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ロクサーヌ(その26)

  船に乗って10日が経ち、旅も終わりに近づいた。10日の間、私たちはお坊さんから色々な話を聞いた。輪廻転生と解脱、地獄と極楽や閻魔様の話など。退屈な話もあれば興味深いものもあった。死者の霊魂は火葬にされた後、月の世界へ行きやがて雨とともに地上に下り、地中に入って食物となり、男に食べられその体内に入り、精子として母胎に入って再生する。これが輪廻だ。修業を積んで正しい知識を得たものは火葬ののち神の道に入り地上に戻ることはない。これが解脱だ。一般のものは火葬ののち祖先と同じ道をたどり地上に再生する。その際は、人間だけでなく虫や獣になることもある。これが転生だ。簡単に言えばそんな話だったように思うが、良くはわからなかった。喜娘がお坊さんに尋ねた「お釈迦様はどうして解脱を望まれたのでしょうか?」「お釈迦様ははるか遠い昔にある国の王子様としてお生まれになった。その頃その国は争そいの只中に在った。今の長安のように。それでお釈迦様は人々が争いで死んだり病気で苦しむ姿を見て、深く嘆かれたのだ。何とかしてこの苦しみを終わらせたいと思われて、国も家族も捨ててただ一人修業の道に入られた。やがて苦しみの根源は執着にありそれを断つことで輪廻の道を断つ事ができ輪廻がなければ苦しみも終わるとされたのだ。それを解脱といわれたと聞いているが、私にも本当のところはわからない、まだ修業の途中なのだよ。」私は、それを聞いて自分を恥じた。長安で私は、苦しむ人々を見捨てたのだ。静かなホテルで窓の外の人々の苦しむ姿を見ながらお茶を飲んでいたのだ。長安を出るときの私の心の不安、後ろ髪を引かれる様な感じは、此の事だったのかもしれない、と思った。私とは違って、人々の苦しみを正面から見ることのできる人もいたのだ。しかし、私に一体何ができたのだろう?私は無力で、小さな人間なのだ。ただ、以前の私と違うのは自分のことだけではなく人の苦しみも少しだけわかるようになった、ということだ。最後にバルナが尋ねた「ところで、この川は本当に死者の国なのですか?とても平和に感じますが。」「あれは方便だ」「方便とは?」「嘘なのだ。実は、私もこの川を下るのは初めてだ。あの時、あの橋を渡るのは私も怖かった。自分だけ助かって、人々を見捨てていくようで、また初めての川を行くのも不安だったのだ。だから、あれは自分への戒めだ。死出の旅路を行くぐらいの覚悟が必要だったのだ。残るのも地獄、行くのも地獄、どちらにせよ後戻りはしないという覚悟だ。それであんな話を作ったのだ。」バルナはいつも冷静だ、きっと初めから作り話だと思っていたのだろう。バルナは弓の名手で、特に馬上から振り向きざまに弓を射るパルティアンショットを得意としていた。どんな時も冷静に、正確に的を射るのだ。
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