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ロクサーヌ (その18)

 私kはその夜夢を見た。暗い夜に、高いビルの間に渡された1枚の板の上を歩く。そして向こう側のビルに渡ると、そこは道路になっている。上を見上げるとビルの間から青白い月が光っている。星はなく、物音もしない、誰もいない夜。これは前にも見た夢だ、この後乗っていた車が凍り付き、道路に横たわると体も凍り付いてしまう。確かそんな夢だったはずだ。しかし、今日は違っていた。夜空の上に2つのUFOのような円盤が現れた。いかにも古臭いUFOだが、まるで小鳥のようにダンスを始めた。なんだか見ていて可笑しくなった。その後は急に明るくなり、ビルの間にある電車のターミナルにいる場面に変わった。電車に乗って東へ走ると、視界が開け海が見えてきた。キラキラと輝く海。そこへ行こうとするのだが、到着する前に目が覚めた。朝起きると、心に力が戻っていた。私は、ある決意をしてロクサーヌへメッセージを送ることにした。
 「ロクサーヌへ。僕はk、君とはまだ会ったことはない。君が起きている間、僕は夢を見ている。僕が起きている間は、君が夢の中にいる。だから、直接話すことはなかった。だけど、君の不安は僕も感じている。あるいは、僕の心の不安が君をそうさせているのだろう。現実と、夢の間をさまよって何が現実で、何が夢なのかわからくなり、何が正しくて何が間違いなのか疑心暗鬼になってしまう。でも、僕は理解した。夢でも現実でも構わない、何が正しくて何が間違っているのか、それは問題ではない。僕たちが見ている現実というのも、また一つの夢に過ぎないのだ。だから、大事なのは楽しく変えてしまうことだ。円盤がダンスを踊るという夢をみて心が楽しくなった、この先は楽しくなれるという暗示だと確信する。大事なのは決意だ。今見ている夢を、楽しく変えるために動いてみることにした。緑色のカバンがあるはずだ、それを見てほしい。このメッセージが君に伝わることを願っている。」
 kはプログラムのコードを少しだけ書き変えて、その中にメッセージを忍ばせた。

ロクサーヌ (その19)

 ロクサーヌは朝目覚めると、緑色のカバンを開け中からメッセージと古びた地図を取り出した。それから、紫色の宝石のついたブレスレットを見つけると左手に付けてみた。その後自分の部屋を出て、ご主人の部屋をそっと訪ねた。「ご主人様相談があります」「朝からどうしたんだ、ロクサーヌ?」「私は、迷っていました。丁仙芝に従うべきか、それとも私の仲間だというヒトミたちに従うのか。でも、決心がつきました。私は、自由に自分の意思に従って生きたいと思います。その為に、この敦煌を出て長安へ行きたいと思っています」「それで、私に一緒に来てほしいのかい?」「ええ、はい、勝手なお願いですけど・・・。お願いできませんか?」「わかったよ、私もここは余り居心地が良いとは思っていなかった。私は、自由に旅をしていたいと思っていたからね。他の者たちにも聞いてみるさ」暫くして、ご主人様と5人の従者が現れた。ミトラ、バルナ、ナースティヤ、それに翔と喜娘の5人だ。ミトラ、バルナ、ナースティヤの3人はソグディアナの出身だった。翔と喜娘は日本人の子孫だった。残りの者たちはこの敦煌に残留することを希望した。朝のうちに7人は出発した。タワーにあるリングに向かい、そこから長安行きの長距離列車に乗る。敦煌は砂漠の軍事都市のため内部はコミューターで移動できるが、外部の都市とは隔離されていた。この長距離列車以外での移動は禁止されており、許可なくしては移動できないのだ。ロクサーヌ以外の6人は敦煌での許可証を持っていたのだが、ロクサーヌは外部への移動を禁じられていた。ロクサーヌの腕輪は、チップの信号を狂わせ追跡を防ぐためのものだった。

ロクサーヌ (その20)

 長安までは南にくだりチーリェン山脈沿いのルートを通る。チーリェン山脈は標高4000mを超える山々が連なり万年雪がとても美しい。列車の車窓を眺めながらミトラが不満そうに言った。「敦煌ではコミューターで快適だったのに、どうしてこんな古びた列車なんだろう。まるで別世界だよ」ナースティヤが答えて言った。「別世界なのよ、この新聞を見て長安ではチュルクの反乱がおきているらしいわ。見てこの写真、酷い暴動になっているのよ。敦煌は安全で静かだったけど。チーリェン山脈の南にある青海湖もチベット族に占領されたと書いてあるわ」
 しばらくウトウトしているうちに車内アナウンスが流れた。「長安まであと10分で到着します」「長安では反乱軍による略奪が起きています。この列車は長安に到着後は車庫に入ります。十分ご注意下さい」ミトラがまた言った。「こんな所に来てしまってどうするんですか?」ご主人がたしなめるように言った。「こんな時のためにお前がいるんだろう。お前の役目は戦うことなんだから、お前とバルナが先頭に立つのだ」ミトラとバルナは、ソグディアナに居た頃はチャルカと呼ばれる武人の子孫だった。長安に列車が着くと、駅は群衆たちで混乱していた。中には太鼓や金物を鳴らし旗を立てて踊っている人たちもいた。余りの騒々しさで声も聞き取れないくらいだった。ご主人は「ひとまず、街へ出て様子を見よう。ミトラは先頭にたち、バルナは後ろを見てくれ。皆、絶対に離れるんじゃないぞ」元々キャラバン商人だったので、このような非常時はむしろ慣れっこで、ご主人も生き生きとしているようだった。ミトラもバルナもいつの間にか懐に刀を忍ばせていた。

ロクサーヌ (その21)

 駅の外には道路を埋めつくすかのように人々が倒れていた。うめき声と、助けを求める声と、そして泣き声が響きあい私たちは圧倒された。ミトラがまた言う「こいつは、酷すぎる。アラブ人の方がよっぽど増しじゃないのか?!」その言葉で私はソグディアナを思い出した。「同じよ!サマルカンドでも何度も同じことがあった。アラブ人は、倒れた人たちを最後は火を放って焼き殺していったわ。」「そうだったな。済まない、ロクサーヌ。お前は、そんな目にあってきたんだったな」ミトラが済まなそうに謝った。ご主人様の命令で偵察に出ていた翔が戻ってきた。「ご主人様、反乱の首謀者は安禄山というそうです。名前からしてソグド人と思われますが、チュルク人を率いているそうです」ご主人が尋ねる「お前は、誰からその情報を得たんだ?」「日本から来たというお坊さんです。あの角を曲がったところで座り込んでいたんです。」「その坊さんに会えるか?」「はい、近くのホテルに行くといっていましたので、案内します」通りの角を曲がると、正面に大きなホテルがあった。入口の前には武器を持った兵士が数名立っている。よく見ると、あちこちのビルや店の入り口に兵士が立っている。私は翔に尋ねた。「あの兵士たちは、政府の軍隊なの?それとも反乱軍なの?」翔が答えた。「いや、どちらでもない、あれは金で雇われた私兵だ。それぞれのビルやホテルに雇われているんだ」「お金って、この国ではお金は無くなったんじゃないの?」「それが、ここ長安ではお金が使われているんだ。それも政府のお金ではなく、外国のコインや金貨、宝石などだ。ここでは政府機能が崩壊しているんだ」翔のもたらした情報は、全く予想外だった。そもそも、長安に来たのは政府の監視を逃れて自由に生きるためだった。しかし、ここでは国が崩壊してしまっている。確かに自由なのかもしれないが、決して安全ではない。しかも、お金が必要となるとは、まるでいきなり時代を遡ったような気がした。

ロクサーヌ (その22)

 私たちがホテルに入ろうとしたとき、突然兵士が遮った。銃を突き付けられ、何か早口でまくし立てている。慌てて両手を頭の後ろに組んだ。彼らは許可証を見せろと言っているようだ。何の許可証なのか、そんなものを持っているはずもない。翔が私に、緑色のカバンからコインを出すように言った。それを兵士に渡して、ようやく私たちはホテルに入ることができた。ここではお金が必要なのだ。ホテルのラウンジで日本人のお坊さんに話を聞くことができた。彼は日本国の政府からの派遣で、長安で学問を収めるはずだった。しかし、来てみれば、長安は治安が乱れとても学問をする環境ではなくなっていた。そこで、敦煌へ行くつもりだったが、列車も動かなくなり途方に暮れているところだった。ホテルの中は、静かで人々も落ち着いている。外では、騒乱が起きているのだがまるで、違う世界のようである。ゆったりしたソファーに腰を掛け紅茶を飲む。窓の外にタワーがそびえたち最上部には雲がゆっくりとたなびいている。壁面は夕日のオレンジ色を反射してキラキラと金色に輝いている。しかし、そのタワーはすでに廃墟になっているという。かつての文明の残影に過ぎないのだ。チュルク人たちはそのタワーを使う術を知らず、放棄されたのだった。そんな説明を聞きながら窓の外を見ていると、一瞬ヒトミの姿が見えた気がした。そんなはずはない、と思いながら紅茶に口を付けた。そして私はまた意識が離れていくのを感じた。どうしようもないのだ、周囲の声が遠くなり、自分の中に深く入り込んでゆく。戻ろうとしても、自分では戻ることができない。深い海の底にゆっくりと沈んでいく感覚。それはまた妙に心地よくもあるのだ。私は黙ってその感覚に身を任せていた。すると、声が聞こえてくる。遠い過去からか、それとも遠い未来の記憶なのか。気が付くと私は、廃墟となったタワーの中にいた。

ロクサーヌ (その23)

 タワーの中は吹き抜けになっていて私は下を見下ろした。はるか下のその先は暗くなっていて見えなかった。そこへ女性の姿が見えて、ゆっくりと滑るように近づいて来る。金髪の長い髪はふわりと揺れているように見えとても穏やかな様子である。彼女は「ロクサーヌ、あなたに伝えたいことがあります。私の名前はペーシュウォーダ『先に創られたもの』と呼ばれています。私たちの文明は1億年の間繁栄と衰退を繰り返しました。そして最後の繁栄が続いて5万年が過ぎたころ私たちの文明は、星々の間を自由に行き来できるようになり、『新しい宇宙』を手に入れた、と思いました。エネルギーは無限にあり、宇宙の謎をほぼ解明できたと思ってしまったのです。しかし、それは誤りでした。私たちの宇宙は急速に縮小し、太陽のエネルギーも失われました。全てが凍り付いてしまい、やがて暗黒に飲み込まれてしまいました。私たちは宇宙船に乗って滅びゆく惑星から遠く離れることにしました。なぜ私たちの文明が滅びたのか、今は少しわかります。宇宙の謎は外にではなく私たちの内にあるのです。『小さな私』と『大きな私』があり、そのことを知るべきでした。けれど、私たちはもうすぐ無限の自由を手にすることができると思い、益々『小さな私』を増やしてしまった。その『小さな私』が暗黒を引き寄せていたのです。小さくなった私たちの宇宙は見る間に暗黒に飲み込まれてしまった。私たちの惑星は、銀河集団の集まりであるスローン・グレートウォールの一端にありました。ここから見ればちょうど対角線上になりその距離は10億光年です。そこから先は暗黒の宇宙です。私たちは長い旅の果てに既に滅び去り、今ここにいるのは『こころ』だけ、光によって運ばれた幻影にすぎません。しかし、大事なのは『こころ』なのです。ロクサーヌ、意識を自分の内部に向けてください。『こころ』は誰にもありますが、私を見ることのできるものは限られています。もしあなたが私を見ることができるのなら、自分の『こころ』をよく見て観察してください。そうすれば、この破滅をもたらす暗黒の正体を見ることもできるでしょう。」そう言い終えるとペーシュウォーダの幻は消え、気づくと私はホテルの部屋の中にいるのだった。

ロクサーヌ(その24)

 このホテルに来てからもう2週間になるが、事態は一向に収まる気配がなかった。安禄山は新しい国を建てその皇帝を宣言していたが、一方では前の政府も西に避難しながら反攻の機会を伺っている。各地で漢人たちの義勇兵も立ち上がり争いは続いていた。「お坊さんはこれからどうされるお考えですか?」ご主人様が尋ねた。「私は日本へ帰ろうと思います。ここでは学問は出来そうもありません。」「日本はどんな国なのですか、噂では東の海の向こうで、まだ新しい国だと聞いていますが。」「私たちは、いつからかは分かりませんが、はるか昔から日本に住んでいました。ただ、国の名前を『日本』としたのはここ何十年かのことです。日本は静かで美しい国です、こことは全く違います。」「その日本へは、どうやって帰るおつもりなのですか?」「揚州まで運河を下り、揚州から日本行きの船に乗り換えて帰ろうと思っています。」「揚州まで行く船はあるのですか?」「このホテルで聞いたところ、コインさえ渡せば船を出してくれるそうです。もっとも肝心のコインが不足していますが。」私たちは、また迷った。ここにいても埒が明かないのは分かっている。だが、一度日本へ向かえば二度とサマルカンドには帰れないかもしれない。向かう途中で嵐に会い船ごと海に沈んでしまうかもしれない。砂漠の嵐には慣れているが、東の海は全く想像がつかないのだ。しかし、皆の意見を聞いてみると、ミトラは新しい冒険に乗り気だった。バルナはいつも静かなのだが、反対はしなかった。ナースティヤも、彼女は武術が得意で、やはり冒険したいと思っていた。翔(かける)と喜娘(きじょう)は、日本人の血を引いていると言われていたので、できれば行ってみたいと思っていた。私とご主人様だけが不安に思っていたようだ。最後は、ご主人様が決断した。「よし、まずは揚州までのんびり船旅をするとしよう。」私たちは、お坊さんと一緒に日本へ行くことにした。コインは私の緑色のカバンがあるから大丈夫。このカバンがこんな風に役に立つとは、敦煌で見たときには想像もつかない事だった。

ロクサーヌ (その25)

 翌朝、船着き場へ着くと朱い橋がありそのたもとに2匹の白い犬がいた。私たちが橋のたもとにつくと辺りは真っ暗になった。2匹の犬が私の両側に寄り添うように近づいてきた。そして空から声が聞こえた。「この橋を渡る者は2度と元へは戻れない。そして橋を渡っている間は決して振り返ってはいけない」私は一瞬躊躇した。しかし引き返すことはできない。私たちは無言で後ろを振り返らずに、一人ずつ2匹の犬に導かれて朱い橋を渡った。皆が渡り終えると、また明るくなりほっとしながら船に乗った。あの声は皆にも聞こえたのだろうか?誰もが黙っていた。多分それぞれに不安なのだろう。お坊さんだけが悠然と構えているように見えた。お坊さんが言う。「皆さんにも声が聞こえましたかな?」ご主人が尋ねた。「あれは一体何だったのですか?」「あれは仏の教えでは、三途の川と呼ばれ、その川を渡ると死者の国に行くと言われているのです。あの犬たちは、死者の魂を悪鬼から守ってくれているのです。」ミトラが口をはさんだ。「私たちは死者の国へ行くのですか?」「日本へ行くためには、一度死者の国を通らねばなりません。この川が海に尽きるところが揚州でそれまでの間が死者の国です。揚州からは大海を越えてゆくのです。それほど日本は遠い国なんです。でもあの犬たちが守ってくれて無事に橋を渡り終えましたから、もう大丈夫ですよ。」
 いま私たちは、死者の国の川を船に乗ってわたっている。見たところは何の変哲もない、空は青いし白い雲もゆっくり流れている。この空を見ているとサマルカンドの青い空が美しく思い出される。もう随分遠くへ来てしまった。もう2度と戻れないのだなあ。そう思うと、悲しくはないのだがふと涙がこぼれた。随分と色々なことがあった気がする。敦煌でのことも遠く過ぎ去った記憶だ。そして今は奴隷でもなく、ご主人様と5人の従者がいて家族とか仲間とか、友達とかそんな暖かい気持ちになれる。これは、前とは違う私だけの記憶だ。kの記憶が大きかったのだが、今では私とkは別の記憶を生きているような気がする。私は『私』になったのだろうか?これが『小さな私』ということなのだろうか?よくわからなかったが、船の上でゆっくり揺られて、川風に吹かれていると、とても気持ちが良かった。

ロクサーヌ(その26)

  船に乗って10日が経ち、旅も終わりに近づいた。10日の間、私たちはお坊さんから色々な話を聞いた。輪廻転生と解脱、地獄と極楽や閻魔様の話など。退屈な話もあれば興味深いものもあった。死者の霊魂は火葬にされた後、月の世界へ行きやがて雨とともに地上に下り、地中に入って食物となり、男に食べられその体内に入り、精子として母胎に入って再生する。これが輪廻だ。修業を積んで正しい知識を得たものは火葬ののち神の道に入り地上に戻ることはない。これが解脱だ。一般のものは火葬ののち祖先と同じ道をたどり地上に再生する。その際は、人間だけでなく虫や獣になることもある。これが転生だ。簡単に言えばそんな話だったように思うが、良くはわからなかった。喜娘がお坊さんに尋ねた「お釈迦様はどうして解脱を望まれたのでしょうか?」「お釈迦様ははるか遠い昔にある国の王子様としてお生まれになった。その頃その国は争そいの只中に在った。今の長安のように。それでお釈迦様は人々が争いで死んだり病気で苦しむ姿を見て、深く嘆かれたのだ。何とかしてこの苦しみを終わらせたいと思われて、国も家族も捨ててただ一人修業の道に入られた。やがて苦しみの根源は執着にありそれを断つことで輪廻の道を断つ事ができ輪廻がなければ苦しみも終わるとされたのだ。それを解脱といわれたと聞いているが、私にも本当のところはわからない、まだ修業の途中なのだよ。」私は、それを聞いて自分を恥じた。長安で私は、苦しむ人々を見捨てたのだ。静かなホテルで窓の外の人々の苦しむ姿を見ながらお茶を飲んでいたのだ。長安を出るときの私の心の不安、後ろ髪を引かれる様な感じは、此の事だったのかもしれない、と思った。私とは違って、人々の苦しみを正面から見ることのできる人もいたのだ。しかし、私に一体何ができたのだろう?私は無力で、小さな人間なのだ。ただ、以前の私と違うのは自分のことだけではなく人の苦しみも少しだけわかるようになった、ということだ。最後にバルナが尋ねた「ところで、この川は本当に死者の国なのですか?とても平和に感じますが。」「あれは方便だ」「方便とは?」「嘘なのだ。実は、私もこの川を下るのは初めてだ。あの時、あの橋を渡るのは私も怖かった。自分だけ助かって、人々を見捨てていくようで、また初めての川を行くのも不安だったのだ。だから、あれは自分への戒めだ。死出の旅路を行くぐらいの覚悟が必要だったのだ。残るのも地獄、行くのも地獄、どちらにせよ後戻りはしないという覚悟だ。それであんな話を作ったのだ。」バルナはいつも冷静だ、きっと初めから作り話だと思っていたのだろう。バルナは弓の名手で、特に馬上から振り向きざまに弓を射るパルティアンショットを得意としていた。どんな時も冷静に、正確に的を射るのだ。

ロクサーヌ (その27)

  ヒトミは、敦煌でウシュパルクに報告していた。「ロクサーヌを長安で見ました。彼女はあの廃墟となったタワーに一人で歩いて行きました。護衛もなく、たった一人であの騒乱の中を行くというのは、どうしてなのでしょう。しかも、誰も彼女を攻撃せず、彼女を遮る者もいませんでした。彼女が通ると、皆道を開けていたのです。」ウシュパルクはしばらく沈黙していた。やがて、何かに気づいたように口を開いた。「恐らくロクサーヌは、自分の意思を持ち始めているのだろう。」ヒトミが愕いて言う「ロクサーヌはただのプログラムされた自動人形にすぎません!それがどうして意思を持つのでしょうか?プログラムされた自動人形は、ただ他の自動人形の真似をするにすぎず、自分では思考せず、自分では感情も持てない、それが本来の姿だったはずです。彼らの発する言葉は、オウム返しに過ぎない、そのようにプログラムされているのですよねえ。」ウシュパルクが答えた。「確かにお前の言うとおりだ。だが、そもそもごく僅かな確率で、自ら思考し新しい言葉を発するようにしてあるのだ。そうでなければ、進化というものが起きないからだ。その進化のプログラムが発動するのは、その者がある知性の水準に達したときか、もしくはプログラムに何者かが侵入し、異常が発生した時だ。ロクサーヌが急に知性の水準を自ら上げたとは考えにくい。何らかの異常が起きているのだ。」そう言われると、ヒトミには長安の混乱ぶりはやはり異常だと思えた。「長安の状態はとてもひどいものでした。敦煌が自由を制限するのも無理はないと思われます。暴力が支配し、人々はコインだけを頼りに動いています。」ウシュパルクは、考えあぐねていた。原因がわからないままでは、実験を中止することもできない。もし今の状態で中止すれば、何の成果も得られないからだ。だからといって、このままにすることも危険に思えた。ロクサーヌが意思を持つということは、他の自動人形たちも意思を持つ可能性があり、そうなるとこの仮想の地球全体がコントロール不可能な状態になってしまうからだ。
 思考するうちに一つの可能性がウシュパルクの脳裏に浮かんだ。「ロクサーヌはペーシュウォーダを見たのかも知れない。」「ペーシュウォーダとは何ですか?」「私たちより『先に創られたもの』のことだ。彼らの文明は古く、私たちとは違う道を歩んでいた。私たちは彼らよりのちに生まれたのだが、伝説では彼らは星々を支配するほどの文明だったと云う。しかし、暗黒が彼らの文明を滅ぼし、彼らは滅び去ったのちも光となり宇宙を彷徨っていると云う。」「それがどうして、ロクサーヌと会うのでしょうか?」「会ったのではない。あれはヴィジョンなのだから。ヴィジョンを見ることのできる者だけが、あれを見ることができるのだ。ロクサーヌを作ったのはkだ。つまり、kがヴィジョンを見ることができる者なのだろう。」ヒトミはkの暗かった子供の頃を思い出した。
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歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

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