fc2ブログ

月の光 44

 吾妻春清は、バビロンに帰る前に一度列車ハウスを確かめてみようと思った。当初はそんな予定ではなかったのだが、飛鳥研究所での高岳所長との話し合いの後で、考えを変えたのである。

 研究がもうできないとなれば、千春にも日本で何が起きているのかを説明しなければならない。その為には、自分の目で列車ハウスと、城外開拓区の状況を確認する必要があった。

 葦原湿原を見るのは、随分久しぶりだった。野馬除け土手に囲われた広い湿原に、風が吹き渡る様子は心地よい。

 この湿原の真ん中に立って、空を見上げ、周囲の葦原以外何もない空間を見ると、全ての悩みが遠くに消えて、自分が大きくなって、空と一つになったような開放感がある。

 広い空を見上げながら、春清は、清人が生まれてから、ここに来るまでの事を思い出した。

 清人は、春清と千春の子供として、バビロン市で生まれ、4歳になるまではバビロンで共に生活していた。だが、問題があった。このまま、清人がバビロンで成長すれば、やがては列車ハウスにも、友人たちを招待することになるかもしれない。子供は、特に男の子は、秘密基地を探検するのが大好きだからだ。

 列車ハウスの内部の植物の事は、バビロン国立大学には秘密にしてあった。

 そうして、吾妻清人だけが列車ハウスと共に、日本に送られることになったのだが、日本でも、保育所の問題が起きてしまった。その為、最終的に選ばれたのが、この城外開拓区での入植地だった。

 ここで、清人は列車ハウスの中だけで、マザーに守られながら成長することになったのだ。

 列車ハウスの前に新しく門ができていた。そして周囲には電柵が張り巡らされていた。門から、約10mの距離を置いて、黒に近い濃い茶色の列車ハウスがあり、周囲には木が植えられて、木陰の中の休憩所のようにも見える。

 だが、春清の目には初めて見る、その門がまるで、バビロンのように思えた。『バーブ・イル』神の門が、その都市の名前であった。

 すると、バビロン市での研究を終えて、ここに帰ってくることが、何かの啓示のように思えた。ここが新しい『バーブ・イル』なのではないか、と思えたのである。

 そう考えると、急に列車ハウスの黒ずんだ姿が、重厚な色合いに見えてくるから不思議だ。『そう、ここに雲が現れ、ホタルや蜂が現れた、と言うこともすべて、これからの研究はここで行えという、啓示なのだ』

 そうして、希望が湧いてきて、やがてその思いは、強烈な確信へと変わった。少し前の感傷的な思いは、完全に消え失せ、足取りも軽やかに、しかし、しっかりと大地を踏みしめ、列車ハウスへと歩いた。
 

関連記事
スポンサーサイト



コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

gasset

Author:gasset
FC2ブログへようこそ!
歴史的事実に改編を加えた妄想小説です。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
カレンダー
03 | 2024/04 | 05
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR