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NEXT LIFE  神州光輪会 1

 月成の先祖は、福岡藩で明治維新の後に福岡の乱に参加した反乱士族であった。祖父もまた、明治大正期に、アジア主義を掲げた団体に属していた。その団体は、初めは自由民権主義を掲げ、やがて国権主義と言われるようになった。自由民権主義は、民主主義に通じ、国権主義は一見すると国家主義に通じるようにも思えるが、根底にあるのは、反権力、反支配である。

士族の反乱は、裏切られた革命である明治維新の権力者に対するものであり、欧米支配への追従者に対する反対である。

自由民権主義は、その系譜としての反権力であり、民衆の側からの政治参加であり、反明治政府である。

国権主義は、国家レベルでの民権運動であり、欧米に対する対等な権利の要求、つまり不平等条約の改正であり、本来明治維新でなすべきであった、攘夷の系譜である。

 明治維新はそもそも、民衆の生活を安堵し、欧米への追従を止め、攘夷を成す為のもの、そのような建前であった。だが、当初約束した、年貢半減は、戊辰戦争のさなかに反古となり、それを信じた相楽など草莽諸隊は、偽官軍として処刑された。維新後も攘夷はなされず、却って鹿鳴館などの乱痴気騒ぎに表される様に欧米化、欧米への追従は加速した。

それらに反抗した月成の祖父は、やがて大アジア主義を唱えるようになった。朝鮮、中国、インド、ベトナム、インドネシア、マレーシアなどの独立運動、革命運動にかかわるようになったのである。

 戦後日本では、ファシズムや軍国主義と一括されるが、大アジア主義は単なる右翼とも違う。無政府主義者や、社会主義者なども関わっていた。そして、宗教家も多くその理論を支えたのである。
特に仏教界では、チベットやセイロン、インドへの探訪を通じて、各地の革命家とも関わることになったのである。

月成の父は、軍国少年として育った。しかし、戦争に征くことなく敗戦を迎えた。その為か、戦後の風潮には批判的であり、反米主義者であった。だが、戦後の右翼で、反米を唱える者は少なく、反ソ連一辺倒であった。少数の者が反米、反ソを唱えたが、日米安保に反対する者は国家に反するものとして、右翼的ではないとされた。


 月成は、軍国少年だった父に反抗したのか、マルクス・レーニン主義に傾倒した。反欧米を貫くものは左翼しかなかったからである。しかし、マルクス・レーニン主義そのものが欧米由来であり、冷静に考えれば攘夷の対象なのである。そう考えてゆくと、日本が戦う相手は、結局世界全体になってしまうのだが、それでは戦前と同じになってしまう。

迷った月成が、たどり着いたのが、神州光輪会の花澤であった。

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