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『kの回想』 8

津軽には古来、安東氏族が豪族として君臨していたが、やがて秋田へと移っていった。
秋田には安東姓を名乗る武士団がいた。その出身は蝦夷の系譜と言われている。

秋田県角館には、芦名一族がいた。彼らは元は、会津であり、更に遡れば鎌倉時代の三浦氏にたどり着く.三浦半島には葦名という地名があり、それから葦名・芦名と名乗るようになったという。その近くに熊野権現から来たと言う十二所神社がある。

直接の関係は不明だが、西館の近くにも奥州藤原氏が創設した十二所神明社・十二天神社があり、十二所という駅もあった。

私と安さんは、芦名の実家、秋田県比内町の西舘を訪れた。大館からは花輪線で扇田で降り、そこからはバスである。バスを降りて川沿いに山のほうに歩きほぼ人家も絶えたような地域であった。

近隣で尋ねると、芦名という表札の家があった。母親は、旧姓を安東と云い芦名家に嫁いでいたのだが、若い頃から癇の強い性質で、芦名思魔を生んですぐ、病を得て、実家にもどったらしい。何の病だったのかは、ハッキリとは言わないが、ノイローゼのような状態であったらしい。

父方の芦名家は元は会津の武家だったようだが、江戸時代には藩主と共に角館に移り、明治の頃に鉱山開発の仕事で十和田湖近くの小坂に来たらしい。その後鉱山も閉鎖となり、木材を商っていたが、父の代にはそれも上手くいかず、資金繰りに窮していたという。芦名が13才の頃に行方不明になっていた。

その後芦名は、名目上母方の叔父の安東孝季氏に引き取られたが、実際には芦名の家に一人で住んでいたらしい。
そして大学入学と同時に東京へ出た為、芦名家には今はだれも住んでいない。

叔父の安東孝季は、無口な性質で、清原に芦名の家の鍵を渡すと、あとは何も言わなかった。

芦名の部屋には本と、音楽CD以外は特に何もなかった。唯、古びて今にも砕け散りそうな封筒が、本の間に挟んであった。中には奇妙な文字で書かれた手紙の様なものが入っていた。
その手紙を写真に撮ると、他には何も手掛かりはなく、東京に戻ることにした。

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