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月の光 1

 向かい合った座席の真ん中に、小さなテーブルがある。窓際に肘をかけ、夜空を見上げる。晴れた日には、遠くの山の上で星たちが輝いているのが見える。皆が眠る時間、午前0時、時には流れ星が花火のように消え去るのが見えることもある。僕の住処はまるで寝台列車のようだ。部屋の中央の通路を挟んで反対側には、カーテンで仕切られた2段ベッドがあり、枕もとには小さな読書灯がある。

 いつものように窓の外を見ていると、今夜の月はとても大きく、ピンク色に輝いていた。突然、空から閃光が走り、ドーンと大きな音が聞こえた。何かの異変だろうか、不思議に思い外へ出てみた。野馬除土手を越えて、嘗て馬の放牧場だった辺り、今では葦の生い茂る湿地になってしまっている原っぱがある。野馬除土手は、高さが2、3mほどで竹を中心とした雑木林がその表面を覆っているため、その内側に立つと、周囲360度を高さ5、6mの城壁で囲われたような感覚になる。他には建物もないため、見渡す限り、空と土手と葦原以外何もない、解放された空間でもあるのだ。

 その原っぱの中央に、ひと際、葦が勢い良く伸びて穂をつけている一角があり、その場所だけがぼんやりと光って見えた。近づくと、こんもりと土が盛り上がり、人形のようなものの顔が見える。苔と泥に覆われて、はっきりとはしないが、大きな目がギョロリと動き、此方を見るのが分かった。

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月の光 2

 ひょっとして生きている人間かもしれないし、死体なのかもしれないとも思ったが、妙な確信が沸いて、人間ではないモノだと思った。

 さらに近づいて、人形の顔から苔と泥を取り除くと、緑色の大きな目が瞬きをして、何かを言いたげに見えた。頭と顔は硝子で出来ているのか、透明だった。

 苦し気な様子に見えるので、身体の全体を土から取り出し、全身を覆っていた、泥を取り除いてみた。全身が、透明で、内部には骨格のようなものが見える。

 しばらくすると、体の中が銀色に光りだし、やがて表面はプラチナのような灰色の金属で覆われ、それがまた柔らかな皮膚に変わっていった。

 体つきは人間そっくりだが、ロボットのようにも見える。ようやく落ち着いたのか、人形が話しかけてきた。人形の名前はモナと言った。

 「箱舟はどうなりましたか?子供は無事ですか?」唐突にモナが尋ねた。

 箱舟とは何のことか、尋ね返すとモナはゆっくりと過去の記憶を語りだした。

 モナは神々の争いから逃れるために、箱舟を作り、そこに生き物や植物の種などを乗せて、海を目指して大河を渡ろうとしていた。

 しかし、モナがいざ箱舟に乗り込もうとしたその時に、幼い子供の泣き声が聞こえた。既に嵐となり、大雨と強風が吹きだしていたのだが、モナはその子供を放っておけず、切れ切れに聞こえる泣き声を頼りに子供を探し、やっとの思いで箱舟に戻ってきた。

 子供を先に箱舟に乗せ、モナも続こうとしたのだが、雷鳴がとどろき、箱舟は大きく傾いた。モナは弾みで、タラップを踏み外し、泥水の中に投げ出されてしまった。モナは箱舟から、どんどん離れてゆきそのまま、濁流にのみこまれてしまったのだ。

月の光 3

 「そうすると、濁流に流されてここに埋まっていたんだね。それはいつ頃のことなの?」

 「分かりません、ちょっと待ってください。」モナは難しい顔をして、考え込んでいるようだった。

 「5万と2、321年前ですね。あぁ、違いますね、もう午前0時を回りましたので、52、322年前ですね。」真顔で、とんでもないことを言う。

 「ええっ、そんなに長い間?その間、一体何をしていたの?」

 「何もしていません。私は、先程貴方に助けて頂くまで、ずっとここに埋まっていたのです。ですから、その間何もしていないのですよ。」モナの話は突拍子もないことに思えたが、噓をついているとも思えなかった。

 やがて、人々の声が聞こえてきた。きっと、あの光と音の原因を確かめに来たのだろう。僕はモナを伴って、僕の列車のような住処に戻ることにした。

 「これが、僕の家だよ。さあ入って。」

 モナは僕の列車ハウスを見て呟いた。「これは、箱舟ですね。」

 「貴方は、いつからここに住んでいるのですか?」モナは眼を大きく見開いて、信じられないというように僕を見た。

 「残念だけどモナ、これは箱舟ではないよ。僕もいつからここに住んでいるのかは覚えていないけど、小さい頃から住んでいるよ。だから、箱舟ではないことは分かる。」

 「そうですか、でも私の知っている箱舟と、とても良く似ています。」

 モナと一緒に列車ハウスのタラップを上がり、家の中へ案内した。

月の光 4

 列車ハウスは、座席とベッドのある車両と、食堂車に別れているが、その間にバスルームがある。最初にシャワーを使うように勧めたが、モナの身体からは、既に泥も苔もきれいになくなっていた。モナの身体は水を使わずに、自力で洗浄することができるようだ。

 食堂車には大きな木製のカウンター付きのテーブルがあり、そのカウンターの向こうでは機械たちが食事を用意したり、食器を洗ったり、様々な仕事をするスペースがある。

 機械たちには顔がなく、おしゃべりもせずに、ただ無造作に仕事を繰り返していた。と言っても、住人は僕一人なので、仕事自体がほとんどないのだが。

 オレンジジュースとパンと水そしてサラダとソーセージとスクランブルエッグを機械に呼びかけると、それらが用意された。普段僕は、自分ではお茶すら用意することがない。それらは全て機械たちがやってくれる。ここへ来た始めから、僕はまるで赤ん坊の様に、ただ受動的に機械に守られた生活をしている。

 「こんなの食べられる?」モナが何を食べるのかわからず、かといって何も用意しないのも可哀そうだと思い、できる限りの用意をしたつもりだった。

 「はい、有難うございます。食事は本当に久しぶりで、嬉しいです。」

 5万年振りなのだから、嬉しいのだろう。こんな朝食のような食事でも、喜んでもらえると僕も嬉しくなった。しかし、僕自身考えてみると、この家で自分以外の人と共に食事をするのは、何年振りだろう。いや、食事どころか、この家で人と会話することすらないのだ。長い間僕は一人だった。

月の光 5

 この家に来た時には、初めのうちは父や母と呼ばれる人が一緒だったような気もする。誰だったのか正確には覚えていないが、機械以外の人間がいたと思う。だからそれは、多分両親だったのだろうと思っている。

 だがすぐにその人たちもいなくなり、僕は機械とともにここで生活していた。その誰かがいなくなったときは、とても寂しかった。不安で、孤独だったと思う。今では、そのような感情も薄れてしまったが。確か、10歳くらいまでは僕にも感情があったと思う。

 しかし、いつの間にかその寂しさは薄れ、憎しみとも怒りともつかない気持ちと、自分で何とかしようという気持ちに変わっていった。誰にも頼ってはいけない、と思っていたのだが、そのうちに誰にも頼りたくない、という気持ちに変わったのだ。だから、この場所に人が来ることはない。誰も呼ぶことがないからだ。

 不思議なことに、モナには何の感情もわかない。人ではないからだろうか。

 人に対しては、不必要な緊張感が生まれる。相手の機嫌を取るか、あるいは無視するか、どのような態度をとるべきか、その都度考えなくてはいけない。

 この家に来る前、確か保育園だったと思うが、初めて集団生活の場に行ったことがある。そこでは、僕は途中から入園したらしく、僕を除いた人々の間である種の社会が既に形成されていたようだ。新参者である僕には、分からないルールがあり、僕はそのルールを覚えることが極度に苦痛だった。

 ゲームをしたり、歌ったり、踊ったり、それら全てが苦痛で、いつも一人で地面に向かって絵をかいたり、何かを作っていたりしていた。
 
 結局そこにはたった一日で、拒否反応が出てしまい、その日以来、蕁麻疹や、腹痛、発熱などという症状を発してしまった。それでも、そこに通うことが自分に課せられた義務なのだと思い、やむなく従っていた。

 この家に来たことでその苦痛からは解放されたのだ。だが、代わりに孤独と不安を覚えることになった。

月の光 6

 食堂で食事を済ませて落ち着いたのか、明るいところで見ると、モナはいつの間にか貫頭衣のような衣服をまとっている。

 「いつの間に服を着たの?」僕は、驚いてモナに尋ねた、しかしモナは微笑を浮かべながら「これは、貴方の着ているような服とは違います。私の皮膚がこのように変形したのですよ。」と、答えた。

 モナの身体は僕とは違っている。始めは硝子の様に透明だったのだが、いつの間にか銀色に輝き、そうかと思えば灰色のプラチナのような皮膚になり、そして今度は洋服をまとったようになる。周囲の状況に合わせ変えられるのだという。カメレオンのようなものか。

 モナは珍しそうに、食堂者の中を見回し、機械たちとも何やらコミュニケーションを取っているようだ。どうやって機械と会話しているのか、僕には全く想像できないが、モナの表情には微笑みがあふれている。気のせいか、機械たちも嬉しそうに音を立てているようだ。賑やかになってきた。

 列車ハウスの部屋を移動し、座席に座って窓の外を見ると、低い雲が地上に降りてきていた。山でよく見る霧雲の様に、かすんでいる。よくみると、その雲の中をピンク色に光る何かが素早く移動しているようにも見える。

 「あの雲の中に、神々が来ていますね。敵なのか、味方なのかわかりませんが。」

 雲は、モナがいた野馬除土手で囲まれた葦原のあたりに降りてきて、同時にホタルのように光る何者かが一斉に雲の中から飛び出してきた。

 ピンク色のホタルたちはやがて、赤や紫、緑などの光を発して、乱舞する。その中で比較的大きな円盤状の何かが急上昇し、そうかと思うと突然反転し急降下する。

 窓をモニターに切り変えて、その葦原のあたりを拡大してみた。円盤のようなものの大きさはせいぜい40~50cmに見える。ホタルたちはもっと小さい。体長1~2cm位か。

 『こんなに小さな虫のようなものが、神々?』内心モナの言葉を疑ったが、モナは真剣な表情でホタルたちを凝視している。

 夥しい数のホタルたちが、地上めがけて突撃を繰り返している。モナのいた辺りは緑色に発色して輝いているが、攻撃によって土が掘り返され、美しかった葦原は無残な姿をさらけだしていた。    

月の光 7

 モナは、月を見ながら、思案しているようだった。月の光を浴びて、頬が少しピンク色に変わっている。頭はまるで大仏様の螺髪のように、髪がくるくると巻いている。

 モナは、きっとまだこの状況が自分でもわからないのだろう。勿論僕には全くわからないのだけれど、それが僕に何か関わってくるとは思えなかった。目の前に、モナという名前の人形がいるのだけれど、それは遠い世界のことなのだ。

 発光したホタルのような者たちは、雲間に隠れて消えていった。あれは、モナに対する攻撃だったのだろうか。それにしては、ただ土を掘り返しただけだったようにも思えるし、おびただしい数の虫たちが集まって飛び回っていただけのようにも思える。

 仮にあれが、神々の攻撃だったとしても、あんなに小さくては侮ってしまう。神々の攻撃というと、やはり何か畏怖すべきものがあるように思ってしまうが、それも見た目に関係するのか。

 例えばあの円盤状のものが、ひどく巨大で空いっぱいに広がるほどの大きさだったら、そこから雷のような巨大な閃光を発していたら、事態は全く違っていただろう。僕は恐怖のあまりに、どうすべきかわからず逃げだす方法を考えていたのかも知れない。

 実際には、驚くほど小さなものたちが暴れているだけで、いざとなれば僕でもなんとか対処できるのではないか、と思えるのだ。ちっぽけな虫のようなものでは、恐れるに足りないということだ。

 モナは、ここに自分がいては危険だと言い、すぐにも出ていくという。

 「モナ、心配することはないよ。いざとなれば、あれくらい、僕が何とか退治してみせるよ。」

 僕は全く根拠のない自信から、そういってモナを引き留めた。どうして、そんなことを言ったのか、自分でも不思議だが、モナに良いところを見せたいのか、それともただ安心させたいのか。相手が人形ではなく、生きている人間ならば、きっとそんなことは言えなかっただろう。

 自分に、誰かを守りたいなどという気持ちがあるとは、全く意外だった。だが、それはまだ人間相手ではない。

月の光 8

 翌日の午後になって、警察が来た。

 「城外開拓区入植地東13-8 入植者番号丁4624号 吾妻春清さん。こちらは城外開拓区警察です。捜査協力をお願いします。」

 「警告、ここでの応答のすべては画像および音声データに記録されます。城外開拓区警察の身分証の提示をお願いします。」

 警察官が身分証を提示すると、機械がそれを確認した。「人民警察城外開拓区所属、中西二郎さんですね。」

 「所有者は不在です。おかえりください。」機械が答えた。

 「ご家族の方はいませんか。奥さんか、息子さんがいませんか。」中西という、30代くらいの若い警官が苛立ちながら、声を荒げる。

 「所有者は不在です。おかえりください。」

 「中を拝見したいので、ドアを開けてください。」中西警察官は怒っているようだ。

 「所有者不在のため、許可されません。おかえりください。」機械が同じ答えを繰り返す。

 「協力できないというのならば、強制的にドアを開けますよ。」中西は、強引にドアに手をかけようとする。

 「裁判所の強制捜査許可証を提示してください。ない場合は許可されません。」

 「どうしますか?斎藤さん」中西が、もう一人の警察官に尋ねた。

 「面倒だ、一旦引き上げよう。」斎藤と呼ばれた、もう一人の警察官がそう言って帰ろうとした。

 「では、外部の写真だけ取っておきますか。」中西がそう言うと、機械が即座に応答した。

 「警告、ここでの許可されていない撮影データは抹消されます。」

 中西は、もう撮っちゃいましたよ、と言いながら、斎藤に写真を見せようとするが、データは既に抹消されていた。

 「なんだこれは、どうなっているんだ?」2人の警察官は、この列車ハウスに何か通常とは違う不信感を抱いた。

 「ここは、おかしいな。何かあるに決まっている。本部に上げて、しっかり捜査すべきだな。」斎藤はそう言いながら、いまいましそうに列車ハウスを睨んだ。

月の光 9

 城外開拓区警察署では、昨日の閃光と音について、マスコミや住民からの問い合わせが相次いでいた。警察署の表にまで、数台のマスコミの車両が待機し、カメラマンやレポーター、その助手などがドリンクボトル片手にうろうろと徘徊し、それを見た2人の警察官は益々不愉快な気分になった。

 「このゴミども、何とかなりませんかねえ。」中西が、さも迷惑そうに呟くと、「言葉に気をつけろ、余計なことを聞かれたら、それでまた大問題だ。」と斎藤がたしなめた。「そうですね、あいつらは問題を起こしてなんぼの連中ですからね。火のないところでも、煙を立てようとするのが生きがいだ。」と中西は収まらない様子で苦々しく吐き捨てた。

 「資料課の柳田を呼べ。」斎藤は、捜査課のデスクに戻ると、すぐにそう言った。中西が、資料課の柳田里美を連れてくると、斎藤は短く刈り上げた白髪頭から染み出る汗ををハンカチで拭いながら、吾妻春清についての家族台帳と、経歴について調べるように指示した。

 吾妻春清は古代地球史の研究者で、大学院を出た後は飛鳥研究所で勤務していた。家族は妻の吾妻千春と、息子の清人の3人だった。現住所に移ったのは13年前、春清が35歳の時だ。妻の千春は宇宙物理学の専門家で、やはり飛鳥研究所で勤務していた。

 中西が腑に落ちない様子でぼやく。「何ですかね、この飛鳥研究所というのは。どうして、古代史家と宇宙研究者が一緒に働いているのですかねえ。」

 「まあ、それも確かに変だが俺にはその辺のことはよくわからないからな。それより気になるのは、息子の清人だ。これを見ると、小学校、中学校とも障害者支援センターで教育を受けていることになっている。現在は18歳のはずだが、学校には通っていないし、かといって職歴もない。もし何らかの障害があるのならば、家にいるはずじゃないのか?

 その場合にはケアワーカーの支援を受けているのじゃないのか。そうでないのならば、どこかの福祉センターに所属しているのが普通だ。どちらにせよ、一人で家にいることは考えにくい。」斎藤は疑わしそうに眉を寄せた。既に犯罪者を追う目つきになっている。
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歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

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