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ロクサーヌ (その 32)

   嵐はますますひどくなり、帆をしまおうとしていた犯罪人たちは甲板の上で投げ出されてしまった。右へ左へと転がるうちに、ついにその一人は耐えきれなくなり甲板から船内へ戻ろうとする。それを、船員が止めようとして駆け寄る。2人は船の上でもみあいになり、甲板の上を転がってゆく。ふいに動きが止まり、犯罪人が立ち上がると、その手には船員の腰にあった短剣が握られていた。船員は、もう立ち上がることはなかった。嵐の中、犯罪人はずぶ濡れになりながらじっと宙を見ていた。ミトラが思わず駆け寄ろうとしたが、ご主人様に制止された。今ミトラが動けば、他の犯罪人たちも動きだしそうなれば騒ぎとなってしまうからだ。その場にいた誰もがじっと互いの様子を伺っていた。
   そこへ、船長が数名の船員を伴ってやってきた。船長は、動かなくなった船員を一瞥することもなく、犯罪人の前に行き、低く身構えた。左手で腰の大刀の鞘を握りしめ、ゆっくりと右手を刀の柄にかけた。犯罪人は身じろぎもせず船長をにらんでいたが、ほんの一瞬子供の頃からのことが鮮明に思い出された。犯罪人は、朝鮮半島の出身だった。家は貧しく、飢饉のために家族で国を捨て満州へ行った。父は定職には就けず、鉄くずを拾ってはコインに変えて生活していた。小さい頃、川の堤を滑り降りて遊んでいたのだが、その時順番を待つことができずに前に並んだ子を突き飛ばし大怪我をさせたこと。そのせいで父から鉄パイプで殴られ血だらけになったこと。何も食べるものがなく、おなかがすいたと騒ぐと、父が飼っていた犬を殺して鍋にして食べさせてくれたこと。その肉を豚肉だと嘘をついて友達に食べさせたこと。18歳になり、長安へ行くと言って家を飛び出したこと。しかし、たどり着けずに暗い山道を歩いていると、大雨になったこと。その時一軒の家の明かりが目に留まり、雨宿りを頼むつもりで家の前まで歩いた。すると、犬が吠え騒ぎ中から出てきた男に鎌で追いかけられた。必死になって逃げるつもりが、もみ合いになり、思わず持っていた傘でその男を突き殺してしまった。男を川に投げ捨て、その後は無我夢中で走って逃げた。
  そう思ったとき、犯罪人は自分の体が首から離れてしまったことに気づいた。大雨の中、暗い嵐の空をぼんやり白くなった自分の魂が飛んでいくのを見た。それから、犯罪人の仲間たちが駈け寄ってくるのが見えた。同じ罪の意識におびえ、同じ罪を犯してきた者たちだ。お互いにいつ裏切られるかもしれないと疑いながらも、最後に駆けつけてくれた者たちだった。彼らを見上げながら、犯罪人は「一足先に地獄で待っているぞ」と思った。
 暫くして、嵐が過ぎ去り空は嘘のように晴れ渡った。

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