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月の光 96

 下総香取は、古くは香取の海と呼ばれ、利根川水郷地帯にある湿地帯であった。元来、水と緑に恵まれた田園地帯で、ホタルの種類も多く、群生地も見られる。

 その一角にある航空宇宙センターでは、近頃ホタルの飛び交う様子が増えた。通常は初夏に見られる成虫が、ここでは秋になっても見られるようだと噂になり、その為、近隣の人々もホタル観賞に訪れる程である。

 斎藤たちは、乾との面会を橋本に依頼し、何度目かの催促でやっと面会することができた。

 「乾さん、やっとお目に書かれましたね。私達の希望は、自分の頭皮の細胞がどうなっているのか、それを知りたいだけなんです。」

 「やあ、なかなかスケジュールが空かなくて失礼しました。早速ですが、これがあなた方の頭皮細胞です。今のところ、変化は見られませんでした。ご確認頂いて、宜しければ、もう処分しようと考えています。」

 「そうですか、ではちょっと拝見させてください。」もう処分すると言う乾の言葉に、斎藤は何とも失礼な話だと思ったが、まずは、自分の細胞だと言われたモノを見てみることにした。

 モニターに拡大された、その細胞は一見して、何の変哲もない様子で、それ以上の事はもちろん斎藤には分からなかった。それが、本当に自分の細胞かどうか、それを確認するすべもなく、言われたことを信じるより他にはない。

 『やはり、話してみたところで、真実は何も分からないのだな。』そう確信すると、斎藤は、一歩踏み出し、乾の顔を間近に覗き込んだ。

 「どうしましたか?」乾は、突然の斎藤の行動に少し驚いた。

 「いえね、どうしても先日の検査の時の事が忘れられないのですよ。何故、黙って、頭皮を削ったのか、それが気になるのですよ。

 そして、この細胞には何も変化は見られないと、言われますが、それならどうして、直ぐに見せて頂けなかったのか、疑問なのですよ。

 私の目をよく見て、本当の所を話してもらえますか。」

 斎藤と中西が、乾を挟むようにして取り囲み、その目を見つめ、乾の記憶の中に入り込もうとした。

 
 『おい、中西、ここは乾の記憶の中か?』そこは、先日受けた検査室のようだったが、誰の姿もなかった。

 『誰もいませんね、どうなったのでしょうか。』中西も、少し勝手が違うようで、戸惑っていた。
 
 暫くして、斎藤がシャーレに置かれた2人の細胞に気がついた。『あっ、これだな。俺たちの細胞だ。』中西も、それに気が付き『すると、ここで待っていれば。ホタルが来ますね。』と、安心したように言った。

月の光 95

 「橋本さん、アンタ大変なことをしてくれたな。」

 斎藤に、急にそう言われて、橋本は何のことかわからなかった。と言うよりも、一瞬気を失っていたような気がして、自分が今、何処にいるのかすら分からなかった。

 暫くの間、橋本は無言で、ただ事態を把握しようとしていたが、漸く自分が何をしていたのかを思い出した。

 「斎藤さん、私に何をしたのだ。どうも頭がぼんやりしている。何か変な薬でも使ったのですか?」

 「何を言ってるんだ、それはこっちのセリフだよ。アンタが俺達に麻酔注射をした後、頭の皮膚を削り取った事は、もうわかっているんだ。たった今、あんたの口から聞き出したんだよ。」

 斎藤は、高飛車に橋本を責め立て、橋本も、それを否定することができなかった。

 『しかし、どうやってそれを聞き出した?何かがおかしい、途中の記憶が失われたような感じだ。』

 橋本は、事実を突き立てられても、まだ、自分でその事を白状したとは信じられずにいたのだが、今それを話してもどうにかなる状況ではなかった。

 「そのことを知ったとして、だからどうだというんだ。」

 「開き直るつもりか。」

 「いや、黙っていたのは、済まないと思っている。その事については謝罪する、申し訳なかった。しかし、これは全て乾さんの指示なのだ。私は、指示に従っただけなのだ。

 それに、あなた達も、特段に実害があったと言う訳ではないだろう。この事は、もうこれで終わりにしよう。」

 「オイオイ、これで終わりって、随分安く見られたものだな。こっちは、勝手に自分の身体を削られたんだぞ。どんな手術でも、同意書ってものがいるだろう。言ってみれば、同意もなく人体実験された様なものなのだよ。」

 下手に出て、事を穏便に収拾しようと考えた橋本も、これにはカチンときた。

 「人体実験とは言いすぎだろう。そんな内容では無かったはずだ。そこまで事を荒立てるつもりならば、私にも考えがある。」

 「まあ、それは言い過ぎだったかも知れないな。だが、少なくとも、俺達には自分の身体がどうなったか知る権利はあるはずだ。

 シャーレに保管した、俺たちの細胞がどうなっているのか、ちゃんとこの目で確かめたいのだ。航空宇宙センターの乾さんと段取りをつけてくれ。」

 『あんまり、責めすぎると、元も子もなくなるからな、とにかくあの後、ホタルが来てどうなったのか、それを確認するのが目的だ。危なく忘れる処だった。』

 流石に人体実験は言い過ぎたか、と斎藤も調子に乗りすぎた、と言った後から反省した。

月の光 94

 橋本は、問い詰められると、観念したように検査の説明を始めた。

 「お2人の、頭皮の細胞を観察したのです。その結果、光を受信している形跡が見られました。しかし、特に異常はなかったので、乾さんも詳しい説明は省いたのだと思いますよ。」

 「それだけなのか、本当にそれ以外の検査は何もなかったのか?」

 「ええ、他には何もありませんよ。」橋本は、頭皮の細胞を削り取ったことは話さなかった。

 「じゃあ、聞くがあの麻酔は何の為だったんだ。何か、手術をしたんじゃないのか?」

 「あれは、ただの鎮静剤ですよ。神経の興奮を鎮めるためです。興奮した状態では、正確な検査ができませんから。」橋本は、もっともらしく説明したつもりだったが、斎藤には通用しなかった。

 「ふーん、あくまでもしらを切ろうって魂胆だな。」そう言うと、斎藤は橋本の右腕を強くつかんだ。同時に、中西が左腕を強くつかみ、椅子に座っていた橋本は、2人に両腕を押さえ込まれ、身動きできなくなった。

 「おい、俺の眼をよく見て、もう一度あの日の事をよく思い出すんだ。」そう言いながら、斎藤が橋本の眼を覗き込むようにして、顔を近づけた。
 
 橋本は、斎藤に強く言われるまま、その日の検査の時の様子を頭に思い浮かべた。口には出さなかったが、あの日の事は鮮明に思い出された。



 『なんだ、ちゃんと覚えているじゃないか。これが橋本の記憶に残ったあの検査の様子だな。俺達2人ともベッドに寝かされているな。』

 斎藤と中西は、橋本の記憶に潜入することに成功した。

 『あれですね、CT検査みたいなやつですね。確かにやりましたね。あの後ですよ、麻酔注射されたの。』

 暫くすると、頭皮の細胞を削り取る場面が出てきた。

 『斎藤さん、あいつ等とんでもないことやってますよ。頭の皮を削っちゃってますよ。』中西が興奮気味に話す。斎藤も、怒りを抑えていた。『ああ、確かに、とんでもないことをやっているな。』

 更に、その細胞はシャーレに保存された。

 『ちょっと先を急ぎましょう、この後、ホタルが来るはずですよ。』中西が、そういうと橋本の、海馬の中を泳ぐように進んだが、ホタルは来なかった。
 
 『駄目だな、ホタルが来る前に、橋本は航空宇宙センターを出てしまったんだな。』

 『そうですね、すると1週間後ですか。次に橋本が航空宇宙センターを訪れたのは。』

 中西は、悔しそうに、顔をしかめた。

 その時、黒い影が、海馬の中を移動した。

 『なんだ、今のは?何か、黒い影が見えた気がしたが。』斎藤が、気になって、中西に問いかけたが『いえ、気が付きませんでしたけど。でもまあ、記憶の中ですからね、色々知らないものもあるんじゃないですか。』と、中西は気にしていなかった。

 『それよりも、1週間後にどうやったら移動できるのか、それが分かりません。』

 『そうだな、一旦引き上げよう。細胞を削ったところは確認したからな。』

 まだ、獲得した能力をうまく使いこなすことができず、一旦引き上げることにした。

月の光 93

 大沢美穂との話し合いが、最後モナが眠っていたため、うやむやな形で終わってしまったその翌日、斎藤と中西は大和署長に突然の休暇を謝罪した。

 「申し訳ありません、突然の体調不良で休んでしまいました。」

 斎藤は、本来ならば、航空宇宙センターで酷い目に遭ったことや、遅く帰ってきたのに、署長は先に帰ってしまったことなど、文句の一つも言いたかったのだが、逆に突発休暇を謝る羽目になり、内心の不満のはけ口を失った。

 「まあ、体調不良は仕方ないが、一応規則なので病院の診断書を提出してくれよ。ところで、その体調不良についてだが、科学捜査班の橋本から何度か連絡が入っている。

 何があったのか、知らないが、随分気にしているようだ。今日出社すると言ったら、こちらへ様子窺いに来ると言ったそうだ。対応を宜しく頼むよ。」

 大和署長は、休暇については特に問題にしていなかったのだが、斎藤にしてみれば、元はと言えばアンタの所為だ、と言ってやりたい気持ちもあったのを、我慢して署長室を出た。

 「橋本が来るのか、丁度いい、何があったのかじっくり聞いてやるか。」斎藤は、こちらから行く手間が省けた、と却って橋本の来訪を心待ちにした。
 
 「そうですね、もし尋ねても正直に答えないようなら、ちょっと実験してみますか。」中西も、獲得した能力を試してみる、絶好の機会だと言わんばかりに、目を輝かせていた。


 橋本が城外開拓区警察署にやってきたのは、昼食の後だった。この日は、さしたることもなく、2人とも食事を終えて、のんびりしていた。


 3人は、4階の会議室に入ると、まず橋本が体調を尋ねた。

 「先日の検査以降、体調不良でお休みされたそうですが、もう大丈夫ですか?」

 「今はもうすっかり良くなりましたよ。」

 「そうですか、それは良かった、安心しました。」

 「全然良くないですよ。こっちは死にそうな目に遭ったんですから。」中西が、即座に橋本の言葉を否定すると「ああ、そうでしたね。失礼しました。」と橋本は、意外にも低姿勢で謝った。

 「で、どのような具合だったのか、詳しく聞かせてもらえますか?」

 「何だか変だな。何でそんなことを聞きたがるのだ?何か、具合が悪くなるのを、知っていたみたいだな。」斎藤は、橋本の態度を見て、刑事としての勘からか、疑わしいものを感じた。

 「いいえ、本当に、あの検査の後だったので、ただ純粋に心配しただけですよ。そんな風に勘繰らないで下さい。」橋本には、若干の罪悪感が生まれていた。あの細胞の変化した姿が頭に浮かんだのだ。

 「こっちの状態を聞くより、まず、この前一体どんな検査を何の為にしたのか、それを説明するのが先なのじゃあないのか?」

 斎藤は、橋本の態度が逃げ腰なのを見て、ますます疑わしいと思い畳みかけるように問い詰めた。

月の光 92

 「ミューラー教授の家系がエ・モナの子孫だったって事は、つまりかつての超古代文明を作っていたということで、そして箱舟に乗った者たちの子孫だったてことだな。

 だが、そうだとすると、エ・モナの国家は統制経済だった訳だろ。どうしてミューラー教授は自由主義を求めるのだ?」斎藤は、大沢美穂の説明に疑問を持った。

 「教授が言うには、恐らく巨人との混血のせいだろうというの。メソポタミアから、コーカサスを経て、ボヘミアへ移る間には、かなり長い年月が経っている。その間に多くの戦争もあり、巨人の生き残りたちや、もしかすると、巨人とは異なる人類とも混血したのかも知れない。

 はっきりしている事は、エ・モナの国家は完全な統制経済、統制国家だったけど、エ・モナは、神々から創られた自動人形だったから、プログラムの問題はなかったのよ。そこには調和がとれていて、それ自体には問題がなかった。

 ところが、巨人たちは元々、個人主義で、統制はされていなかった。自然に発生した生物だから、プログラムは完全ではなく、コピーする度にミスがあった。いつも、変化する遺伝子を持っていたのね。

 エ・モナの統制経済、統制国家を真似ても、完全には出来ない。いつも反乱する勢力が生まれたの。元々、全体主義には向いていないのよ。」

 「では、ミューラー教授はエ・モナの国家とは別のものを目指しているのか?何だか、ますます分からないのだが。」

 ミューラー教授がエ・モナの子孫だとすれば、当然にエ・モナの遺志を継ぐのではないか、斎藤はそう思っていた。

 「そうよ、エ・モナの国家とは別のものを目指しているのよ。そして、人類改良計画は、人類をエ・モナと同じように、統制された国家にするためのものなの。これがミューラー教授の研究で分かったことよ。」

 大沢美穂は、断言した。エ・モナの国家が統制国家だった、それはエ・モナ自身が神々によって創られた、自動人形、つまり機械だったからだ。

 しかし、人類はただの機械ではない。その為、完全な統制は不可能だった。その人類を、エ・モナと同じ機械のように統制できる存在に変えるのが人類改良計画だと言った。

 「美穂さんの説明は、理解したよ。でもなあ、そうすると、モナちゃんとは敵対することになるのか?なんだかそれは違うような気がするが。」

 斎藤は、大沢美穂の説明を理解したとは言ったのだが、納得はできないようだった。勿論それは、中西や里美も同じだった。

 「モナちゃん、どう思う?今の美穂さんの説明は、納得できるのか?」

 大沢美穂の説明を黙って聞いているモナに、斎藤が尋ねた。

 「あっ、ハイ、ええっと・・・スミマセン。ちょっと難しくて、途中から眠っていました。あの、何処まで行きましたか?」

 モナはこのような、話には向いていなかった。聞こうと努力はしたのだが、どうしても睡魔には勝てなかったのだ。

月の光 91

  3人が、現代の社会について各々の考えを述べたところで、斎藤は、大沢美穂に尋ねた。

  「俺たちの考えは、今言った通りなのだが、この前の質問に答えてもらえるかな。ミューラー教授の研究と、この列車ハウスがどう関係しているのか。」

  「そうね、約束だから教えてあげるわね。」大沢美穂は、勿体ぶっていた。

  「ミューラー教授の研究が、ヨーロッパの統制経済から個人の自由を取り戻すためだ、というのはこの前話したわね。その為に、どうして統制経済、つまり現代では福祉的平等主義になったのか、その歴史を研究したの。
 
  そこで、ヨーロッパでは、統制経済は資本主義へのアンチテーゼとして社会主義が唱えられてから、見られるようになった。幾つかの革命政権で、全体主義的な動きが繰り返し現れた。

 ところが古代メソポタミアでは、やはり市場経済が先行したのち、その歪を修正するために、計画経済、国家による価格統制、生産の指令が行われて、そのような指令経済が主流になっていた事が研究により分かったの。

 そして、その様な計画経済の時代を経て、市場の機能が縮小し、やがて発展の機運が失われていった。最後は周囲の新しい帝国の攻撃を受けて滅びた。

 ミューラー教授は、現代社会が、古代メソポタミアで実現されていた、議会政治、市場経済を繰り返しており、その後の計画経済の段階まで来ている、と考えたの。」

 「それでは、現代は古代の歴史を繰り返していると言うのか?」斎藤が尋ねた。

 「そうね、その研究の最中に、吾妻教授のタブレットの発見と解読の論文が出されたわ。そこで、ミューラー教授はその論文も研究したの。そうして、古代メソポタミアには更に古い超古代の文明があり、それが、やはり統制経済を行っていたことを知ったの。」

 「エ・モナの国家だな。でもそれでも、だからなぜ、この列車ハウスが関係しているのだ?そこが分からない。」斎藤は、分からないという風に首を傾げて見せた。
 
 「その、タブレットに記された、エ・モナの神殿の図なのだけど、同じものが、ミューラー教授の故郷ボヘミアにもあったの。子供の頃に見た記憶があって、それを確かめ目に教授はボヘミアへ行った。
 
 そこで、分かったことは、ミューラー教授の家系がエ・モナと繋がっていたことだったの。」

 遂に、エ・モナが出てきたか。斎藤は予想通りだと思った。だが、予想はしていても、実際にその事を聞くと、やはり少し不気味ではある。

月の光 90

 「斎藤さんは、どう思っていますか?」大沢美穂が斎藤に尋ねた。

 「えーっと、まあ、俺はだな、そんな難しいことは分からんが、昔の故郷に帰ってみて、感じたのだが、静かで良かったな、と思った。

 首都圏に来て、ずっと働いていて思ったのだが、どうも忙しい。というか、忙しくさせられるんだよな。本当は、人口も減っているのだし、そんなに忙しくないはずだ。

 それなのに、無理に人を集めて、忙しくさせようとしている。効率的だとか、経済的だとか理由はあるのだろうけど、どうも現実的ではない気がするのだ。

 済まないが、今はこれ以上うまく言えないな。」

 斎藤は思っている事がうまく説明できず、もどかしかった。

「斎藤さんが言おうとしている事は分かりますよ。人口は2020年が12340万人で、現在は8500万人で、30%以上、約4000万人減っています。しかも、その内半数の4000万人が60歳以上です。

 これだけ、老化している社会なのに、今でも過去の資本主義や社会主義を超える社会を見つけられないでいます。相変わらず、民主的社会主義や福祉国家を目指すと言っています。

 誰が誰を助けるのか、老人ばかりなのですから、福祉国家など無理なのです。働ける人や世話する人の方が圧倒的に少ないのですから。

 効率よく働くと言っても、効率よく動けるのは若いうちだけです。老人ばかりですから、効率よく動く事ができないのです。必然的に非効率な社会になっていますね。」

 大沢美穂は、斉藤の言わんとするところが、老人社会になった日本の現状に、社会の仕組みが変らないため不都合が起きているのだろうと理解した。

 「里美さんは、どうですか?」

 「私は、まだよくわかりません。でも、日本はまだ良いのかなと、思っています。というのは、例えば中国や、ヨーロッパのような監視社会にはなっていないところです。

 全てを、国家や、政府や公共の機関が計画して、生産し流通も管理して、生活費も支給する、というのは効率的かも知れませんが、その仕組みから外れた者は生存できません。

 自由がない、というのはやっぱり苦しいです。生活は貧しくなったのかも知れませんが、自由がある方が良いと思っています。」

 「そうですね、私もそう思います。2020年代以降、世界は自由を求める勢力と、国家による福祉的平等を求める勢力に別れました。

 福祉的平等主義は、自由主義者によって社会主義と呼ばれ、自由主義を主張する者は、福祉的平等主義者によってファシスト全体主義と呼ばれました。

 つまり、互いに相手を全体主義者だと言って非難したのです。今は、殆どの国家が、福祉的平等を目指す監視国家になっています。自由主義者は、相変わらずファシストと呼ばれています。

 未だに、資本主義や社会主義を超える、新しい社会が実現できていないと言うことです。」

 大沢美穂は、自由主義者だった。

月の光 89

 検査結果について「航空宇宙センターに問い合わせてみるか。」と斎藤は考えたのだが、大沢美穂は「それは無駄なことでしょうね。」と言った。

 もし答えられる事なら、初めから秘密にはしていない、というのが理由だった。

 「じゃあ、俺たちはこのまま黙っていろと言うのか?」

 斎藤は、尚も納得しなかったのだが、大沢美穂は、それよりも、大事な事は、航空宇宙センターで実際に何が起きたのか、どうしてホタルが集まったのか、それを知ることだろうと言った。

 「どうやって、それを調べるのだ?」

 「それは、警察官なのだから得意分野でしょう?」と大沢美穂はさも簡単だと言わんばかりだった。

 「ところで、折角皆さん集まっているのですから、先日の私の質問の答えはどうですか。」

 「ああ、あの現代の社会についてどう思っているか、だな。」

 「はい、そうですよ。答えの用意は出来ましたか?」大沢美穂は、まるで学校の先生にでもなったかのように言った。

 「はい、大沢先生、自分から答えて宜しいでしょうか。」中西が元気よく手を上げ、大沢先生などとふざけて呼ぶと「はい、中西君どうぞ。」と大沢美穂も、調子に乗ってすっかり先生気取りで答えた。

 斎藤は、中西と大沢美穂の親し気なやり取りが気に入らず、「中西、ふざけすぎだぞ。」と横やりを入れたが、中西は意に介さなかった。

 「自分は、この前不思議な夢の中に居ました。宇宙船や、ヘリコプターなどで攻撃される夢です。その攻撃を、皆に伝えても、誰も反応しないで無視するのです。

 まあ、ゲームのやりすぎだと言われれば、そうでしょうけど。自分が思ったのは、社会がバラバラになっているのじゃないかと言うことです。

 災害の時などの、ボランティアの方は確かにいますよ。けれど、全体として、社会の仕組みとしては壊れていると感じます。個々人のボランティアに頼らなければ、必要な援助が政府としてはできない。

 これって国家組織としては崩壊しているのかな、と思います。」中西は、珍しく真剣に考えたようだった。

 「中西、お前やっぱりどこかおかしくなったのか。そんなことを言う奴じゃ無かったのに。」

 斎藤が茶々を入れたが「斎藤さん、人の発言に文句を言ってはいけませんよ。話し合いの基本ルールですよ。」と逆に大沢美穂に注意された。

 相変わらず、大沢美穂は上から目線だった。

月の光 88

 列車ハウスで、里美が大沢美穂と1週間前のホタルについて話をしていたところへ、モナが斎藤、中西と共に帰ってきた。

 「あ、モナさんお帰りなさい。斎藤さんも、大丈夫でしたか?」里美が、モナ達を迎えにでると、後ろから大沢美穂も続いた。

 「モナさん、今日は、お邪魔してます。」

 「どうしたのですか、美穂さん、今日来ると連絡頂いてましたか?」突然の来訪にモナも少し驚いた様子だった。

 「実は、中西さんが見たという、誉田のホタルの事で来られたんです。斎藤さんと中西さんが航空宇宙センターを訪ねた、という話をしていたところだったのです。」

 里美が、経緯を説明すると、大沢美穂が後を引き継いだ。

 「あの夜のホタルの光は、強いエネルギ-を持っていました。今までの話を総合して考えると、航空宇宙センターにホタルの光を受信する受信器のようなものがあると思います。

 その受信器の事で、お2人は航空宇宙センターに行かれたのではありませんか?」

 受信器と言われて、斉藤も中西も思わず顔を見合わせた。そのようなものは思い浮かばなかったが、2人に現れた変化がある。

 「実は、あの日は、俺達が蜂に刺された部分に何か異常が無いか、その検査に行ったんだ。でも、検査結果は何も聞いていないので、どうだったかは知らない。しかし・・・」

 斎藤と中西は、2人が翌日から記憶の中に閉じ込められ、モナに助けてもらうまで、抜け出せなかったことを話した。

 「そうですか、記憶の中ですか。それは興味深い話ですね。見方によれば、認知症にも似ているのかも知れませんね。」

 大沢美穂は、2人の症状が、脳の認知能力を失わせるものかも知れないと考えた。

 「でもお2人が帰った後に、ホタルが現れたと言うことは、何かが航空宇宙センターにあると言うことですよね。そして、検査結果も知らせない、ということは航空宇宙センターは何かを隠しているのでしょうね。」

 大沢美穂は、航空宇宙センターが、斎藤たちに隠している事があるのだという。

 「しかし、俺達は同じ国家公務員だ。それなのに、情報を隠すというのはどうしてなのだ?」斎藤が素朴な疑問を持った。

 「同じ政府の機関だとしても、所属が違えば、その目的も違うので、きっとあなた達の検査結果が知られたくない情報、公表できない情報となったのでしょう。もし、何の問題も無ければすぐに知らせてくれたのでしょうけど。」

 「と言うことは、問題があった、というのだな。」斎藤も、その推理に同意した。

 確かに翌日から、異常なことが起きたのだから。検査結果に問題があっても不思議はない。

 しかし、それでも秘密にされるのは納得できるものではない。何しろ自分の身体の事なのだから。

月の光 87

 大沢美穂が、ちょうどモナ達が斎藤の部屋に出かけて不在の時に列車ハウスを訪れた。

 列車ハウスには里美が残っていた。

 「どうしましょうか、大沢美穂さんですけど。」里美は、迷って清人に尋ねた。敵ではないというものの、まだ不安な気持ちがあった。

 「モナが言うには、敵ではないそうだから、通して良いよ。」清人は、特に考えはなく答えた。

 列車ハウスに上がり込む大沢美穂に「今日はどんなご用事ですか。」と里美が、ぎこちなく応対をした。
 
 「まだ、この前の質問の答えも聞いていないけど、今日は別の事できたのよ。あなた達も、知っていると思うけど、1週間ほど前の夜ホタルの大群が、下総香取の航空宇宙センター付近を飛んでいたのよ。それも暫くの間取り囲むようにしていたっていうの。」

 「はい、その事なら、中西さんが言ってました。誉田のあたりで見たそうです。」

 「そう、じゃあやっぱりあなた達が関係していたのね。」大沢美穂は、予想した通りだと言わんばかりの口調だった。

 「ええっ?関係していた、というのはどういう事でしょうか?」里美は、何か此方に非があるかのような言い方に少し反感を覚えて、問い返した。

 「あの夜、ホタルたちはかなり強い光を放っていた。でも、何かを攻撃していたわけではない。航空宇宙センターは、物理的には何の損傷も受けていないと言うことだったわ。

 中西さんは、どうして誉田へ行ったの?」

 「それが、下総香取の航空宇宙センターへ行く途中で、誉田のあたりでホタルを見たと言っていました。そして、帰りに、下総香取の方向へ向かう、ホタルの大群とすれ違ったとも言っていましたけど。」

 里美も、詳しくは知らない。ただ中西から聞いたことをそのまま話すだけだった。

 「それじゃあ、航空宇宙センターに用事があって行った、と言う訳ね。そして、ホタルは中西さんが帰った後、航空宇宙センターに向かった。ふーん、何かあるわね。

 中西さんは一人で行ったの?」

 「いいえ、斎藤さんと一緒だったと聞いています。それが、どうかしたのですか?」

 里美は、大沢美穂の、何かある、という言葉が気になっていた。

月の光 86

 下総香取の国立航空宇宙センターでは、斎藤と中西の頭部から採取した細胞を、シャーレに入れて保管していたのだが、そこへ、乾も帰って誰もいなくなった夜、無数のホタルが飛来し、光を浴びせた。

 光を浴びた細胞は、驚くべきスピードで増殖した。それだけではない、それは徐々に人間の脳を形成し始めた。

 科学捜査班の橋本が約束通り7日後に訪れた。

 「これがあの細胞ですか。どうしてこんな事に。」人間の脳そっくりの形に増殖した細胞を見て、橋本は言葉を失った。

 「恐らく、細胞が初期化されたのでしょう。それだけではない、この細胞は人間のたんぱく質とは異なっています。個体なのか、液体なのか、そのどれとも違う、絶えず変化しているのです。

 一見したところ、個体のように見えますが、絶えずイオン化されていて、分子構造も一定していない。強いて言えば流体なのです。」乾も、このような物質は見たことがなく、判断できずにいた。

 「これは、生命なのですか、どうやって増殖しているのですか?」

 「光を受けているのです。光を受信することで、常に新しいエネルギーが補充され、それによって新しい細胞を生み出しています。」

 「生命ではあるのですね。」

 「分裂し、増殖していることから、生命ではあるのだろうと思いますが。しかし、動物とも植物とも言い難い。」

 「これは、この後どうなるのでしょうか。」橋本は、この脳にそっくりな物体が、やがてヒトに成長するのではないか、と恐れた。

 「まだ分かりません。私にも分からないのです。しかし、これが脳と同じ形を取っていることから推測すると、何らかの記憶装置、または今後、何らかの情報を発信する装置なのかもしれません。」

 「乾さんは、これをどうするつもりですか。もしも、このまま成長し、ヒトと同じ形になったら、どうしますか。」

 「勿論、これがヒトになる可能性はあります。しかし、これが光を受信している以上、何らかの情報を持っているはずです。その情報がどうなるのか、確かめたいのです。」
 
 乾は、この物体の危険性よりも、むしろ可能性に興味を持った。学者として、見過ごすことができなかったのだ。
 
 「ところで、この細胞は、あの城外開拓区警察署の2人のモノですが、あの2人にはその後何か変化はありませんか?」

 乾が、斎藤と中西について尋ねた。この細胞がこんな風に、変化したのであれば、あの2人にも、何らかの異常が出て当然だと思われた。

 「ああ、あの2人は、ここへ来た翌日から警察署を休んでいるそうです。体調が悪いと聞いていますが。」

 城外開拓区警察署から、あの翌日、科学捜査班に連絡が来ていた。

 『そうだ、2人とも体調不良のため欠勤しているが、何か変わったことがあったのか、という問い合わせがあったな。その時は特に気に留めていなかったのだが、この細胞の変化を見れば、やはりあの2人にも、何かあったのかも知れない。』
 
 「ですが、唯の体調不良ではないのかも知れませんね。確認してみます。」

 細胞の変貌ぶりを見て、流石に、橋本も心配になった。
 

月の光 85

 ホテルの朝食も多種多様なおかずがあり、和食も洋食もある。だが食べ過ぎないように気を付けた。若い頃は、満足するまで食べられるのだが、年を取ってからは、満足するまで食べると、その後食べ過ぎで具合が悪くなる。困ったものだ、自分で思っているよりも、体は衰えているのだろう。

 ホテルを出て、天童駅からまた列車に乗る。1時間も、田舎の風景を眺めている。これだ、夢に出てくるのは、この田園風景だ。低い山、まるで丘のようだが、丘陵というのだろうか。だが、丘とは違って、その樹木の量は圧倒的だ。高く伸びた樹に絡みつく蔦類。樹木はすっかり蔦の葉に覆われ、樹木本来の葉っぱが見えないものもある。

 そして、田んぼや畑、あれは蕎麦だろうか、麦だろうか。鳥が騒がしく、ざわついている。線路に沿って続くススキの穂並み。何処にも、人影がない。ところどころに人家は見える。だが、歩く人の姿は見えないのだ。

 新庄で乗り換え、余目へ行く。今度は田園風景とはまた変わって、最上川が見える。トンネルも増える。うねうねと続く最上川の流れ、その岸沿いには山が傾れ落ちてくる。その絶景を見ながら、余目駅に着くと、一旦降りて、乗り換えの時間まで、駅近くの中華そば屋によってみる。

 中華そばを食べるのだが、この味がまた関東風とは違う。一言でいえば優しい味だ。客は常連客しかいない。1950年代の映画のポスターが壁に掛けられている。その映画館は閉鎖され、もう存在しない。

 俺の子供の頃、映画館が次々に閉鎖された。街も、商店がつぶれシャッター通りなどと言われていた。

 鶴岡に着く、この街も人影がない。駅前には観光客狙いのショッピングセンターもあるにはあるが、客はほとんどいない。

 バスに乗って、羽黒山へ行く。山頂へ向かって、有料道路を進む。山の中、緑と紅葉と、茶色い葉っぱと、霧のような雲と。全ては、昔の記憶のままだ。だが足りないもの、それは匂い。

 そうだ、この記憶の中では、匂いがうまく再現されない。それが、妙に静かな、無機質な感じを生むのか。考えてみれば、若い頃も、匂いを一杯嗅ぐことがなかった。手で触ることも少なかった。

 何もかもが、映像の世界で済まされ、実際に体験していなかったのだろう。

 山頂に着くと、雪交じりの雨が時折降っている。だが、杉木立の参道を歩くと、直ぐに止んで晴れた。杉の匂いを思いっきり嗅いでみる。これだ、この感じだ。参道を抜けると、広々とした境内にでる。赤い鳥居をくぐり、池の脇を抜け、三山神社にお参りする。

 ここは、日本の歴史の始まりからある、古い聖地。空海や、行基も来たという。神道、仏教、修験道、全ての聖地。羽黒山が、現世を表し、月山が死後の世界、そして湯殿山で生まれ変わる。

 ここを出て、新しい自分を生きる。還暦を機に丁度良いじゃないか。蜂やホタルのおかげで、かえって頭に刺激ができたというものだ。

 大沢美穂が言っていた、今の世界をどう思うのか、それも2020年の過去を振り返ってみれば、少し見えて来るかも知れない。

月の光 84

 モナの話を聞いて、何となくわかった気がする。何故、俺が山形に来たのか。俺の父親は、俺が13の年に死んだ。病死だ、癌だった。母親は、17歳の時に死んだ。やっぱり病死だ、癌ではなかったが。

 それで、俺は大学をあきらめて、就職した。首都圏警察にだ。田舎は狭いからな、嫌だったんだ。あれこれ知った風な顔で、同情されたくなかった。だから、知り合いのいない首都圏警察に就職を決めた。

 だが、それも終わりだ。もうすぐ定年だからな。勿論、まだ居残ることもできる。でも一旦けりを着けたいのだ。まあ、俺の人生に不満はなかった。成功した、と大きな顔はできないが、失敗だったとも思えない。

 取り合えず、他人様に迷惑をかけることなく生きてこられたからな。だが、何かやり残したこともあるような気もする。全力で生きてきたか、と言えばそうでもない。

 競争社会で張り合うことには、興味が持てなかった。負けたくはないが、強いて勝ちたいとも思わなかった。だから、勝ち抜くための努力はしてこなかった。何となく、生きてこれたのだ。

 俺がもう一度行きたいのは、羽黒山だ。あの杉木立の中にいると、自然の力を感じる。あの爽快感が今の俺には必要なのだ。

 そして、羽黒山、月山、湯殿山、この三つの山に伝わる、生まれ変わりの言い伝えが必要なのだ。俺に、何か新しい能力ができたのだとすれば、きっとそれを生かすことが必要なのだろう。再生するのだ。

 「まあ、これからどうなるのか知らないが、俺は羽黒山に行きたいと思っている。今からじゃ、着くのは夜中になってしまうから、のんびり、温泉でも浸かりながら一泊したいと思っている。お前たちも良かったら付き合ってくれ。」

 山形駅で、奥羽本線に乗り換え、天童駅で降りる。空は青く晴れていて、近くの紅や黄色に色付いた山が見える。駅から続く、全く人気のない大通りをゆっくりと歩いて、ホテルに着いた。

 ホテルは空いていて、当日でも予約なしで泊まることができた。食事の前に、大浴場に行き、露天風呂に浸かる。空気は冷たいが、お湯の温かさが程よく心地よい。

 モナも、初めての温泉で、興奮しはしゃいでいるようだ。中西も、文句を言いながらも、温泉の湯には満足している。露天風呂から眺める、滝が素晴らしい。

 食事も思ったより豪華で、米沢牛のすき焼きやステーキ、そして芋煮などを堪能した。部屋に戻ってからも、窓の外に遠くに雪をかぶった山々が見える。また手前の小ぶりの山は紅葉に覆われていて、そこにかかる雲も幻想的で、頂上にある東屋が不思議な景色に見える。

 こんな風にのんびりとした景色を眺めるのも久しぶりだ。いいや、景色がのんびりしているだけではない。心が、この景色を求めていたのだろう。

 寝酒に地酒を飲み、明日の羽黒山に備え、早目に休んだ。

月の光 83

 中西に助けを求められて、モナが説明し始めた。

 「斎藤さん、今私たちがいるのは、斎藤さんの記憶の中なんです。」

 モナの説明によれば、それは蜂に刺された部分にホタルの光を浴びた為だろうと言う。ホタルの光のエネルギーが脳の記憶部分を刺激し、古い記憶が活性化している。逆に新しい記憶は壊れてきているという。

 中西の場合には、それが若い頃に夢中になったアニメやゲームの記憶が活性化し、本人の意識はその世界に入り込み、閉じ込められた状態になった。

 「つまり、中西さんは夢遊病や白昼夢、妄想の状態になって、現実には起きていない宇宙船の攻撃を現実だと錯覚していたのです。

 斎藤さんは、高校生の頃に戻って、その頃の記憶を懐かしみ、追想しているのです。でも、それが現実の世界だと錯覚してしまい、今は新幹線つばさに乗っていると思い込んでいるのですよ。」

 「じゃあ、何か、今俺は夢の中にいて、そこでお前たちと会っている、というのか?」

 斎藤は、中西の説明では納得できなかったが、モナの言う事であれば、真実かもしれないと思った。

 「そうなのです。ですから、これから私の言う通りにしてください。そうすれば、この記憶の中の世界から脱出できます。」モナは、そう言って斎藤の両手を握りしめた。

 斎藤は黙って、モナの両手を握り返した。しばらく、モナの目を見ていると、だんだん頭がハッキリしてきたようだ。

 「うん、何か頭が冴えてきたな。ああ、何か思い出してきた。そうだ、ホタルの大群を見てから、頭がすごく冴えてきて、それから家に帰って、酒を一杯飲んですぐ眠ってしまった。

 じゃあ、あれからずっと俺は眠ったままなのか?」

 「ええ、そうですよ。今も、眠ったままなのです。」

 「そうなのか、じゃあこれが蜂やホタルの所為でこうなっているというのだな。でも、何のためにこんなことをしているのだ?」 

 モナの話を信じたとしても、斎藤には、やはり意味不明だった。このことが蜂にとってどんなメリットがあると言うのか。

 「正確には、分かりませんけど、結果を見れば、人の記憶を混乱させているのかも知れません。それも、新しい記憶から消して行っているのかも知れません。でも、その目的は私には分かりませんけど。」

 「ふーん、記憶を混乱させ、新しい記憶を消しているのか。それじゃあ、みんな馬鹿になっちまうってことだな。ひょっとして、巨人の文明が滅んだのは、そのせいなのか?

 それが目的なのか?だとしたら、何だか面倒くさいことをするんだな。」
 
 「でも、そのおかげで、脳が活性化した部分もあります。中西さんは、こうやって人の記憶の中に入り込むことができるようになったんです。」

 「それはどうやっているんだ?モナちゃんも、同じことができるんだろう?」

 「これは、言葉を使わずに、直接的に脳の電気信号につながっているんです。脳と脳が直接コミュニケーションをとっているって言う感じです。」

 「そうなのか、ふーむ。・・・よし分かった。理屈は分からんが、モナちゃんを信じるよ。」

 「では、次の駅でこの電車を降りますよ。そうしたら家に帰れます。」

 「ああ、それ何だが、悪いが俺はまだこの旅を続けたいんだよ。行きたいところがあるんだよ。」

 斎藤は、まだ旅を続けると言う。理由が分からず、中西とモナは困惑した。

月の光 82

 中西の話が、あまりに突拍子もないことで、斎藤は理解に苦しむ。

 「済まないな、中西、俺にはお前が何を言いたいのかさっぱりわからないよ。」

 「ええ、分かりますよ、斎藤さん。自分だって、良く分かってはいませんから。でもですね、斎藤さんは今、新幹線つばさに乗っている、と思っていますよね。」

 中西が、また訳の分からない質問をする。

 「何か、面倒くさい質問だな、新幹線つばさに乗ってるって言っただろう。だからお前も乗ったんだろう。それとも何か、間違って違う電車に乗っているとでも言うのか?」斎藤も少し、苛立ってきた。
 
 「その新幹線なんですけど、今はもう走っていないのですよ。斎藤さんが、乗ったのは40、50年前の記憶ですよ。もう、30年ほど前から、長距離列車はリニアモーターカーだけなのですよ。」

 益々、訳の分からない無いことを言う中西に、斎藤は呆れてしまった。

 「おい、中西いい加減にしろよ。せっかくの懐かしい旅が台無しじゃないか。俺は、15、6の高校生だった頃の懐かしい思い出に浸りたくて、ここまで来たんだよ。何で、そんなに邪魔をするようなことを言うんだ?」

 中西はそれでも構わず、斉藤に諭すように質問を続けた。

 「斎藤さん、ちなみに斎藤さんの腕時計、西暦何年になっていますか?」

 「あん?何だよ、今は、・・・ちょっと待ってろよ。あれ、おかしいな、西暦2020年になってるなあ。あれ?今は何年だったっけ?」

 斎藤は、時計を見て少し動揺した。記憶がはっきりしないが、2020年ではないと思った。2020年は、斎藤が高校に入学した頃のはずだった。

 「今年は、西暦2065年ですよ。なので、さっきも言いましたけど、この列車は45年前の記憶なのですよ。」
 
 中西は、何とか斎藤を納得させようと話す言葉に力を込めた。だが、斎藤はまだ疑っていた。

 「中西、お前が何かを一生懸命に伝えようとしているのは分かるよ。でもな、俺には何がどうなっているのか全然わからないのだ。

 どうしてこの時計が2020年になっているのか、ただ単に壊れているだけなのかも知れない。

 それなのにお前はまるで、それが分かっていたような口ぶりだ。お前は、何を知っているのだ。俺にも分かるように説明してくれ。」

 「モナちゃん、ちょっと説明してやってよ。」中西は困ってしまい、モナに助けを求めた。

月の光 81

 暫くすると、車両の連結部のドアが開き、中西が現れた。

 「斎藤さん、無事でしたか?」中西が、斉藤を見るなり、緊張した面持ちで声をかけてきた。

 「オォ、お前どうしたんだ。どうやってここへ来たんだ。」斎藤は、驚いて目を見張る。

 『中西が、この新幹線に乗っていたはずはない。なのに一体どうして、ここへ。』

 「もう大丈夫ですよ。今、モナちゃんも来ますから。」

 「モナちゃんも?何で、ここに来るんだ。一体何があったんだ?」

 再び連結部のドアが開き、アテンダント姿のモナが現れた。

 「モナちゃん、どうしたんだその格好?」

 「せっかくだから、社内販売員の制服着てみました。ビールとおつまみはいかがでしょうか。」

 モナはすっかり、アテンダント気取りになっていた。

 「モナちゃんは何だか、はしゃいでいるな。とりあえず、缶ビールとずんだ豆を頼むよ。」

 「はい、承知しました。」

 「ところで、中西、お前たちどうやってここに来たんだ?」

 「その前に、自分があれから、どんな目に会ったか説明しますね。」

 「ああ、そうだった。中西も、具合が悪かったのかな。」斎藤は、もう半ば、今朝からの事を忘れかけていた。

 中西の話によると、下総香取から帰った翌日、悪夢を見て起きられなかった。それは、子供の頃よくみたアニメやゲームの世界が目の前に現れたのだと言う。

 「朝起きて、出勤しようと、玄関のドアを開けたんです。すると、大きなタワーが林立する街中でした。多分、城内北の丸区のあたりだったと思います。

 そして、空から大型のヘリコプターのような物が近づいてきて、辺り一面を機銃掃射のように打ちまくるんです。自分は、驚いて、走って逃げました。

 今度は、タワービルの上に宇宙船のような巨大な戦艦が現れ、ビルを攻撃し、粉砕したんですよ。もう、生きた心地はしなくて、とにかく城外開拓区警察署に行こうと、手近の車を見つけて乗り込んだんです。

 そして、警察署について、宇宙船の攻撃を伝えようとしたんですが、皆無視して聞いてくれないのです。途方に暮れていたら、里美が現れて、とにかく列車ハウスに行こうと言うので、一緒に行ったんです。」

 中西の話す様子は、真剣そのものに見えた。

 「じゃあ、里美も列車ハウスにいるんだな。」

 「そうですよ。そして、モナちゃんに会って、事情を説明したのです。そうしたら、モナちゃんが自分の目をじっと見て、自分は見つめられてるうちに、気持ちが落ち着いてきたんです。

 そして、モナちゃんが、このドアから外に出ましょう、と言って列車ハウスを出た瞬間、自分は夢から覚めたように、意識がはっきりしました。」

 「それは、どういうことだったんだ?」

 斎藤には、まだ中西が何を説明しようとしているのか、理解できなかった。


月の光 80

 斎藤は、中西の携帯に電話してみたが、出なかった。

 あいつもやっぱり、寝込んでいるのかも知れないな。しょうがない、一人で出かけるとするか。
上野駅20番線から新幹線つばさに乗る。上野は変わらないな、相変わらずの人込みだ。

 大宮を過ぎて、利根川を渡り、ずっと平原が続く。全く平和だな、何もかも昔のままだ。宇都宮を過ぎ、郡山か。いつの間にかうとうとしてしまった様だ。もうすぐ、東北新幹線とはお別れだ。

 山形まであと2時間だ。ビールでも飲むか。そう思ったら、電話が鳴った。おや、中西からだ、あいつ今頃起きたのか。

 「あっ、斎藤さんですか?」

 「ああ、そうだよ。今頃起きたのか、電話したんだぞ、出なかったな。」

 「何言ってるんですか、斎藤さんこそ、ずっと連絡取れなかったんですよ。今、どこですか?」

 「今は、新幹線の中だよ。電話したのか?」

 「そうですよ、毎日電話してたんですよ。今まで、どこで何してたんですか?」

 「毎日って、何言ってるんだよ。昨日の夜別れたばっかりだろ。今日は、朝起きれなくて、会社は休んだけどな。お前こそ、昼頃電話したけど、出なかったぞ。」

 「斎藤さん、何かいつもと違うことが起きていませんか?」

 「何だよ、違うことって。会社休んだだけで、それ以外は別に変ったことはないけどな。」

 「そうですか、分かりました。自分が今からそっちへ行きますよ。会ってから話します。」

 「一体何だよ、今からこっちへ来るって言ったって、電車の中なんだよ。さっき言ったろう。」

 「ええ、新幹線ですよね。何処行きですか、何処から乗ったんですか?」

 「ええっ?変なこと聞くなあ。山形行きの新幹線つばさだよ。上野駅から13時ごろ乗ったよ。」

 「分かりました。上野駅13時発の新幹線つばさですね。何号車ですか?」

 「うんと、13号車だよ。本当にここに来るのか?」

 「ええ、そこへ行きますよ。」

 何だか、変なことを言うな、今からどうやってここへ来るっていうんだ。
 
 まあ、ビールとつまみでも買って、ゆっくり待つか。どうせまた電話してくるだろう。


月の光 79

 次の日の朝、斎藤はずっと夢を見ていた。子供の頃住んでいた、田舎の田んぼや、畑の風景。山が黄色く染まる秋の頃、少し寒くなって、田んぼに来る鳥の数が増えた。

 2両編成の、列車、多分電車ではない、ディーゼルカーだろう。その列車に乗って、いくつかの駅をゆっくり通り過ぎる。誰もいない無人の駅、外を見ても、田んぼばかりで、道すら見えない。

 どこから駅に来るのか、不思議だった。線路沿いはススキの穂がずっと続き、何故線路沿いに生えているのか、それも不思議だった。

 冬が近づくと、黄色くなった田んぼには白鳥が群れを成してやってくる。カラスの群れも、田んぼで休んでいる。少し先には低い山が、続き、雲が地上3mほどの杉の木の間から、湧いて出てくる。まるで高原のようだが、山形の田舎はそんな感じだった。

 列車には一つの車両に4、5人の乗客しかいない。それでも、朝早くには学生の姿で一杯の時もある。

 何処の駅だったか、おかっぱ頭の女の子、中学生か高校生か、短いスカートに黒いタイツをはいて、ちょこんと座っていた。濃紺の制服姿が何だか懐かしい。3駅ほど先で降りた。ほんの少しの時間の楽しみだった。


 電話が鳴った。「はい、斉藤です。」警察からだ。「どうしましたか。もうお昼過ぎてますけど、無断欠勤ですか?」人事からの連絡だ。

 『無断欠勤はしたくはないが、どうにも頭の調子が変だ。どう言ったら良いのか、痛いとか、具合が悪いわけではない。だが、要するに意識がふらついていて、今のこの場所にとどまれないのだ。

 あちこち、別の時間や場所に飛んで行ってしまう。今もそうだ、起きているのに、まるで夢を見ているようで、現実感がない。今日は休ませてもらおう。』

 「すいません、どうにも体調が悪いので、有給休暇にしてください。」

 「分かりました。次からは、事前に連絡くださいね。」

 長く働いてきたが、こんなことは初めてだな。どうしたんだろう、昔のことが次々と思い出されてくる。それも、田舎の思い出ばかりだ。田舎の景色が懐かしい。少し寒くて、寂しい感じ、そして、少し甘くてやわらかい田舎の料理。

 そばも、ラーメンも、みんな味が違う。今では関東の味にもなれてしまったが、どういう訳か、今日はあの田舎の味が恋しい。玉こんにゃくと、芋煮が無性に食べたい。

 参ったなあ、今から田舎に行ってみるか。そうだ、その前に中西に連絡をしてみるか。あいつも、具合が悪くなっているかも知れない。

月の光 78

 高速道路を走っている途中、またホタルの大群が見えた。それは、低く垂れこめた雲の中を出入りしながら、下総香取の方へ、丁度斎藤たちの車とすれ違うように飛んでいた。

 「またホタルの群れですよ。さっきも見たんですよね。」中西が、腑に落ちないという風に呟いた。

 「さっきって、いつ見たんだ?」斎藤は、ホタルを見た記憶は全くなかった。

 「来る途中、誉田のあたりですよ。道路の上をいっぱい飛んでたんですけどね。斎藤さんは、起こしても寝てて起きないから、見てないんですよ。」中西は、斎藤が寝ていたことに少し文句を言いたかった。

 「そうか、悪かったな。しかし、あんな風にホタルがたくさん飛ぶのは初めて見るな。ホタルって、アンナに飛ぶのか?」

 「いやあ、自分も知りませんでしたよ。ホタルは、水辺でチョロチョロしてるもんだと思ってましたから。」

 「方向的には、まるで航空宇宙センターに向かっているようにも見えるな。不思議なこともあるもんだ。」



 航空宇宙センターでは、乾が斎藤と中西の頭皮の細胞をシャーレに入れて保管していた。

 「暫く、此方に保管して観察しますので、橋本さんは1週間後にまた来てください。」

 「分かりました。1週間後にまた伺います。」橋本も、航空宇宙センターを後にして、科学捜査班へと戻った。


 照明を落として、乾も帰った後、警備のロボットを除いて、誰もいなくなった航空宇宙センターの上空をホタルたちが飛び交っていた。


 城外開拓区警察署に着いた斎藤と中西は、大和署長に一言挨拶しようとしたが、既に署長は帰宅した後だった。

 「全く、これですよ。こんな残業を命令しておいて、自分はさっさと帰宅してしまう。」中西は、憤慨していた。

 「でも、まあ。予想通りだけどな。しょうがない、こんな時間だ。俺達も帰るとするか。それよりも、さっきから頭が妙に冴えているんだ。どうしたのかな。こりゃ、風邪でも引くのかな。」

 「斎藤さん、それって変ですよ。頭が冴えてるのに風邪ひくって。」

 「今日はちょっと、頭を使いすぎたからな。興奮しているのかも。こういうときこそ、その後、一気に来るんだよ。お前も年を取ればわかるさ。」

 夜の1時を過ぎて、やっと2人はそれぞれの自宅へ帰った。

 斎藤は家に着くと、さっきまでの興奮の反動か、どっと疲れが出た。日本酒を1杯寝酒に飲むと、あっとゆう間に寝てしまった。

月の光 77

 橋本が、まだ乾の考えをよく理解できないうちに、乾は新しい提案をした。

 「この2人の皮膚の細胞を少し、取りましょう。」

 「それは何の為ですか?」

 「蜂に刺された部分が、現在は見かけ上変化していません。しかし、その部分に、継続して光が当てられている、または光を受信している、とすれば細胞の構成事態に変化があるのかも知れません。」

 「では、細胞の分子レベルで詳しく検査すると言うことですか?」

 「そうですね、もっと精密に、ひょっとすると電子の異動レベルで調べることが必要なのかも知れません。」

 「電子レベルですか、分かりました。光の受信状態そのものを観察したいのですね。」

 橋本も、少し乾の考えが分かったような気がした。

 『乾は、この細胞が見た目には変化していないが、非常に細かな電子のレベルで変化していて、受信器としての役割を担っていると、考えているのだな。』


 乾と橋本が、このように話し合っている間、斉藤と中西はまだベットの上に横たわっていた。

 そして、ようやく意識が目覚めてくると、看護士の女性が「気が付きましたか。ではこれを飲んで下さい。」と言い、2人はコップを渡された。

 中はただの水のようだった。「これも何かの薬ですか?」中西が尋ねると「いいえ、疲労回復のためのドリンクです。」と看護士が答えた。

 「もう終わりですか?」斎藤は少し大きな声で乾に向かって聞こえるように尋ねた。

 「ええ、今日の所は終了です。もう帰って頂いて結構です。」

 「今日の所はって、また来るのですか?」斎藤は、乾の横柄な言い方が気に入らない。

 『もう少し言いようがあるのではないか。何の説明もなく、終わったから帰ってください、みたいな感じは、どうなのだ。お礼の一つもあって良いのではないか。』などと腹の内では思うのだが、やはり口には出せないでいた。

 「必要な時には、また連絡しますので、今日はお引き取りください。」乾は、全く無頓着だった。

 『なんだ、お引き取りくださいって、まるでクレーマー扱いじゃないか。』そう思いながらも、「分かりました。それでは、失礼します。」と大人しく挨拶をして部屋を出た。

 
 地下の駐車場で車に乗り込むと、早速中西が愚痴をこぼした。「何ですか、あいつらは。こっちは夜遅くに残業までして来てやったのに。最後はお引き取りください、って馬鹿にするにも程がありますよ。」

 「そうだな、全くだ。しかもあの検査が何だったのか、一言の説明もなしだ。これは、さすがに大和署長にも報告しない訳にはいかないな。」

 2人は、悔しい思いを一旦腹に収めて、また高速道路に向かった。
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