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ロクサーヌ (その74)

2140年10月 ウイーン
オリガ・スベトラーナの独り言
 198x年の核爆発のとき、私の先祖の一人は消防士をしていた。
その日、彼の妻は、生まれてくる子供のために、彼と一緒にミンスクの病院に行くはずだった。
だが、彼は緊急の仕事で呼び出され、何が起きたのか知らされないまま現場に急いだ。

 核施設での爆発と火災で、現場は混乱していた。彼は、何も準備せず(防護服もなく)中に飛び込み焼けて傷ついた人を救おうと懸命の努力を続けた。やがて、政府からの指令で、核施設はコンクリートで固められることになった。彼を含め数名の人が生死不明のまま埋められたのだ。その事実は、政府が崩壊するまで明らかにされることはなかった。
 彼の妻は、事実を知らされぬまま、人々が逃げ出すのを不思議に思い、同時に夫を心配した。
やがて、村一帯を放射能が襲ったのだが、そのことも知らされることなく、強制的に移動が始まった。もう彼と会うことも出来なくなった。
親類を頼って避難したミンスクでは放射能検査を受けた。
 ここで初めて事態を知った。子供はあきらめるように言われた。
しかし、あらゆるつてを使って子供だけは守ろうと決心した。
夜になると、病院のベッドのそばに彼の魂が訪れ、勇気づけてくれたそうだ。
女の子が生まれた。その子が私の先祖でカーチャと名付けたそうだ。

私たちの祖先が、その昔ヨーロッパの北東部に現れたころ、周囲は、イスラム教徒と、ユダヤ教徒のハザール帝国と、ビザンツのクリスチャンとローマのカトリックに分かれて争っていた。
 十字軍がビザンツの求めに応じて、パレスチナを攻撃した後、その一部は、北に流れてきた。
北の十字軍と呼ばれている。そして、私たちの周囲にいた異教徒を攻撃した。私たちの祖先は攻撃から逃れるため、あるものはクリスチャンになり、あるものはカトリックになった。
 私たちのうち、カトリックになったものはポーランド人やリトアニア人と呼ばれ、クリスチャンを選んだものはベラルーシ人やウクライナ人と呼ばれている。私たちは東のクリスチャンであるロシア人と、西のカトリックであるドイツ人とに挟まれ、引き裂かれたのである。

 今から200年前ファシスト全体主義とボリシェビキ全体主義によって5度目のポーランド分割が行われた。捕虜となったポ―ランド人25万人がボリシェビキの収容所に連行された。
194x年ベラルーシのスモレンスク近郊で1万人以上のポーランド人がボリシェビキによって銃殺された。その事実は、194x年にファシストによって調査され公表されたのだが、ボリシェビキは否定した。194x年ファシストの降伏後、民主主義アメリカ連邦によって調査されボリシェビキの犯罪であると報告されたのだが、民主主義アメリカ連邦大統領によって否定された。
 ボリシェビキ崩壊後にその事実は改めて、ボリシェビキによる虐殺であったと公表されたのだが、「ジェノサイド」であったとは認定されてず、「スターリンによる犯罪」だったとされた。
ボリシェビキによる犯罪はアメリカと、ヨーロッパと、ロシアによって黙認されたのである。

以上が私が、ヨーロッパとロシアの歴史に疑問を持っている、理由である。

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