗り物に過ぎないんだ。だから、彼らは死を恐れることはないのだ。」

「だけど、そうだとしても、人は簡単には宗教に入らないだろう。何が、彼らを引き付けるのだろう。」

「彼らに共通しているのは、現在の状況が不幸だという事だ。事故に遭ったり、病気だったり、借金に追われたり。

もっと悲劇なのは、そういう親をもった為に、自分の所為ではなく親の為に不幸になる子供達だ。虐待されたり、何度も住所を変えたり。親が具体的に虐待しなくても、小さい内に、家庭の不幸を体験すれば、トラウマになってしまう。

3歳以前に起きた悲劇は記憶に無くても、心の傷になって残る。そういう子が大きくなると、無意識のうちに受けた悲劇を繰り返そうとする。暴力を受けたものは、また暴力を振るうか、受ける様になるか。

恋人や配偶者になった相手を、故意に怒らせ、怒りと暴力を誘発させようとする。借金を重ねた親を見た子は自らも借金を繰り返し、何度も引っ越した子は、自分も流転の人生を繰り返そうとする。悲劇を自ら作り出し、連鎖させようとするのだ。

その様な子供を生み出した親も、またその親から同じような悲劇を味合わされている。貧困の連鎖とかいう言葉もあるけれど、心が連鎖しているんだ。

彼らは自分が必要のない人間だと感じている。つまり、愛されていないと思っているんだ。
彼らは世間では、相手にされず、誰も彼らの話を聞かない。誰からも関心を持ってもらえない。世間は彼らのような、初めから失敗している人間たちには興味が無いのだよ。

ところが、教団に入ると教団の人は親切で、何より愛情を向けてくれる。彼らの、つまらない愚痴や、身の上話を辛抱強く黙って聞いてくれる。彼らの存在を肯定してくれるんだ。」

『kの回想』 26

「教団の信者になる事で、仕事を与えられ、生活も保障してくれる。貧困から開放され、愛情も与えられる。個々には大事なことが違うのだろうけど、一番大事なことは愛情だろう。

裕福な家庭に育った若者も多いのだ。ところが、その親たちは何でもお金で解決しようとする。欲しいのは、お金ではなく、愛情であり関心を向けてくれることなのだ。

だから、代わりに彼らはお金を常に欲しがり、一方でお金を憎み、浪費を繰り返す様になる。お金が唯一の親とのつながり、関係性になってしまう。お金が欲しいのではないと、分かっていながら親の関心を向けさせたくて、お金を要求する。

その歪んだ家庭環境を、教団は解決してくれる。そして、愛情不足の人間は攻撃的になりやすいのだが、その攻撃性を満たしてくれるのが、聖戦士として悪と戦うという使命だ。

その教えが正しいかどうかは別にして、彼らは正義の為に戦っているという満足感を得られる。倫理的に正しいことを行っているという事だ。」

「正義を行うというのは、そんなに大事なのだろうか?」

「日常生活を平和に送れる者にとっては、正義はそれほど重要ではないよ。自分が間違ったことをしなければ良いのだから。

でも、彼らは、そもそも不幸だから、愛情飢餓は、物理的に何かを奪うことで満たそうとする。誰かから奪おうとするのだ。また、実際に貧困の場合もある。

その場合も、彼らの理性は、自分が貧困なのは誰かが、自分のものを奪ったからだ、自分は奪われたものを取り返すのだ、と思考する。略奪するための、理由を与えてもらえるのだ。」

「それにしても、なぜ彼らは、中央アジアに帰ろうとするのだろう?」

「あの地域は、彼らの故地であるのが一つだが、その中心であるアラル海が今消滅しかかっているのだ。環境が激変しているのだろう。一方で人口は増えている。食糧生産を増やすために水の利用を進めているが、そのことがアラル海消滅につながっているのだろう。

そして、旧ソ連が崩壊したことで、政治的に不安定になった。もともと、独立する必要もなかったんだが、各共和国が独立したために、かえって民族意識が生まれてきた。トルコ系やモンゴル系、ペルシャ系などと、何世紀もの間共存してきた地域なのに、突如分裂を余儀なくされたのだ。

混乱の極地がアフガニスタンだ。神使者イリヤスは、その混乱に付け入るスキを見つけたのだろう。啓示を受けた、というが初めから、戦いを興すつもりなのだろう。安禄山が今の日本に現れたのも、イリヤスが戦いに利用するつもりで、呼び寄せたのかも知れない。」

「確かに、安禄山は教団に入信するようんい薦められたけど、彼は断っていたよ。しかし、宗教というのは心の平和のためにあるのじゃないのか。何故そんなに争う必要があるのだろう。」

「それは君達が日本で平和に暮らしているから、本当に宗教を必要としていないからだと思う。どんな宗教でも、その宗教を本気で信じる人は、日常生活では解決できない困難をかかえているんだろう。

日本では、心の問題で済むことでも、他国と国境を接して常に狂信的な正義を振りかざされ、それに従わなければ戦うしかない、という状況になれば寛容ではいられない。正義に対決するには別の正義を持ち出すしかなくなるだろう。」

『kの回想』 27

安倍が芦名に尋ねた。
「神使者イリヤスは、啓示を受けたというけれど、啓示を受けたという宗教は、ゾロアスター教や、キリスト教、マニ教、イスラム教と、時代ごとに幾つもある。

それらはどこが違うのだろう。啓示を受けたというのは、本当なのだろうか。」

「彼らの宗教は、神と悪魔、天使や守護霊など共通点が多い。元々同じヴィジョンから生れたのかも知れない。或は、メソポタミアやエジプトの古い宗教の影響かも知れない。

だが、啓示を受けた宗教に共通するのは、彼らが生活する空間には既に別の民族がいて、別の生活をしていた。そこに彼らがやって来て、征服した。つまり、奪い取ったという事だ。だから、戦いが起きたのだろうし、正義が悪を滅ぼすとい倫理的な筋道が必要なのだろう。」

安倍が言った。
「その教団の人々が中央アジアに帰るというのなら、帰ればいいんじゃないのかな。日本人には関係ないんじゃないのかな。」

「でも、その為に多くの日本人が行方不明になっている。」

「その人達も、日本には居たくないのじゃないのかな。」

安禄山が言った、
「元々居たくなかったわけじゃないだろう。教団の教えに従っているだけだろう。」

「でも、自らそれを信じているわけだろう?」

「それを、判断できるかな。多くの人は追い詰められて、教団に救いを求めたのだから。」

「しかし、追い詰められた原因は借金だったり、病気や事故だよね。つまり生活苦とか心の悩みとか、そういうのを宗教で解決するというのはどうなんだろう。」

芦名が言う。
「日本という社会が一つのまとまった社会である為には、そういう追い詰められた人々を助けて共に生きる手段を考える必要があるんじゃないのかな。

追い詰められた人々は、個人的な問題だから、自分には関係ないという風にすると、自分が困ったときにも誰にも相談できない。

そんな冷たい関係が広がると、社会としては衰退していくんじゃないのか?そうなると、人々がバラバラの砂粒の様になって、やがて滅びるだろう。

過去にイスラム教やキリスト教が広まった国は、その時バラバラの社会だったんじゃないのかな。」

安禄山が言う。
「そうだな、日本が戦争に負けた時も、われ先に逃げる軍人がいたらしい。沖縄や満州の話を聞いても、一般市民は軍人に見捨てられた、と思っていたようだ。

ビルマでも司令官だけはさっさと逃げて、部下が置き去りにされたという。しかも、その司令官は逃亡した後、大本営には評価されて陸軍大将にまで出世したそうだ。
そんな状態では、戦争に負けても仕方ないだろう。」

安倍が言った。
「そうだね、同胞を助け合う社会でなければ、生き残ることは出来ない。
僕は、以前フィリピンで二人の元大日本帝国軍人に出会ったことがある。

それは、中部の山の中にある、川上りの観光地だった。その二人は韓国人と台湾人だったんだが、お互いに相手を日本人だと思って懐かしくて声を掛け合ったんだ。

その二人は、欧米の侵略からアジアを守るためには、日本、朝鮮、中国が一つに団結することが必要だと思って戦った、というんだ。戦わなければ、東南アジアの様に植民地にされるから、一つの国として戦うことが必要だったというんだ。」

『kの回想』 28

私は、マスターの話を聞きながら、自分に何が出来るのか考えたが、何も出来る自信はなかった。安禄山はどうするのだろう。彼には何か希望はあるのだろうか。彼の生きた時代では彼も新しい国を作る野望に生きていたのだろうけど。今の時代で何が出来るのか。

「安さんは、これからどうするつもりですか。やはり中央アジアへ帰るのですか。」

「今は、そんな事は考えていない。以前、安史の乱で戦ったのだが、あと一歩のところで、自分の息子に裏切られたからね。

戦うにしても、何の為に戦うのか、やはり戦う大義は必要だろう。結局、ある国を利用して自分の目的を遂げようとしても、その報いが帰ってくる。

今、俺は色々な外国から来た移住民の人達と連絡を取り合っているよ。彼らは自分の国では、迫害を受けたり、両親が貧しくて困っていたり、その苦境から脱する為に日本に来ている人が多いんだ。日本に希望を見出しているんだよ。

もちろん最初は、お金が欲しくてその為に来ているんだけど、日本で生活する内に日本の良さがわかってくることもある。安全で、清潔で秩序がある。彼らの祖国に比べれば平和だということだ。

お金がかかるから、生活は楽ではないし、秩序を守る為に不自由な事も多いけど、それでも,人が人を信頼している。それは、彼らの国では、宗教に入るか、大金持ちにでもならないと得られない事だ。

日本では、私は何々教徒です、とか何々主義ですとか、何らかの団体に所属しなくても、平和で居られる。それは、よいことだと思う。だから、外国から来た人が安心して生活できる、手助けをしていきたいと思っている。仕事を作り出すという事だ。」

「でも、何故芦名も、安さんも、唐の時代に行ったり、唐の時代から来たりそんな不思議な事になるのか。他の時代ではなく、唐の時代でなければならない理由でもあるのか。芦名は何か知っているのか。」

「あの時代、これはジェライルの所で知ったのだが、イスラムが世界を征服しようとしたあの時代、西アジアから中国にかけては、ペルシャ、ソグド、チュルク、唐などの国があり、商業も発展し人口も増えていた。

でも一方ではマニ教などが広まり古い時代の宗教は滅びつつあった。つまり、色々な地域が交流し豊かになった面もあるけれど、一方で人々は伝統的な暮らし方を変えようとしていた。

その変化で成功する者もいれば、没落する者もいて心の拠り所を失う者も大勢いたのだろう。不安だったのだろう。イスラムは、特にペルシャから西側で、そんな不安な人々の心を掴んだ。


でも、唐を中心とする東アジアは、文明の最盛期を迎えていたから、イスラムを必要としなかった。むしろ、イスラムは混乱をもたらしただけだった。東と西では状況が違っていて、その中間がソグド人のいる中央アジアで唐とイスラムの軍事力がそこで拮抗した。そして西トルキスタンはアラブに支配され、東トルキスタンはチュルクや中国の支配下になった。分断されたのだ。

現代もアメリカやヨーロッパの文明と、イスラム文明は争っている。あの地域では、宗教はイスラム教だけど、経済的にはアメリカ、ロシア、中国に依存している。人々の心は不安定になっている。多分、同じような状況があの時代と共鳴したのだろう。」

『kの回想』 29

私達は、またそれぞれの場所に戻っていった。

教団の信者たちは元の家族の所に戻ってくることはなかった。家族達は心配していたが、とにかく生きていることが分かったので気長に帰りを待つことにしたのだ。

安禄山は、移民の仲間と共に多国籍料理の店を始めていた。暫くは平和な時期だった。

そんな時に、芦名から連絡があり、ロクサーヌが気になる情報をインターネットの投稿から見つけたので会いたいという。大阪の方で翔の母親によく似た人がいるというのだ。

自分は唐の長安から逃げてきたと話しているため、病院に入っているそうだ。
私と芦名とロクサーヌの3人で行ってみることにした。

瓢箪山という駅で降りた。奈良と大阪の中間の辺りで、生駒山をはさんで反対の東側には長屋王の墓で有名な平郡古墳群がある。

駅の案内によると、この辺りも古代からの豪族の古墳があるという。かつての渡来系氏族のと思われ、『馬飼いの里』と呼ばれていたそうだ。時代は6~7世紀というから、大陸でチュルク人が大帝国を築いた頃だ。

色々と尋ね歩き、その女性がいるという家を見つけた。まだ体調は戻っていないが、話をすることは出来るという。

3か月ほど前から、度々高熱を発する事があり、1週間ほど昏睡状態が続きやっと意識が戻ったのだが、酷くおびえているそうだ。

その人に会って話を聞くと、まるで以前から私達の事を知っていた様だった。

「あなた達が来てくれるのを待っていました。芦名さん、ロクサーヌさん、私を覚えていますか。以前にサマルカンドの近くであなた達に会い、私は唐に行くと話しました。翔に逢いに行くと話した羽栗ロクサーヌです。」

「では、あの時の方ですか。どうして戻ってきたのですか。翔には逢えたのですか。」
芦名は驚いて訪ねた。

「あれから長安へ行き、日本からの留学生の一行に逢いました。その内の一人で藤原という方と親しくなり、私達は長安で一緒に暮らすようになりました。

そして、生まれた子供を翔と名付け、大切に育てていました。ところが、やがて唐で大乱が起こり皇帝は長安を追われました。そして反乱軍の中でも更に内紛が起き、ひどい混乱状態になりました。

その時です、あのマギと呼ばれていた方が兵を率いて現れました。」

『kの回想』 30

『kの回想』 30

「では、あなたは唐で、あの教団の方と逢ったというのですか?」

「はい、その方は反乱軍をすべて配下において、唐と戦いを始めたのです。その方が、これから戦いが激しくなる、ここにいては危険だから、日本に帰るように、と言われました。そして、翔はその方の兵と共に戦場へ行き、私だけが日本に戻ってきたのです。」

「その戦いは、どうなったのですか。」

「反乱軍は、ウイグル人を味方につけ唐の皇帝を追い詰めていました。最後はどうなるのか分かりませんが、その方の話では唐を支配したのちにサマルカンドに向かうと言われました。戦いは長くなるとも言われました。」

「そうですか、彼らは歴史を変えるつもりなのですね。」

「私は、翔に会いたいのですが、体調が思わしくなく、ここを出ることが出来そうにないのです。」

「分かりました、私達が翔を連れてくるようにします。心配しないで下さい。」

東京に戻って、しばらくするとテレビで緊急ニュースが流れた。
中国の西安を中心として、暴動が起きたのだ。地方の少数民族を中心とした暴動は、それまでも頻発していたが、今回は違っているようだ。多くの中国人が参加している。西安、チベット、ウイグル地区と広がり、四川省や雲南省にも広がっていた。中国では戒厳令が敷かれた。指導者は不明だが、宗教団体のようだとのうわさも流れた。

それから、2か月が経ち、季節は冬となった。中国で起きた暴動は、その後も収まらず、既に内乱状態となっていた。西安から西は、反乱軍の支配下になり、その影響は世界に広がった。中国からの輸出が途絶えた為、主要な工業製品のみならず、レアメタルなどの資源類も不足してきたのだ。世界の貿易は縮小し、同時不況の様相を呈してきた。

「マスター、これは世界平和統一教団が関係しているのでしょうか。」

「うーん、どうだろう。いくら教団でも、こんなに大きな事は出来ないだろう。中国の人々に何か大きな変化があったんじゃないのかな。溜まった不満が爆発したんだろう。でも、いつかはこういう日が来るとは言われていたからな。しかし、指導者は一体何者なんだろう。」

「新聞では、宗教問題が発端と言われていますけど。各地で地方政府の軍隊が反乱を起こしていると言われています。」

アメリカを中心とした世界の各国は北京政府を支持していたが、反乱が収まる気配がないまま年を越えた。

『kの回想』 31

 新年になると、遂に反乱軍は臨時政府の樹立を発表した。西安を首都として新国を
名乗ったのだ。彼らの支配地域は中国の西半分に相当した。2月に新政府側は大攻勢
を行い、中国東北部をも支配するに至った。

 旧政権は、上海に移り南部の沿海地域を支配するにすぎなくなった。
国連は介入をためらっていた。人口が多すぎるため、国連の力でも内乱を抑えることが出来ないのだ。旧政権は、航空兵力による無差別空爆を繰り返したが、新政権の勢いを止めることはできなかった。

 この時点では、それは中国内部の問題と思われていたが、しかし、暴動は国外に拡大した。西隣の中央アジア各国でも暴動が始まった。ロシア政府はこれを座視することは出来なかった。中央アジア各国及び中国旧政権の要請を受け、ロシア軍は西方及び、北方から侵攻を開始した。

 しかし、中国人のエネルギーは凄まじく数百万の大軍が、西方の中央アジアを越えてロシアへと向かった。ロシアの近代的な軍隊もこの人口の圧力には耐えきれず押し戻された。

 それだけでなく、東方や南方の中国人もロシアの介入に反発し、ロシアの介入を招いた旧政権に対し反乱を起こした。国際社会の介入は却って中国人を新政権の元に団結させた。アメリカも海軍を派遣したが、攻撃を控えてしまった。旧政権が台湾への亡命を希望したが、台湾政府はこれを拒絶した。

 中国および中央アジアでは、新政府が誕生した。彼らは、信仰及び思想、言論の自由と、民主的な政府、貧富の格差の是正と、人種・民族差別の撤廃を約束した。
国連もアメリカもこれに反対することは出来なかった。

 10月に中国起きた暴動から約半年で、中国および中央アジアは、その歴史が変わってしまった。中国は中華連邦政府となり、各地区は自治共和国となった。中央アジアもトルキスタン連邦政府となり、5つの自治共和国に変わった。その後中華連邦政府と、トルキスタン連邦政府は将来的に一つの連邦政府となるべく条約を結んだ。

 芦名に連れられて、私とマスターと安さんは、ジェライルと会った。この歴史の急変について説明を受けた。
ジェライルの説明では、教団の神使者イリヤスが700年代の唐で反乱を起こし、中国からカスピ海までの中央アジアを支配した。その為、各時代で変化が連鎖して起きたのだという。

「世界は時空間として認識されるのです。

その時代、時空のある一点で起きたこと変化は、ちょうど地球上の一点で起きた地震が津波の様に世界中に伝播するのと同じで、そのエネルギーが各時代の時空間に伝わって行きます。

700年代に起きた事件のエネルギーが、全ての時代に伝わり、各時空間での現在に変化をもたらしているのです。

今起きている変化は、2000年代の変化だけではありません。1900年代の歴史も。1500年代の歴史も、全て変化しています。」

『kの回想』 32

「そうすると、私達が学んできた歴史はどうなるのですか。今までの歴史が変わると、現在もまた変わってしまうのではないですか。」

ジェライルは、当然の様に答えた。

「そうです。各時代の現在で、新しい歴史が生まれています。そして、やがて新しい歴史の事実が発見されたとして、知らされることになるのです。色々な国のメディアが隠された真実として、発見されたニュースを流すでしょう。

しかし、それはあなた方にとっては既に起こったことを歴史的事実として知らされるだけです。あなた方の個別の人生には変化はありません。過去に既に起こったことですから。」

「今起きているアジアでの変化はこれからどうなるのですか。」

「今の変化は、700年代に起きた変化に対応して、修正されつつある結果です。イリヤスが700年代の人々の意識を変化させ、彼らの望む世界を創りだしたとすれば、それは、彼らがその時代の人々の意識に訴え、それが支持されたからです。

その後の歴史の変化も全て、人々の意識の反映として歴史的な現在が形成されています。それは、例えばある人が一念発起して肉体の改造を行うためにトレーニングを積んだならば、やがて彼の肉体は全くの別人のようになってしまう、そのような変化が起きているのです。」

「では、今起きている変化は人々が望んだ結果なのですか。」

「そうです。歴史はいつも人々の望んだ結果でしかないのです。」

「でも、どうして2001年の現在を変えるのに、イリヤスはあの時代を選んだのでしょうか。」

ジェライルは、やはり当然だと言わんばかりに答えた。

「全ての時代は、同時に存在して居ます。すべての時空間は繋がっているのです。ある一点に変化を加えると、全ての時空間が影響を受けます。唯、その影響のエネルギーに大小があるだけです。

例えば、あなたがコップを落としたとします、その影響を受けるのはあなた自身と、あなたの周辺にいるごく少数の人だけです。しかし、ニューヨークで核爆発が起こるとすると、その影響は地球全体に及びます。

同じ様に700年代の唐はその時代の一つの中心であり、もう一つの中心はイスラムでした。その2つが出会う場所が中央アジア、トルキスタンでした。そこで起きた大きな変化は、その時代の全ての地域に影響を与える程大きなものです。

つまり、時空間を揺るがす大きな地点だという事です。その前の時代でも、その後の時代でもなく、彼らにとってはその時代こそが肝心な時代だったのです。」

『kの回想』 33

「この変化を、戻すことは出来るのでしょうか。」

「歴史を変えることは可能です。この世界には、始まりもなければ、終わりもない。時空間は初めから存在し、過去にも未来にも存在して居ます。ただあなた方の意識がそれを変えるだけです。

あなたは何を変えたいと思っているのですか。その意識の強さ、意志の強さがすべてを決めます。」

「あなたが見た現在は、一つの姿に過ぎないのです。夢と同じです。あなたの意識は何処へでも行くことが出来るし、何をどのように変えるのかもあなたの自由なのです。

しかし、それには強い意志が必要で、何をどのように変えたいのか、それが問題なのです。あなたは、イリヤスを越える意志を持てますか、目的がありますか。」

「もう一つ聞きたいのですが、イリヤスはあなたから、啓示を受けたのですか。」

ジェライルは、少し目に力を入れて答えた。

「私は、イリヤスに会ったのかも知れないし、会ってないのかも知れません。
或は、私の祖先があったのかも知れません。私達は、宇宙を旅しています。私一人ではない、私の祖先もそうです。私達は、あなた方が、植物を育てる様に人類を育てているのです。新しく優秀な人類を生み出し、それがどの様な花を咲かせるのか。それを見て楽しんでいるのです。」


 高速道路の下の側道に沿って、地下鉄の駅を過ぎて、左手に歩くと、古びた喫茶店があった。貿易風という名の看板があり、木製のドアを開けると、薄暗い照明は少しオレンジがかっていた。

 入り口近くには大きな木のテーブルがあり、その周りを囲むように同じく木製の長椅子があった。奥まったところにはカウンターがあり、穴倉のようなその店の、壁際には、雑然と漫画や雑誌が積み重ねられていた。

 その頃、バイト先で知り合った友人とよく、オムライスを食べた。客はあまりなく、静かな店だった。就職できるのかどうかも分からず、勉強もあまりせず、バイトと遊びの日々を送っていた。白髪の少し混じった店主は、無愛想でいつもクラッシックの曲が流れていた。

壁にかかった絵を見て、私は尋ねた。

「これは、船の絵ですか。」

「ええ、そうです。宇宙船なんです。」

「宇宙船?」

「ええ、宇宙を旅するのが趣味なんです。」

店主は、そう言った。

                 ―――― 了 ――――
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