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月の光 101

 斎藤は、60歳を迎え定年になり、城外開拓区警察署を退職した。その日は、列車ハウスで退職祝いが行われた。

 「斎藤さん、無事定年退職おめでとうございます!ある意味羨ましいです。」中西は、これからの自分を思うと、本当に斎藤が羨ましかった。

 「なぁに、中西だって、我慢すればその内定年退職できるさ。」斎藤は、そういうのだが、

 「でも、斎藤さんの代わりに来る人、山鹿さんでしたっけ、ちょっと気難しそうですよね。うまくやっていけるか不安ですよ。」

 山鹿というのは、斎藤の後任として、生活安全課に配属された50代の警察官であるが、口うるさく生真面目な性格な為、若い警察官からは敬遠されていた。

 「だがな、生真面目というのは、警察官としては良い資質だろう。まあ、俺とは違うが、見習う点はあると思うよ。黙って、付いていけば間違いはない奴だろう。」

 「そうですね、生き残るためには、問題を起こしそうな変な人が来るよりはましですね。辛抱しますよ。」

 「それで、斎藤さんは退職後はどうされるのですか?何か、予定はあるのですか。」里美が尋ねた。

 「いや、今はまだ白紙だ。取あえずは、のんびりするさ。帰る田舎もないしな。」

 「えっ、山形は故郷じゃないのですか?」

 「故郷と言っても、両親もいないし、探せば親戚はいるだろうが、長年連絡も取っていないからな。今更、帰る場所ではないさ。」

 「それじゃあ、暫くは、この城外開拓区で暇にしてるって事ですね。」清人が、珍しく自分から話に入ってきた。

 「ああ、そのつもりだよ。」

 「あの、乾さんの件はどうしますか?あれはこのまま放って置くのですか?」

 「うん、まあ中途半端になってしまったが、でもいずれはまた調べるつもりだよ。せっかくの能力が無駄になっちまうからな。」

 「そうですか、でしたらもし良かったら、僕もお手伝いさせてください。」清人が、自分から手伝いを申し出たのは、斎藤には意外だった。

 「清人君が?でも、今まで、何か人と関わったことないのだろう?大丈夫なのか?」

 清人にはある考えがあった。皆が、何かしらの活動をしてるのを見て、自分も参加したいと思っていたのだ。

 「僕も、皆さんの活躍を見て、自分にも何かできるのじゃないかと思っていたのです。でも、やっぱり一人では何をどうしたら良いのかわからなくて。

 でも、斎藤さんが、警察を辞めても、その事に関わるのなら、僕にも手伝わせて欲しいのです。邪魔になるだけかも知れませんが。」

「まあ、それは構わないが・・・。うむ、まあ・・・ちょっと考えさせてくれ。」

 斎藤は、ちょっと困ってしまった。清人に積極性が出てきたのは、良いのだが、これから斎藤がやろうと考えていることは、特殊な能力が必要で、普通の人にも難しい事である。

 それを、警察官の経験もない、まして社会人としての経験すらない清人に、できるのか。まず共同作業というものから教えねばならない。そう考えると、気が遠くなりそうなのだった。
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月の光 102

 清人が、斎藤の手伝いをしたいと言い出したが、斎藤は、まず何をさせてよいか分からなかった。そこで、手始めに体力測定から始めてみた。

 長年、列車ハウスの中でしか生活したことのない清人なので、体力がどのくらいあるのか、それを確認しようとしたのである。

 その結果、身体能力が非常に劣っていることが判明した。5段階評価で最低のEランクである。コミュニケーション能力は勿論ないのだが、それ以前に体力がない。

 「清人君、今まで何か運動はしてこなかったのか?」斎藤は呆れてしまった。

 「はい、スポーツの映像は見ましたが、自分でやったことはありません。」

 「仕方ないな、身体は最低限の資本だからな。何かいい運動はないか?」思案する斎藤に、モナが答えた。

 「あの、私が清人君を鍛えてみます。」

 「どんな方法で?何か得意なスポーツでもあるのか?」

 「いえ、スポーツは全くできません。でも、ずっと農作業をやってましたので。身体を使うことは得意なんです。」モナは、自慢気に答えた。

 「で、具体的にどうするんだ?」モナが自信ありげに答えるので、斎藤も何かいい方法でもあるのかと、尋ねてみた。

 「はい、それはこの湿地の一部を開墾して、畑にするんです。農作業をやれば、自然と体を動かすので、全身が鍛えられると思います。」

 『結局、自分の得意な農業か。でも、まあ確かに農作業なら身体を使うのは間違いないからな。』斎藤は、そう思って、モナの提案を受け入れた。

 「じゃあ、モナちゃん頼むよ。清人君を鍛えてやってくれ。清人君も、俺の仕事を手伝うというのなら、まずは体力が一番肝心だからな。頑張ってくれよ。」

 「はい、分かりました。やってみます。」と、清人も元気よく答えたが、実際にどんなことをするのかは全く想像していなかった。

 翌日から、早速、湿原の葦を刈り取る作業が始まった。

 「モナ、もう駄目だ、手も足も痛い。息も苦しくなってきた。ちょっと休もうよ。」清人は、10分程で音を上げた。

 「清人さん、休むのが早すぎますよ。30分経ったら、休憩しましょう。」モナは、直ぐには休ませなかったが、清人はその場にひっくり返ってしまった。

 「いやあ、こうやって空を見上げると、気持ちがいいねえ。やっぱり体を、動かすと気持ちがいいね。」などと、吞気なことを言って言いる。
  
 清人もやる気はあるのだが、なかなか思うようには動けないようだった。

月の光 103

 斎藤が退職して、半年がたった。清人は徐々に、体力をつけ農作業も、最近ではモナの立てた、一日の作業計画を予定通り達成できるようになった。

 「清人君、もうそろそろ運動できる体力は付いたようだな。」斎藤は、清人の体つきを見て、大分筋肉がついてきた様子に安心した。

 「はい、もう大丈夫ですよ。鍬入れや、鎌で雑草を刈ったり、何でもできますよ。」清人は、随分と自信がついたようで、声も大きくなり快活な性格に変わってきた。

 「それでは、一度、試しに言葉を使わずに、コミュニケーションをとる訓練をやってみよう。」

 斎藤は、記憶の中に入るのに必要な能力が、コミュニケーション能力だと思っていた。それも、以心伝心のように、言葉を使わないコミュニケーションである。

 「でも、それはまだ難しい、ですよね。何しろ言葉を使うコミュニケーションすらまともにできないのですから。」清人は、そう言ってまだ自信がなさそうであったが、斎藤はお構いなしだった。

 「何を言ってるんだ。元々言葉をつかえない方が、この場合は有利なのかもしれない。下手に頭で考えずに、相手の目を見て、その動きを予測する。スポーツと同じだよ。

 本来なら、何かバスケットボールや、剣道とかそういう激しい動きのあるスポーツで教えるのが良いのだが、今の俺には無理なんだよな。

 それで、考えたのだが、城外開拓区警察署の道場で暫く、剣道を習ってみるのはどうだ?」

 斎藤の提案に、清人は一瞬驚き、目を丸くした。

 「そんなことが、可能なのですか?僕が警察署で剣道を習うなんて。」

 「まあ、清人君さえその気になってくれれば、あとは俺から署長に頼んでみるさ。どうする、やってみるか?」 

 清人は、不安な気持ちがまた過ったが、それでも勇気を振り絞り、自分が社会に出る第一歩だと考えた。
 
 「はい、斎藤さんありがとうございます。剣道を習ってみたいので宜しくお願いします。」

 と、清人にしては随分殊勝な挨拶をした。


 斎藤の頼みを聞いて、大和署長は 『何を考えているんだ、あいつは。』と一度は、断ろうとしたのだが。

 『しかし、これも無職で引きこもりの若者を社会復帰させるためだと思えば、警察署としても、良い宣伝になるかもしれない。』

 そう考え直して、快く許可してくれた。

月の光 104

 新しくできた坂東地方管区では、乾と橋本が自治国家の設立を進めていた。そこでは、航空宇宙センターの派遣職員に対して、ある実験が行われていた。それは、ホタルの光によって成長した斎藤と、中西の脳をスキャンして、派遣職員にデータを移植するものだった。

 「派遣職員の活動はどうだろう。問題なく作業出来ていますか?」乾が橋本に尋ねた。

 「はい、彼らは、予定された作業を順調に消化しています。」

 「何か気になる点はありますか?」

 「今のところ、問題行動はないのですが、しかし、まだ被験者の数が少ないので何とも言えません。」

 「そうですね、まだ被験者は20名程度ですか。もう、半年もたつので、もっと対象人数を増やさなければなりませんね。」

 「問題は、そこなのです。今ある、斎藤と、中西の脳だけでは、データが偏ってしまいます。同じデータを持った、人間ばかりが複製されることになりますが、それで良いのか疑問があるのです。」

 橋本は、同じ遺伝子の脳を持った人間が増えても、あまり意味がないのではないかと考えていた。

 「ホタルの光によって彼らの脳は、初期化されていますから、経験値という意味では真っ新な状態ではあるのですが。そもそもの、遺伝子情報が限定されています。従って、遺伝的には偏った人間になるでしょうね。

 ですが、殆どの人間の遺伝子はそんなに差がないので、むしろ経験による差が大きいのではないかと、私は思っていますが。」

 一方、乾は経験の方が人間の脳を形成するうえで重要なのではないかと考えていた。

 「統計的に判断するには、最低でも被験者は1000名は欲しいのですが。ただその場合は、問題が発生した際にコントロールできなくなる可能性もあります。」

 「では、まず被験者を100名に増やしましょう。そして、その100名を、2グループに分けます。斎藤の脳と、中西の脳の2つのグループです。それで、同じ作業をやらせてみて、何らかの差異があるのか、検討しましょう。」

 「分かりました。それで、もしも差異が見られれば、遺伝的な偏りがあるのかもしれない、ということですね。」

 飛鳥研究所から派遣された職員は、脳のデータを移植し、全く差異の見られない人間を作り出すための実験対象とされていた。

月の光 105

 仕事帰りに、中西と里美が列車ハウスに現れた。

 「斎藤さんが退職されてから、皆さんが集まるのも、久しぶりですね。」

 モナが歓迎の挨拶をすると、里見が答えた。「はい、実は、今日は美穂さんから連絡があったのです。20時のニュースを見るようにと言ってたので。」

 「そうか、それで俺の所にも、連絡が来たのだな。でも、どんなニュースなのだ?」斎藤が、里見に尋ねた。
 
 「それは、見ればわかるって言ってましたけど。」里見も、内容は知らされていなかった。

 暫くして、ニュースが始まった。

 『ここは、九州玄界灘にある島です。実は、この島で、大型の蜂が発生しています。大陸由来の蜂ですが10年ほど前に、初めて発見され、それ以来何とか定着を防ぎ駆除しようと努力が続けてこられましたが、遂に大規模な巣が発見され、駆除は不可能と判断されました。

 問題は、蜂だけではありません。気候変動の影響なのか、多くの大陸由来の昆虫が侵入しています。アリや、最近ではバッタも飛来するようになりました。

 これらは、気候変動の為と言われていますが、人や物の移動に付随して侵入する例も見られます。一度定着した昆虫を根絶させることは不可能と見られます。

 この傾向が続くと、東日本で発生した蜂やホタルのように、新種の昆虫の侵入も懸念されています。それらがどのような病害をもたらすのか、それもまだ分かってはいません。

 現状の、水際対策はすでに破綻しています。それに代わる対策はまだ政府内で検討すらされていません。果たして、人やモノの移動を現状のままの管理で良いのか、懸念されています。

 玄界灘の国境の島から大沢美穂がお伝えしました。』

 皆、ニュースが終わっても暫く黙っていたが、斎藤が口を開いた。

 「美穂さんは、あんな所に行ってるんだ。」

 「玄界灘って言ってましたよね。あそこの島は、以前から大陸からの侵入が多いですよね。虫に限らず、人も。物も良く流れ着きますからね。」中西が、そう言うと 「詳しいじゃないか。なんで知っているのだ?」と斎藤が少しからかうように尋ねた。

 「いやあ、自分だってニュースは知っていますよ。でも、美穂さんがわざわざレポートするってことは、あの島にも、異変があるってことですかね。」

 「そうだろうな、でなけりゃ、わざわざ皆を集めたりしないだろうし。」

 「でも、今回は、種類が多そうですね。蜂だけじゃなく、アリやバッタもって話してましたね。」里美が、不思議そうに言った。

 「バッタは、私がメソポタミアにいたころも、困っていましたよ。大発生しましたから。その為に、バッタに襲われた国は、飢饉になって、他の国と戦争になったりしていましたね。」

 モナが昔もそういう事があったと話した。だが、誰もどのような被害がこれから起きるのか、具体的には想像がつかなかった。           

月の光 106

 清人は、剣道の腕も上達してきて、戦闘力にも自信がついてきた。

 「斎藤さん、そろそろ僕も、実戦がしたいのですが。何か、予定はありませんか?」清人は、腕試しがしたくて、斎藤に尋ねてみた。

 「実戦と言っても、まだ剣道の試合で勝ったこともないのだから、できるのか?」

 斎藤の目から見ると、清人は気持ちばかり先走り、できる気になっているようだが、実際には、まだまだ役には立てそうにないと思っていた。

 「でも、大分相手の動きが読めるようになってきたのですよ。後は、実際に、誰かの意識に飛び込んでみた方が早く覚えるのではないか、そんな気がしています。」と、あくまでも清人は強気であった。

 長い間、他人と関わらず、自信も持てずにいたのだが、今はその反動の所為か、急に自信過剰になったようである。

 「まあ、分かったよ。今度、航空宇宙センターに行ってみよう。あっ、駄目だな。乾は、まだ無理だ。俺もあいつには敵わなかったからな。

 そうすると、橋本という事になるが、あいつも今は坂東地方管区警察署の本部長だからな。簡単にあえるかどうか。まあ、一度連絡取ってみよう。」斎藤は、あまり気が進まなかったのだが、渋々引き受けた。

 「おお、お願いします。」と清人は、単純に喜んでいた。


 列車ハウスで、斎藤はモナに清人の実力について尋ねてみた。

 「清人さんですか、大丈夫だと思いますよ。いざとなると、力を発揮します。以前、ホタルに攻撃されたときですけど、突然飛び出して、剣を振り回したことがありました。

 でもそのおかげで、一気に形勢逆転して追い払うことができたのです。隠された力があるのだと思いますよ。」モナは、その時のことを懐かしそうに思い出していた。

 「そうか、意外にやるんだな。でも、隠された力なんて本当にあるのか?たまたまだったのじゃないのか?」斎藤は、モナの話に疑いを持っていた。

 「ええ、まあ本当のところは分かりませんけど、マザーの話では、清人さんは生まれるときに植物のエネルギーを受けていた、そんなことを言ってましたけど。」

 「植物のエネルギー?どんなものなのだ、それは?」

 「それは、ちょっと分かりません。スミマセン、いつも中途半端で。」

 モナも詳しくは知らなかったが、何かエネルギーがあるらしかった。

月の光 107

 西日本で起きた、大陸からの昆虫の侵入は、斎藤たちにはどこか遠い世界の話に感じられた。
 
 一方で航空宇宙センターの乾は、西日本での昆虫たちによる被害を知り、それに対する対応策を検討していた。

 被害は、作物や、人に対するものだけではなかった。アリは地下に侵入し、地下に張り巡らされた、光ファイバーを切断していった。バッタは地上に置かれた、電送施設の基地局やデータセンターに侵入し、それらを破壊した。

 そして、アリやバッタの周囲には、上空から蜂が飛び回り、復旧作業を困難にした。それらは、まるで統率のとれた軍隊のように、整然と侵攻しているように見えた。

 「橋本さん、丁度良い機会が訪れましたね。ホタルの光によって改良された職員を、西日本へ派遣しましょう。」

 「はい、本当に良い機会になりました。しかし、相手は昆虫のようですが、化学的に駆除する方法でよいのでしょうか。」

 「いえ、単なる昆虫ではないようです。情報によると狙われているのは、情報インフラ設備のようですから。恐らく、相手も改良された昆虫でしょう。」

 「そうすると、彼らも、我々のようにホタルの光を浴びたのでしょうか?」

 「何らかの、影響はあるのかも知れませんが、ホタルからの情報では、彼らは我々とは無関係のようです。むしろ、我々の目指す、人類改良計画とは、異なるものでしょう。ひょっとすると、彼らは人類の絶滅を目指しているのかも知れません。」

 「ホタルたちは、人類の絶滅に関与しているのでしょうか。ですが、我々には、人類を改良して攻撃性をなくすことで、人類の破滅を防ぐと指示されていますが。」

 「ええ、確かに我々はその様に指示を受けました。ですから、協力しているのです。しかし、我々の知るホタルとは異なるホタルがいるのかも知れません。吾妻教授のタブレットでは、神々の争いがあったと言います。」

 「もしもそのタブレットの通りだとすると、ホタルたちにも、敵と味方がいるということですか?」

 「ええ、そこなのです問題は。誰が、敵なのか、味方なのか。我々自身、ホタルの指示を信頼してはいますが、これが本当に人類の未来にとって良いことなのか。それは、まだ分かりません。

 ですが、私は、日本の未来のためには、外国の勢力を排除して生き残る道を探る必要があると思っています。その為には、日本人の改良が必要なのです。」

 「はい、その点については、私も乾さんと同意見です。外国との貿易、交流は良い面もありますが、結果として日本の秩序を乱してきました。その結果は、日本という有機的な共同体の破壊につながってしまいました。

 西日本における、昆虫の侵入も、私は外国との過剰な貿易、交流のせいではないかと思っています。」

 「今回、西日本での昆虫による情報インフラの破壊は、外国からの攻撃とも考えられます。ですから、侵入した昆虫ののサンプルを生きたままの状態で捕獲することが重要です。」

 「分かりました、西日本に派遣するメンバーには、昆虫のサンプルを生きたままで持ち帰るように指示します。」

 橋本は、坂東地方管区警察の本部長として、航空宇宙センターの改良された職員を率いて、西日本の昆虫を駆除するつもりだった。

月の光 108

 大沢美穂が列車ハウスを訪れた。

 「西日本の昆虫駆除の為に、坂東地方管区警察が職員を派遣すると聞きました。その事で、斎藤さんに情報収集をお願いしたいのです。」

 「中西の話では、橋本が部隊を率いるそうなんだ。美穂さんの頼みなら、俺の方で橋本と連絡取ってみるよ。」

 「それ、僕にも手伝わせてください。一緒に行っても良いですか?」清人が、斎藤に頼んだ。

 「一緒に行くのは構わんが、遊びじゃないからな。どう紹介したら良いのか、考えものだな。」

 清人のことは、橋本も乾も知っている。しかし、それは列車ハウスの住人としてである。あの吾妻教授の息子であり、しかも精神的な理由から社会生活不適応とされている。

 そもそも、橋本にとっては、ホタルや蜂が最初に出現した際に、捜査が難航したのは、この清人の所為だという認識がある。

 その清人を、連れて行っても、橋本が快く受け入れるだろうか、斎藤には悩むところであった。

 大沢美穂が一つの提案をした。

 「清人さんは、吾妻教授の息子さんです。そして、吾妻教授はメソポタミアの超古代文明の研究者でしたが、現在は飛鳥研究所との関係から研究がストップした状態になっています。

 このことを逆に利用しましょう。清人さんが、吾妻教授の研究を引き継ぐのです。吾妻研究所を設立して、その所長という肩書はどうでしょうか。」

 「そうか、それであれば、俺もそこの研究員という肩書ができるわけだな。それであれば、今回の昆虫の侵入を調査する名分も立つわけだ。」

 斎藤は、その提案に飛び付いた。

 「凄いアイデアですね、美穂さん。それじゃあ、僕は研究所の所長で、斎藤さんの上司になるわけですね。」清人も大喜びだが、斎藤にはそれが不安でもあった。

 「清人君、繰り返すけど、遊びじゃないからな。慎重に頼むよ。」
 
 斎藤の不安をよそに、清人は早速、研究所の設立の手続きを、マザーに依頼した。

 「後は、実際に橋本さんに会えるかどうかですね。」清人は、初めての役割に興奮して目を輝かせていた。

月の光 109

 橋本達の乗った飛行機が、関門海峡上空に差しかかった時、一帯は厚い雲に覆われていた。九州と、本州を分ける海峡は、空まで分けていたかのようだった。

 「もうすぐ、板付基地空港ですが応答がありません。」陸軍省から派遣された機長の大島がそう言って、指示を仰ぐために橋本を振り返った。

 「すべての、通信が遮断されているようですね。目視での着陸は可能ですか?」

 「この雲の厚さでは、地上も霧で覆われていると思います。かなり難しいかと・・・」

 「そうですか。分かりました、我々の方で対処しましょう。」橋本はそう言うと、傍らの派遣職員に向かって、操縦をするように指示した。

 NGX4001というネームプレートを付けた、一人の職員が、機長に代わり操縦席に着いた。

 「飛行機の操縦は初めてですが、できますか?」橋本の質問に、操縦席に座った職員は黙って頷いた。

 下総香取の航空宇宙センターからの、飛行期間中、彼ら職員たちは誰一人、言葉を発することがなかった。それだけでも、この陸軍省から派遣された大島にとっては、余り快適ではないフライトだったが、ここで操縦を代わった派遣職員が、飛行機の操縦経験がない事を知り、ぎょっとして目をむいた。

 「橋本本部長、その方は操縦経験がないのですか?」

 「ええ、でも心配は要りません。彼らは、特殊な訓練を修了していますので。今回も、彼らにとっては実戦経験を積むためのものなのですが、電子機器とのアクセスは彼らにとっては全く簡単な事なのです。」

 大島は、橋本の説明を聞いても、到底納得できなかったが、この空の上では今更どうすることもできなかった。

 濃い霧の立ち込めた、板付基地空港は、それでもかろうじて赤いライトだけは点灯していた。派遣職員100名を乗せた、大型の軍用輸送機は、無事着陸した。

 出迎えたのは、陸軍省九州防衛局の田上局長だった。

 「田上さん、早速ですが、この板付基地空港も既に通信回線が切断されているようですね。状況を説明してもらえますか。」橋本は、出迎えた田上局長に挨拶もせずに、いきなり状況確認を求めた。

 「はい、実際のところ、北部九州地方管区全体で通信網がマヒしています。ですから、住民の日常生活もままならず、かといって、我々の方でも応援どころではないと言うのが現状です。」

 「ということは、政府としての機能が果たせていない、ということですか。」

 「お恥ずかしながら、そうなります。」

 「対策はどう考えているのですか。」

 「現在の所、各地の避難所に住民を集めているところです。通信による連絡網が使えないため、避難所に、食料や民生品を運ぶことで、住民の安全を確保したいと考えています。」

 田上局長の説明は、通信網が破壊された九州北部が既に、住民の安全も脅かされるような非常事態であることを示していた。

月の光 110

 橋本は、田上局長の報告により、事態が予想以上に悪化していることを知った。

 「それでは、まずこの板付基地空港の通信網の復旧から始めましょう。」

 橋本の指示により、派遣職員たちは2つの部隊に分けられ、NGX4001からNGX4050までは地上階の復旧。そしてNGX4051からNGX4100までは、地下施設の復旧に取り掛かった。

 彼らの作業は一見して奇妙なものだった。何の工具も用意せずに、彼らは機械に素手で触れていた。そしてその手の指の先からは紫色の光のようなものがぼんやりと見えた。

 その様子を見ていた大島は、怪訝そうに橋本に尋ねた。「彼らは、一体何をしているのですか。見たところ、ただ機械設備の上を手で撫でているだけのように見えますが。」

 「ええ、彼らは触れることによって、機械内部の信号システムにアクセスしているのです。」

 「そんなことが、可能なのですか?」

 「はい、それが彼らの能力なのですよ。ご覧になったように、彼らの指の先から光が発せられています。あれが、信号となっているのですよ。」

 橋本の説明は、大島にとってはますます混乱をもたらすものだった。「彼らは、人間ですか?それともロボットなのですか?」

 「そのどちらでも、あります。強いて言えばサイボーグのようなものです。彼らは、改良されたヒューマノイドなのです。」橋本は、微笑しながら説明した。

 それは、大島には到底理解できないことだろうが、その理解は必要ないのだ、と言わんばかりだった。

 ヒューマノイドたちの作業は順調に進んだ。彼らの指先から発した光は、ファイバーケーブルを修復しながら進み、システム全体のケーブルを新たに生成していった。


 作業開始から数時間がたち、板付基地空港での復旧作業が完了に近づいたのは深夜2時を過ぎていた。その時、空港に新たに陸軍の車両が到着した。

 到着した車両から降りてきたのは、玄界灘原子力発電所の職員と、陸軍の兵士だった。通信回線が使えないため、夜を徹して走ってきたという。

 「一体何事だ?」田上局長は、駆け込んできた、陸軍兵士に尋ねた。

 「局長、緊急事態です。玄海灘原子力発電所の冷却装置が動作停止しました。」

 玄海灘原子力発電所は、既に廃炉が決定し現在は運転中止となていたが、まだ解体作業の途中であった。

 「玄海原子力発電所は既に、運転中止になっている。廃炉に向けて作業中だったのではないか?」

 「しかし、まだ解体が完了していませんので、核燃料棒の発熱が続いている為、冷却装置が必要だったのです。このままでは、冷却水が蒸発してしまいます。」

 冷却水が蒸発してしまえば、原子炉の核燃料は臨界に達する可能性があった。田上局長は予想外の事態に顔が青ざめた。

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