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ロクサーヌ (その52)

1990年8月17日(金)錦糸町
 私たちは、働き始めた。ヒョンニとインチョルの兄弟は、外国人パブで働くことができた。同じ系列の店でヒョンニは錦糸町、インチョルは船橋の店だ。従業員は東南アジア系が多く、言葉が多少不自由でもなんとか務まった。
 私は、消費者金融の会社に就職できた。もうすぐソ連が崩壊し、日本でもバブルが崩壊するのだがこの時はまだ景気も良かった。外国人パブでは、不法に就労しているものも多く、身分証明書の件も問われずに済んだ。というよりも、分かっていて雇ったのだろう。
 消費者金融の会社で、初めは受付からやらされた。来店客に申込書を書いてもらい、それをもとに記載事項を確認してゆく。勤務先の在籍確認と自宅の電話の確認。身分証明書の確認などをして、店長に決済をもらう。店頭では利息を説明するのに電卓を使う。慣れないうちは何度も計算間違いをした。正直、簡単な仕事と思っていただけに、自分が電卓すらまともに使えないということを知りショックを受けた。帰る前には、その日使った書類のチェックと、切手や印紙の在庫確認。そして現金のチェックをする。私は、切手と印紙の在庫を確認するのだが、これもやはり間違えてしまい何度も注意される。
こうして当たり前のことではあるが、労働するということに慣れていく。
 しかし、一番ショックだったのは、ある女性の申し込み客の受付だった。その客は、子供を5人抱えた客で、来店時にも1人を背負い、他に2人の子の手を引いてやってきた。そして涙ながらに苦境を訴え、20万の借り入れを申し込んだ。私は、その様子に思わず同情して貸して上げたいと思った。しかし、店長は「涙に騙されてはいけない」と言った。スコアリングのシステムでの決済は5万だった。これは、どんな客にでも貸せる最低限の金額だった。店長が言うには、「子供が5人もいるのだから生活するだけで精一杯であり、かつ他社でも借りている。可哀そうだが返済する力はないだろう。」つまり、5万円は返済の見込みのない捨て金なのだ。それを、その客は「有難うございます」と言って借りていった。たぶん、もうそのお金は返っては来ないのだろう。
私は、金貸しの仕事を知っていった。
 その点外国人パブでの仕事は気楽ではないかと思えた。夕方4時から開店の準備をし、深夜2時までの労働である。店が終わると、女の子を寮まで車で送る。そこまでが仕事だった。それでも、インチョルが言うには、女の子同士のもめごとや、またホームシックにかかって精神状態が不安定になる子もいて、その対応は慣れないと面倒なのだそうだ。
ともかく私たちは、その内容は別として、それぞれに新しい仕事に就くことで精神に張りが出てきたのだ。

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