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ロクサーヌ (その79)

2140年 8月9日(火)トーキョー(2)
最後のローマ皇帝コンスタンティノス・パライオロゴスが言うには
文明の盛衰は、気候変動に関わっている。
「ローマ帝国が拡大した頃は気候が温暖な時期でそのため、帝国はヨーロッパ北方に拡大した。
しかし、紀元1世紀から紀元3世紀にかけての寒冷期に食糧生産の減少や異民族の侵入などが起きて衰退が顕著になった。経済的には大規模農業の自給自足化、税収不足を補うための課税強化、そのための帝国内の全自由民に対するローマ市民権の付与などの対策をとった。しかし、異民族の侵入とそれによる経済の衰退、流通の減少、軍事費の増大という悪循環。そしてインドとの季節風貿易の拡大による金の流出など。
そのような、政治軍事上の不安定化と、経済上の衰退は人々の心に不安をもたらした。
その結果、かつての信仰は失われ、人々は、ミトラ教、、キリスト教、マニ教などの異教に改宗するようになった。
 私が思うに、文明社会には、共通の価値観と、軍事力を通した政治の安定、活発な経済力、自由な気風、情報伝達の容易さ、などが整っている必要がある。
しかし、気候の寒冷化はまず、経済の不振に表れ、その結果としての軍事上の敗北、更に人心の不安定化による、共通の価値観の喪失を招いた。
そのようなことが重なった結果、西ローマ帝国は滅んだ。
 東ローマ帝国はむしろ、最初の危機を乗り切ったと言える。
それは、エジプトやシリアといった地域がまだ経済的に豊かだったからだ。
共通の価値観としてキリスト教を選択し皇帝を神の代理人とすることで、ローマの価値観を再生させた。しかし、6世紀に起きた火山の噴火は、再び世界に異常気象をもたらした。それは、帝国にとって重要なシリア、パレスチナ、エジプトの経済を崩壊させた。 
そして、アラビアで精神革命がおこりイスラムが興隆し、シリア・エジプトは奪われた。
人々は、ローマやキリスト教の価値を求めていなかったのだ。
その後も帝国は危機を政治上の改革を通して乗り切ったのだが、14世紀からの寒冷化は乗り切る体力がもうなかった。
その頃オスマン帝国が現れ、私たちは西欧に助けを求めたのだが、助けはなかった。
 私が、思うに太陽の黒点活動による気候変動は、人間の活動に直接影響を与える。
寒冷化の時代に技術の革新や思想・精神の革新を行い乗り切ることで、温暖化の時代に発展する。
それを繰り返してきたのだ。従って、温暖化の時代の幸運をただ受け取るだけで、傲慢になり怠けていると、次の寒冷化の時代に滅びるということだ。
備えるべきは、次の寒冷化だと思っている。」

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