fc2ブログ

ロクサーヌ (その56)

2140年7月19日(火)トーキョー
 私は、図書館で明治の日本を調べたのだが、その記録は、それを書いた人によって違っていることに気が付いた。
 つまり、人によっては明治が偉大な革命の時代であったといい、また別な人によれば裏切られた革命であったというのである。歴史には様々な側面があり、それを見る人の目的や、置かれた状況や時代などによってさまざまな姿に見えるということである。そして、新しい事実が次々に発見されてゆき、書き換えられてゆくのである。
 このことは、何も歴史に限られたことではない。私が経験したバーチャルヴィジョンはまさにそれである。私の決断や思考、想像により事実が変わってゆく。それは、明治の時代においても、ほかの時代においても同じである。例えば新聞にある事実が、それを書く記者によって違う風に記され、またそれを読む人によっても違う風に解釈され記憶されてゆく。
 歴史は現在生きている人が、その未来をどのように思っているかによって、過去を新しく創造してゆく行為なのだろう。
バーチャルヴィジョンの世界も、現実の世界もそのことに変わりがないのである。私は真実などというものは掴みようがなく、そこには自分自身の信念が関係しているのだと思った。
 結局またも人の精神の問題に立ち返ってしまう。この世界は、それを見る人によって揺らいでいく世界のように思える。私が、箱根の山を越えてこの別の世界へ来てしまったのは、ここに何か私が生きるべきこと、知るべきことがあるのだろう。そう思うと、ここですべきことは、今あるこの世界をよく見ることなのだと思えてきた。
 その時ふと、あるお坊さんが唐の長安を訪ねた時の記録が目に留まった。このお坊さんは青森の下北半島にある恐山で修業をし、霊感を得て唐へ渡ったのだという。この記録の作者は安東と言い、やはり若い時に夢でお坊さんに会い、それで修業をしたのだという。私は何故か、その記録が気になり借りて帰ることにした。
 横で寝ている次郎を起こし、せわしなく図書館中を嗅ぎまわるラムを呼んだ。しかし、ラムは私が呼んでも無視をする事が多い。おやつのジャーキーを待っているのだ。緑のカバンの中にジャーキーがあることを、私は知らなかったのだが、なぜかラムは知っていた。今では、私よりもジャーキーの方が気になっているのである。図書館の中を嗅ぎまわるのも、警戒しているというよりも食べ物を探しているようにしか思えない。
 ともあれ、ラムと次郎にジャーキーをあげて、一緒に神社に帰ることにした。
スポンサーサイト



プロフィール

gasset

Author:gasset
FC2ブログへようこそ!
歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
06 | 2019/07 | 08
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR