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ロクサーヌ (その38)

 私はヒトミ、研究所で働いて4年になる。私とkは子供の頃からの友人だ。中学に入学した頃のkは、少し変わってはいたけれどバスケット部に入って1年の時からレギュラーを任され、勉強もでき、絵も上手だった。それが少しずつ暗くなり、部活もやめて、一人でいることが多くなった。それでも、完全に孤立しているわけではなく、ただ人と話して笑っている時と、一人で黙っているときの落差がありすぎた。黙っている時のkはまるで別人で、近寄りがたいものがあった。高校に入ってからも、相変わらず部活もせず、一人でいるときが多かった。何を考えているのかわからないというのが大方の印象だった。
 kが変わっているのは、皆と同じ行動をとらないせいだと思う。入学式の写真で、みんな制服を着ているのに一人だけ私服で、女子と間違えられることもあった。でも、ある事件のために皆より1年遅れて大学に入ってからは、かえって明るくなったように思えた。その代わり、真面目だった頃のkの印象は薄くなりいつも遊んでいるようにしか見えなかった。大学も休みがちで、誰か私の知らない人たちと遊んでいるようだった。今思えば、kは不安定だったのだろう。突然現れて、また突然いなくなる、そんな風に変わってしまった。
 今の研究所に入れたのも偶然で、たまたま麻雀で知り合った先輩のツテを頼んだからだ。就職活動もしていなかったようだし、将来の夢も聞いたことがない。それなのに、家の仕事を継がなければならない者や、親と同じレベルの企業で働かなければならない多くの男子から見れば自由でうらやましく思われていたようだ。
 私たちの入った大学では、将来のレールが決まっているものが多かった。そこから外れることは許されず、付き合う友人も当然にそのレベルでなければならなかった。高校の時も先生からは「kは自由でいいなあ」と言われていて、その為大学に進学したこと自体が驚きだった。もっとも、k自身は何の目的もなく、何のレールもなく生きることが「砂漠を歩いているようだ」と言っていた。他の人からは自由に見えていたことが、k自身には意外だったらしい。
 kには、誰か特定の彼女がいたという話を聞かない。私の知る限り3人の女子が告白しているが、結局誰とも付き合ってはいない。3人目は私なのだが、私はある日kと一緒に駅のホームで電車を待っている時に唐突に「結婚しようか」と言ってみた。kは黙っていた。返事に困っていたのだろう、そう思って私は「やっぱりダメかあ」と言ってその話は終わりにした。
この研究所を辞めると聞いて、やっぱり辞めたのだとも思うし、一方でこの先どうするのかが気にもなってしまう。
私はkと付き合ったり結婚したりすることはないのだろうと思う。けれどkの作ったロクサーヌを、私はkの代わりに見守っていきたいと思った。

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ロクサーヌ (その39)

 私kは、錦糸町と亀戸の境にある川のそばの古い木造のアパートを借りた。少し離れたところに借りた駐車場の料金は、アパート代よりも高かった。アパートの薄汚れた階段を昇り2階に上がると、すぐ右手に共同トイレがある。私の部屋は左手斜め向かいの、風呂もシャワーもない6畳一間である。木枠の窓があり、閉めても隙間ができる。無職の私が借りることができたのは、ここがあまりに古すぎて借り手がつかない為だった。私は階段と廊下とトイレの掃除をした。自分が住むところなので、少しはきれいに整えたいと思ったからだ。部屋にパイプベッドと、籐でできた椅子と丸い硝子テーブルのセット、そしてライティングデスクを置いたらもう部屋は一杯になった。電話もテレビもパソコンもないので、外の情報は何もない。昔読んだ本をただ読み返すだけだった。
 その年の夏はとても暑かった。エアコンも扇風機もないので、あまりの暑さに耐えきれずイラついた私は北海道へ行こうと思い立ち車に乗った。8時間ほど休憩も取らずに東北道を走り、青森についたときはもう夜だった。それから、フェリーに乗るために野辺地を目指した。途中夏泊まで来てもう深夜になっていた。疲れたので休もうと思い、駐車場らしきもののある林の中に車を止めた。そこが、どこだったのかもわからないまま私は車の中で眠った。
 翌日、眩しい朝日を浴びて、私は目が覚めた。目の前を見ると、夏泊半島の海が広がっていた。私は嬉しくなり、岩場だらけの海に入った。7月の末だったのだが、海の水はとても冷たく、この時期に海に入る人はいなかった。もう一度車に戻り、あたりを見渡すとバンガローのようなものが幾つもある。多分、国民休暇村とかそのような施設だったのだろう。レストランらしきものを見つけて、中に入り、カレーとアイスコーヒーを頼んだ。食べ終えて、料金を払おうとすると「入りませんよ。」と言われた。不思議に思い理由を尋ねたのだが、ただ「いいんですよ。」と言われるだけだった。
 後で思ったのだが、私はたぶん自殺志願者と思われたのだろう。私には、自殺願望は全くなかったのだが、その無謀な行動は、人から見ればそのように思われても仕方がない。自分では気づいていなかったが、破滅願望はあったのだと思う。私は、お礼を言って店を出た。

ロクサーヌ (その40)

 野辺地のフェリー埠頭を目指して海岸沿いの国道を走る。しかし、フェリーの姿はどこにもなかった。漁港の老人に尋ねると、随分前に廃止され定期航路の船はないという。私は諦めきれずに、下北半島の大間を目指してまた車を走らせた。海岸を北上すると、突き当りに恐山がある。少し寄り道をしてみようと思った。恐山は、唐末に日本から長安へ留学した円仁が開いたと言われている。円仁は、長安で唐末の騒乱を目撃し苦労をして日本に帰ったという。伝承によると、長安にいたときに見た夢のお告げで、東方の霊場を探したどり着いたのがこの恐山だったと云う。恐山は硫黄のにおいが立ち込める火山であるが、一方でそこにある湖は静かで大変美しい。
 恐山から降りて、私は大間に向かった。海岸を右手に見てひたすら走る、すれ違う車も人の姿もなくただ一人だった。しばらくすると、フェリーの泊っている姿が見えた。乗船するが、乗客は他にはいなかった。動き出したフェリーから埠頭を振り返ると、野辺地と書いてあるのが見えた。何かの間違いかと思い乗車券を確認すると、野辺地➡函館となっている。やがて海上は、深い霧が立ち込め何も見えなくなり、私の意識もぼんやりと霧の中に彷徨う感じがした。そして、激しい雨が降り出してきて、私は下を見おろした。私にそっくりな顔をした、首だけの男がこちらを見ていた。たたきつける雨が、大きく見開いた男の目から、小さな滝のように流れ落ちていた。その男と目があった瞬間に、私の精神とその男の記憶が重なり、私はここで起きたことの全てを了解したと思った。私は、今は死んでしまったこの男だったのだ。かつて、どこかの世界で私は、雨の中で人を殺してしまったのだろう。そしてこの男は、かつて犯した私の罪のためここで死んだのかもしれない。あるいは、明日どこかの世界で私がこの男の罪のために死ぬのかもしれない。
  私は、再び野辺地の埠頭にいた。みると1隻の木造の帆船から5人の男たちが下りてくる。 お坊さんと、ペルシャの神官2人と、犯罪人の仲間2人である。唐からこの帆船で日本へ向かったのだが、途中嵐に会い、この港に流れ着いたのだという。他の者たちはおらず、たどり着いたのは5人だけだった。
 犯罪人たちは私を見ると駆け寄ってきて「お前、生きていたんだな」という。私を死んだ仲間と思っているようである。お坊さんに恐山の霊場があることを話すと、お坊さんとペルシャの神官の3人はそこへ行きたいという。3人を恐山へ送り、行く当てのない犯罪人2人は私の車に残った。
 私は2人を連れて東京へ向かった。この者たちと、私にどんな繋がりがあるのかはわからない。しかし、別の世界では兄弟だったのかも知れないし、友人だったのかも知れない。今は、それもどうでもよいと思える。遥かな未来で、遠い惑星で、かつてすれ違っただけかもしれないが、今ここでこの世界で出会ったということは、この者たちと私の精神が触れ合い共鳴しあう何かがあったのだろう。そうでなければ100億の人間の中でどうして出会うことができるだろう。そう思って、お互い見知らぬ国から来た私たちは同じ車で帰ることにした。

ロクサーヌ (その41)

 私ロクサーヌは、鐘崎をあとにして大阪へ向かった。私たちは新しくできた鉄道で行くことにした。日本の鉄道は大陸とは違って、狭い山あいや私たちの目には峡谷のように見える隙間を縫ってゆく。時折民家のすぐ近くも通り、また右手には瀬戸内の海に島々が浮かぶ様子も見え、絵葉書のようにも思えた。一方で大陸の風景になれた目からは、目まぐるしく変化するその様子は早回しの映画を見ているようでもある。
 そうして広島の街を過ぎたときに、後方に空一杯に広がる大きな光が走った。そのあとすぐに雲が湧きたち、火山の噴火のように思えた。やがて、空は黒い雲に覆われ雨が降り出した。私たちは、そこから遠ざかってゆくのだが、人々の顔には驚きと悲しみと恐れが見て取れた。何が起こったのかは、まだわからなかった。しかし、岡山を過ぎたころにはそれが大きな爆弾だったと、人々が話していた。
 悲劇はまだ続いていた。神戸につくと一面の焼け野原であった。列車は停止したまま動かなくなった。私たちは、街に出て焼け出された人々の間を歩いて、北野の山へと昇った。少し平らになった山道で休むと、下に神戸の街が広がって見えた。真っ黒に焼け焦げた家並みの内側に赤く燃える火が炭の熾火のように見えた。そして、地獄とはこのようなものかとも思える街並みの、その向こうに広がる港の海の青と、空の青と雲の白が、なぜか悲しいことに美しいのだ。
 翌日、私たちは神戸から歩いて大阪に入った。若者が夢を語っていた、明治の日本はあっけなく滅んでいた。勿論、初めから攘夷を目的として維新を起こし、新しい国づくりをしたのだからいつかは負け戦で滅んでも仕方のないことではあるが。あまりに悲惨に思えた。
しかし、大阪で人々は既に新しい希望を語り始めていた。今度は、アメリカと民主主義と自由である。騒々しく、新しい音楽が鳴り響き、初めはガムとチョコレートを、次にはクリスマスとリンゴとケーキを欲しがる人々でにぎわっていた。
焼け跡から芽吹く新芽のように、人々は夢を語り、絶望から希望、悲しみから喜び、死から誕生へと永劫回帰を繰り返す。それは、素晴らしいことではあるのだが、私は少し疲れてしまった。今では、敦煌の静けさが懐かしかった。

 ロクサーヌ (その42)

 私は、グルグルした頭を抱えたまま何も言葉が出ず、歩いていた。多分みんなも同じだったのだろう。そう思っていたら、突然に私は走り出した。体が勝手に動いてどんどん走り出す。皆も続いて、私たちは7人で大阪の通りを走り抜け、走って走って止まらない。そのうち、ご主人様がついに脱落した。翔と喜娘が、戻ってご主人様に付き添った。私と、ミトラとバルナとナースティヤの4人はどこまでも走り続けた。そして、奈良の生駒山を走りすぎたところで、見渡す限りのとうもろこし畑が広がって、4人でその中へ飛び込んだ。
 ひっくり返って空を見上げ、その空ともう一つ向こうの空とを睨みつけた。ひっくり返ったまま、ただ息だけをして、ゆっくり流れる白い雲をじっと見ていた。どのくらい時間がたったのか、いつの間にか頭は空っぽになっていた。翔と喜娘とご主人様がやってきた。翔が近くの村人から聞いた話では、ずっと、ずうっと東の大きな山を越えたところに、もう一つの日本があると云う。お坊さんから聞いていた話では、日本の中心は奈良だったが、それとは別の日本があると云う。こちらの日本は海の国だが、向こう側の日本は山の国だと云う。その夜私たちは、村人の家に泊めてもらった。
 村人が言うには、日本は真ん中に大きな山脈がいくつもあり、東と西に分かれていて、昔から交流も少なく言葉も風習も違っているのだという。その中でも一番大きな山が富士山で神様の山なのだという。そこを超えるのは大変困難で、越えた先がもう一つの日本になるのだという。
 翌朝、元気になった私たちは、その山を越えてみようと村人の家を出発した。
列車に乗って、左手に山々を見て右手には海が続いていた。単調な列車の旅ではあったが、お陰で休むことができた。
 明け方4時ごろに清水の港で列車は止まり、荷物を積みかえていた。その時に、列車を降りて外を歩いてみた。すると、目の前に真っ黒い巨大な山が見えた。その山は、海の中から屹立し視界というスクリーンの画面いっぱいに大きく広がり、上を見ても、右を見ても、左を見ても全部が山で一度に見切ることはできないほどだった。山の下の方から少し白地んだ空は、上に行くに連れ濃いインク色のグラデーションになり、星がまだ瞬いていた。
このような山は初めて見たと思った。

ロクサーヌ (その43)

  私たちの乗った列車は、海から山へ、また海へと向かい熱海、湯河原、小田原を過ぎてゆく。いつの間にか眠ってしまった私たちは、終点のトーキョーに着いた。大きなタワービルに隣接したターミナルは一見すると敦煌にそっくりだった。ターミナルは静かで人の気配もなかった。そして、タワーの上階の展望室から街並みを見ようとエレベーターに乗り込んだ。エレベーターは自動で動き出し、私たちは36階で降りるようにアナウンスが流れた。降りると、そこは入国管理局となっていて、自動で通路が開き検査室に通された。検査室では、一人ずつゲートをくぐりその先はそれぞれ別々のカプセルに入る。この間すべてが自動的に進み誰も人を見ることもなくアナウンスに従うだけだった。そして、カプセルの中で私たちはそれと気づく間もなく眠っていた。

 ロクサーヌは研究所の一室で椅子に座っていた。「7名の回収が完了しました。」アナウンスが流れた。「ウシュパルク教授、ロクサーヌが来ましたね。」そう言ったのは丁仙芝だった。「そうだ、彼ら7名は、とうとう向こうの世界から来てしまった。」ウシュパルクが答えて言った。

「連邦本部からの指令では、研究所の閉鎖までの猶予は3か月と決定されました。もしそれまでに、問題を解決できない場合は我々を含めて全てがシャットダウンされる可能性があります。」

「しかし、連邦本部はシャットダウンの際に起こる混乱を回避できると思っているのだろうか。」

「教授、計画では来月から順次バックアップされる予定です。既にヨーロッパではそのための準備が始まっているようです。」

「それでは、新型の量子コンピューターがドイツで開発に成功したという噂は本当なのかね。」

「そうです、このままでは私たちは敗北してしまうということです。」

「だが、大佐、私はどんなに優れた量子コンピューターができようと、問題は解決しないと思っている。ロクサーヌが時空間の壁を越えて、こちらの世界にやってきたのはその精神に原因があるのだろう。量子コンピューターで発生する電子の雲はそれを観測したときに一定の値をとることができる。つまり観測者の意識が決定しているということだ。であれば、その観測者の意識の状態によってどんな世界がそこに生れるのか、言い換えればどんな世界をその観測者が選択するのかが重要なのだ。私たちの衰退と破滅をもたらすものはその精神を理解しないと解決できないのではないだろうか。」

「教授が仰ることは分かります。しかし、それも実験の成果を出さなければ、意味を持ちません。今のままでは終わりが近いということです。そうなれば、私たち自身が消去されてしまいます。」

 ロクサーヌの目の前で、丁仙芝とウシュパルクが話している声が聞こえるのだが、その会話の内容は以前の敦煌での記憶とはかけ離れたものだった。ここはトーキョーなのだが、敦煌と似ている。丁仙芝もウシュパルクも外見は以前と変わらない。しかし、『何かが違っている』と私は思った。

ロクサーヌ (その44)

  丁仙芝が言う。「教授、問題をはっきりさせましょう。私は、各個人が自由にふるまうことが、混乱を招き、その為に破壊と衰退が起こるのだと思っています。その為の解決策として、自由を制限するべきであり、その制限の方法とレベルがどの程度なのかが問題なのではないかと思います。」
それに対し、教授が答える。「確かに、それぞれの文明が一定程度の繁栄をし自由を謳歌し始めると文明の頂点に達し衰退がはじまる、その傾向にあることは認めよう。しかし、事はそんなに単純だろうか。どの文明も、単独では成立しておらず他の文明または新しい民族との交流があり、その過程で衰退が起きている。その交流がない純粋な状態での進化発展の過程はまだ確認されていない。多くの場合は、他の民族や社会からの攻撃を受けるか、自然環境の変化によって維持できなくなるか、大きくその2つのケースに分かれる。自由そのものが衰退の原因だとは言い切れないだろう。」
「では教授は、衰退の原因はどのようなものだとお考えなのですか?」
「自然環境の変化というのはエネルギー資源の問題だろう。そして、他の民族との戦争はそのエネルギー資源の争奪の争いだと言える。そのエネルギーの問題が解決した文明で起こる衰退は、その文明が目的を失ったための精神の堕落から起こる衰退だと考えている。」
「ということは、自由そのものではなく自由になった時の目的の喪失からくる堕落ということですね。それが人々の混乱をもたらしている、ということですか?」
「恐らくそうなのだろうと思っている。」
「それでは、問題は精神にとって目的とは何なのか、何故人は目的を見失い堕落するのか、それを調べることですか?」
「そうだ、その為にまず拘束され不自由な状態と、それから解放され完全なる自由になった状態をロクサーヌに与える。望むものをすべて満たした状態でどうなるのか、を見てみようと思う。」
「分かりました、しかし、時間は限られていますのでそれを忘れないようにお願いします。」
 私ロクサーヌは椅子に座ったまま2人の話を聞いていた。意識は目覚めているのだが、体が動かないのである。目は開いたままで、耳も他の感覚も正常に働いている。しかし、自分の意思で体を動かすことができない。黙って聞いているより他なかった。質問したいことは沢山ある。何を話しているのかもそうだが、ご主人様や他の皆がどうなっているのかが心配だった。

ロクサーヌ (その45)

  丁仙芝が言った。「ロクサーヌをカプセルに回収しろ。」アナウンスが流れた。「ロクサーヌを回収します。」ロクサーヌは再びカプセルに戻された。この時、大佐と教授は自分たちが、ミスを犯したことに気付かなかった。彼らは、ロクサーヌの物理的な動きを全て制御していたため、2人の話がロクサーヌに聞かれているとは思っていなかったのだ。確かにロクサーヌの体は目も耳も何も動きはしなかった。単なる自動人形であれば、それで構わなかった。しかし、ロクサーヌには意識がありその意識が2人の話を聞き、観察していた。それこそが精神の働きなのであるが、この2人にはそもそも精神や、心や魂と呼ばれるものが理解できなかった。人の神経は大脳にありそれがすべてだと勘違いしていた。だが、心はまさに心臓に、胸の奥にあったのだ。
  私ロクサーヌはカプセルの中で動けない状態のまま必死で考えた。でも、助かる道はなさそうに思えた。私は、初めて神に祈った。「神様、どうか私たちを助けてください。どうか、ご主人様と、ミトラとバルナとナースティヤと、翔と喜娘が無事でありますように。どうかお願いします。」すると、ブレスレットの紫色の石が点滅し始めた。しばらくすると、カプセルの照明が消え真っ暗になった。ただ、紫の光が点滅しているだけだった。そして、その点滅が終わった時、突然ドアが開き1人の男が現れた。その男は長い金髪をなびかせ「ロクサーヌ様、助けに来ました。どうぞこちらへ。」と私の手を引いた。私がカプセルから出ると、その男は「私はラムと言います。まずは、ここからでましょう。次郎、ロクサーヌ様を連れて行け!」という。次郎と呼ばれたもう一人の男がラムの陰から現れ、私を背中に乗せると素早く窓のそばに行き、100mはあろうかと思えるその窓からあっという間に飛び降りた。そして、地上を一目散に駆け抜ける。私は訳も分からず、ただ必死に次郎の背中にしがみつくのが精一杯だった。次郎は街々を越え、川を越えて走り続け一気に奥多摩の山中まで来た。そこで、多摩川を前にして急に止まって動かなくなってしまった。次郎はラムから、「ロクサーヌ様を連れて行け。」とは言われたが、何処へとは言われなかったので、取り合えず自分たちの家の近くまでは来たのだが、その後はどうして良いのかわからず、固まってしまったのだ。
ラムは、大佐たちに気づかれないように後ろを警戒しながら、しかしこれもものすごい速さで走り、私たちに追いついた。「次郎、ロクサーヌ様を神社にお連れしろ。」ラムが命令すると、次郎はまた走り出し、私を乗せたまま多摩川を渡り、山を登った。ようやく、神社で私は落ち着くことができた。「助けて下さり、ありがとうございます。でも、ここは一体どこなのですか、あなたたちは誰なのですか?」私は、ラムに尋ねた。「ここは、御嶽神社と言い私たちの先祖である犬神様を祀っている神社です。私たちは、あなたをお守りするためにここにいる犬なのです。」
私は突然の話にさっぱり訳が分からなかった。ただ、そういうラムはとても立派で紳士に見えたので、なんとなく信頼できると思った。

ロクサーヌ (その46)

   ラムが言う。「私たちの先祖は、死者の国へと続く橋のたもとで、橋を渡る人を守る仕事をしていました。しかし、ある少女と御坊さんの一行が橋を渡った時、その少女を好きになってしまい一緒に橋を渡りました。橋を渡った後も、その少女のそばを離れず付いてきてしまったそうなのです。けれど、本来そのようなことは禁じられていたので少女には気づかれないように少し離れたところから見守っていたそうです。やがて、海を渡り日本へ来て、さらに富士山を越え、こちらの世界に来たのですが箱根の山を越えるときに少女の一行は突然姿が見えなくなり、はぐれてしまったそうです。先祖の犬2匹は山を探し回り、この奥多摩まで来たけれども結局会えなくなり、この御岳山でいつか会えることを信じて暮らしていたそうです。私たちは代々その言い伝えを守り、ここで少女が来るのを待っていました。今は人の形をしていますが、心は犬のままなのです。」
 ロクサーヌは「どうしてその少女が私だとわかるのですか?」と尋ねた。
そこへ、神社の神主が現れた。「それは、私から話しましょう。実は、昨晩見た夢の中で、ロクサーヌという少女が出てきました。助けてほしいと言うので、もしやと思いこの者たちに準備をさせていたのです。その時が来たら直ぐ助けに行けるようにと。そして、今日突然雷が鳴りまして、空が紫色に光りだしました。普段は山の上で雷が鳴るのですが、今日は東の空が紫色に光るので、これだと思いその光をめがけて走らせたのです。あとはこの通りです。ですから何がどうしてこうなったのかは私にもわかりませんが、虫の知らせというのか、心の赴くままに動いたらこうなったということなのです。」
 神主様の話では、ラムたちは本当は6匹生まれたのだそうです。他の4匹は新しい飼い主にもらわれてゆき幸せに暮らしているそうです。ラムは見た目もよく、賢い犬なので2回引き取られたことがあるそうです。けれど気性が荒いだけでなく、自分の信念を曲げない為、2回もらわれたのに、2回とも飼い主と意見が食い違い返品されてしまったそうです。反対に次郎は、とても臆病で人と目を合わせることもできないので、性質は優しいのに、見た目もみすぼらしいためか、誰からも声がかからず、ずっとここにいるそうです。
 だけど、そのお陰で私はこの2匹の犬と出会うことができ、助かったのだと思い改めて感謝した。

ロクサーヌ (その47)

  翌日、私はラムと次郎を連れて研究所に行くことにした。どうしても、ご主人様たちを助けなければと思ったからだ。2匹の犬は私を乗せて、また飛ぶような勢いで走り、タワーの下に着いた。正面玄関を通り、エントランスを抜け、エレベーターに乗り36階で降りた。研究室のドアを開けると、ウシュパルクと丁仙芝がいた。2人は私が戻ってきたことが分かっていたようだ。
「ロクサーヌ君は、何故ここへ戻って来たのだ?ここへ来ればまた拘束されるとわかっているだろうに。」ウシュパルクがそう尋ねた。
「ご主人様と、友人たちを返してください。」と私は頼んだ。
「それはできない。君には、私たちの命令に従ってもらう。」丁仙芝がそう言い終わらぬうちに、
隣にいたラムの様子が変わっていた。髪の毛が逆立ち、牙をむきだして今にもとびかかる勢いだ。
私は「ラム、待ちなさい!」と言って、ラムを抑えた。
 ウシュパルクが言った。「私たちは、文明の衰退の原因を調べていた。文明はほとんど頂点に達し、各個人が完全な自由を手にしその能力を解放するはずだった。
ところが、そこから衰退が再び始まった。そして、時空間の乱れが起き歴史の退行が始まった。歴史の現場でより詳しく調査するために君を作った。
しかし、時空間の乱れと思える現象はより多くなり、その発生場所には君がいた。つまり、君が時空間の乱れを誘発していると思えるのだ。
君は私たちの知らない『精神』を持っているのではないかと私は思っている。
君にやってもらいたいことは、その『精神』とは何かを調べること。つまり、君自身を調べること。そして、衰退してゆく他の自動人形と君の精神の何が異なるのかを調べること。それによって、衰退を防ぐことが可能かを調べること。それに成功した時には君の友人たちも君自身も解放される。
しかし、最終的に衰退を防ぐことができなければ、私たちはこの世界とともに消去される。これを、君に行ってほしいのだが、期限が切られている。3か月だ。今日が7月10日だ、3か月後の10月9日が最終期限だ。」
 私は、その要求を受けることにした。何故なら、どのみち3か月後には消去されご主人様とともに私たちは消えてゆくと思ったからだ。私にしか出来ないのであれば、何としてでもやってみようと思った。

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