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月の光 71

 議論は白熱していたのだが、突然に里美の携帯が鳴った。「あっ、スミマセン、ちょっと電話に出ます。」

 里美が電話から戻ってくると「モナさん、話の途中でスミマセン。もう時間です。斎藤さん、戻らないと、大和署長が探しているみたいです。」と慌てて帰り支度をする。

 どうやら、城外開拓区警察署で何かあった様子である。

 「それでは、モナちゃん、清人君、何だか中途半端になってしまって悪いが、これで失礼しますので。」3人は、あたふたと帰ってしまった。

 皆が帰って、静かになった列車ハウスの中で、清人が一人お茶を飲んでいた。

 「清人さん、何だか騒がしかったですけど、大丈夫ですか。」

 モナが心配して話しかけると、「ああ、僕は大丈夫だよ。でも、大沢美穂っていう人が来てから、随分と、話が弾んだようだね。僕には、未だによくわからないけど、これからどうなって行くのかな。」

 清人も、事態の展開に少し不安があるようだった。

 「ええ、まだ私にも、どうなるのかは分かりませんけど、多分大沢美穂さんは敵ではないのだと思いますよ。ですから、清人さんは何も心配せずに、いてください。」

 モナは、大沢美穂は敵ではなさそうだと思っていた。

 「いや、僕は、何ができるのかは分からないけど、それでも皆と同じ事をしてみたいと思っているんだ。変かな。

 今まで誰とも、接することもなく生きてきたけど、こうやってこの頃は、警察の人たちとも、何度も会っているし、少し自信が出てきたようなんだ。

 多分ね、モナと会って、蝙蝠やカエルたち一緒にホタルと戦って、それが大きいのじゃないかな。周囲を気にせずに、思いっきり、声を出して体を動かしたら、何か少し変わった気がする。

 変だよね、誰とも会わないのだから、そもそも周囲を気にする必要なんてなかったのに。何だろう、自意識過剰だったのか。まあ、そうだよね、一人だったのだから、自意識しか持てなかったのだからね。

 何だろうね、この感覚は、体を動かすのと似ているね。心を動かすのは。動かすと、何だか気持ちが良いみたいだね。」

 「清人さんは、この状況が楽しいのですか?」

 「楽しい?どうなのかな、その楽しいという感覚自体を知らないから。こういうのを、楽しいっていうのかな。

 少し、おなかの底がムズムズするような。そうだね、ブランコに乗って、高く上がるとき、そこから一気に下へ落ちて行くとき、そんな感じかな。」

 「ワクワクする感じですね。でも嫌な感じでなくて、良かったですね。清人さんが、楽しんでくれれば私も嬉しいですよ。」

 「そうなの?そうなんだ。僕が楽しいと、モナも嬉しいのか。ふーん、そうなのか。」

 清人は、他人との感情の交流を経験した事がなかったし、共に何かをするという事も無かった。だから、その全てが新鮮な驚きだった。

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月の光 72

 城外開拓区警察署に戻った斎藤は、すぐに署長室に向かった。

 「署長お呼びでしょうか。」

 「何処へ行っていたのかね。科学捜査班から連絡が来ているのだ。直ぐに、下総香取の航空宇宙センターへ向かってくれ。」大和署長は、少し苛立っているように見えた。

 「下総香取ですか、しかし、もうこんな時間ですよ。現地に着くのは9時過ぎてしまいますが、構わないのですか。」

 斎藤は、ただでさえ大沢美穂や、その後のモナとのやり取りの後で疲労している。これから向かうのは勘弁してほしいと思った。

 「一体何があったのですか?」

 「あの、蝙蝠やカエルの死体の事だ。詳細は確認していないが、光が関係しているようだ。それも、レーザー光線とは違うが、かなりの破壊力を持った光だという。」

 「それを我々に知らせるのは何故でしょうか?」

 斎藤は、頭が思うように働かない。疲労しているのを感じていた。

 「それを確認するのだよ。すぐに出発したまえ。」署長の言葉署長の言葉が厳しくなった。

 「あっ、承知いたしました。直ちに向かいます。」

 『ふう、駄目だな。頭が弱っている。運転を中西に頼みたいが、あいつもどうだかな。かなり、参っていたからな。』斎藤は、ため息をつきながら署長室を後にした。


 生活安全課に戻ると、すぐに中西を呼んだ。

 「悪いな、これから航空宇宙センターに向かわなきゃならなくなった。付き合ってくれ。」

 「航空宇宙センターって、もしかしてあの、下総香取のですか?」

 「そうだよ、他にはないだろう。」

 中西は耳を疑った。とてもではないが、今から長距離ドライブは勘弁してほしい。まして、下総香取はかなりの田舎である。これから、真っ暗な田舎道の運転は正直自信がないと思った。

 「署長命令なんだ。仕方ないさ。でも、まあコーヒーを一杯だけ飲んでからにしよう。頭がどうにも疲労している。」

 「自分もですよ。じゃあ、車の中で缶コーヒーを飲みますか。」

 「そうしよう。」2人は、連れ立って、缶コーヒーを買い、車に乗り込んだ。

 外はすっかり暗くなっていた。ここ城外開拓区から、下総香取まで、高速道路でも1時間はかかる。何も、無い田舎道を1時間も走ると、確実に睡魔に襲われる。

 電気自動車の自動運転モードをONにするのだが、何しろ旧式なので、安全の保証ができない。むしろ、自分で運転しない分だけ、余計に眠くなる。そう考え直すと、中西は、手動運転モードに切り替えた。

月の光 73

 国立航空宇宙センターでは、主任研究員の乾英明と、科学捜査班の橋本が、大きなモニター画面を見ながら考えあぐねていた。

 「このカエルの切断面ですが、レーザー光線による切断面のように鋭いものですが、それにしては熱を発した跡が見られません。ホタルと同様の生物発光と思われます。」

 橋本が、科学捜査班の調査結果を説明していた。

 「と言うことは、あのホタルまたは蜂がカエルを攻撃した、と考えているのですね。」乾が確認するように尋ねる。

 「はい、そうです。それと、こちらの画像は、小さな孔がカエルの首のあたりを貫いています。先ほどの切断面とはまた違い、非常に小さな鋭いものですが、やはりホタルの光が原因ではないかと思っています。」

 「それは、光を剣のように使用して孔をあけた、ということですか。」そんなことが可能なのか?乾は半信半疑だった。

 「はい、まさにその通りです。先ほどの切断面は、回転する力が加わっていました。こちらは突く力で開けたと思われます。」橋本の説明は、冷静だった。

 「ふーむ、そうすると、ホタルがその発光器官を剣や刀のように、或は回転する円盤のように武器として使っていると言うことですか。」

 乾は、それが武器として使わていたことに、関心を持った。もしそれを武器として使用したのなら、ホタルには高度な知性があることになる。ただの虫ではないと言うことを示している。

 「通常ホタルの成虫は、水しか飲まないので攻撃的になることはないのですが、あの蜂の性質があれば、攻撃的になることも十分考えられます。」

 橋本は、蜂のサンプルの例を挙げ、蜂とホタルの合体がこのような攻撃的なホタルを生み出したことを示唆した。

 「現在はまだ小さな蜂しか観測されていませんが、もしも、巨大化した場合には、人間にとっても脅威になると言うことですね。」

 乾の疑念は、蜂に対する恐怖に変わった。高度な知性を持ち、しかもレーザー光に匹敵する武器を備えた未知の生命体。蜂に対するイメージがそう変わった。

 「はい、それだけではありません。このカエルの切断面を見る限り、現在でも十分人間にとって脅威だと思われます。」橋本は、確信をもってそう述べた。人類に対する危険が、既に存在すると言うことだ。

月の光 74

 城外開拓区警察署の敷地を出て、10分程で高速道路に乗ると「ここからは、もう大丈夫ですよね。少し休みましょう。」そう言って、中西が隣の斎藤に目をやると、斎藤は既に眠っていた。

 中西は運転モードを自動に切り替え、タイマーを20分後にセットした。

 目をつむると、今日一日の出来事が頭の中を駆け巡る。大沢美穂の顔が浮かび、モナの顔が浮かぶ。人類改良計画と叫びながら、蜂とホタルの大群が、2人の後から空を覆いつくさんばかりに飛び回る。

 頭上に、蜂の針が突き刺さり、痛みと恐怖で、思わず声を上げた。ハッとして目を覚ますと、タイマーが鳴っていた。「夢か・・・しかし、随分リアルだったな。」中西は、呟きながら、前方の看板をちらっと見た。『まだ誉田か、下総香取まではまだ遠いな。』

 気が付くと、高速道路の両脇にホタルのような、或は小さな円盤のようなものが無数に飛び回り、光を放っている。

 「ちょっと、斎藤さん、何ですかねあれは。ホタルですか。随分たくさん飛んでますね。」中西は、不思議に思い、斎藤を見るが、まだ眠っている。

 『相当疲れているんだな。無理もないか、今までこんな話し合いは、経験したことがないからな。』

 誉田の看板を過ぎ、道路は北上する。やがて、飛行場の明かりが見えてきた。人家の明かりは殆どなく、暗闇の中に、飛行場のライトだけが夜空を突き抜けていく。

 それらを遠くに見ながら、尚も暗い道を走り続け、漸く、下総香取についた。運転モードを再び、手動に切り替え、高速を降りると、国立航空宇宙センターの看板がすぐ間近に見える。

 9時丁度に、入り口のゲートをくぐり、誘導のロボットに身分証明書を提示し、やっと地下の駐車場に車を止めた。

 「サア、着きましたよ。斎藤さん起きてください。」

 「もう着いたのか、案外早かったな。」

 「何、のんきなこと言ってるんですか。斎藤さんは、ずっと眠ってたけど、自分は起きて運転してたんですよ。」

 「そんなこと言って、殆ど自動運転だっただろう。分かってるんだよ。」などと、斎藤も軽口をたたく元気は回復したようだ。
 
 エレベーターで、乾と橋本の待つ8Fの会議室Bへ向かった。

月の光 75

 斎藤と中西が会議室に到着し、簡単な挨拶を済ませると、すぐに乾が質問をした。

 「確認しますが、あなた方は実際に雲の中から出てきた蜂と遭遇した、間違いないですね。」

 乾の声は、科学者らしく冷静に聞こえた。

 斎藤は捜査官としての取り調べには長年の経験があり、容疑者に対する質問の際には、声の抑揚、調子などに気を付けていた。

 時には相手をリラックスさせ、また時には厳しく責めることもあったが、それは一種芝居のようなものであり、あくまでも容疑者に真実の供述をさせるためであった。

 だが、この乾の声の調子、抑揚のなさは何処か、無機質であり、感情にかけるものがあった。科学者だからなのか、いやむしろそれは、この乾という人物の性質だろう、そう斎藤には思えた。

 「はい、そうです。我々は蜂と遭遇しましたが、手で追い払うとすぐに蜂はいなくなりました。」

 斎藤は、当時の状況を、思い出すようなふりをしながら、一方ではできるだけ簡単に話を済ませようと考えて答えた。

 「その時に、蜂はあなた方に攻撃をしてきましたか?」

 「攻撃と言うほどではありませんが、頭を少し刺された様な、チクリとした痛みを感じました。」

 「はい。自分も、頭を少し刺されました。」中西も、その時の痛みを答えた。

 「蜂に刺された後は、何か身体に変化はありましたか?」

 「いいえ、その時だけで、痛みもすぐに治まり、その後の変化はありません。」

 「そうですか、分かりました。それでは、これから検査室で簡単な検査を受けてもらいます。すぐ始めますので私達についてきてください。」
 
 淡々と質問は進み、唐突に検査室へ移動することになった。その間、斉藤達には何のための質問や検査なのかは一切説明がなかった。

 「何の、検査でしょうか?何の為に検査を受けるのでしょうか、理由と目的を説明してもらえますか?」斎藤は、少し憮然として尋ねた。

 だが、乾の答えは、検査が終わってから必要があれば説明する、というものであった。納得しかねるものだが、署長命令で来ているので、ここは大人しくするしかないと我慢した。

 再びエレベーターに乗って4Fの検査室へ移動すると、2人はベッドに仰向けに寝て頭部スキャナーの検査を受けた。

 「何ですか、これは、脳波の検査でしょうか?」斎藤が心配そうに尋ねた。

 「いいえ、脳波ではありません。蜂に刺された部分の皮膚を調べているのです。」

 「皮膚に、何か異常でもあるんでしょうか?」皮膚と聞いて、中西は余計に不安になった。

 「心配しないでください。何か、変化があるのかどうか、それを調べるのですから。」

 乾は、冷静に話すのだが、それが却って、他人事のように聞こえ2人は余計に心配になった。

 「軽い麻酔薬を注射します、暫くの間リラックスしていてください。」

 看護士の女性が、2人の腕に麻酔薬を注射する。

 乾と、橋本が何か話している声が聞こえていたが、やがて意識がなくなり2人とも眠ってしまった。

月の光 76

 橋本は乾に、モニター画面を見ながら説明していた。

 「あの2人の、蜂に刺されたと思われる部分の頭皮の細胞です。そこから、このように直線で光が走っています。今も、光のエネルギーが残っていると思われるのです。

 そして、その光が向かった先はここ、海馬だと思われます。」

 「その光は何故、残存しているのでしょうか。」乾が質問をする。

 「相当に強力なエネルギーだったのか。でもその場合、熱による変形が一切みられないのは不思議です。生物エネルギーだったとしても、細胞内の分子構造に変化が見られません。」

 乾の質問に、橋本が答えようとするが、橋本自身、うまく説明できないようである。
 
 「それと、もう一つは、エネルギーが何故海馬に向かっているのでしょうか。」

 「海馬は記憶に関連する部位です。記憶を破壊しているのか?しかし、新しい記憶から破壊するのは何故か。そこに意味があるのかどうか不明です。」

 2人とも、検査結果を見ても、納得のいく説明ができなかった。

 「別の可能性として、光を受信している、ということは考えられますか。」乾は、発想を変えようとした。

 「光を受信とは、どういうことですか?」

 「つまり、光を電気信号としてみた場合、蜂に刺された部分に、継続して信号が投射されている。蜂か、それの本体がいて、光を、電波のように彼らの、脳に送っているのです。

 その受信した光の信号を、記憶装置である海馬に送っている。海馬はその信号のメッセージに従って、各部分に振り分ける、または古い記憶を破壊し、新しい記憶として上書きしている。」

 「そんなことが可能でしょうか。もし可能だとしたら、それは誰かが、目的を持って行っている、ということでしょうか。」

 橋本は、乾の提起した新しい説明の内容に戸惑っていた。警察官である橋本にとって、そのような事は特定の犯罪行為を意味している。

 相手は、テロリストか、またはどこかの国家による犯罪か。何れにせよ、金銭目的の犯罪とは思えない。

月の光 77

 橋本が、まだ乾の考えをよく理解できないうちに、乾は新しい提案をした。

 「この2人の皮膚の細胞を少し、取りましょう。」

 「それは何の為ですか?」

 「蜂に刺された部分が、現在は見かけ上変化していません。しかし、その部分に、継続して光が当てられている、または光を受信している、とすれば細胞の構成事態に変化があるのかも知れません。」

 「では、細胞の分子レベルで詳しく検査すると言うことですか?」

 「そうですね、もっと精密に、ひょっとすると電子の異動レベルで調べることが必要なのかも知れません。」

 「電子レベルですか、分かりました。光の受信状態そのものを観察したいのですね。」

 橋本も、少し乾の考えが分かったような気がした。

 『乾は、この細胞が見た目には変化していないが、非常に細かな電子のレベルで変化していて、受信器としての役割を担っていると、考えているのだな。』


 乾と橋本が、このように話し合っている間、斉藤と中西はまだベットの上に横たわっていた。

 そして、ようやく意識が目覚めてくると、看護士の女性が「気が付きましたか。ではこれを飲んで下さい。」と言い、2人はコップを渡された。

 中はただの水のようだった。「これも何かの薬ですか?」中西が尋ねると「いいえ、疲労回復のためのドリンクです。」と看護士が答えた。

 「もう終わりですか?」斎藤は少し大きな声で乾に向かって聞こえるように尋ねた。

 「ええ、今日の所は終了です。もう帰って頂いて結構です。」

 「今日の所はって、また来るのですか?」斎藤は、乾の横柄な言い方が気に入らない。

 『もう少し言いようがあるのではないか。何の説明もなく、終わったから帰ってください、みたいな感じは、どうなのだ。お礼の一つもあって良いのではないか。』などと腹の内では思うのだが、やはり口には出せないでいた。

 「必要な時には、また連絡しますので、今日はお引き取りください。」乾は、全く無頓着だった。

 『なんだ、お引き取りくださいって、まるでクレーマー扱いじゃないか。』そう思いながらも、「分かりました。それでは、失礼します。」と大人しく挨拶をして部屋を出た。

 
 地下の駐車場で車に乗り込むと、早速中西が愚痴をこぼした。「何ですか、あいつらは。こっちは夜遅くに残業までして来てやったのに。最後はお引き取りください、って馬鹿にするにも程がありますよ。」

 「そうだな、全くだ。しかもあの検査が何だったのか、一言の説明もなしだ。これは、さすがに大和署長にも報告しない訳にはいかないな。」

 2人は、悔しい思いを一旦腹に収めて、また高速道路に向かった。

月の光 78

 高速道路を走っている途中、またホタルの大群が見えた。それは、低く垂れこめた雲の中を出入りしながら、下総香取の方へ、丁度斎藤たちの車とすれ違うように飛んでいた。

 「またホタルの群れですよ。さっきも見たんですよね。」中西が、腑に落ちないという風に呟いた。

 「さっきって、いつ見たんだ?」斎藤は、ホタルを見た記憶は全くなかった。

 「来る途中、誉田のあたりですよ。道路の上をいっぱい飛んでたんですけどね。斎藤さんは、起こしても寝てて起きないから、見てないんですよ。」中西は、斎藤が寝ていたことに少し文句を言いたかった。

 「そうか、悪かったな。しかし、あんな風にホタルがたくさん飛ぶのは初めて見るな。ホタルって、アンナに飛ぶのか?」

 「いやあ、自分も知りませんでしたよ。ホタルは、水辺でチョロチョロしてるもんだと思ってましたから。」

 「方向的には、まるで航空宇宙センターに向かっているようにも見えるな。不思議なこともあるもんだ。」



 航空宇宙センターでは、乾が斎藤と中西の頭皮の細胞をシャーレに入れて保管していた。

 「暫く、此方に保管して観察しますので、橋本さんは1週間後にまた来てください。」

 「分かりました。1週間後にまた伺います。」橋本も、航空宇宙センターを後にして、科学捜査班へと戻った。


 照明を落として、乾も帰った後、警備のロボットを除いて、誰もいなくなった航空宇宙センターの上空をホタルたちが飛び交っていた。


 城外開拓区警察署に着いた斎藤と中西は、大和署長に一言挨拶しようとしたが、既に署長は帰宅した後だった。

 「全く、これですよ。こんな残業を命令しておいて、自分はさっさと帰宅してしまう。」中西は、憤慨していた。

 「でも、まあ。予想通りだけどな。しょうがない、こんな時間だ。俺達も帰るとするか。それよりも、さっきから頭が妙に冴えているんだ。どうしたのかな。こりゃ、風邪でも引くのかな。」

 「斎藤さん、それって変ですよ。頭が冴えてるのに風邪ひくって。」

 「今日はちょっと、頭を使いすぎたからな。興奮しているのかも。こういうときこそ、その後、一気に来るんだよ。お前も年を取ればわかるさ。」

 夜の1時を過ぎて、やっと2人はそれぞれの自宅へ帰った。

 斎藤は家に着くと、さっきまでの興奮の反動か、どっと疲れが出た。日本酒を1杯寝酒に飲むと、あっとゆう間に寝てしまった。

月の光 79

 次の日の朝、斎藤はずっと夢を見ていた。子供の頃住んでいた、田舎の田んぼや、畑の風景。山が黄色く染まる秋の頃、少し寒くなって、田んぼに来る鳥の数が増えた。

 2両編成の、列車、多分電車ではない、ディーゼルカーだろう。その列車に乗って、いくつかの駅をゆっくり通り過ぎる。誰もいない無人の駅、外を見ても、田んぼばかりで、道すら見えない。

 どこから駅に来るのか、不思議だった。線路沿いはススキの穂がずっと続き、何故線路沿いに生えているのか、それも不思議だった。

 冬が近づくと、黄色くなった田んぼには白鳥が群れを成してやってくる。カラスの群れも、田んぼで休んでいる。少し先には低い山が、続き、雲が地上3mほどの杉の木の間から、湧いて出てくる。まるで高原のようだが、山形の田舎はそんな感じだった。

 列車には一つの車両に4、5人の乗客しかいない。それでも、朝早くには学生の姿で一杯の時もある。

 何処の駅だったか、おかっぱ頭の女の子、中学生か高校生か、短いスカートに黒いタイツをはいて、ちょこんと座っていた。濃紺の制服姿が何だか懐かしい。3駅ほど先で降りた。ほんの少しの時間の楽しみだった。


 電話が鳴った。「はい、斉藤です。」警察からだ。「どうしましたか。もうお昼過ぎてますけど、無断欠勤ですか?」人事からの連絡だ。

 『無断欠勤はしたくはないが、どうにも頭の調子が変だ。どう言ったら良いのか、痛いとか、具合が悪いわけではない。だが、要するに意識がふらついていて、今のこの場所にとどまれないのだ。

 あちこち、別の時間や場所に飛んで行ってしまう。今もそうだ、起きているのに、まるで夢を見ているようで、現実感がない。今日は休ませてもらおう。』

 「すいません、どうにも体調が悪いので、有給休暇にしてください。」

 「分かりました。次からは、事前に連絡くださいね。」

 長く働いてきたが、こんなことは初めてだな。どうしたんだろう、昔のことが次々と思い出されてくる。それも、田舎の思い出ばかりだ。田舎の景色が懐かしい。少し寒くて、寂しい感じ、そして、少し甘くてやわらかい田舎の料理。

 そばも、ラーメンも、みんな味が違う。今では関東の味にもなれてしまったが、どういう訳か、今日はあの田舎の味が恋しい。玉こんにゃくと、芋煮が無性に食べたい。

 参ったなあ、今から田舎に行ってみるか。そうだ、その前に中西に連絡をしてみるか。あいつも、具合が悪くなっているかも知れない。

月の光 80

 斎藤は、中西の携帯に電話してみたが、出なかった。

 あいつもやっぱり、寝込んでいるのかも知れないな。しょうがない、一人で出かけるとするか。
上野駅20番線から新幹線つばさに乗る。上野は変わらないな、相変わらずの人込みだ。

 大宮を過ぎて、利根川を渡り、ずっと平原が続く。全く平和だな、何もかも昔のままだ。宇都宮を過ぎ、郡山か。いつの間にかうとうとしてしまった様だ。もうすぐ、東北新幹線とはお別れだ。

 山形まであと2時間だ。ビールでも飲むか。そう思ったら、電話が鳴った。おや、中西からだ、あいつ今頃起きたのか。

 「あっ、斎藤さんですか?」

 「ああ、そうだよ。今頃起きたのか、電話したんだぞ、出なかったな。」

 「何言ってるんですか、斎藤さんこそ、ずっと連絡取れなかったんですよ。今、どこですか?」

 「今は、新幹線の中だよ。電話したのか?」

 「そうですよ、毎日電話してたんですよ。今まで、どこで何してたんですか?」

 「毎日って、何言ってるんだよ。昨日の夜別れたばっかりだろ。今日は、朝起きれなくて、会社は休んだけどな。お前こそ、昼頃電話したけど、出なかったぞ。」

 「斎藤さん、何かいつもと違うことが起きていませんか?」

 「何だよ、違うことって。会社休んだだけで、それ以外は別に変ったことはないけどな。」

 「そうですか、分かりました。自分が今からそっちへ行きますよ。会ってから話します。」

 「一体何だよ、今からこっちへ来るって言ったって、電車の中なんだよ。さっき言ったろう。」

 「ええ、新幹線ですよね。何処行きですか、何処から乗ったんですか?」

 「ええっ?変なこと聞くなあ。山形行きの新幹線つばさだよ。上野駅から13時ごろ乗ったよ。」

 「分かりました。上野駅13時発の新幹線つばさですね。何号車ですか?」

 「うんと、13号車だよ。本当にここに来るのか?」

 「ええ、そこへ行きますよ。」

 何だか、変なことを言うな、今からどうやってここへ来るっていうんだ。
 
 まあ、ビールとつまみでも買って、ゆっくり待つか。どうせまた電話してくるだろう。


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歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

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