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NEXT LIFE  守るために 4

 ある日、凛が深刻な顔をしていた。

「あたし、できちゃったみたい。」

「できたって、何が?」

「赤ちゃんよ。」

いまさら何を言ってるのだろう?と思った。
波多野の子供のことは知っている。

「波多野さんの子供のこと?」

「何言ってるのよ、kさんの子よ。」

?・・・。

「僕の子供?」

「そうよ。他にいないでしょ!」

―――――― いやあ、そんなはずはないだろう。それは、ありえない。波多野の子供ができたから、父親と険悪になったのではないのか?

「どうして、僕の子供ってわかるの? 波多野さんの子供じゃないの?」

「波多野とは、もう4、5か月会ってないもの。いくら何でも、分かるわよ。」

「待てよ、君は波多野の子供ができていたんじゃないのか? 僕と会う前に、既に子供がいたんじゃないのか?」

「いい加減に、してよ。何で、そんなことを言うの?酷すぎるよ。」

凛は突然泣き出してしまった。

――――――

ルナで鈴木やゆかりママに事の次第を話し終えると、何故かどっと疲れが出た。

「赤ちゃんは何か月だって、言ってるの?」

ゆかりママにそう聞かれたが、私は何も知らなかった。

「わからない、そういう話はしなかった。」

「疑うわけではないけど、そういう事は確認しといたほうがいいよ。病院は行ったの?」

「いや、それも聞いてない。」

「何だ、それじゃあ凛ちゃんの言うままに信じているわけか?あれほど注意しろって言ったのに。」

鈴木までが、私の迂闊さを責める。

「うーん、兎に角、僕としては余りに想定外過ぎて。てっきり、波多野の子供がいると思い込んでいたものだから、何も考えられないんだよ。」

「kさん、ちょっとこれは状況が違いすぎるよね。これね、山名響子だと思っているから、まだ何とかしなきゃ、と思うけど。普通に聞いていたら、自業自得だよね。kさん、改めて聞くけど、凛ちゃんのこと好きなの?」

「うーん、そういわれると、困るよ。勿論嫌いじゃないけどね。だけど、自分の子供ができるなんてことは、全く考えてなかったんだよ。」

「ええっ、でもそれはやっぱり酷い話だよ。そういう事も含めて、考えたうえでの同棲じゃなかったの? 今の鈴木さんの言い方も酷いよ。まるで子供ができたのが悪いことみたいじゃない。むしろ、責任逃れをしようとしているkさんが悪いんじゃないの?」

ゆかりママは怒っているようだ。

「いやあ、ゆかりさん、これには事情があるんだよ。今はまだ話せないけど。ある意味、kさんは被害者とも言えるんだ。」

「どんな事情か知らないけど、被害者って事は無いでしょ。無責任すぎるよ。」

確かに、波多野の子供の有無を確認しなかったのは、自分の落ち度だ。だが、どうしても腑に落ちない。やっぱり、誰の子かはっきりさせるべきか、しかしどうやって?

「鈴木さん、こういう場合はどうしたら良いんだろう?」

「うーん、困ったな。俺も子供の経験はないんだよね。ゆかりママはどう思う?」

「まずは、病院で本当に妊娠しているのか、妊娠していた場合はその子が何か月なのか、その辺を確認することからじゃない?」

―――――― 妊娠を確認できたとしても、父親までは分からない。波多野じゃないとしても、月成や、他の男性客も考えられる。勿論、波多野以外で一番可能性があるのは自分なのだが。

自分が父親になる? 他人である香を守り育てるのには違和感はない。しかし、自分の子となると違う。全く考えてなかったからだ。心の準備もなしだ。

香を守るという事と、自分の子ができる事とは、全く次元の違う話しだ。

今の自分はどうなのか、只子供ができるという事に動揺しているだけなのだ。守るどころの話しではない。
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NEXT LIFE  守るために 5

 誰かの呼ぶ声がする。

「kさん、飲みすぎだよ、いい加減にしないと。明日は香ちゃんの入学式だろう。」

うん?香の入学式?

「何か言った?」

「何だよ、寝ちゃってんのかよ、目を覚ませよ。明日は、香ちゃんの中学校の入学式だろう? 折角、私立中学の入学試験に頑張って合格したんだから。kさんがそんなんじゃ香ちゃんが恥かくだろう?」

「ああ、入学式か。あっ、もうこんな時間か、凛に電話しなきゃ。」

「おい、何言ってるんだよ。凛ちゃんは3年前に亡くなっただろう。」

えっ、凛が亡くなった?

「凛が死んだって?本当か?」

「どうしたんだよ、凛ちゃんは3年前に交通事故で亡くなったじゃないか?・・・ まあな、その後kさんが一人で香ちゃんを育て、そして何とか私立中学校まで行かせることが出来たんだから、ホッとして、疲れが出たのかもしれないけどな。よく頑張ったよ。きっと凛ちゃんも天国で喜んでると思うよ。」

凛が、死んだ・・・。

突然すべてが虚しくなり、心が張り裂けそうな気がした。
そうだ、凛は香を残したまま、死んでいったんだ。

失ってみて、初めて凛と香がいる生活の大切さが分かった。
もっと、大事にすべきだったのだ。

――――――

「kさん、起きろよ。いくら何でも、店で眠っちゃ駄目だよ。」

鈴木の呼ぶ声で、目が覚めた。

「ああ、鈴木さん? ここは?」

「ルナだよ。」

「鈴木さん、凛は死んだんですね。」

「何言ってる? まだ酔いが冷めないようだな。凛ちゃんに子供ができたって話をしてたんだよ。」

「子供ができた?」

「そうだよ、kさんがそう言ってきたんじゃないか。」

・・・?
「じゃあ、凛はまだ生きてるんですか?」

「勿論だよ。kさん、寝ぼけてるのか?」

・・・ 夢だったのか。

香が中学校に入学する夢、そして、その前に凛が死んだという夢。

夢でよかった。まだ間に合う。

「鈴木さん、僕は、凛の子供の父親になるよ。誰の子供でも、構わない。僕が育てるよ。」

「どうしたんだ、急に。さっきまでは、父親何て、想像もできないって言ってたのに。」

「うん。夢の中でね、やっぱり凛と一緒にいた方が、その方が良いんだってわかったんだよ。考えてみれば、向こうの世界でね、一度そんな風に子供のいる生活も良いなって、思ったことがあった。

あの日だよ、山名の家に行った日のことだった。その日にね、ある人たちと、3人でドライブしたんだよ、お弁当食べてね、楽しかったんだ。

その時から、実は、そんな日が来ることを願っていたのかも知れない。
あのドライブは、現実ではなく、単なる妄想だったのかも知れないけど。
心の奥の願望が見させた白日夢だったのかも知れないけど。」

NEXT LIFE  守るために 6

 山名響子は、短大生の時に、玉響クラブというサークルの勧誘を受けて入会した。入ってみると、そこは神州光輪会の学生組織であり、そこで様々な宗教について学ぶことになった。

 勾玉が人の魂を表す日本古来の形であると教わり、勾玉の触れ合う時の音が玉響の意味であり、クラブでは魂が触れ合う一瞬の出会いを大事にしているといわれた。

 そして、神州光輪会の本部に行き、高場凛という聖名を授かったのだった。聖名を受ける者は限られており、教主である花澤行雄から直接名付けられるのだという。

「貴方の名前はこの後、高場凛となります。あなたの役割は、神の使者である子の母となることです。その為には、どんな苦難にも耐えなければなりません。その苦難は、母としての貴方に与えられた試練なのです。

 しかし、苦難を与えられるということは、神に選ばれた者のみが得られる、特権とも言えます。何故なら、人の精神は苦難を通してのみ鍛えられ、純化され、高みに至ることが可能だからなのです。

 多くの迷える人は、苦難を避けることを目的とします。ですが、それは間違っているのです。真正面から向かってのみ苦難は解消されるのです。野にいる獣たちは、逃げるものを追うようにできています。人は獣より早く逃げることはできません。ですから、逃げることは逆に獣を呼び込むのです。

 苦難も同じです。人は苦難より早く逃げることは出来ません。ですから、あなたはこの先どのような苦難にも逃げずに立ち向かうのです。そうすれば、子供は無事に育ち、あなたも幸せでいられるでしょう。」

 凛はそのように、教主花澤行雄から告げられた。そして、その言葉を素直に信じていた。

 正直、凛にも、子供の父が誰であるのかは、分からなかった。父の名前は教主から告げられていないからだ。しかし、問題は、子供を産み育てることなので、父は究極的には誰でもよかったのである。

 そして今、凛は子供を宿し、その父がkということになった。
後は、産み育てることだけである。

 月成は、教団からは武器の調達と、兵士の育成、将来におけるクーデターの実行が役割りとされていた。

 月成にとって教団は、単に魂の浄化の場ではなく、理念の実現の場であった。その理念とは、西洋文明からの独立であり、その対極としての東亜の団結であり、共生であった。

 その団結の中心が教団であり教主である。その団結の為の、神の使者としての高場凛の子供であり、それは波多野の子供でなければならないと考えていた。

 月成にとっては、kが凛の夫となることは、納得がいかなかった。月成にとって、kは波多野を追い詰め、武器の調達計画を狂わせた相手である。

 初めは、月成の世話になった、凛であるが、kの登場によって少し距離が出てきたのである。

NEXT LIFE  パピルスの手紙 1

 小野寺先輩から、山本一郎先生の取材の件で連絡があったと鈴木が言った。

「取材は許可されたけど、山本一郎本人ではなく、助手の長野という人が対応するらしいんだよ。」

「そうですか、でも少しでもわかれば助かりますからね。兎に角あってみましょう。」

エクスの緞帳の奥のテーブルで、長野と会った。

「長野義信です。宜しくお願いします。」

「雑誌リベルテールの鈴木です。こっちは後輩のkです。宜しくお願いします。」

「取材と聞きましたが、どんなことを知りたいのですか?」

「まずは、山本先生が漫画家から宗教家になる転機となったのが、ネパール・チベットの訪問だと聞きましたので、そこでどんなことがあったのか、お伺いしたいのですが。」

「ネパール訪問ですか、何からお話ししたら宜しいでしょうか。」

「先生がネパールを訪問されたきっかけは何かありますか?」

「先生は、ネパールに行かれる前に仏教を研究されていました。その過程でロシアの学者により1920年代に、お釈迦様のアーク(聖櫃)が発見された、ということを知ったのです。それを確かめるために行かれたと聞いています。」

「そのアークは実際に見つかったのですか?」

「アークと言ってよいのかわかりませんが、先生はある手紙を見たと仰っていました。」

「手紙ですか。どのような手紙ですか?」

――――――それは、長野の話によれば、2500年前のパピルスに記された手紙で、差出人はスキタイの女王レイシャで、相手は釈迦その人宛だったという。

「内容は、スキタイがエジプト及びメソポタミアを占領支配した際に、シュメールの伝説の箱舟アークが、発見されたというものでした。」

「では、釈迦のアークというのは実はシュメールのアーク(箱舟)のことだったというのですか?」

「はい、アークは契約の箱ともいわれますが、元をたどると、シュメールから始まったのです。山本はネパールで仏陀の研究をする目的だったのですが、思わずシュメールの箱舟に出会ってしまったのです。」

NEXT LIFE  パピルスの手紙 2

「山本先生がネパールのカトマンズへ行かれたのは、10年ほど前のことです。」

―――――― カトマンズのバザールを歩いて、何か珍しいものはないかと探していた時に、突然一人の少年がぶつかって来ました。少年がよろけたので、大丈夫かと手を差し伸べたのですが、少年は私のバッグを掴むとそのまま走って逃げ出したのです。

私は、逃げる少年を追いかけたのですが、バザールの狭い路地を子猫のよう跳んで走る少年を捕まえるのは難しく、追いかけるのが精一杯でした。

もう少しで路地から広い十字路へ出るという所で、荷車を引いた1頭の白い牝牛が現れて、出口を塞いでしまったのです。少年が、びっくりして転んだ拍子にバッグを手放したので、私はようやくそのバッグを取り返すことができました。

しかし、少年を追いかけてあちらこちらと走り回ったおかげで、自分がどこにいるのか分からなくなってしまいました。周囲を見回しましたが、見当もつかずに困っていると、その牝牛と目が合いました。

牝牛は、まるでついて来いと、いうように私をじっと見ると、ついと首を前に向けて、歩き出しました。それで、私は少年を置き去りにして、荷車を引いた牝牛の後ろについて歩いて行ったのです。

―――――― しばらく歩いていますと、バザールの外れに出てきましたが、やはりそこがどこなのか分からないでいました。不思議なことに、牝牛には御者もついておらず、ただ一人で歩いていたのですが、荷台には果物がたくさん積まれていましたので、途中で歩き疲れた私は、その荷台に乗って、ついでに果物も頂くことにしました。

牝牛はそのうちに、田舎道に出て、辺りはなだらかな田園風景になりました。いつの間にか、日も暮れてきて、ますます心細くなってきたのですが、そうするうちに一軒の農家の前でやっと牝牛は止まりました。

中から、その家の主人と思しき人が出てきましたので、事情を説明しようと身振り手振りで話したものの、なかなか通じません。近所から、村の人たちも出てきて、何やら賑やかになってしまいましたが、相変わらず話は通じないままでした。

最後に村で唯一の婆羅門僧が呼ばれて出てきました。英語と片言のサンスクリット語を交えて何とか説明すると、そこのお寺で一晩泊めてくれることになったのです。

NEXT LIFE  パピルスの手紙 3

 お坊さんが、どうやってこの村に来たのか、と私に尋ねるので「白い牝牛に導かれてやって来ました。」と答えますと、「ここには白い牝牛はいませんよ。」と言われました。そこで私が、あの白い牝牛ですが、と言って先程の牝牛を探しましたが、もう姿は見えませんでした。

お坊さんの話では、ここでは牝牛が死者の魂を霊界へと運ぶのだそうです。

「あの、ここは、この村は、霊界なのでしょうか?」と尋ねますと、

「ここには、この世の者もいれば、あの世の者もいます。この世でもあり、あの世でもあるのです。」と、仰いました。

お坊さんの答えは、その時の私には、理解しがたく、また語学の力不足もあり、それ以上この事については話せませんでした。

 一晩、その寺で寝みまして、次の日、朝早く目が覚めた私は、外を歩いてみました。すると、なだらかな、草原が続くその向こうに、朝日を浴びて,薔薇色に染まったヒマラヤの神々しく巨大な山々が、空から今にも降りてきそうなほど大きく迫ってくるのが見えました。

しばし、茫然として、景色に見とれていますと、あの白い牝牛が草を食んでいる姿が見えました。

 牝牛も私に気が付いたのか、こちらに歩いてきましたので、「おーい、昨日はありがとう。」と声をかけました所、「いいえ、此方こそ、いつも独り寂しく歩いていましたので、お陰で楽しく過ごせました。」などと、言うものですから、私も、ちょっとびっくりしてしまいました。

聞けば、ここでは、祭りの日のほかは、牝牛が荷車を引きことは無いのだそうです。その祭りというのは、死者を霊界に送るお祭りなのだそうです。

この牝牛は、普段人の目に留まることもなく、独り寂しい思いをしているそうなので、これからは私が昨日のお礼に、散歩に付き合いましょう、と言ってやりました。

牝牛と別れた後で、お寺に戻りお坊さんに、この寺に留まりたいとお願いしてみました。

「私は、ネパールで仏教の研究をしたいと思っていました。ここでその学びは出来るのでしょうか?」

「勿論出来ます。あなたが学びたいと思い、そのように行動すれば学べます。」

お坊さんが、そのように仰ってくれたので、私はそのお坊さんの元で学ぶことにしたのです。

その村に来て、初めの3か月は、農作業の手伝いや、炊事、洗濯、料理など生活全般の作業を学びました。そして、日常の生活が大方出来るようになりますと、いよいよ経典を読むことになりました。

そうして、その村の言葉や、サンスクリット語なども一通り話せるようになって、1年が過ぎました。

NEXT LIFE  パピルスの手紙 4

 此方に来て1年が過ぎ、語学の力もつきましたので、私はネパールに来た本来の目的である、アーク(聖櫃)について尋ねました。すると、お坊さんは一つの箱を出されました。

「これは、外国人によってアークと呼ばれていますが、お探しの物はこれですか?」と言われました。中を開けると、初めて見る文字が記された紙のような物がありました。

私には、初めての文字でしたので、お坊さんに「これは何なのですか?」と尋ねますと、「これは、古来より伝わるものですが、ある国の王様からお釈迦様へ宛てられた手紙なのです。ただ、その内の一部分だけしか残っていないのです。」と言われました。

私は「これが、私の探していたものかどうかは分かりませんが、でも何が書かれているのか大変興味がありますので、教えていただけますか?」とお願いしました。

お坊さんが仰るには、手紙はスキタイの女王レイシャから、お釈迦様宛に出されたものでした。

「親愛なるガウタマ様へ 私スキタイの女王レイシャは、ここに親書を送ります。

これは、わたくしの国に伝わる秘儀のことなのですが、これを貴方様の元へ送りたいと思います。

 と言いますのも、近頃ペルシャ人の横暴がひどく、私たちの国土も荒らされ、民も奪われ奴隷とされています。私たちはこの戦いが、神の私達に与えた試練であり、私達の国がペルシャに奪われる運命にあるとすれば、その時には、この秘儀を貴方が後世へ守り伝えて欲しいと思います。

 かつてシュメールの国で神の僕として泥から作られた人形である人類が、神により与えられた力を誤って用い、増えすぎて、神々の怒りを買いました。神々は会議を開き、増えすぎて傲慢になった人類を滅ぼすことを決められました

そして大洪水が起こり、そのためシュメールの国と人々が滅びた際に、神々のうちの一人が人類を哀れと思い、『天の船』と呼ばれた方舟を遣わし、選ばれた人と生き物をお救いになられた事がありました。

これは、人類と生き物が、世界が、かつて何度も滅びの時を迎えながらも、繰り返し復活の時を迎える事のできた秘儀なのです。滅びの原因と復活の縁起を示したものなのです。どうかガウタマ様がこの秘儀を正しく理解され、後世に伝えられることを望みます。」

残された、手紙の大意はこのような事でした。
それ以外の部分は、長い歴史の間に失われ、恐らく今はチベットにあるのだ思われます。

この箱が方舟なのか、それとも外に方舟があったのか、あったとすればどのようなものだったのか、それらのことは今では分かりません。

ただ、重要な事は、この手紙にあるように、シュメールからの秘儀が人類の創造と、滅びと復活の理を示している、という事です。それらを、学び伝える者たちが、このネパールにいました。その人達は『天の船』という教団を作っていました。

このお坊さんも、その一人だったのです。

NEXT LIFE  パピルスの手紙 5


 長野の話によると、山本先生は、そこで更に修業を積まれ、やがて『天の船』の一員として認められ、日本に帰って、『天の船』の日本支部を作ったとのことでした。

「『天の船』とは、どのような教団なのですか?」

「私達が目指しているのは、人間が創られたもの、つまり『人形』として生まれてくる存在であることの自覚と、認識。そして、その事を踏まえたうえでの、自由である事の認識です。」

「人形である事と、自由である事は矛盾しませんか?」

「私達は不完全な存在として生まれてきます。親無くしては何もできないし、何も理解することもできない。存在することが出来ないのです。しかし、いつまでも親に従っているだけでは、やはり存在できなくなります。

それは、精神が弱ってしまい、果ては狂ってしまう、そのような存在なのです。人形として生まれながら、しかし自立してゆかなければならないのです。一見すると、これは当たり前のことであり、誰もが子供から大人へと成長する、唯それだけの事のようにも思えます。

ですが、実際に多くの人は自立できたでしょうか?親をはじめ、自分以外の存在に頼ることなく、自由な立場で共存しているのでしょうか?

誰かが、誰かを支配している、或は誰かに支配されている、そのような関係から抜け出せずにいるのではないでしょうか?

原因は様々でしょうが、この支配、被支配、或は依存の連鎖を断ち切ることで自由な独立した関係が生まれるのだと思います。」

「それは、どのようにして可能なのですか?人は、単独では生存できませんよね、集団生活をする以上、何らかの支配関係が生まれるのではないでしょうか?」

「そうです。そもそも、無力な子供として生まれる以上、必ず、誰かに依存し、支配されるのです。シュメールの経典で言われる所の『泥から作られた人形』とは、このような子供の状態を言います。その人形は、神々のの労働を代わりに行うために創られました。人間の子供はまさに、その親の労働を肩代わりすることが求められます。

ですが、そこから成長する過程で、その依存を乗り越えなければならないのです。
その依存関係を乗り越えた状態が、自由な独立した人間なのです。しかし、これは誰もが出来るとは言えないのです。

この状態に精神が至る事を、私達は目指して修業しているのです。」

「具体的には、どのような事をなさっているのですか?」

「申し訳ありません、これ以上は実際に修業を体験して頂かないと、説明は難しいのです。」

「分かりました。ところで、山本先生がネパールへ行かれた頃、ほぼ同時期に『神州光輪会』の花澤行雄氏がネパールへ行かれたと聞いていますが、御2人のご関係についてお尋ねしてもよろしいですか?」

鈴木が、長野に花澤行雄について尋ねた。

NEXT LIFE  パピルスの手紙 6

「花澤さんの事については、私は何も分かりません。直接、花澤さんに
聞いてください。」

「以前は、ここで花澤さんとも親しくされていたとお聞きしましたが?」

「申し訳ないですが、私は、山本についてのお話と聞いていましたので、それ以外はお答えしかねます。」

「これは失礼しました。今日は、ありがとうございました。」

――――――

「長野さん、花澤の話になると、急に不機嫌な感じになりましたね。」

「そうだよな、何か話したくない事でもあるのかな。トラブルでもあったのかも知れないな。少なくとも、今の時点では『天の船』と『神州光輪会』とは、うまくいってなさそうだな。」

「そうですね、ネパールに行くまでは、ここで会ってたはずですからね。ネパールで何かあったのかも知れませんね。」

「まあ、長野さんの話を聞く限り、『天の船』と山名響子の関係はなさそうだし、『天の船』は、『神州光輪会』と違って危険な感じはしないよな。」

「そうですね、次は『神州光輪会』へ行ってみますか?」

「うむ、何とか伝(つて)を探さないとな。」

――――――

「kさん、月成さんという方が来てるわよ。今日はいらしてないって言ったんだけど、来るまで待つって仰るから。」

ルナに行くと、月成が待っていた。

「どうしたんですか?ここへ来るとは、僕に何か用事ですか?」

「久しぶりですね。随分な事をしてくれましたね。高場凛をかくまっているんですか?」

「かくまうとは、穏やかじゃない言い方ですね。実は、一緒に暮らしているんですが、子供が出来たので、店は辞めるように言ったんです。」

「子供が出来た、というのは誰の子供ですか?」

「僕の子供です。」

「あなたの?おかしいですね。その子の父は、波多野のはずですよ。」

「凛が僕の子だというのですから、間違いないです。」

「ふーん、随分優しい方なんですね。」

「今日は、そんなことで来たのですか?」

「いや、一つ警告をしに来たのです。花澤のことを、探っているようですが、おやめになった方がよいですよ。聞きたいことがあれば、私に聞いてください。」

「どうして、そんなことを言うのですか。花澤さんのことを探るだ何て、そんなことはしていません。」

「あなた方が思っている以上に、山本と花澤は繋がりが深いのです。エクスへ行ったことは、分かっています。」

――――――
長野が、月成に連絡していたのか。つまり、山本先生の取材に応じるふりをして、此方が何を知りたがっていたのかを探っていたという事か。

山名響子は、結局『神州光輪会』と『天の船』との両方に関係しているのか?
何故、山名響子なのか。
生れてくる子供が、香で、『神の使い』になるとわかっているからなのか?

もし、この時に既に香が『神の使い』になるとわかっていたなら、その母親である、山名響子をその役割の為に月成が保護しようとしていた。

そして、その父親も波多野であると、既に決まっていたのだろうか。
それらのことは、『天の船』と『神州光輪会』との両者での決定事項だったのか?
だとすれば、私が香の父親になるというのは、その決定に反する事になるのか?

NEXT LIFE  波多野の運命 1

 川南一作(波多野)は山梨の甲州建設の、建設現場で働いていた。そこは山奥の現場で、移動はすべて車を使い、プレハブの寮住まい。建設と言っても、道路の修復などが主で、外部の人と逢うことは滅多にない。完全に隔離された状態だった。

ある時、涼を求めて、山を流れる川で水遊びをしていた時に、仲間と離れて、近くの洞窟で休んでいた。そうすると、中から、光るものが見えるのに気が付いた。

時おり入る日の光に反射するその光に惹かれ、中をよく探してみると、水晶の塊があった。それを見つけると、波多野の頭にある考えが浮かんだ。水晶を集めて、持ち出し、ここを逃げ出して、もう一度外の世界でやり直すことである。

一度その考えが浮かぶと、この山奥で、何もできないまま一生を終えるのかも知れないと、絶望していたのだが、突如、ここを脱出するという希望が生まれた。
毎日の作業にも張りが出て来たのだ。

雨が降る日には、仕事は休みになる。そんな時には、寮で昼間っから酒を飲みながら、チンチロリンなどの博打に興ずるのが常である。

その日は、朝から雨が降り続き、夕方になっても止む気配はなかった。初めは数人で花札などをしていたが、皆途中でやめて部屋に帰っていた。最後に、川南とその男の2人が残り、チンチロリンで勝負していた。

その男が、負けて、いざ生産する段になると、突然関係のない話を始めた。

「お前、俺たちに隠している事があるだろう?」

「何の事だよ?」

「知ってるんだよ。お前がこっそり、あの洞窟に何かを隠しているところを見たんだよ。何を隠したんだ?」

「知らないよ、何を見たんだよ。」

「お前が、素直に白状しないのなら、監督にばらすしかないな。もし、金目の物なんかを隠していたら、どうなるかわかるだろう?」

「何も知らないよ、いい加減なことを言うな。それより、ここの負け分3万を払えよ。」

川南は、必死になって否定したが、酔った男は、興奮していた。

「ふざけんな、お前こそ、ばらされたくなかったら、10万払えよ。それでチャラにしてやるよ。」

「お前いい加減にしろ。3万払いたくないから、言いがかりをつけてるんだな。」

「監督の処に行ってくる。」そう言うと男は、立ち上がり、表に出た。

川南は、ここでバラされたら、計画が駄目になると焦った。

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歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

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