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NEXT LIFE  新しい人生 3

「あら、鈴木さんいらっしゃい。おっ、今日は新人さんを連れてきてくれたの?ありがとう。」

「あぁっと、まあ・・・そんなところかな。取り敢えず、水割り頼むよ。」

「新人さんは? 水割りでいいの?」

「はい、水割りで。」

「ねえ、鈴木さん、こちらの方は何てお呼びしたらいいのかしら?」

「あの、清原です。」

「清原さんって、もしかして本名?」

「はい、そうですが?」

「じゃあ、kさんて呼びますね。私は、ゆかりです。これからもよろしくお願いしますね。」

 店のカウンターに座って注文を頼んだ。田口刑事はここでは鈴木と名乗っているようだ。職業柄、こんな場所でも身分を知られてはいけないのだろう。
私はkと呼ばれることになった。

 細長い店は、入口の左手に4人用のBOX席があり、右手の壁際には、2人用のテーブル席が2組並んでいた。BOX席から少し間をおいて、店の左手にカウンターがあり、棚には洋酒や日本酒のボトルが並べてある。

「今日はね、こっちも新人さんがいるのよね。梢ちゃんていうのだけど、こういう仕事は初めてだっていうからよろしくね。」

「梢です、よろしくお願いします。」

 大きな丸いトンボ眼鏡をかけた髪の長い子だった。
ママはいかにもベテラン風のテキパキした感じの女性だが年齢は不明だ。30代から40代の間か?しかし、50代の場合もある、女性の年齢は分からない。こういう世界では猶更だ。

「梢ちゃん、1曲歌おう。デュエット曲お願いしまぁす。」

 田口は既に酔っている。無理もないか、今までの緊張から解放されたのだろう。この星に来てからは、気を許せる相手はいなかったはずだ。

 それは、私も同じだ。何を言っても話が通じない人形相手に、決まった会話を繰り返すだけだ。過去と違う言動や、行動をとると不審な表情を露骨に示される。

 考えても見てほしい、40年も前と同じ言動、行動、リアクションを取れるだろうか。過去と同じ行動、同じ失敗をもう一度繰り返す、ということがどれほどの苦痛か。

 40年の歳月は、物の考え方や、感じ方、そして行動様式、表現などを変える。つまり、別の人間になったといってもよいのだ。 
40年前の自分をもう一度演じるというのは、かなりきつい作業だ。

 それでも、それを演じるのは、そうしなければ排除されるという恐怖があるからだが、もう一つ別の理由もある。つまり、この星の中に、畔倉香を襲った犯人がいるのではないか、という疑いである。

 その犯人から、香を守るためにここに来ていることを、悟られないように警戒しているためでもあるのだ。
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NEXT LIFE  新しい人生 4

 水割りを飲んで、女の子と歌って、はしゃいでいる内にすっかり酔ってしまった。店内には、3人連れの会社員風のグループがいた。トイレに行くために彼らの脇を通り抜ける。

 一瞬、そのうちの一人と目が合った。何処かで見た顔だ。だが、思い出せない。向こうもこちらを見たということは、こちらを知っている可能性もある。それも考えすぎか、トイレに入っているうちに忘れてしまった。

 席に戻ると、入れ替わりに鈴木(田口刑事)がトイレに立った。
3人連れのうちの一人が立ち上がって、一曲歌い始めた。
暫くして鈴木がトイレから戻る時に、少しよろけて、歌っている男にぶつかった。

「何やってんだお前!?」とその若い男がマイクを持ったまま怒鳴った。
大きな声が反響し、騒然とした雰囲気になる。

 鈴木は、直ぐに謝ったのだが、酔っているせいか「あ、どーも、ゴメン、ゴメン。」と軽い感じである。男は納得しない。ゆかりママが、直ぐに間に入り「ごめんなさいね。クリーニング代は私が持ちますので、どうか勘弁してください。」と男をなだめるのだが、まだおさまらない様子だ。

 すると、先ほど私と目が合ったリーダー格風の男が立ち上がり「ママもああいっているのだから、これ以上騒ぐな。」と言い、若い男を席に連れ戻した。

「山川さん、本当にすみません。これで気分を直してください。」と、ママがバーボンのニューボトルを開けた。

「いいのか、これ飲んじゃって?」

「はい、大丈夫ですよ、お代は鈴木さんから頂戴しますから。ね、鈴木さん?」

 鈴木は、口をゆがめて「いいですよ、すみませんでした。」と、不服そうに謝った。

 3人組が帰った後、鈴木に「先刻はどうしたんですか?いくら何でも酔いすぎですよね。」と聞いた。

 すると、予想外の返事が返ってきた。

「kさんだから話しますけどね、あいつらは金取引の詐欺グループの一味なんですよ。山川っていうのがリーダー格なんですけどね。まぁなかなか尻尾をつかめなくてね。」

「そうなんですか?でも、そんな事件を追っているのですか?」

「いやぁ、自分の担当じゃないんですけどね。ただこの先、あいつらの為に苦しむ人が大勢出るのが分かっていますからね。何とか未然に防げないかなと、つい思ったんですよ。」

「防ぐって、どうするつもりだったのですか?」

NEXT LIFE  新しい人生 5

 鈴木は、真顔になって話し始めた。

「実は、今日kさんに思い切って声をかけてみて、その後、色々話したりして、この店まで誘ってみたわけですけど。そしたら、気が付いたんですよ。今までは、こんな事は無かった。過去とは違うことが起きているんだってね。

 そして、この店で、梢という子に会った。この子は、今まで過去の自分の人生で出会った事がない子なんです。今日初めて出会った子なんですよ。分かりますか?

 今までは、他人に情報を伝えて、何かを変えようとしていたんですけど、うまくいかなかった。でもね、自分自身の考えや行動を変えてみることで、今までと違う結果が起きるんじゃないかと、気づいたんですよ。」

 それは、確かにそうかもしれない。私にとっても、今日の出来事や、出会った人は、初めての人なのだ。過去とは明らかに違っている。

「それで、あの3人連れなんですがね、あそこで敢えてトラブルを起こしてみたら、何か違う展開が起きるかな、と思ったんですよ。

 仮に、あそこで私が殴られでもしたら、傷害事件ですよね。そうなれば傷害で引っ張ってそこから、詐欺事件にも解決の糸口になるかもしれないとね。

まあ、猿の浅知恵でしたけどね。」

「そうだったんですか。そんなことを考えていたとは、まったく思いも及びませんでした。でも、傷害事件になったら、ご自分もまずいことになるのじゃないですか?」

「それは、承知の上ですよ。どうせダメ刑事ですから、どうとでもなりますよ。」

 意外に考えているのだと思い、少し見直したのである。

「それにしても、山川と言いましたっけ?あのリーダー風の男。」

「ええ、そうですけど、それがどうかしましたか?」

「何処かで、見たような気がするんですよねぇ。思い出せないのだけど、会社は何と言う会社ですか?」

「安宅商事ですよ。知りませんか?例の金取引の詐欺事件の会社ですよ。」

 そうだ、そう言えばその事件があってから、白糸台のマンションの男は夜逃げする羽目になったのだ。

NEXT LIFE  新しい人生 6

 会社で、山川のデータを確認してみた。

 山川聡 住所は調布市国領。勤務先は安宅商事渋谷支店。免許証と、社会保険証を持参。50万の融資。最新の情報では他社借りれと合わせて10社で400万の借り入れとなっている。支払い履歴は2回、過去の延滞はない。期日通りに約定額を入金している。しかし、今回3回目の期日を3日過ぎている。紹介者欄に友人、波多野と記入されている。

 波多野のデータを確認する。だが、波多野の該当はなかった。白糸台の住所で調べると、1件該当する。金慶国という名で、妻は全春華、子供が一人。外国人登録証を持参している。貴金属、絵画など高級雑貨の輸入販売となっている。
約半年の取引だが、支払い履歴は3回しかない。今月の予定日から10日過ぎている。

 この金慶国が、波多野なのかもしれない。
 会社に電話をかけると、受付の女性が出る。

「金慶国さんは、いらっしゃますか?」

「社長は今、外出中です。本日は1日不在となりますので、ご用件があれば残しておきます。」という。

「それでは、波多野さんをお願いします。」

女性は、暫く無言になる。相談しているのだろう。

「どちら様でしょうか?」

「山川さんの件だと伝えてください。」試しに、山川の名前を出してみた。
すると、何も言わずに、男に代わる。

「山川がどうかしましたか?」

「波多野さんですね。」

「だから、山川がどうしたのか、聞いてるんだよ。」

怒っているようだ。

「あなた、金慶国さんですね。普段は、波多野という名前を使っているんですか?」

「そうだよ。だから、あんた誰なんだ?何の用があって電話しているんだ?」

「渋谷クレジットの清原です。金慶国さんの支払いが遅れているので電話しました。なので、色々調べさせてもらいましたよ。波多野という名前で山川さんを紹介されましたね。」

「それが、何か問題があるのか。」

 そのことに、特に問題はない。だが、これから問題が起きるのだ。

 波多野が、山川を紹介したということは、名義貸しの可能性もある。
つまり、実際には波多野が借り入れを山川に頼んだということだ。その場合、波多野が山川分の支払いを怠れば、当然に山川は波多野に請求するだろう。しかも、山川の借り入れは10社400万にまで膨らんでいる。全部が名義貸しではないにせよ、2人とも行き詰まっているだろう。
2人の間でトラブルが起きても不思議はない。

「いいえ、まずは金慶国さんのお支払いについてです。今日支払っていただけますか。」

「分かったよ、今日入れとくから。もう電話かけてくるな。」
電話はガチャンと切られた。

NEXT LIFE  新しい人生 7

 波多野が、清原からの電話を切ると、しばらくして山川から電話がかかってきた。

「社長、山川さんからです。」

「分かった、つないでくれ。」

「波多野さん、クレジットの支払いどうなっているんだ?こっちに電話がバンバンかかってくるんだ。」

「分かってる、直ぐ払うから大丈夫だよ、心配するな。渋谷クレジットか?」

「どこだか知らないけど、とにかくしつっこいんだよ。ちゃんと払っとけよな。それと、金塊の現物はどうなってる。教団本部が、早く持って来いとうるさいんだ。」

「大丈夫だよ、心配性だな。今月中には持っていくから。」

 全く、うるさい奴だ。それにしても、渋谷クレジットの清原か、気に入らない奴だ。俺と、山川の関係を疑ってやがる。サラ金の支払いなんかどうでもいいが、あれこれ嗅ぎまわられると、面倒だ。

 安宅商事で、山川は波多野への電話を切ると、部下を呼んだ。

「波多野は、多分もうだめだ。こっちに請求がくるくらいだから、自分の支払いもできてないだろう。金塊も用意できないだろう。月末までは、様子を見るが、いざという時には消えてもらわないと。お前ら、あいつを監視していろ。変な動きがあればすぐに知らせろ、いいな。」

 部下にそう指示すると、今度は上司に電話を掛けた。

「渋谷支店の山川です。河野本部長をお願いします。」

「河野だ。山川どうした?何かいい報告でもあるのか?」

「いえ、本部長実は、ちょっとまずいことになりそうなので相談なのですが。」

「何だ、話してみろ。」

「渋谷にある、アーリヤ商会なんですが、資金繰りがうまくいっておらず、約束の金塊が手に入りそうにもないんです。」

「それで?」

「それで、どうしたものかと思い相談なんです。」

「お前は、どうしたいんだ?」

「波多野という男がやっている会社ですが、その波多野がサラ金で首が回らなくなっているんです。で、そのサラ金からこっちにまで請求の電話がかかってくる始末で。」

「だから、何だ?どうしたいのか、結論を言え。」

「その波多野が追い詰められて、うちとの関係を色々バラしかねないので、消えてもらおうかと思っているんです。」

「何だ?知られてまずい関係でもあるのか?」

「まあ、金塊の件がありますので。」

「お前が、まずいと思っているのなら、消えてもらえばいいだろう。
但し、教団本部には知られないようにしろ。いいな。」

「分かりました。その時には、本部長にもお力をお借りしたいと思いますので、宜しくお願いします。」

「分かった、その時には連絡しろ。」

 山川は、波多野を消す準備を始めた。

NEXT LIFE  新しい人生 8

 その後も、波多野からの支払いがないまま、2週間経過した。本来の支払日が毎月3日なので、既に24日間の遅れになっている。
27日の夜になって、波多野の自宅を訪問した。過去と同じならば、波多野は夜逃げの準備をしているはずである。

 案の定、部屋の中は荷造りした箱で一杯である。

「あんたが、清原か。しつっこいねぇ。俺はこの通りもうお手上げだ。もうダメなんだよ。」そういうと、波多野はひっくり返って天井を見上げた。

「諦めないで、頑張りなよ。奥さんや、子供もいるんでしょ。」

「もう誰もいないよ。とっくに出てったんだよ。」

 波多野は妻子が出ていったといっているが、おそらく逃がしたのだろう。『一応、妻と子供は先に逃がして、守ろうとしたんだな。』と、私は思った。

 今は手持ちも全くないというので、引き上げることにした。ここまでは、過去と同じだ。ここから、どうなるのかを確かめる必要がある。そう思い、駐車場に戻ると、車の中から様子を見ることにした。おそらく鈴木(田口刑事)も何処かにいることだろう。

 30分ほどで、1台のトラックが来た。作業員が2人降りて、エレベーターで11階にある波多野の部屋に向かう。すると、駐車場から別の作業員風の2人が出てきて、やはりエレベーターに乗り11階へ向かった。

 波多野と作業員2人が乗用車に乗り込み、他の作業員2人がトラックに荷物を運んで出発した。後をつけるが、トラックと乗用車は、甲州街道を東と西に分かれて行った。トラックは、東へ、波多野を乗せた乗用車は西へ向かった。一旦は、西に向かった乗用車を追ってみたが、国立から中央高速に乗ったため、そこで追跡はあきらめた。

 国立インターの近くに車を止めて、もう一度白糸台へ戻ろうかと考えていた時、一台の車が、クラクションを鳴らして横に止まった。

鈴木だった。鈴木もやはり、追ってきていたのだろう。

「kさん、あの乗用車は山川の手下の車だ。」

鈴木は、車から降りるとそう言ってタバコに火をつけた。

NEXT LIFE  新しい人生 9

「鈴木さんは、あの車の行き先が分かっているんですか?」

「いやぁ、それは分からないんだけど、ただ此処の所ずっと、あの車が止まっていたんだ。山川に監視されていたんだろう。多分もう戻ってくることはないよ。」

「そうですか、やはりここで行方不明になってしまうんですね。トラックが、東へ向かったのは、金目になるものを処分するためですね。」

「そうだろうね、山川が確認して換金するのだろうね。」

「ところで、鈴木さん。この前あのルナで山川ともめたとき、ゆかりママが助けてくれたけど、どうしてあんなに親切だったんですか?ただのお客とママの関係にしては不自然ですよね。」

「ゆかりさんは、俺の先輩の知り合いだったんだ。先輩に紹介されてあそこに通うようになったんだよ。」

「その先輩は、ゆかりママと付き合っているんですか?」

「以前はね・・・。今は、もう先輩はいないんだよ。死んじゃってね。」

「えっ・・・」

少しの間、言葉が出なかった。

「どうして、病気とか事故とかで亡くなられたんですか?」

「まあ、事故といえば事故だ。でも、不自然だったんだ。」

鈴木は、少し怒ったような、苦しそうな表情で、2本目のたばこにまた火をつけた。

「何があったんですか?」

「先輩は、当時ある事件を追っていたんだけど、その途中で亡くなったんだ。」

「そのある事件とは?」

「ゆかりさんの弟がある宗教団体に入って、連絡が取れなくなったんだ。それで、先輩がその行方を捜していたんだけど、それは正規の捜査ではないからね。会社には内緒ってやつだ。

 その途中で、ビルの階段から転落死した。アルコールの反応もあったので、酔って足を踏み外した、という形になったけど。休みの日でもないのに何故、関係のないビルにいたのかが問題になって、結局うやむやにされたんだよ。」

「もしかすると、殺されたかもしれない、ということですか?」

「俺はそうじゃないかと思っているよ。」

「そうですか。じゃあ、ゆかりさんは鈴木さんが刑事だってわかっていたんですね。だから、事件を起こさないようにこの前は、かばっていたんですね。」

「まあ、そういうことだ。」

「ふうん、そうですか。で、鈴木さんは、今もあそこに通っているのは何故ですか?先輩の為ですか?」

「うむ、今もゆかりさんの弟は行方不明のままだ。ゆかりさんにしてみれば、大事な人を2人も奪われたんだよ。可哀そうじゃないか。だから俺も、先輩の跡を継いで、弟さんを探しているんだよ。」

「ふうん、そういうことですか。じゃあ、これから行きますか、ルナへ。この先どうするのかも、話さなきゃいけないし。」

NEXT LIFE  新しい人生 10

 中央高速を西へと走る車の中で、波多野は殺されるかもしれないと不安だった。

「どこまで行くんだ?殺すんだったら、さっさと殺してくれ。命乞いはしない。」

「命を取るとは言っていませんよ。ただ、今後は山の中でおとなしくしていろ、とそう言っているだけですよ。もうすぐ着きますから。」

  相模湖インターで高速を降りると、さらに国道20号を山梨方面へ向かい、上野原についた。上野原の街を抜けて北へ向かい山の中に入ってゆく。

 甲州建設という看板の前で止まる。道路に面して砂利を敷いた広い敷地があり、プレハブの事務所がたっている。

 事務所に入ると、大柄で、浅黒く日焼けした50代くらいの男がいた。

「遠藤社長お世話になります。山川から聞いていると思いますが、この男です。金慶国と言います。」

「分かった、話は聞いている。後は、こちらでやっておくから大丈夫だ。安心しろと言っておいてくれ。」

「はい、分かりました。それでは宜しくお願いします。波多野さん、あんたここから逃げようなんて思うなよ。あんたの行動は監視されているからな。」

作業員風の男2人はそのまま帰っていった。

「遠藤さん、ここは何処なんですか?私はこれからどうなるんですか?」

「金さん、あんたはこれから、ここで働くことになる。まあ、事務仕事を任せたいところだけど、人目については困るので、当面は建設の現場作業になる。それから、波多野という名前はもう捨てなきゃだめだ。金慶国という名前も使ってはいけない。何か好きな名前はあるかい?」

「名前ですか?そうですねぇ、じゃあ川南一作でいいですか?」

「ああ、いいよ。でも、何故その名前がいいんだ?」

「昔、お世話になった人の名前です。」

「そうか、分かった。じゃあ、これからは川南一作だ。俺は遠藤宏だ、ここの社長をやっている。あんたはこれから、俺の会社の従業員だ。住まいは、プレハブの寮だが、一応個室になっている。宜しくな。」

「あ、はい、宜しくお願いします。」

――― 全く、とんでもないところに来たもんだ。建設現場の寮って、つまり飯場ってことだよな。これじゃ、いつ殺されるかわかったもんじゃない。だが、逃げ出そうにも、一体ここが、どこなのかもわからないし。参ったな。

 結局、波多野はここで川南として当面は生き抜くことを覚悟した。

NEXT LIFE  新しい人生 11

 波多野の荷物を載せたトラックは、甲州街道を東へ走り、やがて渋谷にある安宅商事渋谷支店に到着した。山川は、荷物を確認し、貴金属品などの換金できそうなものを選び取ると、残りの美術品などは、部下に渡して処分させた。

「結局、金塊なんか何処にも無いじゃないか。波多野の野郎!・・・しかし河野本部長の言う通りにするしかないのか。」

 山川はこれより前、金塊が手に入らなかった場合の対応について、河野本部長に尋ねていた。

「本部長、波多野の動きがおかしいので、万一金塊が用意できなかった場合どうしましょうか?」

「おい、それはまずいぞ。今、ただでさえ会員から解約の申し込みが増えているんだ。金塊が実は、ありませんでした、なんてことになったら倒産だけでは済まない。詐欺事件になってしまう。

 そうなると、教団本部との関係まで調べられる。会員から集めた金が全部教団の資金になっていたっていうことが、世間に知られたら、教団自体も立ち行かなくなる。教主様の立場も危ういということだ。」

「どうしたらいいでしょうか?」

「波多野を捕まえて、金塊のありかを調べる。もし、金塊がなかった場合には、渋谷支店は閉鎖する。お前も、消えるしかない。」

「それは、どういう意味ですか?」

「渋谷支店の山川、という男が使い込みをして逃げたということだよ。だから、山川という男はもういない。そして、渋谷支店は責任を取って、閉店し店長以下全員辞職。これで、終わりだ。」

「全員辞職ですか?でも、会員が騒ぎませんか?」

「安宅商事自体も、解散する準備をしなければならないだろうな。それでも、教団との関係だけは秘密にしなければならない。つまり、用意してあったはずの金塊を、すべて山川という男が持ち逃げした、または何処かに売り飛ばした。そう言うことにするんだ。」

――― そうするしかないんだな。まずは、持ち逃げと、売り飛ばした証拠となる架空の売買契約書類を作成するか。その書類を、山川という男が偽造していたということにする。警察の目を山川という男の逃亡に向けるしかない。うまくいけば、会社は被害者になる。

 さて、この俺はどうしようか。山川の名前を捨てて、李哲男にまた戻るか。

金慶国は、もういない。川南一作になったという。
あいつは、まだあの頃のことを覚えていたんだな。
2人とも若かったし、夢も一杯あったな。

もう一度あの頃に戻りたいな。

NEXT LIFE  新しい人生 12

 ルナで、鈴木からゆかりママの弟の失踪について聞いた。

 ゆかりママの弟が入信したという教団の名は、『神州光輪会』という。教祖は花澤行雄。もとは日本労農人民党の創立メンバーの一人だった。

 1950年代は左翼の活動家だったが、1960年代からは右翼活動家になり、今は宗教家になっている。神州光輪会ができたのは1975年、学生を組織し活発な街頭演説で新規勧誘を積極的に進めて大きくなった団体だ。

 花澤の出身は九州長崎の香島だった。香島は炭鉱の島で川南炭鉱という会社が島全体を支配していたのだが、1950年代後半からは石炭が斜陽産業となり、衰退していった。恐らくそこでの、体験が政治運動に関わる動機だったのだろう。

 1960年代には、右翼民族派の企てたクーデター運動にも関わり、逮捕歴もある。ところが裁判では、検察側証人として出廷し、起訴された15人のメンバーのうち唯一人不起訴となった。その後は、宗教活動家として成功し学校法人も経営している。

「では、その裁判では仲間を裏切った、ということですね。そして、その後に宗教家として成功した。つまり、検察と何らかの取引をした、ということですね?」

鈴木は、そこまで疑ってはいないようだった。

「いやあ、そうとは限らないだろう。裁判でも裏切ったのかどうか、どんな証言をしたのかそこまで詳しくは調べていないから、分からないよ。まして、取引があったかなんて、飛躍しすぎじゃないか?」

「それは、大事なことだと思いますよ。その教祖が裏切るような過去のある人物だったとしたら、入信した弟さんは危険なことに関わっているかもしれない。」

「うーん、そうかなあ。ゆかりさんはどう思います?」

ゆかりママは、しばらく考えていた。

「そうね、私は弟を信じているから、そんな疑わしい人物に騙されたとは思えないの。kさんは、弟の失踪に教団が関わっていると思うの?」

「まだ良く分かりませんが、3つの可能性を考えています。

一つは、教団の何らかの秘密を知ったために教団の手によって、連絡が取れない状態になった。

もう一つは、教団の行動を監視していた公安にマークされ、その追及から逃れるために自ら身を隠した。

3つ目は、教団が政界とつながっていて、その政治の闇の部分を知ったために、権力の手によって連絡が取れない状態にされた。」

「それじゃあ、どっちにしろ教団は怪しい組織じゃないか。決めつけすぎてるのじゃないか?」

「そうかなあ、検察側の証人だったという時点で、私的にはアウトですけどね。一度裏切った人間は、次もまた裏切りますよ。そんな人間がトップに立てるはずはない。誰かの後押しがあるんだと思いますよ。」

「それが、政治の力と言う事か?」

「はい、政界と裏取引があるんだと思います。」

「まあ、もう一度その教団と教祖を調べてみるよ。」

鈴木は、渋々だが私の意見を尊重してくれた。

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