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ロクサーヌ (その1)

 今は西暦722年、唐歴では開元10年。私はロクサーヌ、705年生まれの17才だ。私の生まれたサマルカンドは大きく立派な都だった。半世紀以上に渡ってアラブの攻撃を受け住民も虐殺されてきたが、それでも誇りを失わず今も戦っている。しかし、それも最後かもしれない。ホラサーン地方の新しいアラブ人総督アル・ハラシーは苛烈な圧政で知られている。サマルカンドの王様も逃げ出してしまった。私たちはペンジケントの領主デワシュティチ様に従いフェルガナに逃げるところだ。私たち14000人はホージェントで虐殺され、さらにムグ山のアバルガル城で降伏したにもかかわらず約束を破られ残った100家族も殺された。このことが世に知られたのは1932年にムグ山から当時の古文書が発見されたからだ。私にはこの未来の破滅が分かっている。問題は、今この危機を私がどう切り抜け生き延びるかだ。
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ロクサーヌ (その2)

 私である私の意識とロクサーヌである私の意識の同調レベルはまだ60%だ。私がロクサーヌであるのは確かなのだが、時々別の私になってしまう。子供のころの私は、日本にいた。あれは、小学校のころジャングルジムで遊んでいて掴んだはずの鉄の棒が急に折れてしまい私は地面に落下して気を失った。暫くして気が付いた私は友達に抱えられながら教室に戻った。そこから記憶は途切れ次に気が付いた時には校庭を走っていた。体育の授業になっていて、自分では記憶がないのだが走っているのだった。また気を失い次は地面にしゃがんで先生の話を聞いていた。他の子ともおしゃべりをしているのだが、その自分を見ているもうひとりの自分がいる。どちらが本当の自分なのか、不思議な気がした。その日は意識が戻ったり遠くへ消えたりを繰り返し、まるで海の波にゆられているような気分だった。
 それから暫くしたある日、私は夢を見た。夢の中で私は、体が空へ浮かんで行きそして高く木の上まで飛んでやがて一気に落下する。初めのうちは落下するところで目が覚めるのだが、何度も同じ夢を見るうちに屋根の上すれすれを何とか切り抜けて無事に着地できるようになった。それからその夢は見なくなった。中学生から高校生になったある日また夢を見た。大きな川のそばで白い衣をきた老人が巨大な船に乗る夢。その人に呼ばれて船の中に乗るのだが、中に入るとドアがありそのドアを開けるといきなり宇宙に出てしまう。そこから地球を見下ろすと、地球のすべての時代が見えてしまう。同時にいくつもの時代があり、好きな時代の好きな場所へ行けるというのだ。そして私は西暦705年にロクサーヌとしてサマルカンドに生まれた。

ロクサーヌ (その3)

 私ロクサーヌには親がいない。正確には親に捨てられた。いや、もっと正確には親に売られた。奴隷売買契約書というやつだ。親はサマルカンドで比較的裕福な商人だった。シルクを取引して、中国やローマにも行ったことがある。私も子供のころにはローマのコンスタンチノープルにも行った。とてもきれいな街で、見たことのない絵や宝石や彫刻、それに教会も素敵だった。何といっても食べ物がおいしかった。甘いジェラートに果物。あの頃は幸せだった。けれど、12歳のころに突然、父は商売をやめてしまった。その頃アラビア人たちの兵士がやってきて街は火で焼かれ市民はみな殺された。私の友達のジュナも目の前で殺された。ショックだった。頭を割られ血が噴き出し、ジュナのお姉さんが駆け寄って泣き叫びながら包帯を巻いていた。その時私は何才だったのか?多分9歳くらいだ。それ以後私に友達はいない。父は暫くイスラム教徒に従いながら商売を続けようとしていたようだが、結局うまくいかなかった。
私は奴隷として中国から来た商人に売られた。そして今は、このサマルカンドを出ていこうとしている。私の中国名は康碌山だ。女の子なのに、男の名前になった。そうしなければ危ないからだ。男としてキャラバン隊の手伝いをしている。今はラクダのポーが唯一の友達だ。こうやって夜の間はポーに寄りかかって月を見ている。静かな夜、昔を思い出すこともあるが、頭の中でもう一人の私がうるさくせかす。ここにいると、殺されてしまう、東へ中国へ逃げなければならないとせかすのだ。何もない砂漠をみていると、心が落ち着く。ここにうずくまって、そうして一生じっとしていたい、そんな気持ちになるのだ。

ロクサーヌ (その4)

 朝が来た。私たちのキャラバンは東に向けて出発した。ラクダ3頭とロバが5頭。あと私たち人間が20人。小さなキャラバンだ。以前なら安全のためにもっと大きなキャラバン隊を組んでいたはずだ。でも今は、目立ってはいけない。アラブ人に襲われるからだ。ここから敦煌を目指すのだが普通ならザラフシャン川に沿ってまずフェルガナへ行く。しかし、頭の中の私が言う、その道を通るなと。私はご主人を説得して北東のタシケントへ向かう。そこからセミレチエにあるソグド人植民都市に行く方が安全だと。
タシケントでロバを馬に交換する。北方の草原の道では馬のほうが良いのだ。ラクダのポーともお別れだ。もう私には、サマルカンドの思い出は何もない。新しい人間として出発するのだ。名前も康国(サマルカンドのことを中国ではこう呼んでいた)出身の碌山として生きる。女ではなく男として。
 ところで、なぜ私は生きるのだろう。見知らぬ国へ行って何がしたいのだろう。ただ今を生き延びるため?死にたくはない、怖いから。殺されるのも嫌だ、自分の生死を他人に決められたくない。もっと言えば自由に生きたい。今はそれができないし、自由になって何をしたいのかもよくはわからない。けれど、今はわからないが、いつか分かるかもしれないし、とにかく他人の思い通りにされるのは嫌だ。そのために、今は耐える。敦煌を目指して歩いてゆく。

ロクサーヌ (その5)

 敦煌に着くと役人から改めて通行証を確認された。唐では住民はすべて戸籍によって管理されていた。私たちソグド人も唐風の名前で管理されるのだ。旅館で休むことができた。久々にベッドで眠ることができると思うと、一気に旅の疲れが出てきた。食事のあと部屋で眠りについた。
私ロクサーヌが眠っていると夢の中でもう一人の私が起きてくる。私の見る夢は時々現実よりもはっきりしている。とてもリアルなのだ。その日の夢で私は探し物をしていた。初め大きなカバンを持っていて、その中にはお金が硬貨もあれば紙幣もあってギッシリつまったカバンは重く膨らんでいた。ところが途中で柄杓のようになってお金は水となり零れ落ちてしまう。慌てて私は来た道を戻りカバンを探すのだ。通りを左に折れたところにゴミ置き場がありその中を探した。すると古びた緑色のカバンが目に留まり、「それだ!このカバンだ!」と私は確信した。カバンはボロボロで触ると壊れてしまいそうだった。中には私のIDカードがあった。そしてお金がたくさん詰まっていた。ふと通りを振り返ると朝日がまぶしく光りすべてが金色に照らされていた。カバンの中から新聞が出てきた、日付を見ると西暦2140年だった。夢の中で私は、はるか未来に行っていた。

ロクサーヌ (その6)

 翌日の朝、私たちは宿を出て表通りを歩いていた。敦煌の街は高い塔が多い。街並みを見ながらゆっくり進んだ。左に折れたところでご主人が何かに気づいたように足を止めた。ゆっくり前に進むとゴミ置き場のようなところに古びた緑色のカバンがあった。ご主人が「何だろうこれは?」といった。私は思わず「それだ!このカバンだ!」と叫んでいた。古いカバンは夢と同じようにボロボロで、中には私のものと思われるIDカードがあった。そしてお金がたくさん詰まっていた。私は驚いて振り返った。金色の朝日が眩しく、すべてが光り輝いて見えた。
。カバンの中の新聞を見た、2140年だった。一瞬のうちに私は悟った。夢ではない、現実だと。私たちは2140年の世界にいるのだと。呆然としていると、役人が来て、私を捕まえた。「離して!わたしをどうするの?!」私は収容所に連行された。収容所の面会室で、私はご主人に訴えた。なぜ私が捕まるのか、理解できなかった。ご主人の話では、どうやら私はテロリストだと思われているらしい。理由はわからない、だが私は通行証を偽造していたし、女なのに男のふりをしていた。だからなのか?そもそも私の通行証は古い時代のもだった。カバンの中のIDカードを確かめてくれるようにご主人に頼んでみた。

ロクサーヌ (その7)

 収容所は大きなタワービルになっていて、私は地下室に入れられていた。一つの部屋に5人一部屋だった。他にもっと大部屋もあるらしくここでは待遇の良い部屋だった。このタワーだけで1万人近く収容されている。ここで聞いたところでは、この国にIDカードなどはない、生まれた時からチップやカプセルのようなものを体に埋められるという。それによって、その人の全人生が管理される。ゆりかごから墓場までだ。この国にはお金がない、マネーのない社会だ。すべてはチップによて記録されるのだ。そしてそのチップはその人の思想も管理する。脳波が直接電子情報として記録され解析される。感情も思考も会話もすべての脳波は解析されている。ここでは能力に応じて労働し必要に応じて消費する。しかし、その能力もその必要とするところも決定権は個人にはない。すべては体に埋められたチップやカプセルから得られた電子情報をもとに国家人民党というこの国の政府党組織が決定している。私もここでチップとカプセルを埋め込まれた。そして、脳波を分析された。だがその結果私に対するテロリストの疑いは晴れたようだ。ただ、私の脳波は普通と違っていたようでしばらく精神病棟に移された。どうやらいつも夢を見ているような脳波の形らしい。
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歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

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