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月の光 10

 下総香取の国立航空宇宙研究センターでは、城外開拓区での閃光と音について報告がなされていた。そこで問題になっていたのは、閃光と音の後に確認された、無数のホタルのような発光体と、円盤状の飛行物体だった。
 
 「状況からすると、この無数の飛行物体は何らかの攻撃者ではないかと思われます。」首都警察本部の科学捜査班橋本からの報告だった。
 
 それに対し、航空宇宙センターの乾主席研究員が質問した。「この飛行物体が現れたのは、雲の中からだったという目撃者報告もあるようですが、その雲は自然現象なのですか。それとも、何らかの人為的な物体ですか?」

 「それらもまだ分析中で確認はできていません。」

 「では何も、わからないということですね。しかも、何ら物的な手がかりもない。」

 「少なくとも、現状では化学的な異変は何も残されていないのです。単に、約10m四方の土地が掘り返されただけで、焼け焦げの後も、爆発物の後も、攻撃と呼べるほどの痕跡が何もないのです。」

 「今後の捜査方針はどうなのですか?」

 「衛星画像のデータ解析を急がせています。それと、現場付近の入植者への聞き込みですが、これもまだ確認が取れていませんので、急がせています。」

 「その入植者ですが、報告によると飛鳥研究所の吾妻春清氏となっていますが、間違いありませんか?」

 「はい、そうですが、何かございますか?」

 「いや、ちょっと聞き覚えのある名前だったのでね。それだけの事です。」

 「それでは、引き続き捜査をお願いします。」

 乾英明は、まだ学生だった頃に飛鳥研究所に通っていたことがあった。そこで、吾妻春清を知ったのだ。

 『もしあの吾妻がそこにいたのなら、きっと何が起きたのか、理解したに違いない。』乾はそう思った。

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月の光 11

 城外開拓区警察署で、中西が飛鳥研究所での聞き込みの結果を斎藤に報告していた。

 「吾妻夫妻ですけど、飛鳥研究所では現在メソポタミアの方に夫婦で長期出張中とのことでしたよ。日本にいつ帰ってくるのか、予定もはっきりしていないようです。」

 「ということは、所有者が不在というのは本当の事なんだな。息子を残したまま、夫婦で海外出張か。随分いい気なもんだな。旦那の方はまだ分かるとしても、女房の方は、子供が心配じゃないのかぁ?しかも障害を持った子供だぞ。エリート学者の考えることは、俺には全くわからない。で、息子の方はどうなんだ、何かわかったか?」

 「それについては、柳田に調べてもらっています。福祉センターの記録を照会するように言いました。今、呼んできます。」

 中西が、出ていくと、斎藤は飛鳥研究所についての資料をもう一度確認した。『障害を持った子供を日本において、夫婦で海外出張させる、そんなことが本当にあるのか。もしそうだとすれば、この研究所自体が怪しい、ということになる。

 何だか、わからないが、俺の経験からすると、ここには何か表に出せない秘密があるに違いない。』そんな、疑念が益々強まるばかりだった。

 暫くして、中西が柳田里美を伴って、戻ってきた。

 「吾妻清人ですが、彼は現在はどの施設にも通っていません。つまり、どこにも所属していないんです。」

 「じゃあ、いい年をして働きもせず、かといって勉強もしない、福祉の施設にもいかない、ということか。一体何やっているんだ。いくら何でも、暇を持て余して退屈するだろう。ずっと家に閉じこもっているのか?」

 「ですので、それが障害なんだと思います。社会性を持てないのじゃあないでしょうか。多分どこにも、所属不可能な精神的な障害なんだろうと思いますけど。」柳田里美が、斎藤の言葉に反発するように、目をまっすぐに見返して言った。

 「しかし、それは君の憶測だろう。何か、根拠でもあるのか。」斎藤も挑発されたのか、怒気を含んだ言葉で言い返した。

月の光 12

 柳田里美が、調査したところによると、清人はメソポタミアのバビロン市で生まれ、日本には4歳のころに帰国した。日本に来てからは、保育所に預けられた。夫婦共働きの為か、或は、日本社会の集団生活に馴染ませる意味もあったのか、理由は不明である。
 
 「その保育所で彼は、傷害事件を起こしました。何か鋭利なもので数人の子供たちの頭部を、突き刺したらしいのです。ところが、それを直接見た保育士は誰も居ませんでしたし、本人も自分がやったとは言わなかったと言います。

 彼はどこか宙を見るような目つきで、ただ「エンマリシュー」と叫ぶだけだった、と周囲の子供たちの証言があります。保育士たちも、この「エンマリシュー」という言葉は聞いたそうです。けれども、その意味は結局不明のままでした。

 その頃の彼はまだ日本語での会話が不自由だったため、保育士の聞き取りがうまくできていなかったことも推測されます。しかし、この事件を機に、保育所では受け入れを拒否されました。

 保育所と福祉センターの協議の結果、精神の発達状態に障害が認められ、周囲に危害を及ぼす可能性が確認されたとして、彼は一旦は障害者支援センターの管理下に置かれることになりました。

 しかし、両親の申し出により自宅での生活が認められたのです。条件として、自宅でケアロボットを用意し、介護するというものでした。そして一家は、あの城外開拓区に入植したのです。」

 柳田の説明を黙って聞いていた斎藤は「それで、おまえは何が言いたいのだ?」と、まだ納得いかない様子で尋ねた。

月の光 13

 柳田里美は9歳で父を亡くし、それからは福祉センターの管理下で母子家庭支援手当を受け取りながら生活していた為、月に一度の福祉センターの職員の家庭訪問日には、母がいつも緊張しながら対応していたことを覚えている。

 里美自身も、生まれつきの斜視があるためか、学校生活にもなじめなかった。今では、近視のせいもありメガネをかけているが、それでもどこか他人を正視することに気が引け、自信なさそうにおどおどしてしまう。

 里美が、資料課に配属されたのは、警察学校を出てから2年目だった。斎藤は日ごろ乱暴な言葉使いだったが、それが却って特別扱いされずに済むためか、斎藤に対しては、安心して自己主張することができた。

 「私が思うのは、彼はまだ4歳という年齢で、会話も不自由な外国に来たということです。それは、法的には母国かもしれませんが、彼にとっては見知らぬ外国だったのではないのかと思います。

 保育所では、その外国人を受け入れる体制が不十分であったのではないか。そして、彼が起こした事件に対しても調査不足だった可能性が窺えます。確たる証拠もなく、彼は危険であると断定され、一般社会から隔離された様に思えるのです。

 勿論、彼が他の子供たちを傷つけた、ということが事実だったということはあり得ます。ですけど、その場合にも、彼の中で何が起きていたのか、もっと時間をかけて、聞き取る事が必要だったのでは、と思います。
 
 彼が発したという、『エンマリシュー』という言葉一つ解明されずに、彼は、保育所と障害者支援センターによって、たった4歳で危険な精神障害者に作り上げられたのではないか、と思っています。」

 「そうすると、お前は、社会が悪い、と言いたいのか?」

 「社会とまでは言いませんけど、吾妻清人が一方的に非難されるべきだったのか、については疑問に思っています。」

 「ふーん、そうか、だがなお前も政府に仕える役人の一員だ、ということは忘れない方がいい。この社会で大事なことは、第一に秩序の安定を維持することだ。俺たち警察官は、その為に居るのだからな。

 理由は何であれ、秩序を乱すものを取り締まるのが役目だ、そして誰が秩序を乱したのか、それを判断するのは俺たちではない。俺たちは、行政府と、裁判所の命令によって動くだけなのだ。

 だが、まあお前の言い分は分かった。もし、お前が吾妻清人に関して、もっと調査する必要があるというのなら、俺は止めない。勝手に調べればいいさ。」

 里美は、思い切って自己主張したのが、意外にも斎藤に認められたような気がして、嬉しさと気恥ずかしさから少し頬を赤らめていた。

月の光 14

 「ところで、中西、飛鳥研究所だが、やはりお前が言っていたように、何かおかしい様に、俺も思う。だから、そっちをお前が納得いくように調べてみろ。いいな。」
 
 中西は、この2人が対立するのではないか、そうするとまた斎藤の怒鳴り声が響き、自分にとばっちりがかかるのではないか、と心配しながら様子を伺っていたのだが、意外な結果に少しホッとした。

 中西は、斎藤と組んでもう3年になる。かつては、斎藤と言えば『上司に逆らってばかりで、あれと組まされれば出世はあきらめろということだ』という評判だった。

 一方で、たった一度だけだが誘拐事件を解決したことがある。その時も、周囲の声を無視して、独断で犯人を割り出し、単独で犯人のアジトに飛び込んだ。結果的に、子供を救い出したものだから、懲戒免職は免れたものの、上司の怒りは尋常ではなかった。ただの偶然なのか、一部では斎藤の特殊能力だという説もあった。

 殆どがくだらない事件なのだが、確かに、犯人を言い当てることはあったのだ。だが、それでも、何の根拠もなく自説を主張するものだから、評価されるどころか変人扱いされていた。

 そんな斎藤と組むことになった中西は、斎藤とじかに接してみて、やはり頑固な変人だと確信し、出世は早々にあきらめた。が、代わりに上司に気兼ねなく自説を主張する自由を得たのだ。


 警察官が帰った後、モナは機械たちと何やら話し込んでいた。その結果、僕が今まで知らなかったことを教えてくれた。

 まず機械たちには名前があったのだ。料理を作ったり、洗い物をしたりする炊事場の担当はレインという。食事や飲み物を運んでくれたり、ベッドメイクや掃除などをしてくれるのは、マリアという。そして、外部との応答をしたり、列車ハウスの維持管理全般をマザーが引き受けている。

 親代わりとなって、僕に諸々の事を教えてくれたのはマザーだった。マザーは、思考する機械だ。列車ハウスの周囲を常に観察し、どんな小さな変化も見逃さない。快適な環境を維持するために、様々なデータ解析を行い、思考実験を繰り返し問題解決の最適解を導き出す。

 僕などは殆どボーっとしていて、外の景色を見て、ただ何も思わずに時がたつ。美しいと感じたり、変だな、雲行きが怪しい、などと思うこともあるが、大抵は何も思わずに、時がたつ儘に任せている。いつの間にか眠っていることもしばしばだ。

 マザーは、多分僕がここに来た時から、休まずに思考を続け、僕を守っている。問題が何も無いと思える時にも、休まずに監視して、絶えず働いている。絶えず分析し、修正している。そのおかげで、僕は生きてこられたのだろう。ここは、僕にとっては完璧な楽園だ。

月の光 15

 モナと、マザーはこの列車ハウスを、ホタルたちから守るために、策を練ったようだ。ある日、月のない新月の夜、蝙蝠の群れと、ウシガエルやガマガエル、トノサマガエルや青ガエルなど、大小様々なカエルの群れが列車ハウスの周りに集まってきた。

 マザーは、僕の為に戦う道具を用意した。と言っても、それはひとつは、金属製のバットで、もう一つは剣のようなものだ。もしも最後に敵から身を守るために、戦わなければならなくなった時に、動けるのは僕とモナしかいないのだ。

 だが、バットというのは僕は苦手だ。マザーにいつか野球ゲームを教わったことがある。しかし、ストライクとボールの区別をつけるために、全神経を集中しなければならず、結局バットを振った時には、ボールはミットに収まった後だった。シミュレーションゲームではあるが、何とも虚しい。だから、僕が選んだのは剣だった。

 やがて、暗い空に光のカーテンができ、それはまるでオーロラのように揺れながら降りてきた。暗くてよく見えないが、きっとあの低い霧雲もあるのだろう。今度はこの、列車ハウスをめがけて無数のホタルが舞い降りてくる。列車ハウスの周りは、今や色とりどりのホタルの光に照らされ、遊園地のようになっている。

 もしもこれが、神々の攻撃でさえなければ、それは何とも幻想的で夢を見ているような夜だったに違いない。今まで、こんな夜はなかった。辺りは、まるでサーカスのようにアクロバティックな蝙蝠たちの舞と、とても賑やかなカエルたちの大合唱と、変幻自在に色彩が躍る、小さな神々の光に囲まれているのだ。

 だが、戦いの火ぶたは切られた。蝙蝠たちが、ホタルをめがけて旋回し始める。その素早く無軌道な動きは、舞い踊るホタルたちの群れを切り裂き、光が激しく点滅する。ホタルは蝙蝠たちに捕食されているのだ。

 運よく蝙蝠の攻撃をかわし、低く、地上付近にまで降りてきたホタルも今度は、大きな口を開けたウシガエルや、ガマガエルの、長い舌に絡め捕られ、あっという間に飲みこまれてゆく。

月の光 16

 戦いは、一方的に僕たちの勝利のように思えた。夕暮れ時に、時折見かける蝙蝠の飛び交う姿は、悪魔のように気味悪く思えたものだが、神々の光に照らされた今ではとても頼もしく思える。そして、スポットライトを浴びた、ガマガエルのニキビ面も、何とも微笑ましく思えるのだ。
 
 その甘い気分を打ち砕いたのは、あの円盤状の発光体だった。彼らは、突如状の闇の中から現れると。すぐさま急降下し、その光の回転で蝙蝠の身体を弾き飛ばし、鋭い傷を負わせる。蝙蝠たちの隊列は乱れた。キーという悲鳴が耳に残る。断末魔の叫びだろうか。

 円盤は更に、高度を落とし、地上すれすれをかすめるように飛び、そしてガマガエルたちを襲う。切り裂かれるガマガエルの目に、涙のような光の粒が見えた気がした。グエーという大きな声を上げ、真赤な血を噴き上げてカエルたちが倒れてゆく。

 辺りは一瞬にして、凄絶な虐殺の場と化した。それは、僕の心に突き刺さり、怒りを感じるより早く、剣を手にした僕は戦場に飛び出していた。

 「止めろーっ!」怒りが声となって、全身を突き抜けた。光る円盤めがけて渾身の力で、一気に剣を叩きつけた。すると、円盤はあっけなく2つに切り裂かれ、それからまるでスローモーションフイルムでも見るかのように、ゆっくりと無数のホタルとなって崩れ落ちていった。

 これをきっかけに、蝙蝠たちは再び勢いよくホタルへとびかかる。落ちたホタルをカエルたちが、くわえ込む。僕も、一心不乱に円盤めがけて剣をふるい続け、気が付いた時には、僕の両手にも赤い血がこびりついていた。

 ホタルたちは、また空へと引き上げてゆき、ついに戦いは僕たちの勝利で終わったのだ。だからと言って、ホタルたちが、あきらめたとは言い切れないのだが。

 地上に落ちた蝙蝠や傷ついたカエルたちを、拾い集め、葦の湿原に返してやった。モナはこの時、驚くべきその能力を発揮した。たった一人で、土を掘り返し、多くの蝙蝠と、カエルたちの亡骸を埋めてやった。そして、どこから持ってきたのか、野の花を集めて作った花束を手向けてその冥福を祈ったのだ。
 

月の光 17

 翌日は、昨夜の戦いが嘘のように、輝く朝日が湿原と列車ハウスを照らしだし、ただ湿原に葦の穂先が風に揺らぐだけの静かな朝だった。戦いの後は何も残っていなかった。

 マザーは、建築業者を呼んで、列車ハウスの周囲10m四方に柵を張り巡らし、弱い電流を通わせ危険表示板を取り付けた。その工事が終わった午後、今度は、昨夜の騒ぎを何処からか嗅ぎ付けたマスコミの一隊がやってきた。

 彼らは、新しく出来た柵の一角にある門に取り付けられたインターフォン越しに、大声で呼びかけてくる。だが、マザーは一切応答をせず、ひたすら無視を決め込んでいた。彼らは、それでも執拗にチャイムを鳴らし続けた。

 業を煮やした一部の者が、力づくで柵を乗り越えようとして、手をかけた瞬間、何かに弾かれた様に、飛び退いた。電流に当たったのだろう。彼らは、危険表示板に気づき思い通りの取材ができないことを悟ると、引き上げた。

 マザーは、この新たな敵の襲来を予想していたのだろうか。今や、この柵で囲まれた領域が僕たちの守るべき、領土なのだ。そして、敵はこの大勢で、無遠慮に押しかけてくるマスコミなのだ。勿論、ホタルたちとの戦いも終わったわけではないのだが。

 ホタルたちと違って、僕にはこのマスコミの人々が何を求めてきているのかが理解できない、不気味なのだ。彼らが人間だからだろうか。始めは味方のような振りをして、状況次第ですぐに敵に変わる。それが僕の知っている人間だ。

 城外開拓区の警察署でも、マスコミや住民からの問い合わせが増えていた。

  『昨夜、城外開拓区の入植地の一部で、数多くの動物と思われる生き物の悲鳴が聞こえた、と地域の住民からの通報が寄せられました。

 私たちは、現地へと取材に向かいましたが、そこには列車のような箱形の物体があるだけで、その住人からは一切返事がありませんでした。周囲には電柵が張り巡らされ、私達が呼びかけると、その柵に電流が流され、数人の仲間が負傷しました。

 辺りは、古代から続く湿原で、鳥や虫やカエルなどの小動物の楽園となっていましたが、今やこの列車ハウスの為に、動物たちにとっても、危険な地域となってしまいました。このようなことが、開拓地で許されるのでしょうか。一部の入植者による、危険な開拓の実態が明らかになってきました。

 この列車ハウスの住人は、今も私たちの問いかけにい答えようとはしません。現地から大沢美穂がお伝えしました。』

 長い髪をそよ風になびかせて、目鼻立ちの整った美人レポーターが語るニュースをモニターで見ながら、中西がぼやいた。

 「けれど、誰も被害者がいないのだから、俺達にはどうしようもないですよね。」

月の光 18

 状況が変わったのは、マスコミの報道に感化された、環境保護団体や、動物保護団体などの人々の組織したデモ隊が、一団の群衆となって湿原に現れてからだ。

 群衆と言っても、せいぜい百人程だが、それでもこの城外開拓区でこの様に大勢の人間の集団を見るのは初めてだった。

 彼らは、葦原の周囲を探るだけでなく、葦原の湿原の中にも足を踏み入れ、モナの作った戦士たちの墓地をそうと気づかずに、踏み荒らしていった。

 そして、最初にモナを発見した場所、ホタルたちの攻撃を受けて無残に掘り返された辺りにも現れた。彼らは何を思ったのか、そこで気勢を上げシュピレヒコールを叫んだ。

 誰に向かっているのか、多分、環境を破壊する入植者は出ていけ、と僕には聞こえた。僕の住む列車ハウスに向かって叫んでいるのだろう。

 その様なデモの群衆が、数日の間、この湿原にやってきた。そして彼らが隊列を組み、柵の門の前にまで来たある日のこと。突然、蜂の集団のような黒いものが群衆を襲った。

 人々は、その蜂のようなものの攻撃を受けると「ギャー、痛い、痛い、助けてー」などと、口々に大げさな叫び声を上げ、慌てふためいて逃げ帰った。

 報道によると、デモ隊の人々は、頭部に鋭い何かで刺されたような、或は引掻かれたような裂傷を負ったらしい。僕には、関係のないことなのだが、いつの間にか、列車ハウスがその原因であるかのように噂されていた。

 「住民からの苦情が増えていますねえ。でも、これは、自分らには対処の仕様がないでしょう?」中西が、さもお手上げだと言わんばかりに、斎藤の顔を見る。

 「そうなんだがな、警察が何も動かないと言って、本部にも苦情が来ているらしい。」斎藤も、うんざりした様子で、答えた。

 丁度その時、内線のランプが点滅した。「斎藤さん、大和署長がお呼びです。」

 『参ったな』斎藤は、内心では列車ハウスの件だとは思っていたが、敢えて知らないふりをしようと決めた。

 署長室に入ると、斎藤はいつもよりも丁重に、かしこまって尋ねた。「斎藤です。失礼いたします。署長お呼びでしょうか。」

月の光 19

 署長の大和は、少し前に首都警察本部科学捜査班の橋本から、列車ハウスの状況について確認を受けていた。

 「どうやら、本部でも列車ハウスの件が問題になっているようなのだ。君の方からの報告では、列車ハウスには少年が一人で居住していて、直接の連絡は取れなかった、となっているね。確か両親はメソポタミアに出張中と聞いたが、その後の状況はどうなんだ?」

 「今のところ、ご報告できるような進展はありません。」

 「そうか、実は、科学捜査班の方から連絡があって、今回の蜂の騒ぎなのだが、その際に蜂の集団が雲の中から出現したというのだよ。」

 「蜂が雲の中から出てくるというのは、初耳ですね。そんなことがあるのですか?」

 「そんな馬鹿なことはない。つまり、これは蜂のような虫ではないということだ。少なくとも、地球上の虫で、雲の中から出てくるものはいない。」

 斎藤は、署長の話の意図が分からず、キョトンとしてしまった。

 「それは、どういうことなのですか、地球上の虫ではないとすれば、一体なんだというのでしょうか。」

 「うむ、科学捜査班の方では、雲の存在も含めて、今回の件が地球外生命体の可能性があるとみているのだよ。初めに、ホタルの大量発生があっただろう。あのホタルも、今回の蜂同様に雲の中から出現したといわれている。」

 「では、あのホタルも地球外生命体だというのですか?」

 「そうだ、科学捜査班の方ではそう疑っている。と言うのも、この件は既に国立航空宇宙研究センターが調べているのだ。だが、まだ一般には秘密にされている。まずは、列車ハウスの住人とのコンタクトを取るように、との指示なのだよ。」

 「ですが、そんなことが本当にあるのでしょうか。俄かには信じ難い話に思えます。」

 斎藤は、署長に対して失礼だとは思ったが、あまりの話に思わず、疑念を漏らさずにはいられなかった。

 それでも、大和署長は冷静だった。ノンキャリアで署長まで上り詰めた彼は、どんな状況でも本音を漏らさず冷静に対処し、決して上司の命令には逆らわない、というのが信条だった。それは、斎藤のような感情をあらわにする部下に対しても同様だった。

 「今回の事件は、我々の判断できる範囲を超えているのだよ。問題は、これ以上一般人をあの場所に近づけず、穏便に事態を収拾することだ。その為に、あの地域一帯を封鎖する。そして、できる限り早急に、列車ハウスを撤去するのだ。それしか方法はない。」大和署長は、表情も変えずに、列車ハウスの撤去を告げた。

 「撤去ですか・・・。承知しました、やってみます。」とは言ったものの、斎藤には別の心配も生じていた。

 斎藤は、列車ハウスの事を頭に浮かべた。もしかすると、既にあの中に地球外生命体が侵入していて、吾妻清人が危険にさらされているのかも知れない、そう思ったのだ。
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歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

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