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ロクサーヌ (その59)

2140年7月22日(金)トーキョー
安東光輝の話は続く。
『さて、16歳になった私は、今度は好き放題をするようになりました。手始めは、当時すでに時代遅れとなった、学生運動というものに参加したのです。1970年頃でしたか、三島由紀夫の自決と、あさま山荘の内ゲバ事件には強く感心させられました。また、川崎で、ホームレスが凍死したとか、あるいは金属バットで息子が父を殺害したとか、その頃はいろいろ事件がありました。爆弾テロも頻発し、ハラハラ時計などという本も流行りました。
 そんなわけで、私も自分の鬱憤を社会にぶつけてみたくなったのです。機動隊とぶつかったり、駅での街頭演説をしたり、当時の革命組織の議長などとも話してみたりしました。でも、『大共産主義者宣言』を書いた人の著作の中に、『自由とは、必然の認識である』と書いてあるのを見つけ、疑問を持ったのです。
 世界が必然であるというのは、神が創った予定調和のことを指しているのでしょうか?もしくは、人が世界のすべてを科学的合理的に認識できるというのでしょうか?そのような認識をできる人がいたとしてもほんのごく少数だと思います。
 とすると、これを信じる大多数の人は、認識できないまま従う不自由な人になってしまいます。私は、この定義そのものがペテンではないかと疑いました。これでは、少数のエリートに大多数の人が従うだけの世界になると。そしてこの人たちの組織がまさにそのようなものだと参加してみてハッキリわかりました。
 そんなわけでその運動に絶望して、その反動からか、次は『飲む、打つ、買う』の世界に入りました。まあ、人間としての最低レベルになったわけです。もともと自分のことは、棚に上げ、すべてを社会や世の中の所為にするような人間でしたので、そういう末路をたどったわけです。
 30歳の頃私は、宝石の販売会社で働いていました。そして、不良の仲間と宝石を盗む相談などをしていたのです。
 ある夏の暑い日、3日間徹夜で遊び続け、そのまま栃木のデパートへ車で向かったのです。ひどく眠い状態で、高速道路に乗りました。そして、私は眠気覚ましにと、思いっ切りアクセルを踏んだのですが、そのまま眠ってしまいました。
 すると、誰かの『起きろ!』という声が聞こえて、目を開けました。目の前に、前を走る車のテールランプが見えました。慌てて、ブレーキを踏み、すぐ離して、もう一度踏みました。でも間に合いそうもなく、せめて追突は避けたいと思い、分離帯にぶつける覚悟でハンドルを右に切りました。それでも間に合わず、私の車の左前と、相手の車の右のテールランプがわずかにぶつかりました。後ほんの1秒あれば間に合ったのに、と思いましたが既に遅かったのです。
 分離帯にぶつかるまでの一瞬の間がとても長く感じられ、様々な後悔が生まれ消えてゆきました。右にぶつかった後、左に回転し、ガードレールにぶつかり、また右へ流れてゆき、そこで私はまた眠ってしまいました。とても眠かったのと、『もう終わりでいいや』と思ったからです。
 どの位の時間がたったのか、分かりませんが、また誰かの声が聞こえました。『生きろ!』と聞こえました。起きろ、だったのかも知れません。目を開けると、男の人が、運転席の窓ガラスを叩いていました。何を言っていたのか、よく覚えていませんが、私は、よろけながらも、お礼を言ってドアを開けました。外に出ると、緑色の液体がエンジンの下あたりから流れているのが見えました。』
 話が長いので、また明日読むことにして、ラム、次郎を連れて散歩に出かけた。
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